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【バクー世界柔道選手権2018特集】【eJudo’s EYE】勝者の責任に向き合った新井、3位入賞のアルベールはまた1年怖さを「更新」・女子70kg級評

(2018年9月25日)

※ eJudoメルマガ版9月25日掲載記事より転載・編集しています。
【バクー世界柔道選手権2018特集】【eJudo’s EYE】勝者の責任に向き合った新井、3位入賞のアルベールはまた1年怖さを「更新」
女子70kg級評
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文責:古田英毅/eJudo編集部
Text by Hideki Furuta

ちょっと順番が狂ってしまうが、即日レポートの後半を書く際にそのまま繋げて70kg級の「評」として機能する部分を書いてしまった。切り離してこちらに70kg級評として掲載させて頂く。軽量級の評をお待ちの読者には申し訳ないが、何卒ご容赦頂きたい。
きょうは「“勝者の責任”に向き合った新井」、「大野陽子は片輪走行、躍進の因を発揮し切れず」、「まだまだやれるアルベール、また1年“怖さ”を更新」の3題。

■ 「勝者の責任」に向き合った新井
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2連覇達成の新井千鶴

日本代表の新井千鶴はみごと世界選手権連覇達成。ここまでの道程は決して平坦ではなく、昨年の初優勝以来、この1年は国内・国外合わせて出場した4大会すべてでタイトル奪取に失敗。内容も相手の掛け逃げと見て待った場面での「指導」失陥(グランドスラム東京の対大野陽子戦)、ポカ負け(グランドスラム・パリ)、ライバルに力負け(選抜体重別の対大野陽子戦)、格下相手に方針定められぬままに「指導3」負け(グランプリ・フフホト)と低空飛行。この一年の新井は「低迷」、どころか「迷走」と評されてしかるべき状態であったわけだが、この日はまさに雲を払うような活躍。全試合で投技を決めて見事ふたたび世界の頂点に立ってみせた。決勝、マリー=イヴ・ガイ(フランス)を抑え込み、「一本」宣告を受けて顔を上げた新井の目には涙。張り詰めていた糸が切れたような、クールな新井には珍しい生の感情の奔流。この1年の彼女の労苦と凄まじい重圧が察せられた、感動的なシーンであった。

現代柔道においてトップ選手であり続けるための必須条件は「成長し続けること」。特に試合映像にアクセスしやすい現代では、一度頂点に立ったものは全ての選手に徹底的に狙われ、研究され、同じモードを研いで次の試合に持ち込むだけでは勝利はおぼつかない。筆者はこの観察に則って今大会の日本代表、特に既に国際的な実績ある選手を観察する上での採点基準として「昨年からの明確な上積み、成長があるか」どうかを一つの柱に据えている。

この点、新井は一定以上、控えめではあるが、その要件を満たしたと評価したい。

もともと抜群の投げを持ちながら組み手と戦術に難があった新井だが、昨年はこれも大きな弱点であった線の細さを克服することで頂点に登攀。地力を上げることで戦術性の不足を塗りつぶしたという体で世界チャンピオンに到達した。

今大会に向けては、組ませてくれない相手の対策として絞らせたまま両手をまとめて仕掛ける左内股や、逆技の右袖釣込腰など具体的な技術を磨いて臨んだとのこと。釣り手で襟、引き手で袖をしっかり持たないとなかなか技が出ない新井が、「形が出来なくても力を出す」という方向に舵を切ったという形の上積みだ。この技自体は直接決まらなかった(絞らせておいての左内股はジェンマ・ハウエル戦で試行、相当な効果を上げていた)が、アルベールの奇襲攻撃を右に腰を切って投げ返しての「技有」獲得など、新技への取り組みは「際」の攻防の体捌きに十分生きていたように思われる。この点は成長を示すもの、上積みなくば続けて勝てない「勝者の責任」にきちんと向き合ったものとして評価すべきだろう。

ただし、決勝のガイ戦で見せた組み手選択(パワーがあり、新井に勝つには腰を寄せての一発大技しかない相手に脇を差して応じてタイの位相まで降り、ノーガードのまま一発食って「技有」を失い、以後も同様の対応を続けた)など、戦術性と組み手という根本的な弱点はまだ解決されていないと見る。ライバルのアルベールが32歳になり、キム・ポリングが衰え(今回は欠場)、一発屋のベルナデッテ・グラフが抜け(78kg級に転向)、全体的に若手がまだ粗削りな現在の70kg級は長いスパンで見て、率直に言ってレベルが高くない時代。新井は実はその技術的課題の中核にまだ解を見いだせていないし、実は昨年来の精神的混迷からもまだ本当に抜け出せていないが、それでも勝ててしまった。そのくらい相対的に地力が周囲から抜けていたというのが率直な印象だ。

とはいえ、こうして「課題」と外野がうるさく言ってみても、東京五輪を戦う70kg級の面子は、世界的に見てもはや大きな変化はないだろう。現状既に2連覇を果たした新井の前に乗り越えねばならぬ絶対的な「壁」があるわけでもなく、海外勢の中に新井を脅かすまでの急成長を遂げ得る潜在力がある人材がいるかと言われると、ちょっと簡単には名前が挙がらない情勢だ。あとはあくまで新井がどこまで自分に圧を掛け、どこまでの高みを意識して五輪に臨むかという足し算ステージである。現状向かいつつある「形が出来なくても技を掛ける」方向性も勿論大事だろうが、新井の本来性である技の切れ味を生かには、最大の課題から目を背けるべきではない。新井の切れ味ある技が生きる「形」にアクセスする組み手と戦術性、論理性の獲得が五輪における頂点登攀の最大の梯子になるはずと愚考する。新井は2連覇してなお、本来の素質と力を出し切っていない。その成長に、あくまで期待し続けたい。

■ 大野陽子は片輪走行、躍進の因を発揮し切れず
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銅メダル獲得の大野陽子。この日は戦い方に弾力性を欠いた感あり。

大野陽子は銅メダルを確保。準々決勝でパワー派の不確定要素アッスマ・ニマン(モロッコ)の小外掛一発に沈んだが、気持ちを立て直して敗者復活戦を勝ち上がり、3位決定戦ではマリア・ペレス(プエルトリコ)から「指導3」の反則で勝利した。

この日は明らかに緊張しており、動きも戦術選択も「もっとも得意なこと」に視野狭窄していた感あり。そしてこの日これしかないとばかりに連発した「腹包み」から自分の腹上を転がすような捲り返しは、回すことに成功してからもさらにもう一段なんらか手順を重ねねばフィニッシュに辿り着けない手の掛かる技術。回すまでに投下した時間と体力に比すれば決定的フィニッシュホールド(≒展開に成功した時点で試合が決する技)とはまで言えない技術だが、ひたすらこれを繰り返して8分を超える試合時間のほとんどをめくり返しとその先で絡まれた「脚抜き」に費やしたアンナ・ベルンホルム戦などには、この日の戦いが象徴されていた感があった。これだけの大舞台は初めて、致し方ない部分もあるだろう。

大野のこの1年の躍進の因は、戦い方における引き出しの増加にあるのでないかとみる。従来の武器である「汗が掛ける」良い意味での愚直さと体力をそのままに、一本背負投や寝技など長年の蓄積した方法論が試合の「際」で有機的に繋がり始めた。大学時代の「叩いて前に出て一発」、以後の「前に出ながら組み手の優位を作って圧殺」というステージから脱却し、ここぞの場面での取り味が増したのは、これゆえと考えるのだ。投下した思考の量が閾値を超えるところまで来たわけである。しかし動きが硬く、戦術選択を「これさえやれば」のステージに限定してしまったこの日は片輪走行。従来通りに頑張りは効いたが、躍進の源泉である選択の幅を欠いた。その戦いぶり硬直。率直に言って「ちょっと前の大野」の試合を見たというような読後感あり。

「汗が掛ける」というベースにはブレなし。この経験と、大野もう1つの長所である思考の量の掛け算が次はこの選手をどのようなステージに導くか。次戦に期待したい。

■ まだまだやれるアルベール、また1年「怖さ」を更新
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今大会も銅メダル獲得のアルベール。早川憲幸コーチとの二人三脚はまだまだ続く。

もう1人の3位入賞者は32歳となったもと世界王者アルベール。前述の通り準々決勝で新井に敗れたが、ケリタ・ズパンシック(カナダ)とアッスマ・ニアン(モロッコ)の強豪2人をいずれも投げてしっかり銅メダルを確保した。ニアン戦では「技有」を失いながら、相手の移動方向を限定してその先に罠を仕掛け大外刈「一本」。その経験値の高さと勝負勘の良さ、引き出しの「具体性」にはさすがと唸らされるものがあった。手札の論理性の高さは、70kg級では飛び抜けている。

ひところに比べて体力は減じた感あり(ニアン戦での「技有」失陥はこちらのアスペクトの露出と捉えたい)、率直に言ってこの日に日本勢を倒すようなインパクトまでは感じられなかったが、では「次の五輪は厳しい」かと言われると、しっかり仕上げてメダルに絡んでくるであろう姿が容易に想像できてしまう。いったいに柔道競技の選手寿命が延びて来ていること、試合に追いまくられず自分のペースで柔道とコンディションを組み上げられる立場にあること、毎年見せる技術の積み上げの論理性の高さ、など種々考えると五輪における最大の敵はやはりこの人。「アルベールは変わらず怖い」という評価をさらに1年、ひとまずまたもや更新したという大会であったと言えるだろう。

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