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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第49回

(2018年3月5日)

※ eJudoメルマガ版3月5日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第49回
柔道ではその中庸たる指座を採用するのである。
出典:「柔道の一端」 教育時論886号 明治42年11月 (『嘉納治五郎大系』未収録)

講道館柔道が創始され、130年以上が過ぎました。
これを「もう」ととるか「まだ」ととるかは、人それぞれですが、この130年を超える歴史の中で「なぜこうなのか?」が、すでに分からなくなっていることが割とあります。例えば、足を絡めたらなぜ“解けた”なのか。あるいは、立礼の時、どうして手を前に出すのか、等々。

「分からない」「知らない」と言っているうちは、まだ良いのですが、想像で、その起源らしきものをこじつけることもあります。筆者が耳にした、面白い例は、赤畳は、そこから出たら死ぬという意味で、血をあらわす赤色にしたというものがあります。赤畳自体がそこまで古いものではないにもかかわらず、このようなことをいう人がいることに大変驚きました。いわゆる俗説です。立ったり座ったりする際、必ず右脚を立てた姿勢をとる<左座右起>を武士が刀を腰にさしていたことに由来するというのも、この類かもしれません。
歴史を調べ学ぶ意義の一つは、そういった俗説をなくし、起源やその当時の背景・意味を明確にし、文化に厚みを持たせることにあるでしょう。

前置きが長くなりました。
今回は「なぜこうなのか?」の1つである「柔道は正坐の際、なぜ親指だけを重ねるのか?」についてです。筆者の知る限り、師範がその理由を述べた唯一の史料が、引用元です。

師範は、正坐には3種類あるとしています。
 ①両足かかとを開き、おしりを畳につけるもの
 ②両足の親指だけを組み合わせるもの
 ③つちふまずで組み合わせるもの

この3種類の内、最も安定して、<敵>にドンと押されても倒れないという長所があるのが①です。ところが、安定している分、斬りつけられたり、<槍で突かれようとするとき>、素早く避けるのに都合が悪い、と師範は評しています。
 ③はどうでしょうか?①とは逆で、何かあったときに対応しやすいが、押された場合、倒れやすいという欠点があるとしています。①も③も一長一短ということです。
 そこで、中間である②の出番になります。①と③、それぞれ長所があるが、そのための欠点もある。そこで間をとって②の親指だけを重ねた正坐の仕方<指座>を柔道に採用したということです。
 <槍で突かれる>ことなど、現在は考えらません。そもそも、目の前の相手が不意に攻撃してくること自体が、想定外です。
ですが、たびたび紹介してきた、師範の武術的な考えを改めて裏付けることになるでしょう。
 
正坐は親指だけを重ねるという説明も、悪くないですが、このような背景を加えることにより、指導に奥行きが出ると筆者は考えますが、いかがでしょうか。
 
最後に、この指を重ねる座り方を引用中では<指座>としていますが、この言い方は師範がしたものではなく、インタビューをした記者が原稿を起こす上で便宜上つけたものとのことです。誤解がないように説明を加えている記者の<誠実さ>も併せて、ご紹介いたします。

※今回の「ひとこと」は田中・石川「嘉納治五郎の言説に関する史料目録(1)」で紹介されている史料から引用しました。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版3月5日掲載記事より転載・編集しています。

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