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【eJudo’s EYE】グランドスラムを目前に、阿部一二三の「ライバル不在」を危惧する・バクー世界選手権52kg級、66kg級評

(2018年11月23日)

※ eJudoメルマガ版11月23日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】グランドスラムを目前に、阿部一二三の「ライバル不在」を危惧する
バクー世界選手権52kg級、66kg級評
→バクー世界柔道選手権2018特設ページ

文責:古田英毅

多忙に引きずられてなかなか書けず、総評と代表選手全員の「採点表」をアップしたことで既に一段落、もはや読者の興味もさほどでもなかろうと置いておいたバクー世界選手権各選手評であるが、グランドスラム大阪を前にここだけは一本書いておこうと思う。きっかけは66kg級に当初エントリーしていた韓国のもと世界王者アン・バウルの参加がなくなったことと、直前の公開練習における王者・阿部一二三の「海外の選手で誰が出るかはまだあまり見ていない。自分の柔道をしっかりやれば勝てると思う」(率直に言って筆者もまったくその通りだと思う)というコメント。いったん頭の中をあの時点、バクー世界選手権第2日が終わった9月22日朝の時点に戻して、お読み頂きたい。駆け足で書くゆえ粗さが出るであろうこと、ご容赦。

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投げて、極めてと素晴らしい内容で優勝した阿部詩

「成長し続ける」項を満たした阿部詩は満点に近い出来

女子52kg級の阿部詩(夙川学院高3年)と男子66kg級の阿部一二三(日本体育大3年)の兄妹同時優勝に沸いたこの日、まず、妹・詩の出来は完璧だった。即日レポート記事からその勝ち上がりを引用すると、


<組み合わせにも恵まれた序盤戦はカロリナ・ピンコフスカ(ポーランド)を43秒の右袖釣込腰「一本」、ファビアン・コッヒャー(スイス)からは内股「技有」に1分27秒の右袖釣込腰「一本」、ジェシカ・ペレイラ(ブラジル)をいわゆる「舟久保固め」から1分20秒崩袈裟固「一本」と早い時間での勝利を連発。しかし圧巻はむしろ難敵とマッチアップしたこれ以降で、準決勝では面倒なアモンディーヌ・ブシャー(フランス)が潰れたところからの立ち際を狙い、木村政彦ばりの腕緘。このまま内腿を蹴って回す「腕緘返し」の形で3度回して「参った」を引き出し僅か26秒の「一本」。決勝では前年度王者の志々目愛(了徳寺学園職)をGS延長戦の末に鮮やかな内股「一本」で斬り落とした。>


とあらためて抜群。「投げ一発の強さを売りに出世した阿部であるが、この日は寝技でも極めてテクニカルなフィニッシュホールドを連発。立って良し寝て良しの完成度の高さはもちろん、高校3年生にして『成長を続けないと生き残れない』と引き出しを増し続ける、その意識の高さが際立つ勝利だった。」と続いた評にもまったく異論はない。試合映像があっという間に出回り、技術伝播のスピードが激しく、国ごと選手ごとの技術レベルの均質化が進む現代柔道にあって「成長し続ける」力は強者に必須の能力。技術、体力、戦術、スタイル、どこをどう伸ばすかは本人次第だが、常に相手の想定の上を行かないと生き残っていくことが出来ないことだけは確かだ。

ゆえにこの大会では一貫して「昨年からの上積みがあったか」かどうかを選手評価の指標として掲げ続けたわけだが、阿部詩はこの項を綺麗に満たした。中核である内股に加えて担ぎ技、さらに寝技と進化を続け、それをしっかり結果に反映した阿部詩の戦いぶりまことに見事。
世代交代期にある現在の女子52kg級は率直に言って日本以外の国のレベルが低く、欠場したマイリンダ・ケルメンディ(コソボ)を除けばホンモノと呼べる選手はほぼ皆無、エリカ・ミランダ(ブラジル)も引退し、現実的に日本選手に勝利する可能性がある選手もほぼナタリア・クズティナ(ロシア)だけ、相性まで含めても角田に対してアモンディーヌ・ブシャー(フランス)がやれるかどうかというくらい。つまりは敵役のレベルが高くないわけだが、それでも「進化」の項を満たした阿部詩の評価ぶれることなし。文句なしの出来であった。

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決勝、阿部一二三は片襟を差した組み際の大技を繰り返す

形上圧勝2連覇も、爆発力減じた阿部一二三

比するに阿部一二三。同じく即日レポートから記事を引用する。

<昨年はまさしく鎧袖一触、寄らば斬り、触れなば投げてと圧勝続きだった阿部だが、この日は結果自体は圧倒的も、周囲の徹底警戒もあってそこまでの「即決」ぶりはなし。釣り手を片襟、あるいは袖を握っては大技に入り込むものの、守備を意識した体の力の強い相手に耐えられて「意外にも決まらない」場面が目立った。こちらの期待値が高すぎることもあるのだろうが、序盤戦で残った印象はむしろ「投げ急ぎ」。それでもジェラルド・カデ(ハイチ)を僅か10秒の袖釣込腰「一本」、デニス・ヴィエル(モルドバ)を背負投「技有」優勢、マッテオ・メドヴェス(イタリア)を内股と大外刈の合技「一本」と勝ち上がりは抜群。>

全ての選手に「投げさせまい」と徹底マークを受ける中、6戦して一本勝ちが4、「技有」勝ちが2、全試合で投技を決めてターゲット選手のアン・バウルをも投げた(「技有」)という圧勝ぶりからすれば少々厳しい評だが、当日の観戦感覚を示すものとしては今読んでも妥当と思う。少なくとも、新しいものを盛って相手の予想を超えようとするというよりは、今ある力、昨年世界を制した闘法(モード)を以て今年も頂点に辿り着かんとしたということは言ってしまって良いかと思われる。

そして現れた「投げ急ぎ」と、「強引に投げに行くがなかなか投げられない」現象。この日の阿部にはむしろ早く投げてしまいたい、相手とのやりとりで試合を揉めさせてはいけない、そしてなかなか投げられないという焦燥や恐怖感すら感じられた。コンディションが良くないときに「一番いいときの最大公約数」、自分がもっとも信頼する投げ方、飴玉の芯に残った中核技術に頼るというのは柔道競技者の嵌りのディフォルトだが、これがこの日の阿部には現れていたとみる。

もともと阿部はあまり「作り」「崩し」に手を掛けるタイプではない。阿部は投技の決定要素のうち明らかに「決め」に特化した選手であり、比類ない肩の柔らかさを利してともかく入って吊り上げてしまい、あるいは腰を入れてしまい、相手の反応や入りの深さによってその豊富な「決め」の引き出しの中から派手なフィニッシュを呉れるというちょっと特殊なタイプだ。阿部の技がエキサイティングであるのはその打点の高さ(阿部の担ぎは実は「吊り技」なので)とともに、入ってから「決まりそう」「決まるのではないか」というこちらの感情のボルテージがあがる一瞬の「間」があるゆえなのだが、その理由このあたりにある。

しかし、それでも昨年は「作り」にもっと気を配っていた。

[動画]2017年世界選手権 CRISOSTOMO Joao戦

この映像は昨年度大会、阿部が「技有」を3つ取って勝った試合であるが、2つ目の背負投(動画2:10~)を見てもらいたい。強引な中にも、相手を時計回りに回して呼び込む「作り」がしっかり効いていることがわかるだろう。

[動画]2018年世界選手権決勝 SERIKZHANOV Yerlan戦

これは今年の決勝。投げを怖れる相手にまったく組ませてもらえない、ゆえに組み際、数少ない組めるチャンスを生かそうとしたかということはわかるが、引き手をもっては片襟を差しながら担ぎ、刈る、強引な技を繰り返すパターンに嵌ってしまっている。まさしく「掛けと決め」阿部の中核である飴玉の芯だけで勝負しようとした結果、なかなか決められないという典型的なシーンだ。

それでも全てを突破して優勝してしまうだけの凄まじい地力があるわけだが、たとえば昨年の戴冠が、かつての「腰を抱いての一発腰技」スタイルを改め、前襟を持つ攻守一体の形から次々投げを繰り出すという劇的進化の総決算であったということを思い起こせば、今年は控えめに言って「前年以上の進化を見せた」とまでは言い難いだろう。徹底マークを強めた海外選手たちの重囲に、明確な答えが出せなかったと評すべきだ。トータルで見れば技種も偏りがあり、担いで刈って跳ねて、そして抑えて極めてという阿部詩のほうがもはや完成度は高いのではとすら思われる。

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向かうところ敵なしの阿部、「成長の糧」をどう得るべきか?

阿部詩と阿部一二三、進化の有無を分けたのはライバルの存在

実は66kg級も、海老沼匡が君臨したロンドン-リオ期からこれまでを通じて、控えめに言って海外勢のレベルが物凄く高い階級というわけではない。これぞという役者数名の個性(たとえばゲオルギー・ザンタライアやファビオ・バジーレ、ダバドルジ・ツムルクフレグ)にこの事情は隠されてきたが、世代交代が上手くいかずバジーレも73kg級に去った現在は、率直に言って海外勢のレベルが低い階級なのだ。

つまりは52kg級と状況は相似。ともに海外勢のレベルが高くない階級で阿部詩は進化を続け、一方かつて劇的進化を見せた阿部一二三は王座戴冠後停滞した。同じ王座経験者でも、前日の60kg級の髙藤直寿は融通無碍というべき新しいスタイルを披露、すさまじい進化を見せている。いったい何が違うのか。

ライバルの有無、だと思う。髙藤には永山竜樹という才能の追撃があり、具体的に派手な投げ一撃で二度苦渋を舐めさせられてもいる。国内に最大のライバルがいる状況では、常に考え、進化を続ける以外に心休まる手立てはないはずだ。阿部詩は、国内のライバル角田夏実に3連敗中。巴投と腕挫十字固に特化したこの選手の存在ある限り、かつて「あまりやらない」と自ら発言した寝技でも国際級の実力を持つしか生き残っていく道はない。

しかるに、海外勢のレベルが低く、かつ国内の2番手以下が勝ったり負けたりを繰り返して追撃者の顔が定まらない66kg級の阿部は「絶え間ない進化」に対する切迫感を、彼らほど具体的に感じられない状況にあるのではないか。進化するためには競り合うライバルが必須、これを良く知るがゆえ、強化陣は「複数同時強化」を標榜し、口を酸っぱくして「2番手以下の台頭が必要」と叫び続けてきたわけだ。ようやく追撃者あらわると期待された今年のアジア大会決勝、それまで素晴らしい勝ちを重ねて来た丸山城志郎が「ポカ負け」で敗れたときのコーチたちのやるせない表情が思い出される。強化は、この危惧と不安を抱え続けているのだ。阿部が昨年と同じモードのまま全てを地力で塗りつぶして優勝してしまった今大会は彼の比類なき強さを示すとともに、阿部が本番の五輪で「どんな失敗があっても優勝する」レベルに達するための、その気づきの貴重な機会が失われた大会でもあるかもしれないのだ。

思えば、かつて背中を抱いての力比べを続ける変形スタイルで世に出た阿部に、安定感と強さを共に発揮しうる前襟スタイルへのモデルチェンジを強いたのは、まさしく抱き勝負がメインフィールドのダバドルジ・ツムルクフレグに喫した2連敗ではなかったか。ダバドルジの存在なくば、もしかすると阿部はいまだに背中を抱えての腰技勝負を繰り返し、どうしても負けられない重要な一番(たとえばオリンピック)でとんでもない失敗をするような不安定感を抱えたまま戦う選手になっていたかもしれない。

阿部は、勝つために、きちんと考えて行動し、進化出来る選手。抱き勝負から一皮も二皮も向けた現在のスタイルへの劇的なモデルチェンジがその資質を証明している。しかしこれ以上の進化にはどうしてもライバルの存在が必要だ。失敗しても、調子が悪くても勝ててしまう現在の66kg級の状況は、伸び盛りの阿部にとって決して望ましいとは言えない。長いスパンで見て、阿部という才能が本来到達すべき域への進化の芽を摘む可能性すらある。

阿部を乗り越えようとすることで追撃者たちのレベルが上がり、それを跳ね返そうとすることで階級全体のレベルが上がる。健全な切磋琢磨かくあるべきだ。このグランドスラム、国内のライバルたちの奮起を強く望む。

※ eJudoメルマガ版11月23日掲載記事より転載・編集しています。

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