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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第35回

(2017年8月7日)

※ eJudoメルマガ版8月7日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第35回
かかる貴重なものは、ただ自ら私すべきものではなく、弘く大いに人に伝え、国民にこの鴻益(こうえき)を分ち与うべきであると考うるに至った。
出典:「柔道家としての嘉納治五郎 第3回」作興6巻3号 昭和2年(1927)3月
 (『嘉納治五郎大系』10巻22頁)
 
ものの価値や貴重さが、希少性や独占によって生まれ、保たれることはよくある話です。そして、一度手にした貴重なものをなかなか手放せないというのも、よく聞く話です。

嘉納師範が講道館柔道の母体である柔術の修行を始めたのは、俗に言う「イジメ」が原因だったとされます。頭脳明晰で学業優秀だった師範ですが、身体的にはどちらかというと<弱者>であり、それが「イジメ」の被害者になる要因だったようです。そんな中、力が弱くても力が強いものに勝てると言われる「柔術」に関心を持ったことが、後の講道館柔道創始に繋がるわけですが、柔術修行の動機は単純に「イジメ」への対抗手段だったわけです。

フィクションの世界ですが似た話が、柔道マンガの金字塔である『柔道部物語』に出てきます。主人公・三五十五のライバルである西野新二。彼は「イジメ」を動機として柔道を始めますが、なみなみならぬ努力の結果、超高校生級の選手に育ちます。ところが、その力で自分をいじめた子達に復讐を行い、さらに、おごりから素行も乱れてきます。三五十五との死闘の結果、最後に生まれ変わる兆しが描かれているものの、柔道で培ったものを復讐に利用したわけです。

「イジメ」をきっかけとして、天神真楊流と起倒流という二流派の柔術を学んだ師範。当時は学生だったので、学業と両立しながらの修行だったわけですが、決して容易なものではなかったようです。回顧録を見ると、30人ほどを相手に乱取と形を行い、遅いときは帰宅が11時頃になるわけですが、疲労のため、まっすぐ歩けず、塀にぶつかりながら帰ったこともあるとあります。そんな日々の結果、実力にある程度の自信を持てるようになったようです。では、その実力で自分をイジメた人達に仕返しをしたか・・・と言うと、そういう形跡は見当たりません。

苦心しながらの修行により、柔術を体得すると同時に、肉体的・精神的な成長を自覚した師範が、次に考えたのが、柔術を使っての復讐ではなく冒頭の「ひとこと」通り、他の人と分かち合うことでした。厳しい修行に限らず、苦労の末、手に入れたものであれば、それを独占したいと思うのは人の性でしょう。

これは良い悪いではなく価値観の違いだと思いますが、「不世出の武術家」と言われ平成10年に亡くなった大東流宗範・佐川幸義師は<やり方を色々と発表しているということ自体本当の努力をしていない事がわかる>と述べると同時に、生涯を通した厳しい修行によって体得した技や鍛練について秘密主義を徹底したとされます。
師範はその真逆に位置するわけですが、自分が苦労して得たものを独占するのではなく、広く人に伝え共有しようという考えに至ったこと。この心があったからこそ、今日、世界中で行われた柔道が生まれたと言えるでしょう。柔術修行が講道館柔道の母体になったことは間違いありませんし、また、高い学識や人脈も現在の柔道隆盛の要因になったことでしょう。

ですが、柔道がこれだけ多くの人にとってなじみがあり、行うことが出来るようになったのは、師範の貴重なものは独占すべきではないという思想があったからではないでしょうか。そうすると、この精神こそが、今日の柔道を成すに至った非常に大事な要因ではないかと思います。

そして、この人に分かち与えようとする精神が師範を「教育家」たらしめ、さらには「自他共栄」を生み出したのではないでしょうか。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。


著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版8月7日掲載記事より転載・編集しています。

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