PAGE TOP ↑

柔道1

柔道2
柔道4 柔道5

eJudoとは?情報募集・お問い合わせサイトマップ

【バクー世界柔道選手権2018特集】【eJudo’s EYE】「仕上がって」来た競技者髙藤、60kg級準決勝は髙藤-永山の”相互影響”の総決算・男子60kg級評

(2018年9月20日)

※ eJudoメルマガ版9月20日掲載記事より転載・編集しています。
【バクー世界柔道選手権2018特集】【eJudo’s EYE】「仕上がって」来た競技者髙藤、60kg級準決勝は髙藤-永山の”相互影響”の総決算
男子60kg級評
→特設ページ・バクー世界選手権2018完全ガイド

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

まだ大会も初日、たとえば審判の傾向やそこから見える将来的なルールの方向性、また今後に向けた競技トレンドの向かう先などといった「大ネタ」はもちろん見えてくる段階ではないが、今大会も日々「評」を簡単に記していきたい。第1日男子は、

「仕上がって来た競技者・髙藤」
「60kg級準決勝は髙藤-永山の”相互影響”の総決算”」
「柔道垢ぬけたブラジルの2選手、今後も続くか?」

の3題。

■ 「仕上がって来た」競技者・髙藤
eJudo Photo
一段違う戦いぶりで頂点に立った髙藤

男子60kg級の髙藤直寿は大会連覇、自身3度目の世界選手権制覇を達成。ひとことで言って円熟、自身の最高速度の速さを十分知りながら敢えて必要な時に必要な深さだけしかアクセルを踏み込まず、かつここぞと見れば自ら生命を差し出すような「賭け」の備えも万全の勝負師ぶり。「大人」の柔道、懐の深い戦いぶりだった。

あの初優勝、2013年に世界選手権を制したイケイケの若手・髙藤直寿の姿から、5年後のこの戦いぶり、この方向性での仕上がりは率直に言って少々想像しがたい。トーナメントほぼ全試合を観察して間違いなく髙藤はこの日のベストプレイヤー、仕上がりも地力もナンバーワンであったがそれ以上にこの戦いぶりの全方位性、「競技者」としての位相の高さになにより驚かされた。単なる「強さ比べ」でもナンバーワンの力がある髙藤だが、競技者として棲む世界の高さでそもそも周囲の一段上を行ったという印象。勝つべくして勝ったと評して然るべし。

いくつかこの日の髙藤の「志向」を構成するパーツを抜き出してみたい。

手堅さ。ここではまず寝技に注目したい。かつてほとんど見せなかったといっていい寝勝負であるが、この日は予選ラウンド4戦のうち寝技による勝利が3、うち絞技が2つで抑込技が1つ。絞技はいずれも立ち勝負との素早い連携によるもので、髙藤の鋭い投げを回避することで手一杯の相手を一瞬で置き去りにした早業(IJFのフォトグラファーの撮影が追いついていなかった)。抑え込みは「崩れたところに被さった」ような蓋然性の低いものではなく「加藤返し」からの裏固という確信に満ちた、テクニカルなものである。そもそも体格の殻が決まっている軽量級同士の選手で、勝つことではなく守ること、時間を少しでも長く使うことを強く意識する相手を仕留めていくのは、実は端でみるほど楽なことではない。力の差はあっても勝負が長引くこと自体で「なかなか投げられない」という精神的ダメージを負ってしまったり思わぬ疲労を重ねることもあるわけだが、力の差が着実に結果に繋がる寝技を連携させることで、リスクのないまま「取り味」が飛躍的に上がった。手堅さ比類なし、かつて髙藤の泣きどころであった事故の可能性激減。

手堅さの観点からもう一つ、足技。この日は思い切った、たとえば脇を差しての抱き勝負は僅少(体を投げ出すような目を瞑っての大技は永山竜樹戦の抱分だけだった)、主戦武器は最大の得意技、二本持って相手を動かしながらの左小内刈だった。攻めと守りが同時に出来る「二本しっかり持った形」からの足技で勝負することで実力差がしっかり試合に反映されたと評して間違いないだろう。毎年新技を畳に送り込むことで周囲の上を行き続けたロンドン-リオ期前半とはその発想からしてまったく異なる。

戦略性。ロベルト・ムシュビドバゼを畳に迎えた決勝では釣り手を内から前襟に高く持つ、という最高の形を作るなり、相手がそれを峻拒してリセット。以後も組みたがらずに切り離しを続けて来た。ここで考えられる手立てには「あくまで100-0を求める」「過程をスキップして大技一発(たとえば相手の背を抱いての)に打って出る」「不十分な形でも先手攻撃で状況を積む」など種々様々あるわけだが、例えば釣り手や引き手での「100-0」を妥協せず追い求めすぎると相手が組んでくれなくなって試合を決めるチャンスが減る(力関係からして組み合えば組み合うほど髙藤は有利になるが、例えば組まずに互いに「指導」を失い合って後のなくなった組み際抱き勝負というステージに陥ればムシュビドバゼにもチャンスが生まれてしまう)し、過程を飛ばした抱き勝負の大技一発はそもそも相手の力関係を上と規定して後の先を強く意識しているムシュビドバゼと「タイの打ち合い」まで降りねばならない理不尽さがある。組み手不十分での先手掛け潰れにも、「指導」失陥のリスクと、自身が形を崩したまま抱き技一発を狙う相手に位置関係を操作させるという一定の危険があり、最上の策とは言えない。

ここで髙藤は「妥協ライン」を的確に決めた。外側からの脇下絞り込みだ。これをムシュビドバゼが受け入れると見るや、この位置でもここ一番の拘束力は十分とギリリと絞り込みを効かせて試合を進め、勝負技の小内刈ではまさしくこの「絞り込み」でしっかり相手を固定して背中を着かせた。自身のやりたいことと出来ること、相手が妥協する範囲内で最大効果を得られてかつ自身が「譲ってはならない」ラインの範疇にあるポイントを的確に見抜いた勝負眼の確かさ。「やりたいことをとにかく貫く」「自分が出来る最大限をとにかくぶつける」一方通行ではなく、駆け引きの中で相手の力をしっかり見積もって、もっともリスク少なく勝利を得られる妥協点をあっという間に探ったその懐の深さ、まさしく「大人」である。

勝負勘と度胸。最大のライバルである永山竜樹との準決勝では、右組みの永山が一瞬両手を離してから放つ片襟の左背負投に思い切り放られ、あわや「一本」失陥の危機に陥った(不可抗力条項の適用が為されたと思われるが「ヘッドディフェンス」による一本負けは十分ありえる情勢だった)が、以後は逆にこの左の担ぎを呼び込んでの抱分という罠を用意して永山を放りに掛かった。投げられるリスクを呑まなければ勝負は出来ないレベルの相手だと、もっとも危険なエリアに自ら相手を呼び込んで展開を取るこの度胸。この技で思いきり放られてビデオ判定まで持ち込まれた永山の動揺を見てとった延長戦、この場の「荒れ」が残る時間帯に勝負に出て獲り切った(小内刈「技有」)勝負勘も見事だった。効率や安全性を追い求めることだけで勝利を得ようとする単なる「選手」と本来的な「勝負師」である髙藤を決定的に分けるポイントであったと考える。

我慢。永山に放られて映像チェックを受けた後の1分間、試合場の場は荒れ、髙藤の戦いぶりも足元定まらず少々危うかった。かつての髙藤であればこの不穏な空気を敏感に感じすぎて一発逆転の無謀な大技に出た場面ではないかと思われるが、ここを動的膠着で試合を加速させずに凌ぎ切って「荒れ」を収めてから再度勝負に挑んだ。一方の永山が、自身が放られてビデオチェックを受けた後の「荒れ」に耐え切れず髙藤の小内刈に沈んだこととは好対照であった。

と書き連ねると、「レベルの高い選手であればいずれもありうる範疇はないか」と思われるかもしれないが、よく考えてみて欲しい。この選手は「あの」髙藤である。冒頭書いた通り、2013年にイケイケモードで初優勝したあの時の姿を思い出してほしい。売りは自ら相手ごと宙返りするような身体能力と溢れる投げの才能。少々ヤンチャな性格もあり、たとえば以後投げの快感に淫して勝ったり負けたりのバクチに陥り「記録より記憶に残る」選手としてキャリアを終える可能性も十分あった。それがこの極めて、一種優等生的ですらある論理的な成長。髙藤が「(新技の開発合戦ではなく)二本しっかり持った王道の強さを追い求めたい」と発言したのは2015年頃ではなかったかと思われるが、この志向に沿って淡々積み続けた技術と勝負リテラシーの蓄積がいよいよ開花しつつあると見る。最強と言われながら実は2013年以降頂点に立っていなかった髙藤が昨年、今年と世界を連覇。目指す成長の方向性が現象としてしっかり現れていると捉えるべきである。

また、先に挙げたこの日の柔道の構成要素が、技術的な引き出しの豊富さに支えられていることにも注目したい。髙藤が柔道に掛けている思考の量は圧倒的だ。73kg級の大野将平もそうだが、トップ競技者の必須要素は「成長を続けること」。得難い投げの才能を持つ選手が、これだけの思考量を投下して引き出しを増やし続け、どころかスタイルごと変えるような成長を続けるのだから他が追いつくのは容易ではない。

勝ちぶりの派手さは一見減じたが、髙藤の強さの質の高さはかつてとは比較できない域にある。また、必要とみればその「派手」なモード、「相手ごとの宙返り」を厭わず繰り出すであろうこともまた恐ろしい。

ほめ過ぎとは思わない。髙藤の戦いぶりにはここまで言葉を尽くすだけの価値があった。もはや単に「強い」だけでは髙藤は攻略不能。2016年12月のグランドスラム東京や2017年4月の選抜体重別における永山のような一撃の強さ、あるいは勢いが髙藤をスポット的に凌ぐことはあるかもしれないが、試合を重ねれば、総体的には髙藤が勝利していくだろう。

■ 60kg級準決勝は髙藤-永山の”相互影響”の総決算
eJudo Photo
今大会の起点となった一番。2016年12月グランドスラム東京における髙藤-永山戦

2つ、鍵になるセリフを挙げたい。
1つは先日、東海大の上水研一朗監督にお聞きしたフレーズ。筆者が「髙藤選手はアクセルを踏み込み過ぎなくなった、相手との力関係や場面を弁えた行動を採るようになった、身体能力の高さに振りまわれていたころとは別人だ」との見立てを語って意見を伺ったところ、即座に「最大の要因は永山の台頭。永山がいるから絶対に失敗出来ないという危機感があった(ことが投下する思考量を増やした)」との言葉を頂いた。

この日の60kg級準決勝、髙藤直寿対永山竜樹戦の様相と結果は、誰が見てもおそらく「髙藤の経験値の高さが永山のそれを上回った」と評するであろう。その髙藤の経験値と引き出し、戦い方の変化が、上水監督の語る通り永山の台頭によってもたらされたものであれば、後輩と先輩という関係にありながら永山は「自分が育てた選手」に敗れたことになる。この構図はなかなか面白い。

もう1つの台詞は、2016年グランドスラム東京の決勝直後。後輩永山の内股一発に沈んで衝撃の敗戦を喫した髙藤が発した「教え過ぎた」というフレーズである。どこまでが本音か測りがたいひとことではあるが、これを起点に考えると、髙藤が教えた(あるいは髙藤を目指して成長した)永山が技一撃の強さで先輩髙藤に連勝し、辛酸をなめた髙藤が永山を凌ぐべく研鑽を重ねて昨年12月のグランドスラム、そして今回と連勝を果たしたという構図も浮かび上がる。

井上康生監督をはじめとする強化陣が「複数同時強化」を掲げ、各階級2名以上の強者に「競らせる」ことを大戦略に掲げていることはこの点非常に理にかなっている。やはり、選手を成長させる最大の要因はライバルの存在と相互研鑽。「一強」が固まりつつある男子66kg級、混戦模様の男子90kg級などにもぜひこの構図が出来上がって欲しいもの。

見出しに総決算と書かせて頂いたが、永山の立場では今回の結果はあくまで現時点でのもの、一時的な総括に留めたいはず。髙藤と永山が歩む今後のライバルストーリーが非常に楽しみ。魅力的な選手2人が相互研鑽を繰り返す、ファンにとっても幸せな時代だ。

■ 柔道垢ぬけたブラジルの2選手、今後も続くか?
これはおまけとして。48kg級のガブリエラ・チバナ、60kg級のエリック・タカバタケと、結果は残らなかったがブラジル選手の成長と柔道の「筋」の良さが気に掛かった。2人とも新しい技術を積み、特にこれまで担ぎ技一辺倒であったタカバタケの回り(一足)足車と大車による2連続「一本」には驚かされた。母数少ないゆえまだなんともいえないが、日本出身の藤井裕子氏の監督就任がなんらか影響を与えているのであろうか。以後も少々気に掛けて試合を見守ってみたい。

→特設ページ・バクー世界選手権2018完全ガイド

※ eJudoメルマガ版9月20日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る




supported by KAYAC 運営会社サイトポリシー  RSS copyright (c) 2005 ejudo all rights reserved.