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アメリカでの形競技会

(2005年10月25日にアメリカのカリフォルニア州サンノゼ市で開催された・・・)



滞在期間: 2005.10〜2005.10

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2005年10月25日にアメリカのカリフォルニア州サンノゼ市で開催された「Seventeenth Annual FUKUDA INVITATIONAL Kata Championships」に参加いたしました。

形の種類は柔の形、投の形、極の形、護身術、固の形、五つの形、古式の形の7部門に渡ります。大きくシニアとジュニアに分かれており、その中からさらに男性のペア、女性のペア、混合ペアに分かれます。一つのグループがいくつにもエントリーする事が許可されており、ベテランになると何種類にもエントリーでき、最も多いペアは7種類全部にエントリーしていました。

それぞれの部門につき、だいたい5~10組ほどがエントリーしていて、順番に披露していき7人のジャッジマンが審査してゆき、1等賞、2等賞、3等賞が決まります。

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今年の出場者は本土とハワイ、私たち日本人でしたが、昨年はカナダやオーストラリアからも参加があったようです。世界的にメジャーな大会ではないですが、アメリカでは有名なようです。なによりも驚いたのは競技者の形のレベルの高さです。彼らは柔道を競技として行うのではなく、形だけを練習している人が多いようです。

初めて形だけの試合に出場しましたが、独特の雰囲気で、外国人が自分たちよりも真剣に形に取り組んでいる姿勢を見て、とても驚きました。また日本でも、柔道の競技者がもっと形をしっかりやらないといけないという事を感じました。

この形競技会の名前にもなっているFUKUDAというのは福田敬子先生のことで講道館女子九段で長年講道館で指導した後、アメリカに永住されました。先生は嘉納治五郎師範が柔道の基礎とはなった天神真揚流柔術を励んだ頃にその手ほどきをした福田八之介のお孫さんにあたります。福田先生は師範から直々に講道館入門を勧められ柔道を始めたそうです。

福田先生は現在92歳(ここは少し曖昧ですが…)だと聞きました。しかし、その様子は92歳には到底見えなく、ほんとに元気でおられます。試合の5日ほど前にアメリカへ入り、先生に直接指導をうけました。

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とても厳しかったですが、柔の形を今回始めてやった私たちが1等賞になれたのは先生の指導のおかげだとおもいます。やっていて、自分たちが上達していくのが肌で感じられるほどです。本当に手取り足取りの細やかな指導をしていただきました。

福田先生はアメリカのサンフランシスコで道場をやられています。「SOKO JOSHI JUDO CLUB」という道場なのですが、そこで先生は形の普及に努められています。また斉藤英子という先生も福田先生と共にアメリカで形の指導をされています。

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私は今まで形に触れたのは昇段の時だけで、福田先生の存在なんて知りもしなかったですが、以前全日本のコーチをしていた大学の監督から福田先生のことを聞き、この形競技会に出場して本当に良かったとおもいますし、福田先生に出会えたことも指導を受けた事も本当に素晴らしい経験になりました。

日本人の柔道競技者ももっと形に取り組んで、この大会に出場してみたいとおもう人が出てくるといいですね!!

投稿者名前: 船津早織
住所: 京都府



コメント


福田先生は、2006年1月、女子初の九段に列せられました。
http://www.asahi.com/sports/spo/TKY200601110421.html

投稿者 柔道ファン : 2006年01月13日 13:40


雑誌「柔道」2005年9月号掲載の記事「世界マスターズ柔道選手権大会」(執筆・野口宏水氏)に福田敬子先生のことが載っていますので引用します。
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形の名誉審査委員長にサンフランシスコより駆けつけられた講道館女子八段・福田敬子先生が第一回ウエランド大会、第三回フェニックス大会、第四回ロンドンデリー大会以来、久方振りにお顔を見せられ、開会式では一番最初に「講道館女子並びに世界女子最高段者」と紹介され、車椅子ながら毅然として姿勢正しく、先生の柔道に対しての信条「強く・やさしく・美しく」の通り、優雅に会釈されて、万雷の拍手に応えられた。世界マスターズ大会では、最高に尊敬されていることが、万雷の拍手から、来場者の所作・態度から窺えた。

「彼女は日本のラスト・サムライの孫娘として生まれた。」ナショナルポスト紙のジョー・オコーナー記者は書いている。「祖父・福田八之助の天真真楊流柔術を学んだ嘉納師範はやがて柔道を創設した(1882)。そして、師範は柔道を創設しても、福田八之助に師事した恩義を忘れず、講道館に女子部を創設(1830年代)するや否や真っ先に福田家を訪れる。21歳で日本文学の学位を取得、華道・習字など当時の女性の嗜みに浸っていた敬子は、やがて柔道の「道」を歩き、専念するようになった…(中略)…1950年代初期にアメリカを最初に訪問、柔道を指導。やがてオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ノルウェー、フランスとその指導の範囲を広げて行き…(略)」
2001年には、アメリカ内外に生涯貢献されたとして、USJFから赤帯(九段位)を授与され、今日の世界マスターズ大会では「柔道の女王 The Judo Queen」と尊称されるようになった。関節炎のため先生を母としたうシエレーさんに車椅子を押してもらっているにも関わらず、車椅子よりやおら立ち上がり、弟子を相手に投げ技の実技を披露され、取材中の同記者を驚かされた。
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投稿者 運営者 : 2005年12月23日 01:28

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