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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第31回

(2017年6月5日)

※ eJudoメルマガ版6月5日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第31回
日本は、柔道においては外国に教うると同時に、その種の尽きぬようあくまでも進歩向上に努めなければならぬ。
出典:「講道館の抱負とその実現の方法」 昭和4年(1929)1月
(『嘉納治五郎大系』1巻371頁)
 
言い回しは少々古めかしいですが、特に難しいところがなく分かりやすい今回の「ひとこと」。現状に満足せず、より良いものを追求しようする師範の姿勢が明確に見て取れます。

ところで、進歩向上の努力を怠ると、どうなるのでしょう。<もし我らが研究を怠れば他日外国人の教えを受けることになり、柔道の逆輸入することがないとは保証できない>というのが師範の見解です。現状をみて、この言葉に驚きを感じるのは、筆者だけではないと思います。

師範の存命中、世界は弱肉強食の帝国主義が横行していました。世界平和を標榜しながらも、師範のリアリズムは国家が発展解消し、世界が1つになるといった理想を許しませんでした。国家は国家として存続し続ける、それが師範の予測でした。そんな中、国家間における優位性を得る手段の一つと考えたのが、自国の文化をどれだけ世界に発信できるかでした。別の史料では、これを株式会社における持ち株に例えています。
 
では、日本から世界に発信できる文化は何か?師範が考えていたのは、言うまでもなく「講道館柔道」でした。

昭和4年の時点でも、柔道は世界に広まりつつありましたが、師範がヨーロッパなどで実見したところ、外国人の柔道は到底日本に及ばぬものでした。ただ、その研究力は侮りがたいというのが師範の見立てです。せっかく、日本の文化として発信したものが、研究を怠ることにより、外国人に追い越され、逆輸入する事態になっては、意味がありません。少し意外に思えますが、師範は、進歩向上を続けることにより、日本が世界の柔道のリーダー的存在であり続けることを望んでいたようです。
 
武術の世界では、自らの優位を守るために、秘伝(秘密)主義と呼ばれる制度がとられていたそうです。技術等を秘密し優位性を確保するこの主義は、流派間という外部だけではなく、師弟間という内部にも向けられたものでした(※)。

ですが、師範の講道館柔道は活法等一部を除き、秘伝主義とは正反対の方向性を有していました。そのため、情報を隠すことなく、教授しながら、優位性を保つには、常にさらなる進歩向上に努めなければいけません。これは並々ならぬ努力が必要とされます。

研究を怠れば将来的に外国人に遅れを取るという趣旨の発言はこの一回だけではなく、他の論考内でも見られます。さらに、その内容は技術面に限らず思想面にも及んでいます。師範の危惧する気持ちがうかがえます。

時代背景が異なり、柔道が世界にこれだけ広まった現在、師範が考えるように、柔道を日本の文化として主張することも、優位性を保つ必要もないのかもしれません。自身の経験に固執せず、世界のJUDOから学ぶべきもの柔軟に取り入れるスタンスは必要ですし、そういう姿勢は師範の言う「大量」(http://www.ejudo.info/newstopics/002561.html)にも通じるでしょう。

ですが、一方で、競技はもちろんのこと、技術や思想、あるいは指導法や学術分野において、研究し続け、世界から学びたいと思われる最先端のコンテンツを常に持とうとする、そういう「気概」を持つことも大切ではないでしょうか。

日本の柔道からは、学ぶものがもうないと言われないためにも・・・。


※もっとも師弟間については、危険な技術は人格も見た上で、伝授するという面も存在します。
※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。


著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版6月5日掲載記事より転載・編集しています。

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