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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第68回

(2018年12月31日)

※ eJudoメルマガ版12月31日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第68回
尽己竢成(己を尽して成るを竢つ)
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「尽己竢成」
国士7巻62号 明治36年11月 (『嘉納治五郎大系』4巻157頁)
 
「おのれをつくして、なるをまつ」と読む今回のひとこと。
講道館発行の 『嘉納治五郎』-752ページにわたる大著です-に全国の道場や学校に残された師範の書の種類と数を調査した結果がのっています。それによると「尽己竢成」は5点あったことが分かります。そこまで多くない様に感じますが「自他共栄」が同じ5点ですから、師範が好まれた言葉の1つだったと推測されます。

これまで、世界には多くの成功者と呼ばれる人たちが現れてきました。これから先も現れ続けるでしょう。ですが、「多くの」と成功者が現れる一方で、成功しない人たちも数多くいます。成功をどう捉えるかにもよると思いますが、むしろ、この成功しない人たちが大半をしめるのではないでしょうか。

では、この「成功」するか、しないかを分ける要因は一体何でしょうか?様々な要因が考えられますが、師範は、<実力>と<運>をあげています。当たり前過ぎて、少し拍子抜けしてしまいます。決して、珍しいことは言っていないでしょう。ただ、このことを理解していないため、一生を誤ることがあると師範は注意を促しています。どういうことでしょうか。
 
最初から<運>だけを頼りに<実力>を養うことを怠るのは論外です。ですが、実力を磨いている人でも、成功に<実力>と<運>が両方必要な以上、<運>がなければ、成功と呼べるような成果は出ません。努力しているにもかかわらず、成果が出ないために「運がないからダメ」だと「運」の重視に偏り、せっかく行ってきた実力を高める努力をやめてしまう。このことを師範は危惧しています。

そこで、師範はまずひたすら「己を尽す」ことを訴えます。師範によると一見不運にみえることも運ではなく、方法や努力、準備が不十分、つまり己を尽くし切れていないための結果だと言います。運のせいだと思いたくなることも、よくよく考えてみると事前の努力や準備でカバー出来ていた・・・ということ皆さんにもないでしょうか。
さて、そういったことまで意識して、やり尽くしたけどダメだった場合、これはその時に運がなかったためであり、失望する必要はないと師範は言います。では、どうするか。腐ることなく、努力を継続し、運が向くのを待つ、つまり「成るを竢つ」です。

努力自体、大変なことですが、結果がでない状態で、それを継続するのはさらに辛く難しいものです。諦めたくなることも多いでしょう。それをあえて行わせた上で、最後は運任せという、ある意味、ひどい言葉に聞こえるかもしれません。

ですが、その根底に、本連載の第57回で紹介した人の成長を花に例えた言葉(http://www.ejudo.info/newstopics/003590.html)に通じる優しさを感じるのは気のせいでしょうか。努力を続ければ、時期は違ってもそれぞれの花が必ず咲くのと同じく、諦めず努力し続ければ必ず成功すると・・・。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版12月31日掲載記事より転載・編集しています。

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