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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第74回

(2019年4月1日)

※ eJudoメルマガ版4月1日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第74回
何かの方法で模範とすべき形式を示すことは特に必要な業といわねばならぬ。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「いよいよ近づいた全日本選士権大会」
柔道1巻8号 昭和5年11月 (『嘉納治五郎大系』2巻348頁)
 
創立当初、門人の数は少なく、専用の道場もなかった講道館柔道ですが、多くの人に受け入れられ、普及は加速度的にすすみました。創始者の想定も遙かに超えるスピードで・・・。
結果、柔道の普及は師範の意図とは異なる部分が突出し、その理想から乖離する形ですすみました。師範の考える講道館柔道は、師範存命中から、「理想」であったわけです。

師範の柔道普及は、自らの理想とは異なる現実の柔道をいかに自分の理想に近づけるか、という格闘の歴史でした。
 
創始者であり、柔道の父のみならず「神様」扱いまでされる師範ですが、当時から決して絶対的なカリスマではなかったことを物語る資料やエピソードがいくつか残されています。

その中の1つを紹介しますと、ある大会の決勝戦の前に、師範が「講道館柔道」についての講演を行いました。もちろん、師範の話ですから、試合の勝った負けたではなく、精力善用や自他共栄、あるいは体育について。つまり、師範が本当に普及したかった講道館柔道についてだったようです。一方、それを聞いていた観衆の皆様。最初は柔道の創始者の話と言うことで静かに聞いていたようです。ところが、師範の話が長くなるにつれ、我慢できず、やじをはじめたというのです。何とかなだめて話を続けようとした師範ですが、結局、その声におされて、退場したとか。その姿は<1人の寂しげな老人>という感じだったそうです(※)。
我々のイメージする師範像と比べてどうでしょう?師範が絶対的な存在ではないこと、また大衆が求めていたことと、師範が訴えたかったことにギャップがあったことがうかがえるエピソードです。

さて、そういった中で、師範が、理想の柔道をしめす、つまり模範とすべき形式を知らしめる必要から、その舞台として考えたのが、前回でも紹介した「全日本柔道選士権」でした。現在も4月29日に行われ、戦後、60年以上の歴史を持つ、全日本柔道選手権の前身となる大会です。ところが、この全日本選士権大会、現在の全日本柔道選手権とは少し異なるところがあります。

現在の全日本は、優勝者は1名です。何を今さらと思うかも知れませんが、この選士権は、専門家の部と一般の部の2部門に別れていました。さらに各部門が、年齢によって4つのカテゴリーに分けられ、それぞれ優勝者を決めていました。つまり2部門×4カテゴリーで8人の優勝者がいたわけです。純粋に一番強い者を決めるだけに止まらない意図が含まれていたことが分かります。師範は「選士権」開催の狙いをいくつか述べていますが、その中の1つが、今回の「ひとこと」です。

多くの大衆に、選抜された選士の優れた技を見せることにより、理想の柔道(の一部)を知ってもらう、そういった意図があったようです(今日まで行われる「形」の演技や、5人掛、女子柔道の演技なども柔道を知ってもらうために大会のプログラムに入れていました)。

このような精神の大会を継承している全日本選手権大会。

全日本選手権をどのような大会として位置づけるのは、今を生きる我々が考えなければいけません。歴史を学ぶことは必要ですが、かならずしも、それを堅持しなければいけないわけでもありません。
ですが、先人の思いを大事にしようとする心、あるいは何十年という蓄積された歴史を重んじるのであれば、大会のあり方、試合態度等、考える余地があるのではないでしょうか。

蛇足ですが、師範が大衆からやじられた試合・・・エピソードを残した戸川氏によると、第一回の全日本選士権だったとか。何か皮肉なものを感じます。


※このエピソードは、日本における動物文学の第一人者であり、児童文学作家でもあった戸川幸夫氏が自身の体験として『師弟 嘉納とその門人たち』『小説嘉納治五郎』の中で紹介しています。また、雑誌「柔道」においても僅かながら言及されています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版4月1日掲載記事より転載・編集しています。

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