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【eJudo’s EYE】阿部一二三の技術的閉塞と「これから」の手立てを真面目に考える

(2019年4月4日)

※ eJudoメルマガ版4月4日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】阿部一二三の技術的閉塞と「これから」の手立てを真面目に考える
文責:古田英毅

[参考記事]
→バクー世界柔道選手権2018男子66kg級即日レポート
→【eJudo’s EYE】グランドスラムを目前に、阿部一二三の「ライバル不在」を危惧する

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世界選手権2連覇中の阿部一二三。明日からの選抜体重別に、世界選手権3連続出場がかかる。

世界選手権66kg級連覇者阿部一二三が、かつて敗れた丸山城志郎に再び苦杯を喫したグランドスラム大阪から4か月、さらに遥か格下のマニュエル・ロンバルド(イタリア)に同じ技で2度投げられる屈辱を味わったグランドスラム・パリから2か月が過ぎた。

週末に迫った選抜体重別で、阿部はいったい何を見せてくれるのか。この期間阿部は次のステージに進むべく何を積んで来たのか。これからどのような方向に進んでいこうと考えているのか。

筆者はロンバルド戦の敗戦を当日「ここ1年の阿部の技術的閉塞を凝集した試合」と評させて頂いたが、それについていま少し書かせて頂くとともに、阿部の技術の「この先」を真面目に考えてみたい。当初、グランドスラム・パリの翌日「提案」として考えたものだが、あまりの大会の多さに先送りを続けてしまい、あたかも選抜で「答え合わせ」をするかのようなこの時期、本番直前となってしまったことを(勝手に)お詫びしたい。

まずは阿部の技術的閉塞について。かつて得意とした「抱き勝負」のリスクに気付いてこれを封印し、前襟を掴む新スタイル(腰技を全面に押し出すさらに前、少年時代以来の背負投スタイルに戻したともいえる)で再出世、見事世界の王座に就いたのが2017年ブダペスト世界選手権。試合映像がふんだんに出回り、相互研究の激しい現代の柔道界においては「成長し続けること」が強者の要件。常に相手の予想の先を行き、柔道の幅を広げ続けなければ生き残れない。勝ち続けている選手は、方向性や考え方違えどあまねく、常に成長を続けている。初優勝時の阿部はこの項を満たしていたと言える。

しかるに阿部が続く2018年バクー世界選手権で見せたのは、「同じスタイルと技でもう1度勝つ」こと。徹底守備の相手にまず引き手で袖を得、釣り手を片襟に入れながら、あるいは袖を握っては大技に入り込むのだが、体の強い相手に耐えられて「意外にも決まらない」。序盤戦の印象は「投げ急ぎ」。決勝では投げを怖れる右相四つ相手に、まさにこの「片襟を叩きこむ」という解法をひたすら試み、なかなか決まらず、それでも最後は無理やり投げ切る形で2連覇を達成した。

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2度目の世界選手権、阿部は右相四つで守ってくる相手を片襟技一択で攻め落とした。

この世界選手権、特に決勝の「投げられない」時間帯で見せた嵌り2つは密接に関連し、阿部の陥った閉塞をよく表している。1つは、「作り」がないこと。もう1つは、うまくいかないときの柔道選手の典型である、相手の状況に関わらず自身がもっとも信じる技術に頼るという「飴玉の芯のみの戦い」に堕したこと。もともと阿部は作りに手数を掛けるタイプではなく、異常なまでの肩の柔らかさを利してともかく技に入ってしまい、類稀なる体の力を以て吊り上げ、最後は引き出し豊富な「決め」の技術で相手に背中を着かせてしまうというちょっと珍しいタイプ。この「入ってさえしまえば」が極まって、いったん離して片襟、という本来奇襲に分類される技術への傾倒が強まり、自身のコンディションが悪くかつ相手が守りに守って出てこないという状況下でひたすらこれに頼ることになったと推察される。阿部の現在の問題点は、ケンカ四つに対して引き手を持つ具体的な手立てに乏しいことと、相四つのパワーファイターが殻に閉じこもったときにこれをこじ開ける手段が少ないことなのだが、そのうち後者が非常にわかりやすく出た試合であり、大会であった。(ちなみに前者は、たとえばグランドスラム大阪決勝の丸山城志郎戦に顕著である)

むしろ早く決めなければならない、試合を揉めさせてはならない、という恐怖感すら感じられた6試合。ここまで内容が乏しくては阿部は少々叩かれるかもしれないな、というのが率直な感想であったが、メディアは挙げて若き2連覇者を五輪のホープとして持ち上げた。考えてみれば結果は圧勝、もう少し穿てばこれだけ技術的に行き詰まりながらすべて力で打開してしまうのだからすさまじい強さと考えるべき、この扱いもむべなるかな、というところだったが、阿部はここで、少なくともこの大会で見えた「相四つの殻に閉じこもる相手の剥がし方」にだけでもいくつか解法を見出しておくべきだった。その後、コンディション不良で強行出場した全日本学生体重別団体では右相四つの田川兼三に同じ問題点を見せた上で引き分けられてしまっているのだが、ここでも、もう一段考えて解決への直線的行動を取るべきだった。

[動画]2019年グランドスラム・デュッセルドルフ  LOMBARDO Manuel戦

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グランドスラム・パリ。阿部はマニュエル・ロンバルドの肩車2発に沈んだ。

そして訪れたロンバルド戦。出来れば世界選手権決勝を見てからこの試合の動画を見直してほしい。相四つのロンバルドは確信的な進退、その胸中にある策は「引き手を抱き込んで殻に閉じこもれば実は阿部にこれを剥がす足技や作りはなく、嫌がって自ら左引き手一本の片手状態を作ってから、片襟に釣り手を叩きこんで来るはず」。組み合ったまま何も出来なかった阿部が1分14秒に片襟の右背負投を試みたシーンなどは、ロンバルドにとっては想定通りとむしろ自信を深める結果になったのではないだろうか。以降は急に強気になり、奥襟を叩いて阿部を嫌がらせ、阿部がこの際の一択解法としている片襟技の起点である「左引き手一本で相手の袖を握る片手状態」に戻させ、この残った左腕に肩車の罠を仕掛けた。結果は2度「技有」を奪っての完勝。より正確にいえば、1度目の投げは互いに腰を引いて低く潰れ合ったところからの投げ直しであったのだが、これとて「阿部は絶対寝技には来ない」とその柔道をよく見極めた、確信的なものであった。まぐれではなく、阿部の柔道と、その手立ての少なさをしっかり研究し、阿部の柔道の起点であり安住の地である「引き手一本の片手状態」に着実に罠を仕掛けた、計算通りの完勝であった。

というわけで長々書かせて頂いたが、前を向きたい。阿部は何をしようとしているのか、これからどうあるべきか。

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全日本合宿で、左一本背負投の打ち込みを見せる阿部一二三

1月の全日本合宿公開時の囲み取材で、阿部はメディアの質問に応じて現状向き合っている技術を「逆技を考えている、左一本背負投を練習している」と話した。この答えには違和感あり、阿部は「次の進化」に真摯に向き合い切れていないのではないかと感じた。まずは、阿部が逆技、とくに左一本背負投を練習していると話してから実はかなりの時間が経っていること。2年以上経つのではないか。しかし実戦に投入する気配はない。この技に見切りをつけずに時間を割いているとしたらその理由はなんなのか。もう1つは、左一本背負投が阿部のいまの問題点の解消に役立つとは思えないこと。阿部が右相四つで「組ませてもらえない、片手の状態」はそもそも右釣り手を持たせてもらえないから出来上がるわけで、つまりは左引き手一本の状態。左一本背負投に必要な、右釣り手で相手を掴む状態とは真逆である。ということは、相手が左組みのケンカ四つの時を想定しているのかと考えるわけだが、阿部のケンカ四つ時「二本組めない」のは、右釣り手一本で相手が体を大きく開いている形。実はここからは左一本背負投は仕掛けられず、必ず一手、なんらか色気のある「作り」が必要だ。よほどの変化球的な技術でない限り、必ずいったん正面、少なくとも鈍角ではなく鋭角に立ち位置を変えねばならない。しかし以後、阿部の左一本背負投の打ち込みを観察したのだが、右相四つを相手に正面に立って仕掛ける基本の形のみであり、こういった具体的な作りの研鑽の跡はなし。乱取りで投げる場面もあったが、これも力的には遥か格下の相四つの学生を正面に立って「左右どちらでもいける」状態から投げたものであった。もちろんこれらは基本の確認であったのだろうし公開稽古ゆえ隠した部分もあるのかもしれないが、その動きから具体的に自身が窮する変形場面を想定している「匂い」を感じとることは出来なかった。僭越ながら筆者は「右組みの左一本背負投」には一家言あるほうなのだが、この練習は、右でも左でもいけるときに使える、足し算技にしかならないものだ。そして今の阿部の相手が、「右相四つで釣り手を掴ませて正面に立ってくれる」この暢気な状態を作ってくれることなどほぼ絶対にありえない。課題と、取り組んでいる(と本人が述べる)技術が噛み合っていない。

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グランドスラム大阪決勝、阿部一二三戦。阿部は最大のライバル丸山を前に、積年の課題であるケンカ四つの戦いに光を見いだせなかった。

そもそも。阿部の喫緊の課題、愁眉の急は「ケンカ四つ相手に引き手を先に確保する極めて具体的な手段を複数、いますぐ掴むこと」、「組ませてくれない相四つ相手に組むことを強いること、殻に閉じこもる相手を剥がすこと」の2つであるはずだ。自分がやれているときに足し算技として「あってもいい」くらいの位置づけであるはずの左一本背負投などにリソースを注ぎ込んでいる場合ではない。なにしろ、いますぐケンカ四つの具体的かつ有効な手段を掴まないと、苦手の丸山城志郎に勝つ道筋が掴めないのだから。いま丸山に勝てなくなってしまうと、東京五輪に出場する目がまったくなくなってしまうのだから。1秒たりとも、無駄にはできない、この危機感に直線的な行動を取るしかないタイミングのはずなのだ。

というわけで、現状を憂うのではなく、前を向いて、阿部が獲得すべき具体的技術について少しだけ考えてみたい。もっとも良いのは、組み手と足技を連動させて二本持ち、相手を追い詰めるルートを複数獲得することで阿部の現状の技の切れ味を生かしていくことなのだが、これにはどうしても時間が掛かる。実は「二本持たねばならない」ルール変更以降組み手のセオリーはまだ業界標準が定まっておらず、特に軽量級では通り一遍の「かつての基本」ではなかなか通用しない。この獲得にはかなりの研鑽と、周囲の組み手文化の蓄積(いくつかの選手グループには、これが色濃くある)も必要。もう少し時間のスパンを短くして、ものを考えてみる。

さきほど、阿部の問題の解決に、左一本背負投(逆技)は役立たないと書かせて頂いたが、もう少し踏み込むと、実は「逆技」ではなく「片手技」は解法になり得る。阿部が二本持ちあったら必ず投げる、と自信を持っているのであれば、相手が二本持たざるを得なくしてしまえばいい。二本持つことを強いればいい。阿部と戦う相手が片手になるのは、「阿部が二本持つ状態が怖い」のはもちろんだが、実は「片手状態の阿部が怖くない」からである。阿部を片手にしておいては危ない、早く二本持ってしまったほうがまだしも上策と思わせてしまえばいいのだ。

多くの選手がこの解として「韓国背負い」を用いているということは提案してみたい。片手状態で、自身の腕が内側にあっても外側にあっても、自分の体が外にあっても内にあってもそれぞれ仕掛けられる技術が既に確立されており、しかも実は二本で相手の襟を掴み、回旋力と体重という強いツールを使っているので相手を崩しやすく、ゆえに偽装攻撃は取られにくい。もちろん投げ切るだけの威力もある。アン・チャンリン(韓国)と日本選手が組んでいるときに、相手の左に右襟を与えた片手状態に我々がいかほどの恐怖を覚えるかを考えてみれば、この解には一定以上の妥当性があると思うのだが、いかがであろうか。

また、阿部にとっておそらくこの技を獲得する技術的なハードルが低いということも指摘しておきたい。阿部が長年左一本背負投を練習しながらなかなか実戦で出せない裏には、あまりにも右回転の技(反時計回りの右前技)が切れ過ぎるがゆえになかなか逆回転に飛び込めない、一種の恐怖心があるのではないかと推察するのだが、たとえば左相手に仕掛ける「韓国背負い」の起こりは阿部が慣れ親しんだ右回転である。心理的にも、技術的にも乗り越えるべきものは決して多くない。

蹴り崩すレベルの足技複数種の投入と、「韓国背負い」の導入は、短期的な処方箋としては劇的に効くのではないか。この間に、たゆまず組み手技術と足技の獲得、そこから起こる現象である「崩れた相手を具体的に取る寝技」の強化と進んでいけばいい。

と、僭越ながら書き連ねてみたが。これはあくまで外野の素人が、狭い見識の中で自身の楽しみとして行った思考実験、つまりは妄想のレベルである。色々な考え方があるはず。ぜひ読者の皆さんも「阿部選手は次に何を為すべきか」を課題に色々考えてみてもらいたいと思うのだが、プロフェッショナルの阿部は、実際に何を上積みしてくるのか。

とにかく前述の通り、現代柔道にあって「考え続けること」「成長し続けること」は強者の必須条件。成長の形は様々。自信の個性を生かして新たな「ヘンな技」に辿り着く選手もいれば、得意技を軸に周辺技術を太くしていくような成長を辿るものもあり、1年、2年というスパンで軸になる技を着実に、1つずつ身につけていく古風な手立てで階段を上る選手もいる。現役世界王者を見渡せば、髙藤直寿はこれを繰り返した結果技術的にも戦術的にもちょっとありえないほどの引き出しを持った稀有なオールラウンダーに仕上がって来ているし、橋本壮市は組み手プロセスに仕込む「罠」の数がどんどん増えて、オンリーワンの方向に、くねりながら進化を続けている。阿部詩は刈り、跳ね、担ぎにかつて苦手だった寝技を盛ってライバルたちを凌いだし、クラシカルスタイルの代表格と評される大野将平も、実は巴投や担ぎ、出足払や払釣込足とじっくり着実に「使える技」の数を積み上げている。ここまで大きなものでなくても、ツアーを見ていればトップレベルの選手が自身の映像をじっくり見て、細かく自己をブラッシュアップしているのはよくわかるはずだ。

希代の素材である阿部は、いったい何を見せてくれるのか。大物・阿部の戦いぶりと、その成長を確かめるべく、明日からの選抜体重別を楽しみに待ちたい。

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