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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第43回

(2017年12月11日)

※ eJudoメルマガ版12月11日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第43回
人と共に飲酒して始めて打解けた間柄になれるなんと考えている人は、理想の低い人といわなければならぬ。
出典:「時弊の救済と柔道」 柔道 1巻4号 大正4年(1915)4月
  (『嘉納治五郎大系』4巻194頁)
 
「なるほど!」と納得した人は殆どいないのではないでしょうか。むしろ、疑問を持ったり、反論したい人の方が多いかもしれません。

子供では出来ない、大人ならではの社交。一緒にお酒を飲み、普段とは違うお互いを見せ、話をすることにより短時間で仲良くなる・・・ことがあるのは事実でしょう。
「飲みニケ-ション」といった俗語もありますし、筆者もお酒を一緒に飲むことに、そういう効果があると思います。

ですが、師範はそういった考えを「理想の低い人」とバッサリ切り捨てます。酒の上でなければ本心を話せないような人は「幼稚な人」だと。さらに師範は言います<酒の場で聞いたことは素面のときに聞いたことほど信用できないだろう>と。
確かに、そういった面は否定できません。お酒の勢いで言ってはみたが、次の日、「そんなこと言ったかな?」と言う人、あるいは「酒の場のことだから」で終わる人・・・いますよね。

では、こういった反論はどうでしょうか?
「でも、世の中には付き合いとうものもある。世間のことは理屈一辺ではいかないだろう」。
確かに、世の中、付き合いというものは大事であり、そこにアルコールが入るのも大人にはありがちです。目上の人と同席するとき、相手に気を遣う、あるいは気に入られようと、多少の無理をするようなことも、多くの人が経験しているのではないでしょうか。

ところが、師範はこうも言っています<そんな意気地のない人が世にあるから、社会の進歩が遅々たるものである>と。これも随分容赦ありません。
 
師範の飲酒観については、昨年も同じ時期に紹介しましたが、今回の内容は、輪をかけて厳しいものになっています。何か嫌な思いをしたのか等と、思わず勘ぐってしまいます。
ただ、師範が決してお酒を嫌いだったわけではありませんし、お酒自体を完全に否定しているわけでもありません。<好きな人がお酒を飲み、それが人に害を与えないのであれば、何も干渉することはない>とも述べています。

とは言うものの、普段の師範の言説にはない舌鋒の鋭さ。今回の「ひとこと」を含む一連の文章は該当部分も含め見開き2頁という、わずかな量です。ですので、機会があれば、皆様にも読んでいただきたいのですが、そのわずか見開き2頁の中に、お酒を飲むことについて厳しい言葉が連なっています。

もちろん、師範は人間関係そのものを軽視しているわけではありません。むしろ、「自他共栄」という言葉からも分かるように重要視しています。
 ですが、その手段としての飲酒、あるいはコミュニケーションをするため(という大義名分のもと)お酒を無理する、あるいは無理させること。さらにはそういった風潮を受け入れる態度を嫌ったようです。

これから忘年会の季節。お酒をお付き合いすることが1年で一番多い時期になるでしょう。

この「師範のひとこと」を「なるほど!」と思うか、「師範も見当違いのことを言うんだな」と思うか。それは皆様次第ということで・・・。
 
 
※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版12月11日掲載記事より転載・編集しています。

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