PAGE TOP ↑

柔道1

柔道2
柔道4 柔道5

eJudoとは?情報募集・お問い合わせサイトマップ

【ブダベスト世界柔道選手権2017特集】【eJudo’s EYE】「No risk, No goal」マイドフの台詞は新ルールの本質突く・第5日3階級評

(2017年9月15日)

※ eJudoメルマガ版9月15日掲載記事より転載・編集しています。
【ブダベスト世界柔道選手権2017特集】【eJudo’s EYE】「No risk, No goal」新王者マイドフの台詞は新ルールの本質突く・第5日3階級評
■ 「No risk, No goal」マイドフの台詞は新ルールの本質突く
eJudo Photo
誰が信じられようか、90kg級の新チャンピオンはセルビアの2番手ネマニャ・マイドフ。

90kg級は81kg級に続いて大荒れ。誰が、ネマニャ・マイドフ(セルビア)とミハエル・ツガンク(スロベニア)の決勝なぞ予想出来ようものか。マイドフはセルビアの2番手でワールドツアーの優勝はなし、ツガンクはツアー未勝利ながら決勝ラウンドには度々姿を見せている選手でマイドフほどの「確変」ぶりではなかったが、それでも凄まじい大穴カードであることには間違いない。

ツガンクの大暴れが大荒れ大会の直接の因であり、またこの2人の勝利傾向から「ベイカー茉秋金メダル獲得以来の『汗を掻く』ファイトスタイルの強さが1年後も階級内で継承された」ということはひとつ言えるかもしれないが、あまり細かな分析はかえって大局を誤ると思われる。ガク・ドンハン(韓国)、フセン・ハルモルザエフ(ロシア)、クリスティアン・トート(ハンガリー)、ヴェカ・グビニアシビリ(ジョージア)らの負けがいずれも「指導」差ではなく明確な投げ、それもGS延長戦の末の決着がほとんどであるというところに、前日81kg級での仮説をそのまま当てはめておきたい。もともと資質的に有望人材が多数揃い、その中で相互研究による技術の平均化が起こり、かつ絶対に投げを決めろと組み合うことを求めるデスマッチルールが施行されてまだ間もなく、組み合っての防御技術が攻撃技術ほどには練れていないこの時期に「投げ合い」が加速、一時的な大混戦期が現出した、と。81kg級における「軸になる有望人材が消えた」というトリガーは、90kg級においてはツガンクの大暴れがこの役を担ったと捉えておく。

前述2名が今後強豪として定着する可能性について一言。これまでの実績からもこの日の倒した相手のラインナップからも(マイドフはツガンクの大暴れで漁夫の利を得た感あり)、ツガンクの方にその可能性が高いとしておきたい。主役級をすべて倒したと言ってしまっていいこの選手の、ツアーでの戦いぶりは見ものである。マイドフも楽しみではあるが、ここはそれ以上にすっかりこの選手に食われて立場を失った同国の一番手アレクサンダー・クコルの逆襲というドラマに期待。

と、非常に簡単に総括させて頂いた90kg級であるが、最後にひとつ。優勝したマイドフのインタビューから「No risk, no goal」という言葉を紹介したい。リスク冒さずばゴールなし、危険を冒さずば成果なし。実はマイドフの戦いぶりは、客観的にはそこまで凄まじく勇を振るったものではないと思うのだが(もちろん本人は力以上のものを振り絞ったのであろう)、この言葉は、かなりいい。現行ルールの本質を突いている。柔道競技新ルールのキャッチフレーズにしても良いくらいのものだ。

このルールは、リスクを採ることが前提だ。金野潤強化委員長は大会後、新ルールのインプレッションとして「非常に逆転が多い、手数を積むことや押さえつけることで『指導』を狙うような選手には非常に勝ちにくいルール」である旨を語っていたが、まさにその通り。いかに状況を積もうとも、相手に返されるリスク、試合を動かしてしまうリスクを敢えて冒して投げに出る行為こそが、このルールの中で選手を勝者たらしめる。詰め将棋で状況を積み重ねる柔道は、それだけでは完結しない。最後にまさしく「詰む」ためにこそ、投げに出る勇気が必要だ。

第2日評で若年世代の日本女子柔道の「投げられない」世界について言及したばかりだが、新ルールで勝ち抜かんと錬磨を重ねる日本の若き選手たちすべてに、この90kg級の新世界王者ネマニャ・マイドフの言葉を贈りたい。「No risk, No goal」、である。

■ ガクドンハンも陥落、不調の韓国と揚がるモンゴルに感じる「時代の要請」
eJudo Photo
57kg級を制したドルジスレン・スミヤは女子ながら「揚がるモンゴル」の象徴的存在

日本が開始3日から男女6階級で5つの金メダル、1つの銀メダルとロケットスタートを見せた今大会。この5日目までに日本以外に目立った国を挙げるとすれば、やはりモンゴルだろう。60kg級でガンバット・ボルドバータルが優勝候補の永山竜樹を破って銅メダル、73kg級ではガンバータル・オドバヤルが激戦を縫ってこれも銅メダルを獲得し、女子48kg級ではムンフバット・ウランツェツェグが銀メダルを得たばかりか、「出身」という形のガルバトラフ・オトコンツェツェグ(カザフスタン)も銅メダル獲得。そして何と言っても、57kg級ではついに日本の連勝を止めて、ドルジスレン・スミヤが念願の金メダルをモノにしている。国として日本に組織的抵抗を示したのはほとんどこの国ひとつのみというくらいの、骨の太い戦いぶりであった。

反対に、元気のなさが目立ったのが同じ東アジアの強国・韓国。リオ五輪にワールドランキング1位選手をずらり並べて「アベンジャーズ」と国内メディアに持ち上げられた状況から打って変わり、ここまでのメダルは男女合わせても73kg級アン・チャンリンが得た銅メダルただ1つのみ。そしてこの日90kg級のガク・ドンハンが3位に終わったことで、金メダル獲得の可能性はほぼ潰えた。圧倒的なチャンピオンも出せず、メダルの数も揃えられず、ひところからは信じられない凋落ぶりである。

「流れ」を見ていけば、昨年の五輪のショックがまだ尾を引いているという印象はやはり否めない。前述の通り、韓国メディアは、現在の競技状況から言えば「権利のあるものの一」に過ぎない世界選手権1位という実績と便宜上の位置づけに過ぎないワールドランキング1位という地位を根拠にリオ五輪柔道代表を「アベンジャーズ」と持ち上げに持ち上げた。筆者は現地でそれを知ってあまりの「外しぶり」に驚倒したものだが、おそらく韓国代表の強化現場は実相を十分理解しながら、それでもメディアや社会の未成熟ぶりに抗することなくこれを受け入れて堂々戦い、そして国民の要求水準からすれば、大敗した。悲壮な戦いであり尊敬すべきチャレンジであったと思うが、そのショックはいかばかりか。ツアーにおける成績もそれまでの勤続疲労が出たとばかりに以後いったいに冴えず、この衝撃がいまだ尾を引くという観察は、一面当たりだろう。

加えて、2つ仮説を提示したい。

ひとつは、スタッフが入れ替わり、若いコーチ陣で成果を残して来た韓国強化陣が壁に当たっているのではないかということ。韓国の戦いぶりはかつてと一変してスマートであり、論理的。あの憎々しいまでのダーティプレイや考えられないようなド根性試合、必要とあれば歯型クッキリ相手の手を噛むような非常識ぶりはすっかり鳴りを潜め(昨年のグランドスラム東京で風貌大人しいアン・バウルが橋口祐葵の腕を折りに来たときには、あ、まだこういうことが出来るんだと少々懐かしく思ったくらいだ)、精度の高い組み手と理にかなった技で試合を組み立ててくるのだが、これが意外と「怖くない」。伝統のパワーと根性に「理」を重ねてニュースタイルを組み上げて来た現強化体制が、その「理」の浸透の一方でそもそものストロングポイントを失いつつあるのではないか、という印象を受ける。

もう1つ。これは「揚がるモンゴル」と引き比べてのまったくの妄想仮説であるが、集中強化という体制の社会制度的、あるいは時代的な限界が見えて来ているのではないかということ。モンゴルも男女代表候補が年中一緒の空間で暮らすような濃い強化体制を敷いてはいるが、そのバックグランドには国民挙げての「格闘技(やる、という意味での)好き」という文化がある。経済状況が安定するとその国の特色が濃く現れ始めるのは言うまでもないが、好人材、それも画一的でない人材(モンゴルの軽量級、軽中量級勢は実はそれぞれかなり違う柔道をする)が入れ替わり立ち替わり現れるこの国の状況からは、なにより背景に広がる豊かな格闘技への見識と文化を感じざるを得ないのだ。柔道に限らず、少ない競技人口からエリートのみを選抜して極端な少数強化を為すのが韓国スポーツの特色であるが、こういう「国威発揚のための人工的強化体制」は世界的に遅れを取り始めており、各国の経済状況がある程度の水準以上に揃いつつある中で、トレンドはモンゴル柔道のような「文化のある国が、そのアウトプットとして優れた人材を生み出す」方向に移りつつあると見る。韓国男子でもっとも期待出来るアン・チャンリンも日本育ちであり、韓国がこの一種刹那的な方法論で世界と伍していくのはいよいよ難しくなってきているのではないだろうか。

読んでいただいてわかる通り、この仮説に統計的、あるいは科学的なエビデンスはない。まったくの肌感覚の直感妄想である。ただ、わが国の強みは、論理的な強化体制以上に、その前提となりうる携わる人の多さ、柔道文化の豊かさであるとあらためて強く思った次第。少数ピックアップでなく、「そもそも楽しむ人の多さと文化の多彩さ」が日本の長所であると、強く意識して、この先を考えねばならないとひとつ提言しておきたい。

■ ようやくふさわしい座に就いた新井、地力と技で他を圧倒
eJudo Photo
ついに世界の頂点に立った新井千鶴

告白するが筆者は新井が高校時代からのファンであり、ようやく彼女が世界を取ったというこの状況には相当な高揚感があって然るべきなのだが、なんというか、そうでもなかった。現時点の新井の柔道の完成度と周囲との戦力差からすればむしろ勝って当然、新井の資質からすれば遅すぎたくらいの戴冠。為すべき仕事をしっかり為してくれたという評価以外に、誉め言葉は見つからない。

生命線であるはずの釣り手の管理はいまだ決して論理的ではなく、相手が力を籠められる状況のままでの危険な攻防もしばしば。それでも、しかも全選手に優勝候補の筆頭として狙われながらの金メダル獲得はそのディティールの粗さを超えて見事というほかない。まだまだその資質からすれば勝ち方は危うく、技術的に埋めねばならない部分も多々あるが、それでも絶対値の高さ自体で他を圧倒して見せた。伸びしろをなお残したままの戴冠であるとポジティブに評価したい。団体戦では韓国の補欠ジョン・ハイジンに余計な一敗を喫してしまったが、五輪までに何をどう上積みしてくれるのか、その方向性自体が非常に楽しみだ。新井の資質の高さと、技術的にまだ空白域を残しながら世界王者に辿り着いてしまう現時点での戦闘力、そして圧倒的なライバルがいなくなりつつある周囲との力関係を考えると、五輪で全試合を圧勝で駆け抜けるような、史上に残る絶対的な王者になる可能性すらあるのではないか。

そして新井の偉業達成は、私ごときではなく、最大のライバルであるジュリ・アルベール(コロンビア)の師匠である早川憲幸氏の言葉を以て称えられるべきだ。曰く「あまり認めたくないけど新井選手との差はかなりある。それは認めるしかない」。世界選手権優勝3度の師弟コンビが認めた、新井の強さは本物だ。ついに掴んだ世界チャンピオンの称号、心からその偉業を称えたい。

■ 序列上位への「居座り」宣言した梅木、格の違い示したアギアール
eJudo Photo
マイラ・アギアールと梅木真美による78kg級決勝

78kg級はマイラ・アギアール(ブラジル)が優勝。ロンドン-リオ期に実質2強状態を作り上げていたケイラ・ハリソン(アメリカ)の引退を受けての参加であったが、パワーファイター打ち揃うこの階級にあって、技術も、力も、そして何より力と力がぶつかり続ける原初的様相打ち続くこの階級にあって一段違う高い論理性を発揮して、まさしく貫禄の戴冠劇であった。過去5年近くにわたってBグループの人材が時折入れ替わりながら「ハリソンとアギアール」の周囲を旋回して来たこの階級であるが、順当であれば今後はアギアール一強、少なくともここ一番の試合ではアギアール勝利という状況が数年スパンで続くであろう。この展望以外に、王座を揺るがすような新しい潮目の見えない大会であった。

その中にあって銀メダル獲得の梅木真美は大健闘、そのパフォーマンスは高く評価されるべきかと思われる。地上波の中継ではアギアール戦の敗北の印象がどうしても強くなってしまったのではないかと思うが、これは力関係から言って責められない。2015年アスタナ大会の戴冠は組み合わせと勢いに助けられてのフロック的な要素が強いものであったが、今回は圧力と左右のゆさぶり、そして寝技という自己の長所を十分に意識して、その実力ゆえに決勝まで進み、その力の差ゆえに敗れたという「正味」の戦いであったと観察する。アスタナ以後メンタルが揺れに揺れ、戦いぶりも迷走していた梅木であるがようやく落ち着きどころを得たという印象だ。この先常にメダル以上を期待出来る序列上位に座ることを確定した、意義ある大会であったと観察して良いかと思われる。今後は強豪の一として階級上位の選手たちと呼吸しながら、より具体的な勝利の方法論と、アギアール打倒の突破口を見つけ出していくというステージが待ち受ける。

対照的に佐藤瑠香は4回目の世界選手権挑戦でも結果を残せず、内容も悪し。既に即日レポート記事で相当字数を費やしたのでその不可解な戦いぶりを再描写することは避けるが、日本代表としてはもちろん、これまでと同根同種のミスを繰り返したその戦いぶりは、到底「一階級削ってまで派遣された」選手のそれとして合格点を与えられるようなものではなかった。

強化はこの施策の失敗を強く意識すべき。まさか昨年度最終選考会で強さを示しながら五輪選考の資格すら与えられなかった(早々に指定を解除していた形になっていた)ミスのバーターというわけではないだろうが、佐藤にこの貴重な枠を注ぎこんだ理由はいったい何だったのか。少なくとも佐藤が「一階級削ってまで選ばれたのだから」というような磁気を背中に帯びて戦えるタイプでないことは周知の事実で、この事態は十分に予見できたはず。そうまでして佐藤に期待した理由、批判を覚悟してまで派遣した動機が何であったのか理解に苦しむ。

女子の選考についてはその後の世界ジュニア選手権代表選考でも選抜基準の不明確さを感じさせられたが、我々が裏側の事情をあれこれ考えねばならないような曖昧な選考は避けるべきだ。梅木が一定以上やれる、という手ごたえとともに一抹の悔しさいなめぬ、78kg級の代表二人の戦いぶりだった。

文責:古田英毅

※写真は権利者の許諾を得て掲載しています

→世界選手権特集ページに戻る

※ eJudoメルマガ版9月15日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る




supported by KAYAC 運営会社サイトポリシー  RSS copyright (c) 2005 ejudo all rights reserved.