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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第72回

(2019年2月25日)

※ eJudoメルマガ版2月25日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第72回
頭の重い時に強いて調べ物をすることや、疲労した時に徹夜することなどは、人間精力の善養利用には背く道理である。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「勇気」『青年修養訓』 明治43年12月 (『嘉納治五郎大系』7巻214頁)

本稿は、冒頭の師範のことばだけでなく、最後まで是非読んでいただきたいと思います。

頭が重い、つまり体調が良くないときに、無理して調べ物をすることや、疲れている時に、徹夜して何かする、こういったことを精力善養利用の理論から、はずれた行為であると嘉納師範は述べています。確かに調子が良くないときに、無理して何かをすることは、コスト・パフォーマンスが悪く合理的とは言えないでしょう。休養を十分にとり、体調が回復してから、改めて課題に取り組んだ方が効率的かもしれません。

ところがこの一文には続きがあります。要約しますと、<そうは言っても、そうする事が自分の仕事上、大切であり、また多数の人、あるいは社会国家のために有用な場合は、無理をすることによって、自分が病気になるようなことがあっても、構わずなしとげることが本当の勇気である>。
冒頭のことばから一転、無理することを賞賛するような発言です。

心身の力を養い、効率よく利用するのが、精力善養利用ですが、無理してでも、何かしなければいけない-それは予定外の急かつ重要な仕事かもしれません。不意に起こった身内のトラブルかもしれません。そういった、いざという時に、無理が出来る(非日常な環境に耐えうる)ことが大切。そして、そのために普段から鍛錬を行い、そのような状況に対応できるタフな心身を築き上げておくことは欠くことは出来ません。
師範自身も徹夜で仕事することが少なくなかったようです。そのような時に役立ったのが「何くそっ」の精神と柔術・柔道で養った心身であったことは間違いありません。

一見、<精力善養利用>と<無理すること>は矛盾するかもしれません。
寒稽古、暑中稽古も、柔道の技術(あるいは試合)のパフォーマンスをあげるという点では、あまり効率がよくないかもしれません。ですが、30日間(師範存命当時)という長期にわたり、厳しい環境下における日常の生活+稽古に休みなく出席するためには、周到な準備や体力、気力が必要です。そして、そういったものこそ、社会生活をおくる上で、必要なことでしょう。一見合理的ではありませんが、社会に通用する人間育成という点では極めて合理的です。
ちょっと見、不合理でも、実は合理的なものがある。そして、真に合理的であることこそ、精力の善用であること、私たちはそれを忘れてはいけないでしょう。

最後に。精力<善養>ではなく精力<善用>の間違いでは?と思われたかもしれませんが、これは「善養」で間違いありません。<精力善養利用>は明治20年代から、確認されている概念です。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版2月25日掲載記事より転載・編集しています。

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