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【ブダペスト世界柔道選手権2017特集】【eJudo’s EYE】キャリアの集大成的内容で世界掴んだ橋本、「一周回」の差で惜しくも銀メダルの芳田・第3日2階級評

(2017年9月15日)

※ eJudoメルマガ版9月15日掲載記事より転載・編集しています。
【ブダペスト世界柔道選手権2017特集】【eJudo’s EYE】キャリアの集大成的内容で世界掴んだ橋本、「一周回」の差で惜しくも銀メダルの芳田・第3日2階級評
■ 雑食キャリアの集大成、異なる方向性で持ち味見せた橋本
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決勝、ルスタン・オルジョフから体落で「技有」を奪う橋本壮市

73kg級はワールドランキング1位で参加した橋本壮市が見事優勝。日本男子は60kg級、66kg級に続いて大会初日から3階級を制覇するという素晴らしい滑り出しを見せることとなった。

橋本はまず2回戦でアルセン・ガザリャン(アルメニア)からGS延長戦の末に大外刈「技有」で勝利。「技有」のリードで圧倒的優勢の状況から1度追いつかれてしまうミスを犯しており決して締まった試合ではなかったが、これが却って良かったのか以降は「らしさ」を存分に発揮することとなる。3回戦ではヤコブ・イェツミネク(チェコ)からクラシカルな体落で「一本」、準々決勝はロンドン五輪66kg級金メダリストのラシャ・シャフダトゥアシビリ(ジョージア)を組み手争いの泥沼に嵌めて「指導2」対「指導3」の反則、準決勝では新興勢力の旗手ヒダヤット・ヘイダロフ(アゼルバイジャン)に袖口を制して片手で押し込む「橋本スペシャル」(左袖釣込腰)を決めて「一本」。そして決勝ではこの日絶好調で最大の難敵と目されたルスタン・オルジョフ(アゼルバイジャン)に得意の密着を許さず、延長戦のワンチャンスを生かし体落「技有」を得て優勝を決めた。

橋本のこの日の戦いぶりには、彼の経歴がそのまま被る。橋本は名門・東海大相模高でインターハイ81kg級を制したが、本来の階級である73kg級には同県内の西山雄希(桐蔭学園高→筑波大)という投げ一発の威力を前面に打ち出したスターがおり、いますぐ世界選手権に出るのではないかと騒がれたこの選手の存在もあって、決定的なブレイクには至らず。以降大学カテゴリでは団体戦で存在感を見せ続けるが、学生体重別選手権では3位1回、2位2回とタイトルには届かず、スター揃いのこの階級にあって代表グループへのピックアップはもちろんなし。成績そのまま、強化目線的には「毎年量産される世代別の強者」的な扱いに甘んじることとなった橋本が生き残るために選択した道は、変化を続けることだった。高校時代のイケイケ柔道から、負傷を経た学生時代は足技の切れ味と腰技に活路を見出してなんとか一線に踏みとどまり、学生カテゴリの入賞で実業団就職の資格を得た形でパーク24に進むと、今度は異常なまでの組み手技術を全面に打ち出して2014年の実業個人選手権に優勝。さらに大野将平、中矢力、秋本啓之と世界王者3名が打ち揃った2015年の選抜体重別選手権を制して本格ブレイクを果たし、同年のアジア選手権、実業個人、講道館杯を立て続けに制して結果を積み上げる。それでも階級の層の厚さと、組み手技術中心の試合内容のインパクトの薄さゆえかなかなかトップ扱いには手が届かなかったが、このあたりから独特のアレンジを効かせた投げが決まり始めてさらにステップアップ。変幻自在の組み手に「橋本スペシャル」とでもいうべき変調の投げを組み合わせたスタイルは結果と内容、そして見た目の説得力も獲得して代表グループにも定着。2016年にはツアー最高峰大会のワールドマスターズ、さらにグランドスラム東京に優勝。いよいよその柔道成熟した今年はグランドスラム・パリ日本代表の栄を得、 決勝ではアン・チャンリンの脚を蹴って無理やり内股を強いるという異次元の内股透(これも「橋本スペシャル」)を決める見せ場を作って優勝。4月の選抜体重別も制してついに初の世界選手権出場を決め、さらにグランドスラム・エカテリンブルグにも勝利して国際大会6連勝という文句なしの成績でこの日に臨むこととなったのである。

変化と進化を続けて来た橋本の現在の柔道に、もはや高校時代の匂いはほとんどない(敢えて言えば「投げ勘」という特徴が常にその中軸にはあるが)。西山雄希に代表されるかつてのライバルたちが得意技一発にこだわり、場合によってはそのスタイルから抜け出せずに沈んでいく中で自分の型を壊すことを厭わず、現代柔道に必須の「進化し続けること」という条件を満たし続けた橋本の戴冠は一種痛快な出世物語だ。

というわけで前述この日の橋本の勝ちぶりに話を戻す。粘る格下は高校時代テンションの王道技で叩きつけ、「指導」奪取狙いの消耗戦を挑んで来た強者は実業団出世期モードの組み手技術に嵌めてあっさり退け、モダンスタイルの強豪新人はトレンドとしてその上を行く「橋本スペシャル」で畳に沈める。矢吹丈対ホセ・メンドーサ戦の「トリプルクロス」に「こんにゃく戦法」とまで例えるのは少々誉め過ぎかもしれないが、クラシカルな投技あり、指導差勝負での貫禄あり、オリジナル技の爆発あり、常に変化を続けて来た橋本の集大成と言える、キャリアのすべてを吐き出すような興味深い試合ぶりであった。

とうとう世界チャンピオンとなった橋本、優勝を決めた後は拳を握りしめる派手なパフォーマンスで喜びをあらわにした。この瞬間思わず、昨年五輪で勝利を決めながらも冷静そのもので畳を降りて賞賛を浴びた大野将平の存在を思い出してしまった人も多いだろう。そう、橋本が世界チャンピオンの称号とともに今大会の勝利で得たものは、大野将平への挑戦権に他ならない。リオ五輪の銀メダリストと銅メダリストを倒し、団体戦では昨年「最強の挑戦者」として大野に迫ったアン・チャンリンを裏投「一本」に仕留めて、まさに世界で橋本に残る敵は大野のみとなったのだ。

大野、秋本、中矢が揃ったロンドン―リオ期に続き、再び国内で世界チャンピオンの対決を目の当たりにするであろう日本のファンは幸せだ。これがフランス人だったら随喜の涙を流すこと間違いなしの贅沢な状況。「強い投げ」を突き詰めてもはや孤高の域にある絶対王者大野、そして変化を続けてモダンな柔道の最前線にある橋本。いわば「武道」と「競技」の最高峰、スタイルも対照的な2人の王者の対決は東京五輪に向けて日本柔道の豊さを示す、ハイライトシーンとなるであろう。

■ 73kg級の勢力図を振り返っておく
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アン・チャンリンとラシャ・シャフダトゥアシビリによる3位決定戦

ロンドン-リオ期以来とかく日本人が強すぎ、周囲のライバルたちの分析が話題に上らない傾向にある73kg級。その戦いぶりを簡単に振り返っておく。

前述ルスタン・オルジョフ(アゼルバイジャン、今大会2位)と、ラシャ・シャフダトゥアシビリ(ジョージア、今大会5位)の強者2人は大枠大会前の序列を保持。絶好調だったオルジョフは明らかに寝技を強化しておりこれは非常に印象的であった。ジョージア勢は全階級通じて新興勢力以外の「もともと強い」選手たちは今大会元気がなかったが、シャフダトゥアシビリはこれに沿った形で出来自体はいまひとつ。ただしもともと担ぎ技が苦手なこの選手が橋本、アンと立て続けにマッチアップしたという組み合わせの悪さも加味すれば、しっかりファイナルラウンドまで残ったのはさすがと言える。

ガンバータル・オドバヤル(モンゴル、3位)は明らかに序列を上げた。袖口に寛容な新ルール下、ツアーではそのパワーを存分に生かして存在感を上げていたが、今大会の銅メダル獲得でその地位が完全に定まったという印象。もはや前代のサインジャルガル・ニャムオチルの名前を思い出す機会すら僅少、ハッシュバータル・ツァガンバータルも巻き込んで一時混乱したモンゴル軽中量級の世代交代はこの大会を以て完結の感あり。

アン・チャンリンは今大会不調。昨年「アベンジャーズ」と国内で期待されたリオ五輪の失敗以降韓国柔道も、そして敗戦の象徴的な存在であったアンもすっかり元気がなくなってしまったが、率直に言ってその傷を引きずったままの状態で畳に現れたという印象だった。おそらくは負傷もあり、序盤戦は自ら得意の背負投に入る場面もほとんど見られない明らかなバッドコンディション。しかしそれでも自身の体幹と「際」の強さを意識して、相手を敢えて懐に入れて後の先を狙うタフさも見せつけ、結果的にはしっかり3位入賞。若さと勢いを利して序列を駆け上がった2016年春季とはまた違った方向、不調ながらも自身の引き出しの中でしっかり勝ち切る強さを見せた。五輪予選ラウンド敗退という地獄を見たアンが、この若さにして早くも「一周回った」貫禄を獲得したという印象を受けた。やはりこの選手は強敵だ。

五輪戦士不在期に序列を上げたヒダヤット・ヘイダロフ(アゼルバイジャン)は5位入賞。大会皆勤とポイント増でランキングを底上げした、「家賃が高い」選手の一典型と見られていたが、第5シードはダテではなかった。デニース・イアルツェフ(ロシア)を破って3位決定戦まで進んだのだから、今大会の最大の発見と評されてもおかしくはない。今後も注目しておきたい。

■ 芳田司は大善戦、「一周回」の差が勝負分ける
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ドルジスレン・スミヤと芳田司による57kg級決勝

57kg級は初出場の芳田司が銀メダル獲得。初日から続いた日本勢の連続金メダル獲得はこれで途切れてしまったが紛うことなき素晴らしい結果であり、決勝で五輪銀メダリストであるドルジスレン・スミヤ(モンゴル)と繰り広げた総試合時間13分に迫る大激戦は列島に感動を巻き起こした。スター揃いの日本代表にあっては決して派手な存在ではない芳田だが、翌日、この試合に感動した地上波の某ニュース番組のディレクターから、その人となりや柔道スタイルを取り上げて特集したいと相談があったことにはちょっと驚かされた(北朝鮮のミサイル発射で、この企画は潰れてしまった)。それだけインパクトのある一番であったのだろう。

さてしかし。芳田の長時間試合はどこか既にイメージとして定着しつつあるところがあった。すぐに思い出されるのがグランドスラム・パリで韓国の新鋭クォン・ユジュンと繰り広げた泥沼の準決勝(クォンが背負投「技有」で勝利)に、格だけで言えばあきらかにこちらが上のキャサリン・ブーシェミンピナード(カナダ)に延長突入を許した同大会の準々決勝(芳田が縦四方固「一本」で勝利)、そして今大会における準々決勝の所属の先輩レン・チェンリン戦(芳田が「指導1」で勝利)。「あと出し」で恐縮だが、決勝の相手がドルジスレンと決まったときに、試合前に泥沼の消耗戦を想像したのは私だけではなかったと思われる。

この稿の趣旨は、素質も取り味も十分の芳田がそれでもその力を存分に発揮するには、いま少し経験が足りなかったのではないか、というところにある。ドルジスレン戦では芳田の投げが「技有」ではないかという場面が多々ありこれが相当話題になったようだが、大局を見るならばこれはデータ的にはノイズ。ハッキリ試合を決める強さ、あるいは試合を決めるロジックを相手に見せつけて消耗を強いることで決着に繋げる線の太さが必要であったし、より具体的には相手を無理やりに嵌めるような攻撃の引き出しを増やす必要があると思われる。GS突入率や試合時間という数字を超えて、それだけでは測れない「長時間試合が想起されてしまう試合ぶり」はこのあたりが因であろう。鋭い内股に足技、奇襲的に放つ大外刈とそれぞれ相当の取り味はあるが、強者が芳田を自身以上の強者として規定して凌ぐところから立ち向かってくる場合に、具体的な「取る」ロジックの太さや力にまだ欠けるのだ。リオ五輪代表決定機に一気に序列を駆け上がって次代のエースの座を獲得した芳田だが、こういう「狙われた」状況での勝利の論理を獲得するにはどうやらもう一周回が必要と考えるしかない。この点、芳田と同時期に躍進して一時はフランス代表としての五輪出場も有望視されたエレン・ルスヴォがいざ第一人者オトーヌ・パヴィアが戦線を離れると突如勢いを失い、周囲のマークの前に一時勝ちぶりから明らかに光が失せたことと少々状況が似ていなくもない。

比するに、対するドルジスレンは明らかに「一周回」回った苦労人。ツアーに本格参戦し始めたのは2012年からで、この年早くもグランプリ・デュッセルドルフで3位に入り、グランプリ・ウランバートルでツアー初優勝、翌2013年にはワールドマスターズでも優勝して成績的には飛ぶ鳥落とす勢いであったが、この後長きにわたって「ツアーに強い強豪」の座に留まることになる。体力に任せた担ぎ技の連続攻撃による「指導」奪取とその方法論から導き出される選手としての「格」では、頂点を極める選手の壁をここ一番で破ることが出来なかったのだ。しかし大会皆勤を続ける中で担ぎ技一発の威力を増すことに目覚めた2015年春から明らかに選手として一段逞しくなり、同年アスタナ世界選手権で初めて表彰台に上ると(3位)、2016年リオ五輪準決勝ではなんと松本薫をこの担ぎ技一発で投げつけ、銀メダルを獲得することとなる。かつてのドルジスレンは明らかに世界チャンピオンの器ではなかったが、長年の苦労と経験値、そして成功体験が、誰もが「今年はドルジスレンに権利がある」と認めるところまでこの選手の実力と格を引っ張り上げた。加えて今大会は松本やパヴィアがおらず、大不確定要素のシウバも明らかなお休みモード。その優勝に掛ける執念、これが初挑戦の芳田を凌ぐ凄まじいものであったであろうことは想像に難くない。どちらが勝ってもおかしくなかったあの決勝の勝敗を分けたものは、決着場面の細かな分析でなくこのあたりの大局に求めるのが妥当であろうと考える。

芳田の一層の研鑚と進化に期待する次第である。国内に有望選手が控える57kg級にあって、芳田が一足先に代表になったアドバンテージを生かして「王者になってしまわなければいけない」状況であったことは事実だが、世界選手権で1人代表を務めた経験値はやはり大きい。松本薫と宇高菜絵は別格として、次代を争う若手選手の中で「一周回った」資格を得ている選手は芳田しかいない。どんな上積みで世界チャンピオンに必要な「格」を得てくれるのか、今後が非常に楽しみだ。

文責:古田英毅

※写真は権利者の許諾を得て掲載しています

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