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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第44回

(2017年12月25日)

※ eJudoメルマガ版12月25日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第44回
平素倒れまいということにあまり拘泥していると、巧みに倒れることが出来難くなる。巧みに倒れることが出来ないと、無理に頑張るようになる。そういうことから怪我もすれば、負けもする。
出典:「近く講道館に設けんとする特別練習科について」 柔道 8巻7号 昭和12年(1937)7月
(『嘉納治五郎大系』1巻282頁)
 
嘉納師範が明治15年(1882)に創始したとされる講道館ならびに講道館柔道。始まりは12畳の書院兼道場とわずかな門人でしたが、その普及は創始者の想像を超えるスピードですすみました。予想外の普及が、師範にとって大きな喜びであったことは、簡単に想像できますが、一方で、師範の理想とは異なる形での展開だったことが残された史料からもうかがえます。

師範の柔道に関する活動の多くは、柔道を社会に広めると同時に、自らの手を離れた柔道をいかに理想に近づけるかという格闘の歴史だったと見ることもできます。
 
そのような活動のうち、晩年のものの1つが、今回の出典に出てくる講道館「特別練習科」の設置でした。師範は武術と体育が乱取の主要な目的であると主張します。明治22年の時点では、「武術=勝負」を乱取では危ないので、形で練習すると言っていましたが、形の振興が思い通りにいかなかったためか、この時期、乱取にも武術の稽古法としての面を期待していたようです。

ところが、当時の乱取は、<手足に力を入れ、両脚を開き、体躯を低く下げ>た状態で、師範の期待にこたえるものではありませんでした。第21回(http://www.ejudo.info/newstopics/002817.html)でも、紹介したとおり、このような姿勢では、当身(突きや蹴り)に対応することが出来ません。さらに「体育」としも良くないというのが師範の見解です。そして、このような乱取が、師範の理想とする柔道像からかけ離れていたことは言うまでもありません。

では、乱取を理想の姿勢にするにはどうしたら良いか。勝負にこだわりすぎず、正しい姿勢態度で練習する習慣が必要となります。

そこで、今回の「ひとこと」です。勝負にこだわり、投げられまいとすると、投げられる練習が出来ません。そうすると、ますます投げられることが嫌になるので、無理に頑張るようになります。無理に頑張ると、怪我もします。師範は明言していませんが、腰を引き、力んだ姿勢ではちゃんとした技をかけることが出来ませんから、上達の妨げにもなります。結果、試合等でも、なかなか勝てないかもしれません。
そこで、無理せず、自然体で組み、最初はドンドン投げられ、投げられることに慣れることが大切ということでしょう。このあたりも第21回の主張と通じるところです。
 
そして、そういった柔道を普及するために、まず講道館で、少人数対象に特別な指導を行い、徐々にそれを世間一般に広げるというのが、「特別練習科」の構想だったようです。

この論考が発表されたのが、昭和12年7月。この半年後、師範は国際オリンピック委員会参加のため、カイロに向けて出発し、そのまま日本の地を踏むことはありませんでした。その後、特別練習科がどうなったかは、伝わっていません。

師範が帰国し、特別練習科が盛んになっていたら。歴史にifはありません。ですが、もし想像することが許されるのであれば、今の柔道は違った状況になっていた・・・かもしれません。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版12月25日掲載記事より転載・編集しています。

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