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【バクー世界柔道選手権2018特集】【eJudo’s EYE】世代交代に「技」あるものの台頭、混戦90kg級の読み解きを試みる・男子90kg級評

(2018年10月3日)

※ eJudoメルマガ版10月3日掲載記事より転載・編集しています。
【バクー世界柔道選手権2018特集】【eJudo’s EYE】世代交代に「技」あるものの台頭、混戦90kg級の読み解きを試みる
男子90kg級評
→特設ページ・バクー世界選手権2018完全ガイド
文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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2018年の世界王者は22歳ニコロス・シェラザダシヴィリ。

81kg級と並んで大混戦のこの階級は、優勝候補筆頭のミハイル・イゴルニコフ(ロシア)を破ったニコロス・シェラザダシヴィリ(スペイン)が優勝。これを考えればひとつ軸のある大会であったということになるのだろうが、上位陣の顔ぶれはやはり少々意外。完全ノーマークのネマニャ・マイドフとミハエル・ツガンクが決勝を争った昨年ほどではないが「荒れた」と評して然るべきであろうし、これが一過性の結果なのかこの先の序列を規定するものなのかが断言しがたい、ファンを惑わす大シャッフルが再び起った感は否めない。81kg級同様どうやらピーキングがこれまで以上に物凄く重要なファクターになりつつあるという(この傾向は今後も加速して中量級の鉄則になりそうだ。相互技術研究が極まった結果、パワーと能力のある選手が序列の中の狭いレンジに密集することとなり、最後に差を生み出すのはこの部分ということになる)ことまでは確実だが、もう少し踏み込んで、今大会の勝ち上がりから90kg級世界の動向をどう読むか。そして訪れる次の時代をどう考えるのか。今大会で筆者が感じたことを簡単に書き連ねてみたい。

本日は「混戦90kg級の読み解きを試みる」「長澤憲大が大健闘も『天井』感否めず、日本は新たな90kg級世界をどう戦うのか?」の2題。

■ 混戦90kg級の読み解きを試みる
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シェラザダシヴィリとシウバ=モラレスの若手2人による決勝。次代の90kg級世界の息吹が感じられる、いままさに時代が作られつつあるという臨場感のあるカードだった。

この日眩しかったのはシェラザダシヴィリ、シウバ=モラレス、トリッペルの3名。シェラザダシヴィリに敗れてしまったが、優勝候補として大会に臨み、「勝ったものに優勝」の印籠を与えた形のイゴルニコフもこれに加えて良いかもしれない。シェラザダシヴィリとシウバ=モラレスは22歳、トリッペルとイゴルニコフは21歳。いずれもリオデジャネイロ五輪後に、シウバ=モラレスはまさに今大会で台頭した若手である。2016年から2017年の世界ジュニア世代(実際にはイゴルニコフのように十代から世界ジュニアに参加して早々に卒業してしまった選手もいるが)が輝いた大会であった。

比するに、「なぜ?」と首を傾げてしまうほどに、ロンドン-リオ期に若手として台頭した、あるいはこの時代に権勢を振るった強豪たちの輝きは鈍かった。ベカ・グヴィニアシヴィリ(ジョージア)が初戦でトリッペルに一本負けしたことはひときわ象徴的な結果、ノエル・ファンテンド(オランダ)はこれもトリッペルに大内刈「一本」で屈して予選ラウンド敗退、ガク・ドンハン(韓国)もアクセル・クレルジェ(フランス)に一本背負投「一本」を食って3回戦で姿を消し、ベスト4に残ったクリスティアン・トート(ハンガリー)も以降は連敗で表彰台を逃した。ロンドン-リオ期に次代の90kg級を席捲するであろうと期待されたトート、グヴィニアシヴィリ、そしてベイカー茉秋(不出場)の若手3人が誰1人表彰台にいなかった大会なのだ。

しかし単に「ロンドン-リオ期との世代交代」という簡単な構図で括るのも無理がある。昨年この枠で躍進したネマニャ・マイドフやミハエル・ツガンクの若手、あるいはリオ五輪後にのしてきたウシャンギ・マルギアニ(ジョージア)やガンツルガ・アルタンバガナ(モンゴル)、コムロンショフ・ウストピリヨン(タジキスタン)、フセン・ハルモルザエフ(ロシア)らの強豪も出来は良くなく、みな成果を残せなかったからだ。彼らは戦いぶりに、意外なほど光がなかった。

「力と技のレベルが高い中量級はピークでいられる年齢と期間が狭まりつつあり、ジュニア上がりで年齢的にも力があり、かつ周囲からまだ研究されていない21歳~22歳が輝くことが多くなっているのではないか(かつて、トートとベイカー茉秋がそうだったように)」という仮説は一定の説得力があり今後も世界大会の様相を予想するひとつの指標にはなりそうだが、どうもこれも階級全体を支配する鉄則とまでは言えないような気がする。

要は、昨年、五輪後の新たな序列としていったん組みあがったかに見えた新たな構図が早くも崩壊した大会と考えるしかないだろう。五輪が終わって2年、いまだに90kg級は神がその矛をもって攪拌を続ける混沌の中にある。この先どうなるかに1つ予想を見出すとすれば、先行モデルとして階級の状況と選手の特性が似通っており、かつ昨年同じく読み解けないほどの大混戦だった81kg級が考えられる。この階級は昨年のメダリスト2人が表彰台に残って昨年の結果が実は正当なものであったと一定の裏付けが得られたわけだが、序列の確定云々を超えて、大会全体を通じた試合の充実、「面白い試合が連続した」ことのほうが印象的だった。昨年の世界選手権以来のツアーを通じた大混戦の中で1度強者の称号を得た選手、「やれる」と希望を持った選手がことごとく力を上げ、階級全体の競技レベルがまるごと一段アップ。2000年代後半からこの階級を断続的に襲って来た刹那的な混戦模様とは一線を画した「熟成」が訪れた印象だ。捨て試合がほとんどまったくない、極めてレベルの高い大激戦。潜在的な実力者が多く皆体格の殻もありスピードも豊か、かつ混戦続きという相似の状況にある90kg級も、1年遅れでこのルートを歩むことになるのではないか。競技力アップに競り合いほどの良薬はない。「大混戦」は危険な兆候なのだ。今後もさらに混戦は続き、ゆえに全体の競技レベルは一段引っ張りあがる(個人的にはイゴルニコフとシェラザダシヴィリは軸として生き残ると見ているが)。この中にあって1選手が大会に送り込まれる回数が絶対的に少なく、かつ体格とパワーというベースで一段劣る日本勢が生き残っていくのは容易ではない。

もう1つ。沈む選手、輝いた選手の中に敢えて一定の傾向を見出すとすれば。これまでパワーやスタミナ、異常なメンタルタフネスや戦術性の高さなど純「柔道」以外のアドバンテージで一段戦果を引っ張り上げて来た選手がことごとく剥がれ落ちたという印象。のっけに「輝いた選手」として名前を挙げたシェラザダシヴィリ、シウバ=モラレス、トリッペル、イゴルニコフの4名はいずれも「投げ」で勝負をつける、投技の切れ味が売りの選手である。ルールの変遷を考えれば、この傾向大局的にはうなずけるものがある。これが今後を規定するものになる、後世遡って2018年度大会を「時代の幕開け」と規定する切り口になるかどうかまではまったくの未知数だが、ひとつ今後に向けて記憶しておいて良い観点だろう。

■ 長澤憲大は大健闘も「天井」感いなめず、日本は新たな90kg級世界をどう戦うのか?
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ムロンショフ・ウストピリヨンとの敗者復活戦を戦う長澤憲大

ここまで読んでいただけば、日本代表・長澤憲大の銅メダル獲得が大健闘であったことがよくわかるかと思う。新旧勢力入り乱れる中で、長澤らしい戦術性の高さとしっかり状況を作ってからの投げ一発でしっかり責任を果たし、全階級メダル獲得の襷を翌日に繋いだ。

マッチアップした相手がいずれも今大会では新興勢力に追いやられた「旧・強豪」であったゆえか、昇る勢いのシウバ=モラレスに敗れたゆえか、銅メダルという成績に比して意外なほどこの流れの中で呼吸をしていた印象が薄い(記録を見て振り返る限りトーナメントの真ん中に近いところを歩んでいたはずなのだが)が、この陣容の中で、それも荒れる大会の中で表彰台に上ったこの結果自体はほぼ満点に近い。出来ること全てをしっかり出した大会であったと言えるだろう。

ただし、出来ることすべてをほぼ為したからこそ、閉塞感が強く残った大会でもあった。戦術性も高く投げ一発の威力も十分な長澤であるが、状況をしっかり作って、しかる後に的確に技を撃ち込むという手堅い戦い方、どちらかというと力が上の場合に確実に勝利を得ていくというこの方法論で頂点に辿り着くには相手に倍する地力が必要。前述の通り今後ますますレベルが上がるであろう90kg級を戦うことは現実的に難しいと観測せざるを得ない。初見のシウバ=モラレスとの「指導」の取り合いから抜け出せないまま偽装攻撃で沈んだ準々決勝、勝ちはしたもののトートを相手に試合を動かしきれず生まれた計「技有」3ついずれも相手の仕掛けに応じてのものであった3位決定戦などは、メダル獲得の安心感よりも、今後への手詰まり感の方を強く感じた。何よりここぞという場面、乗るか反るかを自ら作るにいくべき場面でことごとく「行かない」姿勢、積極性の欠如はいただけない。前任のベイカー茉秋が、ここだけは譲らなかった「勝負するべきときにその労を厭わぬ」心の強さに欠けたのではないか。この先訪れる、まだ姿が見えぬ新たな90kg級世界は手堅さだけでは勝ち抜けない。

前述シェラザダシヴィリら4人の柔道にはこの日の勝敗を超えて「次」を感じさせるもの、新たな90kg級世界の息吹、将来性が孕まれていたと感じる。彼らは大混戦の中にあって突き抜けて頂点を目指すことで、90kg級世界を引っ張るビジョンを見せてくれた。次に訪れるであろう新たな時代を作っている真っさい中であったのだ。この点が、旧来の価値観(旧勢力との戦い)を前提に手堅く結果を得ようとした長澤との印象の差になって表れたのでは、と自身のインプレッションを分析する次第である。トーナメントの真ん中を歩いていたはずなのに、メインストリームに乗っていない、90kg級世界のトレンドと呼吸をしていないかのような印象は、この「次を感じさせるかどうか」の1点にあったのかもしれない。

90kg級は日本勢が「出来ることをしっかりやれば勝ち抜ける」レベルの階級ではまったくない。頂点登攀には順行運転を超える異常な「ハシゴ」が必要になるはずだし、これを理解しているからこそ五輪後の井上ジャパンは「獣を作る」異常性の追求を選手に課しているのだ。

この「銅メダル獲得」(≒虎の子の戦力であったベイカー以外でのメダル獲得)という戦果を得たことで、日本がこの先90kg級で「やれる」と楽観的な観測を得てしまうことを危惧する。リオデジャネイロ五輪におけるベイカー茉秋の金メダル獲得という事実がこの認識のベースにあることは間違いないが、あれはシード順、組み合わせ、勢い、戦術とベイカーが周到に準備したものが全て嵌ったゆえの、1回カスタムの戦果。組み合わせをシャッフルしたらまったく違う結果すらありえたし、あれがもし五輪でなくて世界選手権であれば「形としては勝ったが本番はまったく油断出来ない」との評が下されてしかるべきであった。ロンドン-リオ期の「90kg級は日本にとって難しい」という時代はいまだ、さらに厳しさを増して続いているのだ。国内で雌伏して復活を期すベイカーが、前述「純柔道以外で戦績を一段引っ張り上げる」「ひと世代前のジュニア世代」の項に二つながら当てはまることも非常に気に掛かる。

世界全体の混戦が階級自体のレベルを一段引っ張り上げているようことでわかる通り、競技力を引っ張り上げるには競争が必須。国際大会への派遣回数が限られる日本の強化は、国内の競り合いを以て為すしかない。前述「頂点に登攀し得る、他人と違ったルートの梯子」の持ち主としては、思い込みの強さならベイカー以上の不確定要素向翔一郎、近距離で本身の刀を振り回すような危ない背負投を左右に繰り出す田嶋剛希、同じく一方的に高い担ぎ技で腰を入れ続け力関係を塗りつぶしてしまう増山香補など、候補となり得る人材は存在する。国内でこの項に嵌る彼らの、それも早急な勃興を強く望む次第である。そして長澤の「天井」を突き破るような攻撃性の獲得と成長にも期待したい。

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※ eJudoメルマガ版10月3日掲載記事より転載・編集しています。

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