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【ブダペスト世界柔道選手権2017特集】【eJudo’s EYE】進化し続けた最重量級のトップランナーたち、早くも置いて行かれた日本・第6日3階級評

(2017年9月6日)

※ eJudoメルマガ版9月3日掲載記事より転載・編集しています。
【ブダペスト世界柔道選手権2017特集】【eJudo’s EYE】進化し続けた最重量級のトップランナーたち、早くも置いて行かれた日本・第6日3階級評
あまりの過密日程になかなか「評」を書く時間が取れなかったが、ようやく金鷲旗~世界選手権に至る夏のロードがいったん終了。回収すべき仕事、発すべき情報がまだまだ残っている中で恐縮だが、まずはこの世界選手権「評」から稿を起こさせて頂きたい。順番は狂ってしまうが、ひとまず最終日(個人戦)の評、続いて各階級評(大会傾向観察含む)、総評と進めたいと思う。

■ 進化し続ける最重量級のトップランナーたち、早くも置いて行かれた日本
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リネールは今大会支釣込足と膝車によるポイント獲得を連発、新境地を見せた

100kg超級は実に面白かった。もともと「リネール一強」という環境を前提に独自の生態系が発達、2009年~2012年までのここ数十年でも屈指のレベルダウン期とは打って変わって面白い選手が百花繚乱となったこの階級であったが、①リオ五輪で変わらぬ強さを見せつけたリネール、②同大会準決勝でオール・サッソン(イスラエル)が為した大熱戦とそれによって一層明確になったリネール打倒の戦術的方向性、そして何より③「相手から反則を奪うだけでは勝てない『投げなければ勝てない』方向性をより加速させた新ルール、の3条件を受けて、強豪各選手が1年間でそれぞれの方向に、新たな武器を上積みして来たことが非常に良く見えた大会であった。

まずは真っ先にテディ・リネール(フランス)の戦いぶりに触れねばなるまい。コンディションは明らかにベストではなかったが、それでも圧勝と称して良いだろう。日本の報道では「苦しんだ」とのトーンも多いようだが、GS延長戦勝利の増加はこのルールで凌がれる立場の選手においては一種のディフォルト(100kg級優勝のウルフアロンなどはハナからGSを織り込んで戦っていた)であり、本戦の時間短縮を折り込めばまずまずの戦いぶりであったと言える。まごうことなき大熱戦であった準決勝のグラム・ツシシビリ(ジョージア)戦に関しては、新ルールを生かして袖口を絞り込む徹底拘束に舵を切り、得意の袖釣込腰で大物を投げまくってあっという間に欧州王者に駆け上ったツシシビリが相性的な観点から打倒リネールの大本命であったことは、国際柔道ファンや海外専門メディアにとっては周知の事実。リネールも十分これを意識しており、むしろ最強の敵に、それも存分に力を発揮させてしまいながら最後はキッチリ投げ切った(捨身技という悪手の「貯金」に逃げ込んでの勝利ではあったが)精神力と強さに、あらためて驚かされたファンのほうが多かったのではないだろうか。

さて。今季施行されている「反則だけでは勝てない」新ルール制定のトリガーが、リオ五輪100kg超級でリネールが見せた「徹底的に相手の反則を狙う」低調ゲームにあったことはご存知の通り。新ルールはよりエキサイティングな試合を狙うという意図(項をあらためるが、おおむね成功であったと総括できる)とともに、「リネール(のような地力の高さを相手の反則奪取に注ぎ込む戦術派選手)封じ」の側面が色濃くあった。今大会は、この自身のポリシーを否定されるようなルールを受けてリネールがどのような柔道を繰り広げるかに非常な注目が集まった大会であったわけだ。1年間の沈黙を経て、リネールは何か新境地を見出すのか、それとも大枠これまでの柔道を続けるのか。

リネールは明らかな意図を以て新ルールに対応してきた。今回見せた新兵器は、足技だ。1回戦マイサラ・エルナガル(エジプト)に膝車「技有」(崩上四方固「一本」)、2回戦ウルジバヤル・デューレンバヤル(モンゴル)から支釣込足「一本」、1戦おいて準々決勝のラファエル・シウバ(ブラジル)から支釣込足「技有」(横四方固「一本」)、そして前述のツシシビリ戦を経て、決勝ダヴィド・モウラ(ブラジル)に膝車「一本」。

どれも「センス系」のため息が出るような鋭い一撃ではなく、ことごとく自身の釣り手側に放つ地力ベースのオーソドックスな技であったが、オーソドックスに理合を満たすゆえにその取り味は比類なし。相手にとって最も怖い右大外刈の逆技であることはもちろんのこと、上体の力で勝っている相手に左右の回旋系足技はそもそも非常に効きやすい。大外刈の来襲を恐れて腰を引く相手、または圧力を嫌がって位置を直そうとした相手の頭を抑えながら逃げる方向に出足を抑えて一発、というこの組み立ての筋目の良さは、6戦して4度のポイント奪取という結果を持ち出すまでもなく、競技者や指導者の皆さんもご存知の通りだ。

「小学生みたいな王道過ぎる組み立て」という意見もあるかもしれないが、もともとリネールはその王道過ぎるほど王道の組み立てを、パワーと体格をテコに高いステージで実現してしまえることが最大の売り。そして何より、「ルールに応じてきちんと上積みを考えてくる」この態度自体が、凄まじく怖いではないか。リネールはまったく降りていない。これまでの実績に寄り掛かって閉じてもいない。偏狭な稽古に閉じこもって技術的閉塞に陥っていたロンドン―リオ期から精神的に一段抜けたとすら観察されてしかるべきだ。ざっくり言って、「1年間休んでその間に足技を上積みしてくる」なぞ、なかなかやるではないか。この人は、まだまだ進化する。追いかける側としてはこれほど怖い相手はいない。

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今大会も得意の袖釣込腰で存在感発揮、準決勝ではリネール相手に大会ベストバウト級の熱戦を演じたグラム・ツシシビリ。

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ダビド・モウラが見事な内股「一本」で会場を沸かせる。

上積みを見せたのはリネールだけではない。

新興勢力としては、「袖口」に寛容な新ルールを生かして突如シーンの最前線に躍り出た前述ツシシビリ。実はこの人の袖口拘束はピストル型、ポケット型ではない場合も多々あるのだが、ルールで言及されたことであらためてその威力に気づいたがごとく、両袖徹底拘束による一方的な袖釣込腰「一本」を連発。ラファエル・シウバを右に左に転がし続けたグランドスラム・バクー大会におけるメジャーデビューは衝撃的であった。この人は新ルールを生かしたとともに、これまでささやかれていたリネールの弱点を白日の下に晒したリオ五輪準決勝オール・サッソン戦を存分に生かして出世した選手と言えるだろう。

前述シウバはロンドン―リオ期においては徹底した「指導」狙いの戦術派、前代北京ーロンドン期ポリシーの申し子の感すらあった選手であったが、強豪ばかりと戦った今大会の勝ち上がりはウサンジ・コカウリ(アゼルバイジャン)を内股「一本」、ダニエル・ナテア(ルーマニア)から内股「技有」、さらにファイセル・ヤバラー(チュニジア)から内股「一本」と、一転完全な本格派のそれ。準決勝でリネールに敗れて以後のメダルチャレンジラウンドは、膠着の中でいつの間にか相手のほうが「指導」が1つ多いという非常にこの人らしいクレバーな戦いぶりであったが、「変化」への意思は明確だった。シウバと同国のダビド・モウラも、巴投と固技というこれまでの武器をそのままに、3回戦からはアリアクサンドル・ヴァカビアク(ベラルーシ)から内股「技有」、準々決勝でナイダン・ツブシンバヤル(モンゴル)から内股「技有」、さらに準決勝ではバルナ・ボール(ハンガリー)から華麗なる内股「一本」を奪うというちょっと信じられない本格派志向を見せている。「右組みの本格派」で長きにわたってステータスが固定されていたヤバラーも左の大外刈という変則技を磨いて来ていたし、「裏投げダルマ」ことアダム・オクリアシヴィリ(ジョージア)は明らかに、痩せていた。最後のは冗談だが、この人もいままで得意の「背中への抱きつき」からの後技一辺倒から、今回は伏せた相手への抱分など相手に前方に回り込む捨身技を度々見せており、変化を止めていない。

翻って、ロンドン-リオ期に打倒リネール一番手として躍進し、リオ五輪における原沢久喜の銀メダル獲得でその座を確たるものにしたと思われていた日本勢に、この1年間でたとえば具体的な技術の上積みはあったのか。大枠自分の柔道の骨組みを変えずにその枠を太くしていくというような既成ルートに嵌ってはいなかったか、打倒リネール為さずば王座はなしとばかりに骨ごと柔道を組み替えるようなチャレンジはあったのか、自分の柔道をレベルアップさせた上であとは大会前に対策をすればリネールを越えられるというような根本的な見込みの甘さがあったのではないか。知恵を振り絞り、方向性自体から考えなおすような決死さでなく、ハードトレーニングによる「今の方向の上積み」にいつの間にか逃げ込んでしまっていたのではないだろうか。

これは、日本代表批判ではまったくない。常に進化を続けなければ一線に残り続けることすら覚束ない、競技柔道の最前線の厳しさに筆者自身が戦慄し、打ちのめされたゆえのうめき声であり、むしろ自戒と捉えて頂きたい。他ならぬ筆者自身も、日本代表は「だいたいやれるだろう」と思い込んでしまっていたのだ。昨年銀メダルの栄に輝き、打倒リネール一番手の座を国ごと獲得したはずの日本の惨敗と、表彰台に上がった選手がことごとく誰の目にもわかる明らかな上積みを為したものばかりであるという事実。過去ホームランを何本打っても、その実績を持って今の一線に留まる保証にはなり得ない。到底貯金で勝ち抜ける世界ではない。いつの間にか柔道競技は、常時畳上の戦いを考え抜き続けるプロフェッショナル以外に上位へのアプロ―チ不可能な恐ろしいものへと成長していたと感じざるを得ない。

井上体制でなければ、日本はとっくに重量級戦線から弾き出されていたのではないだろうか。最悪に近い状態から五輪で「当たり前のように」決勝進出を為すレベルまで重量級を立て直した、日本代表のいま一段の進化と研鑚に期待したい。

■ 漂う閉塞感、男子最重量級の代表2人は惨敗
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初戦のムフシン・フゾミディノフ戦を戦う王子谷剛志

王子谷剛志(旭化成)は2戦目でオーストラリアの一番手ダニエル・アレストファエレルに、原沢久喜(日本中央競馬会)は初戦で同じオーストラリアの二番手選手ステファン・ハイギに敗れた。どちらの相手も重量級の序列では背伸びに背伸びを重ねてもマイナー大会のプールファイナルに残るのが精一杯の「その他」グループの選手であり、まことに意外な結果と呻くしかない。

細かな試合内容は既に掲載の「即日レポート」に譲るとして。
王子谷は圧倒的リードからの逆転負け。油断と見るべき側面も(実際に返し技を食った2発は不用意、奔放に過ぎた感あり)あるが、アレストファレル、そして1回戦で終盤まで勝負を持ち越された無名選手ムフシン・フゾミディノフ(ウズベキスタン)がいずれも王子谷が苦手とするケンカ四つで、しかも2試合とも王子谷の生命線である圧力が掛かり切っていなかったことはどうしても目に付く。王子谷は団体戦でもこの「圧が掛からない状況」(初戦でウクライナの3番手選手に、相四つにも関わらず圧力が掛からない様は衝撃的だった)に苦しんだが、ケンカ四つの克服という積年の課題はもちろん、この「圧が掛からない状況」での戦いかたを真剣に、前提条件として考える時期に来ているのかもしれない。圧力をすべての行動に染み込ませる誠実過ぎるほどの前進運動が高校時代から一貫した王子谷の出世の原動力であるが、国際大会においてこの王子谷の柔道の土台が揺れる事態となっていることは看過できない。さらに圧力を強めるのか、団体戦GS延長戦におけるラファエル・シウバ打倒にヒントを得て方向性を考え直すのか、以後に注目である。率直に言ってこのままでは、リネール打倒どころか重量級の上位として伍し続けること自体かなりハードルが高いと思われるし、ケンカ四つという明らかな苦手を抱え、最大のアドバンテージである圧力が削がれるという状況にあっては、単純に強化サイドが起用しにくくなっていくだろう。

原沢は技術以前の問題。凌ぐ側が戦いやすいケンカ四つではあったが、勝負技の内股が踏み込み足りずに作用足が横に開いたまま着地してしまう様に様相端的だった前半戦はもちろんのこと、相手の攻めを呆然と見守りただ立ち続けたGS延長戦の煮詰まりぶりは異様ですらあった。影浦心相手の2連敗、全日本選手権における絞め落とされての敗戦と衝撃的な事態が続いて相当な心的ダメージを負ったであろうことはもちろんファンの脳裏に焼き込まれており、この棒立ちの場面に思わず「イップス」という言葉を思い起こしたものも多かったのではないだろうか。
翌日の団体戦、初戦で右相四つの無名選手に王子谷が苦戦しながら、なお決勝ラウンドで原沢を控えに置き続けたことに、この原沢のまるで心を病んだような戦いぶりに対する強化陣の配慮を感じたのは筆者だけだろうか。汚名を晴らす機会となるべき次の国際大会までには、現実的に考えて短くともあと3か月以上の期間がある。もしこの団体戦の場でも原沢が再び「イップス」的症状を呈した場合のこの期間の閉塞は比類ないはず。ゆえに復活へのハードルを上げてしまうことを危惧し、予選ラウンドのイージーな相手に対する1勝のみで、エースを撤退させるという策に出たのではないだろうか。殊勲を与えるよりも、傷を深めてしまうことを恐れたのではないだろうか。それほどに原沢の状態は悪いのではないだろうか。

もちろんこれは、根拠のない筆者の邪推である。しかし個人戦の状況を見る限りでは、もはや打倒リネールを語る段階ではない。日本の看板である原沢が、まずは原沢らしい試合が展開できる日が一刻も早く訪れるよう、願ってやまない。

■ 風格漂うウルフの勝利、年齢に似合わぬリアリストぶりに拍手
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ウルフアロンはその攻撃力はもちろん、我慢すべき場面を割り切って戦うその戦略性の高さが際立った。

ウルフアロン(東海大4年)は圧勝であった。力はもちろんだが、なにより戦略勝ちという側面を色濃く感じる。自身の力量と技種、そして相手の戦力を見極めたうえで、どの試合も的確な見立てと筋書きを持って戦いに臨んでいたという印象だ。もっともそれが端的であったのは、決勝のヴァーラム・リパルテリアニ(ジョージア)戦。圧力と上体の捩じり、前進行動に徹して相手に消耗を強いた本戦から打って変わってGS延長戦の開始が宣せられるなりラッシュ、左技、右技の振幅を大きくして相手の体を固定すると、病めるリパルテリアニに勝負技の大内刈を撃ちこんで一気に勝負を決めた。リパルテリアニが試合が長くなればかならずへばってくること、ゆえに後半勝負を考えていたことは本人も明言しているが、この場面までほとんど大内刈を仕掛けずに我慢した割り切りぶりは見事の一言。準決勝までの勝ち上がりでも、無理をする場面と勝負と決めた場面の見極めの良さは一種意外なほどであった。膂力に任せて勝負に出てしまえば「際」の強い相手に放られたであろう場面も多々あったのだが、この手の場面では、ちょっと驚いてしまうほどに、ことごとく我慢。抜群の戦術眼であった。
思えばウルフの出世期であった2015年グランドスラム東京、これまで国際大会で勝ちに勝ちまくっていたウルフがエルマー・ガシモフの内股一発に沈んだ際に放った一言は「相手の力が予想以上だった」であった。どうやらこの人の生命線は、自身の保有武器と力量、相手の特性を客観的に見極めて作戦を弾き出せるそのリアリストぶりにあるのだろう。持ちあげる前に直線的に相手を突っ込ませる内股、後襟を四指でひっつかんで力を籠める小外掛などにも、自身の特性から弾き出した、投げるべき理屈に対する直線的なアプローチを感じる。おそらくは純競技力以上の圧勝という今回のアウトプットを支えた、そのリアリストぶりに敬意を表したい。

一方の羽賀龍之介は、2戦目でロシアの2番手カズベク・ザンキシエフ(ロシア)に敗退。この敗戦は「指導2」の圧倒的リードからクロージングを誤ったものだ。「指導3」奪取で良しと手堅い戦いに舵を切りなおした挙句、そして必死の相手の技を上から目線の体重移動で返そうとした末の意外な失点(右袖釣込腰を左に返そうとして、そのまま左に弾かれてしまった)で流れを失ったものであるが、ちょっとこれには羽賀の悪い癖の露出を感じた。6月の実業団体でも、後衛戦力と眼前の相手との競技力を飲み込んで「これでOK」とばかりにレイズカヨルと納得したかのような引き分けで試合を流し、これが旭化成敗退の因となった(次戦で王子谷剛志が原沢久喜に大外返で一本負け)と解釈しているのだが、この、頭が切れるがゆえに、自らが想定してしまった論理的シナリオに身を置きすぎる、そしてそれが往々にして現状よりも少しづつ甘いという傾向が近ごろの羽賀の星取りを、悪くしているように思えてならない。

この「想定した論理的なシナリオを前提とし過ぎ、かつ少々見込みが甘い」という傾向は畳の内外を問わない、時折顔を出す羽賀の悪癖。全日本選抜体重別選手権決勝、ウルフアロンとの動的膠着を受け入れて「良い試合」を演じてしまった様には、まさしくこの点での違和感を感じた。五輪で銅メダルを獲得したとはいえ、まだ高校3年生の飯田健太郎が自身が為したことのないグランドスラムパリ優勝を成し遂げ、ウルフが凄まじい勢いで勃興(この数週間後には羽賀がまだ到達していない全日本選手権決勝進出も果たす)、東京五輪に向けてどうしても社会の目が若手びいきに傾く中、羽賀が五輪出場者というアドバンテージを存分に生かすには、ここでウルフの頭を抑えてまず優勝、さらに世界選手権優勝にグランドスラム東京優勝を積み重ねて次年度の世界選手権出場を確定し、いわば理屈でもって若手たちの頭を抑えるしかない。逆に、もし自分がいない世界選手権にウルフを送り出して反対の状況を作り出されてしまえば(※この決勝の時点では100kg級の2枠選出はもちろん決まっていない)、下手をすると五輪まで世界の舞台を踏めぬまま、強さを誇示する機会を与えられぬままキャリアを終えてしまうかもしれない、人生の掛かった数分間であったはずなのだ。筆者はその一種悠揚たる試合ぶりに「五輪のアドバンテージを少々高く買い過ぎなのではないか」と少々違和感を覚えたものだ。

「だいたい、いけるっしょ!」という羽賀の一種の陽性は、類まれなる素質を持ちながら負傷に運命を狂わされてきた彼を救ってきたこれも素晴らしい資質であり、彼の得難いリーダーシップを生み出す因でもある。現状を論理的に見つめ、分析する頭の良さも比類なき武器だ。ただ、相手も、周囲の目も、常に羽賀ほどに論理的であるとは限らない。「ここまで届けば良しのはず」ではなく、彼の素質に見合った、全員斬り伏せて一切の文句を言わせないような圧倒的な戦いぶりの再現に期待したい。

■ 初出場で銀メダル獲得の快挙、それでも朝比奈に求めたかったこと
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次々右外巻込を放ち、手数で朝比奈を逆転したユー・ソン。

78kg超級の朝比奈沙羅(東海大3年)は初出場にして銀メダル獲得。紛うことなき殊勲の成績であり、内容も決勝までの4戦で3つの一本勝ち、「一本」を獲り逃した準決勝も支釣込足で「技有」という具体的なポイントを奪ってのもの。かつ敗れた決勝の相手は世界チャンピオンのユー・ソン(中国)。これだけを見ればほぼ文句なしの内容と結果と言えるだろう。

だが筆者は、朝比奈の世界選手権初挑戦を成功、失敗いずれと見るかと問われれば、必ずしも成功とは言えないと思う。結果、内容いずれに関してもだ。偉業にケチをつけるようで申し訳ないのだが、朝比奈を高く買うがゆえと思ってしばしお付き合いいただきたい。

朝比奈は、今回どうあっても優勝するべきだった。絶対に金メダルを持ち帰るべきだった。

まず、組み合わせ上朝比奈が評価の対象とされるべきは、決勝ただ1試合のみであったということを指摘したい。前述の通り、朝比奈が準決勝までマッチアップした選手に、例えば五輪でメダルを争うクラスの選手は一人もいない。いずれも日本代表クラスの選手であれば一本勝ちは妥当な結果で勝ちぶりの良さは驚くに当たらず、ステージとしては実力の再証明といったところ。強化もこの点は重々承知のはずで、おそらく朝比奈評価の対象試合は一点集中、決勝のユーソン戦ただ1試合のみに絞られていたはずだ。つまりあの決勝は、既に銀メダルという結果を確定させた後の「足し算」の場では全くなかった。ここを落とせばすべてが無駄になりかねない、僅か1試合しか与えられない0か100かの過酷な試験の場であったはずなのだ。ここを飲み込めば、GS延長戦のあの場面で相手の手数攻撃を看過したことがいかに痛い選択であったかがまずわかるかと思われる。

次に、78kg超級の強豪たちがいずれも極端に大会によってパフォーマンスの高低が激しい選手ばかりであり、その中にあって、彼女たちが4年スパンでもっとも、いわば鷹揚に臨む大会がこの「五輪直後」の世界選手権であったということを指摘しておきたい。完調であればおそらく世界最強のイダリス・オルティス(キューバ)がそもそも出場せず、ともに明らかにベストコンディションではないながらも、優勝候補のユーとマリアスエレン・アルセマン(ブラジル)が予選ラウンドでつぶし合ってくれるという、五輪直後でランキングポイントが大改訂されるという混乱期でなければありえない事態までも現出した。そして決勝でマッチアップしたユーは明らかに完調ではなく、採って来た策は先手手数志向という緊急避難的な便宜策。今大会は、もし朝比奈が世界チャンピオンになりたいのならば、もっともハードルが低い、もっとも緩やかな傾斜で王座への道が用意されていた大会であったはずなのだ。

さらに、国内の実は既に相当に切羽詰まった状況を考えてみたい。高校2年生の素根輝が全日本選抜体重別選手権という最高峰大会を早くも制し、高校カテゴリ大会ながら金鷲旗大会で「阿部詩の4人抜きを受けての5人抜き返し」という比類無きスター性を発揮して勃興中。素根の異様な体の強さや勝負強さと急成長ぶり、そして社会が求めるであろう「若き東京五輪のスター」という構図に阿部詩とセットで嵌るその存在感からして、朝比奈がこの先直接対決で少しでも遅れを取れば、あっという間に流れが変わってしまうことは想像に難くない。前述羽賀龍之介と実は事情は一緒で、朝比奈としては世界チャンピオンという実績をテコに、グランドスラム東京勝利で次年度の代表権を固めてしまい、圧倒的な実績と立場で素根の頭を理屈で抑えていくしか、抗する方法がなくなってしまうかもしれないのだ。攻めさえすれば世界チャンピオンの座を得られるあのGS延長戦の数十秒が、いかに人生を左右する、畳にはいつくばってでも勝てねばならない、決して降りてはならないステージだったのかがわかるだろう。

そして内容について。朝比奈は相四つ相手には左構えでまず対峙し、しっかり引き手で相手の左側(襟、袖に関わらず)をまず抑えて組み手を開始するというソリッドな手立てが取れる選手だ。小学生以来、その「理」にかなった組み手はたびたび朝比奈を救ってきたはずだ。(力関係の差を意識して敢えて釣り手から叩くことが多々あるが、これがこの基本の形をベースとした応用編であったことは言うまでもない)。にも拘わらず、この試合は格上のユーに対して敢えて釣り手を先に叩き入れるという手順で試合を開始。何らかの意図があるものかと思われたが、たとえそれがなんであったとしても、GS延長戦でユーが組むなり右外巻込という刹那的な攻撃に舵を切ったにも関わらず、この手順を変えずに外巻込への一本道を整え続けた(ユーは先に引き手を持てるので、あとは体を振るだけで簡単に技に入ることが出来る)ことは悪手と評価されて然るべきであろう。戦術眼の欠如とも、「引き出しが少ない」と評価されても仕方のない事態だ。

この「引き出しが少ない」という言葉は、典型的な重量級選手の技構成のみで戦う朝比奈が度々指摘されてきた、泣きどころでもある。敢えて王道の技のみの育成を期されていた高校時代を経て2年、なおこれら大技のみで戦う朝比奈であるが、敢えて技術を絞って鍛えることが「伸びしろ」と評価されることもある投技ではなく、これが組み手や戦術にまで及ぶとなると少々話は違ってくる。資質としての弱点を見せたと評されかねない場面であった。

資質という話でもうひとつ。筆者は度々、朝比奈最大の長所は「自分を高く買える能力」であると喝破して来た。前述の通り技構成もオーソドックスで尖った特徴がない朝比奈であるが、とかく自分に自信を持てない弱気の選手が多い重量級選手の中で、己を高く買って王道技で勝利を積み重ね、ポジティブなコメントで大会を締めて見せるその様子には、確かに他の重量級選手にない資質があると感じさせられた。

しかるに、肝心かなめの、あと一歩で世界チャンピオンの座が手に入るあの状況で、朝比奈は己を高く買い切れなかったのではないか。試合直後のミックスゾーンで、「悔しいけれども、決勝まで進んだ経験は貴重」である旨国際映像のインタビューに応える様には、率直に言って決勝を「足し算」と捉えていたであろう一種の充実感すら感じられた。筆者は朝比奈がどうしても取らねばならないと決めていた試合を落としたときの沈みぶりを幾度か目撃しているが、年数を経た精神的成長を織り込んでなお、この受け答えには違和感があった。朝比奈は最大の長所である「高く買う能力」で、実は自らをそこまで高く買っていなかったのではないか。

今眼前にある数十秒が自分の人生を決する運命の分岐点であり、他とはまったく質的に異なる特異な時間であることを本能的に理解する感性は、トップに辿り着く選手に必須の能力だ。過去栄光を掴んで来たスター選手はすべて、ここぞという場面、ここしかないという数十秒を的確に理解して、過たずそこに持てる力の全てを注ぎ込んで、そして勝利して来た。小学生時代からの長きに渡る朝比奈ウォッチの中で、筆者はこの2017年ブタペスト世界選手権決勝ユー・ソン戦のGS延長戦45秒から1分56秒までの71秒間こそが「それ」に当たると感じた次第であったのだが、いかがであろうか。

長くなってしまったが、朝比奈が決勝の数分間で見せてしまったものには、ここ数年朝比奈が築き上げて来たものを自ら壊してしまったような勿体なさ、そして軽い失望を禁じえなかった。初出場で銀メダル獲得という快挙を、筆者がもろ手を挙げて喜べない所以である。

最後にひとつ。ユーが先手掛け潰れ攻撃に徹した様を、「世界チャンピオンにふさわしくない」「投げようとしていない」あるいは「明らかな偽装攻撃だ」という意見が弊サイトにいくつか寄せられた。審判基準への抗議はIJFにしていただくとして、筆者はこのギリギリの状況で見せた戦術眼と引き出しの多寡において、ユーが明らかに勝ったと考えている。GS延長戦、ユーが採ったこの策に、審判は一度、朝比奈に対しての消極的「指導」を以てその見解を表明している。ユーは審判団がこの外巻込を有効打と判断している、という基準点を得たからこそ、完調ではない自分の引き出しから、いま取り得る最善の手段として引き続いてこの「持つなりの外巻込」を選択したに過ぎない。どちらもが疲弊し、どちらもが結果が欲しいという事態に陥ったとき、今出来ることを引き出しの中から的確に取り出したユー、これまでの手順のいわば惰性走行を止められずにその後塵を拝し、主審が相手の偽装攻撃を「取ってくれるかもしれない」と勝敗を他人に委ねた朝比奈。どちらが勝利にふさわしかったかは、自明だと考える。

文責:古田英毅

※写真は権利者の許諾を得て掲載しています

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