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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第37回

(2017年9月11日)

※ eJudoメルマガ版9月11日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第37回
講道館において、何段といい、段外の何級というのは、要するに初心の者がしだいしだいに進んで、師範の位置に達する途中の段階に過ぎぬのである。
出典:「講道館柔道修行者の進級昇段の方針を述べて東京仙台両高等学校柔道試合に関する世評に及ぶ」柔道4巻6号 大正7年(1918)6月(『嘉納治五郎大系』2巻415頁)
 
柔道をしている、と人に話したとき「何段ですか?」と聞かれたことはありませんか?

柔道に限らず○道○段というふうに、あらゆる武道で用いられ、一般の人にもよく知られた段位。実は嘉納師範の創出により、講道館柔道から広まったものであることを、皆さんはご存じでしょうか。

師範以前、段位というものが全くなかったわけではありません。物の本によると柔道に先駆けて、囲碁や将棋で使われていたようですし、現在ほど細かく分かれていませんが、明治以前の武道にも使用例が僅かながらあります。

ですが、⽬録や免許、皆伝など少なかった階級を<修行者の指導と奨励のため>より細かくわけ、現在のように武道と段位の連想を容易にするほど普及させたのは嘉納師範の業績でしょう。

ところで、段位というと<強さ>をイメージされがちですが、段位の高低が即座に強さを表すものでないことは、みなさんはご存じの通りです。

師範の存命中も同様に<段位=強さの指標>というイメージが世間に流布していたようです。

その様な風潮に一石を投じたのが、出典タイトル中に出てくる東京と仙台の高等学校の対校試合でした。団体戦で行われたこの試合、段位的には優位であったはずの東京が負けたことが、新聞等に取り上げられました。段が強さをあらわしているのであれば、東京の敗北はあり得ないことで、段を認定している講道館の選考(審議)が、ずさんだったという見方も出来ます。師範の記述をみると、実際に、そのような批判があったことがうかがえます。

そんな中、師範は段位について改めて説明をする必要に迫られます。
段位とは何なのか・・・その答えを端的に示したのが今回のひとことです。

試合の強さが段位と無関係ではないことを認めつつ、それだけではないこと。また、段位の評定の困難さ、理想と現実のギャップ、そういったものを語りながら、師範がこの時に出した結論は、段位とは師範を頂として行う柔道修行の段階を示すものということでした。
 
ここで言う師範というのは嘉納治五郎という個人の尊称ではもちろんなく、<乱取や形はもちろん、精神的訓練において深く達した人に対して与えられる資格>のことです。では、その<師範>の資格、段位で言えば何段の人に与えられるのでしょうか。

嘉納師範はずばり<十段>としています。

130年を超える歴史を持つ講道館柔道で、十段になった先生方は僅か15名。講道館の累計入門者数が、200万人を超えていますから、その率は0.00075%以下。15名の中には死後に追贈された人も少なくないので、生きているうちに十段になるということがどれだけ困難か分かります(ちなみに九段は約230名・0.0115%程度)。

段位は、師範(=十段)に至る途中の段階で、目指すのはあくまでも師範ということを強くにおわせる嘉納師範のことば。あまりにハードルが高すぎる気もしますが、講道館柔「道」ですから、生涯をかけて修行し、少しでも師範に近づけるよう精進したいものです。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。


著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版9月11日掲載記事より転載・編集しています。

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