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王子谷剛志が躍進のウルフアロン倒して連覇達成、原沢の衝撃的敗退と大野の健闘に武道館大いに沸く・平成29年全日本柔道選手権マッチレポート

(2017年5月4日)

※ eJudoメルマガ版5月4日掲載記事より転載・編集しています。
王子谷剛志が躍進のウルフアロン倒して連覇達成、原沢の衝撃的敗退と大野の健闘に武道館大いに沸く
平成29年全日本柔道選手権マッチレポート
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今年も柔道日本一を目指して聖地・日本武道館に精鋭たちが集った

ブタペスト世界選手権(8月27日~9月3日・ハンガリー・ブタペスト)代表の最終選考会も兼ねる今大会の焦点はまず王子谷剛志(推薦・旭化成)の連覇なるか。王子谷は昨秋以来出場大会すべてで優勝を果たしており、今大会は初の世界選手権出場に向けて総仕上げの場。優勝候補の筆頭として第1シードで大会を迎える。

対抗馬のリオデジャネイロ五輪銀メダリスト・原沢久喜(推薦・日本中央競馬会)は2月の戦線復帰以来まだ優勝がなく、今大会は復権を掛けるキャリア上の重要試合。既に賜杯獲得の経験があるこの両名に加え、悲願の初優勝を目指す七戸龍(九州・九州電力)と上川大樹(推薦・京葉ガス)のベテラン2名を加えたシード選手4名までが事前評として正当な優勝候補。この構図を揺らすダークホースとしては関東予選を圧倒的な力で制した24年度王者・加藤博剛(関東・千葉県警察)、初の世界選手権代表(100kg級)を決めて上り調子のウルフアロン(東京・東海大4年)らが挙げられる。賜杯の行方以外で大きな話題を呼んでいるのは五輪金メダリスト枠で出場する73kg級の絶対王者・大野将平(推薦・旭化成)のエントリー。王子谷とマッチアップした平成26年大会でも階級差を感じさせない地力の高さを見せつけた大野が、十分な準備期間を経てどのような柔道を見せてくれるのか興味は尽きない。

準決勝に勝ち上がったのは、王子谷、七戸、上川、ウルフ、加藤の4名。まずは原沢の衝撃的敗退、大野の健闘などトピック多き準々決勝までの戦いを、トーナメントをA~Dの4つのブロックに割って簡単に追い掛けてみたい。

※続いて配信予定の「全試合詳細」もご参照ください

■ 準々決勝まで
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長尾翔太の大内刈に青山正次郎が裏投を合わせ、一時長尾の「一本」が宣せられる

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長尾が一本背負投崩れの右大内刈で「技有」獲得

【Aブロック】

オープニングゲームは大会最重量にして最年長選手、33歳の青山正次郎(九州・福岡県警察)と大会きっての曲者・長尾翔太(近畿・兵庫県警察)がマッチアップする好カード。「はじめ」の声が掛かるなり両手を大きく挙げてひときわ大きさを際だせる青山、離れたまま腰を振って代名詞である独特の「ダンス」を見せる長尾という非常に魅力的な画で試合がスタート、間合いを取って組み際の担ぎ技で攻める長尾、引き寄せて内股を狙う青山という構図で試合が進み、残り32秒に長尾が放った一本背負投フェイントの右大内刈が決まって「技有」、これで長尾の勝利が決まった。全日本選手権は第1試合にその後の大会傾向が大きく左右されるという観戦上のジンクスがあり、個性派の2名が持ち味を出して攻め合ったこの試合は29年度大会に好大会の期待を抱かせるに十分なものであった。

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初戦の畳に姿を現した王子谷剛志は気合い十分

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王子谷は佐藤大地から全て場外で3つの「指導」を奪う

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尾崎央達が下和田翔平から大内刈「有効」

上側の山からは第1シードの王子谷剛志が順当に準々決勝進出。二回戦は佐藤大地(東北・羽黒高教)からいずれも場外で3つの「指導」を奪って完勝(4:18)。三回戦では前戦で長尾を見事な内股「一本」で破っている山本幸紀(関東・日本エースサポート)からこれも3つの「指導」を奪って勝利(3:33)を決めた。

立ち上がりから2戦連続で相手の反則負けによる勝利。王子谷はいずれも圧力豊かに前に出ており、投げる前に次々「指導」が積み重なったという体で決して不調には見えなかったが、同時に長所である思い切りの良さが鳴りを潜めている印象も確実にあり。後半戦に向けてこのまま萎んでいくのか、それとも前半を抑えたという形でここからアクセルを踏み込むのか、いずれのシナリオも考えられる興味深い立ち上がり。

下側の山は、ベイカー茉秋(推薦・日本中央競馬会)の欠場を受けた空白域。ここからは持ち前のしぶとさを生かして尾崎央達(北海道・センコー)が勝ち上がった。一回戦は帯川雄大(北海道・北海道警察)が閃かせる内股の放列を耐え切り、3つの「指導」を奪って勝利(GS3:20)、二回戦は強敵下和田翔平(関東・京葉ガス)の上背の高さを低い重心としぶとい片手技で攻略、苦しい試合の中一本背負投フェイントの左大内刈で「有効」を奪って勝利決定。続く三回戦ではベイカーの消えた山から見事ベスト16進出の栄を得た影野裕和(四国・愛媛県警察)と対峙、局面を粘り強く制し続けて「指導3」まで積み上げ(GS1:45)て見事ベスト8進出の快挙を成し遂げることとなった。

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王子谷が尾崎を右内股「一本」に仕留める

[準々決勝]

王子谷剛志〇内股(2:41)△尾崎央達

王子谷が右、尾崎が左組みのケンカ四つ。尾崎は重心を低く、組み手巧みに押し込んで王子谷を伏せさせる場面を作るなどこの試合も消耗戦志向、粘性高く王子谷に絡みつく。あとはここから得意の担ぎ技に潜り込めればというところだが、王子谷は支釣込足で蹴り崩してペースを掴むと、2分41秒尾崎の低い左背負投を狙いすまして右内股。いったん相手の頭を潰して脚を捻じ入れるケンカ四つの担ぎ技対処のお手本のような一撃、低空飛行で回しこまれた尾崎たまらず背中から落ちてこれは「一本」。王子谷、3戦目にしてついに投技を決めてベスト4進出決定。

王子谷本来の持ち味は真っ向から破壊するような大技で、これを繰り出す度胸が発揮出来るかどうかがこれまでの全日本における成績に直結してきた。この内股はどちらかというと技術的裏打ちのある切り返し技であり、仕掛けに必要な心理的なハードルはやや低いはず。王子谷らしいリスクを厭わぬ思い切りの良さや度胸が発揮されたというわけではなかったが、それでもきっかけとしては十分。ここからの上昇シナリオの実現を十分感じさせる貴重な「一本」だった。

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二回戦、山本幸紀が長尾翔太から内股「一本」

[Aブロック一回戦結果]
長尾翔太(近畿・兵庫県警察)○GS技有・大内刈(GS0:32)△青山正次郎(九州・福岡県警察)
尾崎央達(東京・センコー)○GS反則[指導3](GS3:20)△帯川雄大(北海道・北海道警察)
影野裕和(四国・愛媛県警察)○優勢[技有・一本背負投]△奥嶋聡(中国・山口県警察)

[Aブロック二回戦結果]
王子谷剛志(推薦・旭化成)○反則[指導3](4:18)△佐藤大地(東北・羽黒高教)
山本幸紀(関東・日本エースサポート)○GS内股(GS1:00)△長尾翔太(近畿・兵庫県警察)
尾崎央達(東京・センコー)○優勢[有効・小内刈]△下和田翔平(関東・京葉ガス)
影野裕和(四国・愛媛県警察)○不戦△ベイカー茉秋(推薦・日本中央競馬会)

[Aブロック三回戦結果]
王子谷剛志○反則[指導3](3:33)△山本幸紀
尾崎央達○GS反則[指導3](GS1:45)△影野裕和

[Aブロック準々決勝結果]
王子谷剛志○内股(2:41)△尾崎央達

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七戸龍が香川大吾の小外掛を透かし、浴びせ返して「有効」

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三回戦、七戸は丸山剛毅を右内股に捉え「一本」

【Bブロック】

上側の山からはシード選手七戸龍が順当に準々決勝進出。初戦(二回戦)から香川大吾(東京・東海大3年)とマッチアップするというなかなかに厳しい組み合わせであったが、この試合はGS延長戦に得意の大内刈で流れを作ると、香川の抱きつきの左小外掛を透かして体で浴びせ「有効」奪取で勝ち抜け。持ち味の懐の深さとともに、展開を得ることで相手に無理を強い、冷静に待ち構えるベテランらしさも見せてくれた。

続いて三回戦ではここまで好調の丸山剛毅(東京・パーク24)と対峙。新ルールを利して袖口を絞る丸山の前になかなか攻撃をまとめられなかったが3分過ぎに形を得て加速、まず右大外刈で丸山の動きを止め、二の矢で右内股に飛び込む。まともに力が伝わる状況に加えてこの体格差、七戸の長い脚の跳ね上げをまともに食った丸山吹っ飛んで「一本」。七戸は前戦から勝ちぶりを一段上げた形でベスト8入り決定。

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二回戦、小川雄勢が春山友紀から左内股「一本」

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二回戦、垣田恭兵が小川竜昂から巴投「技有」

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垣田が左大外刈で小川を転がす

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垣田が両手で後帯を握っての左大外落、小川は大きく崩れる

下側の山では小川雄勢(東京・明治大3年)と垣田恭兵(九州・旭化成)が三回戦で対峙する興味深い一番が実現。圧力と試合構成の巧さが持ち味の小川は二回戦で巧者・春山友紀(関東・自衛隊体育学校)の体力を削りに削り、最後は内股「一本」で勝ち抜けるという非常にこの人らしい内容での勝ち上がり。一方大会きっての試合巧者であり曲者でもある垣田は一回戦で一色勇輝(東京・日本大3年)の伸びやかな柔道を完封、「指導3」を得ての勝利に、二回戦ではこれも技の切れが持ち味の小川竜昂(近畿・大阪府警察)から巴投「技有」の優勢勝ちとこちらも十分持ち味を発揮しての三回戦進出。

この試合は小川、垣田ともに左組みの相四つ。垣田は引き手で袖を得て左大外刈と左背負投を連発、1分1秒に「指導1」を先行。直後に左大外刈で小川を転がすが主審は攻撃ポイントを採らず、観客席からは一斉に失望のどよめきが上がる。垣田はその後も2分35秒の左背負投、4分6秒の左小内刈とポイント級の技を次々積むが主審は採らず、そして小川に追加の「指導」も与えず。終盤も小川はスクランブルを掛けることなくケンカ四つクロスの形にずれた左内股など展開を取りに掛かることに腐心、試合はGS延長戦へ。GS1分8秒には小川の巻き込みをズレて回避した垣田が後ろ帯を両手でつかんで左大外落で叩き落すという極めて面白い場面も現れるがこれもノーポイント判定、さすがに軽量の垣田の体力が尽き始め、GS2分1秒垣田に「指導1」、これでスコアはタイとなる。

しかし小川は投げに出ず、巻き込みを繰り返して展開を取りに行く柔道に終始。3分29秒に垣田が片襟を取ると小川は自ら潰れ、さらに垣田の組み手に耐えかねて自ら背中を向ける形で回避したGS3分47秒ついに小川に「指導2」。これで垣田の勝ち抜けが決まった。

審判の判定傾向は一貫してむしろ小川に有利に働いていたが、垣田の粘り勝ち。小川は審判傾向を追い風に受けながらも、志向する柔道があまりに手堅過ぎ、ただでさえ軽量選手の活躍が好物の観客席を敵に回したという印象あり。垣田の尽きぬ集中力と投げの魅力が、小川の陣地確保志向の柔道を上回ったという印象の一番だった。

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七戸が垣田の背負投を跨ぐと、腕挫十字固に乗り込み「一本」

[準々決勝]

七戸龍○腕挫十字固(3:24)△垣田恭兵

七戸は右、垣田が左組みのケンカ四つ。ここまで大型選手を相手に巧みな柔道を披露して来た垣田だが、この試合は七戸がスケール感ある柔道で畳上を席捲。得意の引きずり出すような内股で大きく崩した1分8秒垣田に消極的との判断で「指導」、七戸はさらに脇を差しての支釣込足など体格差を生かす形で垣田の手を詰め、3分1秒には「取り組まない」咎で垣田に2つ目の「指導」が積み重なる。続く展開、垣田が場外で左背負投、股中に潜り込むと前に走って決め切ろうとする。しかし七戸は動き良く跨いで腕挫十字固。あっという間に肘を極め、体を伸ばしながらめくり返すと垣田たまらず七戸の着地と同時に「参った」。七戸は2試合連続の一本勝ち、勢いを得てライバル王子谷の待つ準決勝への勝ち上がりを決めた。

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一回戦、丸山剛毅が佐藤和幸から大外刈「一本」

[Bブロック一回戦結果]
丸山剛毅(東京・パーク24)○大外刈(2:15)△佐藤和幸(東海・愛知県警察)
春山友紀(関東・自衛隊体育学校)○崩上四方固(3:58)△猪又秀和(北信越・東京学館新潟高教)
垣田恭兵(九州・旭化成)○GS反則[指導3](GS0:53)△一色勇輝(東京・日本大3年)

[Bブロック二回戦結果]
七戸龍(九州・九州電力)○GS有効・浮落(GS0:42)△香川大吾(東京・東海大3年)
丸山剛毅(東京・パーク24)○GS指導1(GS1:49)△中村剛教(近畿・大阪府警察)
小川雄勢(東京・明治大3年)○GS内股(GS0:29)△春山友紀(関東・自衛隊体育学校)
垣田恭兵(九州・旭化成)○GS技有・巴投(GS4:08)△小川竜昂(近畿・新日鐵住金)

[Bブロック三回戦結果]
七戸龍○内股(2:10)△丸山剛毅
垣田恭兵○GS指導2(GS3:47)△小川雄

[Bブロック準々決勝結果]
七戸龍○腕挫十字固(3:24)△垣田恭兵

■ Cブロック
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一回戦、池田賢生が松村颯祐から小内巻込「有効」

大野将平が配されたブロック。その戦いぶりは今大会序盤戦の最大注目トピックである。

大野への挑戦権を争うのはもと90kg級実業個人王者(現在は100kg級)の池田賢生(東京・日本中央競馬会)と、3月の全国高校選手権無差別を制した松村颯祐(中国・開星高3年)という好役者2人。この二人の一回戦は体格に勝る高校生松村がしっかり持つ良い柔道で前に出、百戦錬磨の池田と堂々渡り合う健闘。しかし「指導」ひとつを失って迎えた終盤に自ら片手となってしばし間合いを測るミス、池田はこれを見逃さず右小内巻込を叩き入れ「有効」奪取。このポイントで勝ち抜けを決めた。

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大野将平が池田を右内股で攻める

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大野が左背負投、崩れた池田の胴を空中で捕まえる

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池田が一本背負投の形に腕を抱えた右大外刈、見事決まって「一本」

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無差別にあっても持ち前の「投げる」柔道にこだわって戦い抜いた大野、会場は大拍手でその健闘を称えた

迎えた大一番の二回戦は大野、池田ともに右組みの相四つ。池田は敢えて左組みの形を受け入れて相手に持たせず一方的に組み、一筋縄ではいかない気配満載。しかし大野は「持てば投げれる」とばかりにジックリ組み手を進めては投げに掛かり、釣り手の肘を揚げて相手を寄せながらの右内股で池田を崩した1分52秒には池田に消極的との咎で「指導」。大野はさらに右大外刈で攻め、3分過ぎには鋭い左背負投。池田がすっぽ抜ける形で逃れようとするところを空中で胴を掴んで投げ直し、あくまで投げて勝とうとの姿勢明確。続いて深く飛び込んだ左一本背負投は池田が跨いで場外に逃れ、フィニッシュの回旋を呉れようとした大野は独り空転するがその攻撃姿勢またも明らか、3分17秒池田に2つ目の「指導」。

奮起した池田の突進に大野思わず畳を割って4分28秒大野に「指導1」。残り数秒、池田が右大外刈を放つと大野も思い切り右大外刈を打ち返し、さらに追いかけて左小外掛。いずれも投げ切れなかったが、観客席からは息詰まる投げ合いにどよめきと拍手が沸き上がる。ここで終了ブザーが鳴り響き、試合はGS延長戦へ。

延長戦も大野が右大外刈、池田が大野の釣り手を殺しては巴投を放つ攻め合いとなる。1分15秒には奥襟を得た大野が右大外刈、池田が首を抜いて耐える見せ場があり、GS1分31秒には大野が放った左への「やぐら投げ」に池田が引かずに右外巻込を放って投げに掛かるエキサイティングな攻防現出、会場から再び大きな拍手が沸き上がる。

以後も大野が試合を引っ張り、池田は左組みの形を受け入れながら粘り強く加速のチャンスを探す。GS4分9秒には大野が左一本背負投から左小内刈、さらに左の内巻込に連絡して池田を転がす決定的な場面があったが、中途で一度技が止まったためかこのポイントは認められず。

攻め続けてもギリギリでポイントが奪えない大野はさすがに消耗。GS4分54秒に組み際に池田が右大外刈に飛び込むとこれをまともに食ってしまい、池田は迷いなく前方回転で体を捨てながら刈り切り「一本」。

今大会の最長試合、総試合時間9分54秒の激戦を制したのは池田。大野の挑戦は初戦で終わることとなった。しかし軽量ながら真向組み合ってケレン味なく投げを放ち続けたその姿に会場は大拍手、間違いなくこの試合が29年度大会のベストバウトであった。

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三回戦、上川大樹が赤迫健太を得意の払釣込足「一本」に仕留める

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二回戦、ウルフアロンは橋爪謙を僅か26秒の内股「一本」に切って落とす上々の立ち上がり

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三回戦、ウルフは池田賢生から左小外掛「一本」

上側の山から準々決勝に勝ち上がったのは上川大樹。昨秋以来20キロの減量を敢行したとのことで締まった体で登場、しかし二回戦は松雪直斗(九州・福岡県警察)に粘られ得意の払釣込足、足車を再三放つも投げ切れず。GS延長戦2分過ぎに払釣込足で崩すとそのまま腕を手繰って引き戻し、崩上四方固に抑え込んでなんとか試合を収拾する。三回戦ではここまで絶好調、前戦で制野龍太郎(東北・宮城県警察)を破っている赤迫健太(近畿・新日鉄住金)と対戦。「指導1」リードで迎えた3分14秒に払釣込足一発、さして力を込めたとも思われなかったが微かな擦過音とともに作用足がヒットすると赤迫の巨体ドウと大きく崩れ、上川体を浴びせて「一本」。初戦で見せた不安を払拭するかのような素晴らしい勝ちぶりでベスト8入りを決めて見せた。

大野の健闘に沸いた下側の山からは選抜体重別100kg級を2連覇し初の世界選手権代表を射止めたばかりのウルフアロンが素晴らしい内容でベスト8入り。二回戦は橋爪謙(北信越・長野県警察)を僅か26秒の左内股「一本」で抜き去り、三回戦では大野を破って勝ち上がって来た池田賢生に得意の前技フェイントを利かせた左小外掛一撃、これも「一本」(2:27)で勝利して準々決勝進出を決めた。

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ウルフが上川を大内刈で攻める

[準々決勝]

ウルフアロン○GS反則[指導3](GS1:24)△上川大樹

上川が右、ウルフが左組みのケンカ四つ。互いに警戒心強く、相手に決定的な組み手を与えぬまま接近と離脱を繰り返し1分17秒双方に「取り組まない」咎で「指導」。ウルフ背中を持っての送り出しや脇を差しての接近など強気の攻撃の気配を見せるが深追いはせず、上川は前襟を持ってウルフの変則接近をいなしつつ一発を繰り出す気配を伺う。しかし組み手の直し合いに陥った3分49秒双方に消極的との咎で「指導2」が宣告され、試合はタイスコアのままGS延長戦へ。延長戦に入るとウルフが積極性を増し、まず奥襟を叩いては「ケンカ四つクロス」の形からの肩車で上川を転がして流れを掌握。さらに大内刈を連発、腹を大きく出しての支釣込足で上川を潰した直後のGS1分24秒主審が試合を止めて、上川に3つ目の「指導」を宣告。これでウルフの勝ち抜けが決まった。

上川は前襟をしっかり持ってウルフの変則アプローチを再三剥がし、一発の恐怖をまき散らしたが最後まで決定的な勝負に出られず。自身の軽量化に懸念があったかきちんとウルフの手立てに対応し過ぎ、かえって勝負の形を失った感があった。

一方のウルフは、実は自身の長所の一である組み手への感性をしっかり見せた試合でもあった。相手が触った瞬間シナリオ分岐を感じ、悪い展開が予想されれば組み手が縺れる前にあっさり切り、あるいは自身の局所的な優位に変換してしまい相手に切らせる。ウルフの近年の躍進の理由が垣間見えた一番でもあった。

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一回戦、赤迫健太が阪本健介から内股「技有」

[Cブロック一回戦結果]
赤迫健太(近畿・新日鐵住金)○GS技有・内股(GS0:35)△阪本健介(関東・了徳寺学園職)
橋爪謙(北信越・長野県警察)○GS有効・小内刈(GS2:10)△一戸勇人(北海道・北海道警察)
池田賢生(東京・日本中央競馬会)○優勢[有効・小内巻込]△松村颯祐(中国・開星高3年)

[Cブロック二回戦結果]
上川大樹(推薦・京葉ガス)○GS崩上四方固(GS2:31)△松雪直斗(九州・福岡県警察)
赤迫健太(近畿・新日鐵住金)○反則[指導3](4:11)△制野龍太郎(東北・宮城県警察)
ウルフアロン(東京・東海大4年)○内股(0:26)△橋爪謙(北信越・長野県警察)
池田賢生(東京・日本中央競馬会)○GS大外刈(GS4:54)△大野将平(推薦・旭化成)

[Cブロック三回戦結果]
上川大樹○払釣込足(3:14)△赤迫健太
ウルフアロン○小外掛(2:27)△池田賢生

[Cブロック準々決勝結果]
ウルフアロン○GS反則[指導3](GS1:24)△上川大樹

■ Dブロック
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二回戦、原沢久喜が崩れた新井信吾を引き戻して抑え込みに移る

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今大会最大のインパクト、百瀬優が送襟絞で原沢を絞め落とす

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一回戦、百瀬が北野裕一から出足払「有効」

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三回戦、百瀬は奥村達郎の鋭い内股を見事に透かし「技有」獲得

優勝候補の原沢久喜が、それも衝撃的な形で敗れた。

二回戦は新井信吾(関東・埼玉県警察)を片襟の大内刈からの横四方固「一本」(1:16)で下して順調な立ち上がり。

迎えた運命の三回戦は百瀬優を相手に開始早々に思い切った右内股、しかし崩れたかに見えた百瀬は背後に食いつき送襟絞を試みる。絞めを利かせながらめくり返して抑え込みを狙うと回り掛けた原沢はこれを峻拒、自ら腹這いに体勢を戻すがこのプライドが仇となる。襟がガッチリ首に食い込み、百瀬が体重を利かせて絞めあげると原沢の動きが止まる。場内ざわめく中で主審は原沢が意識を失っていることを確認して「一本」を宣告。賜杯獲得の経験もある五輪銀メダリストが、全日本選手権という晴れの場で絞め落とされて敗北するという事態に場内は騒然となった。

井上康生男子代表監督は戦後「オリンピック後のポケットにどっぷり浸かってしまっている。それだけ(オリンピックが)大きなものであったということだし、彼ほど努力をする人間でもそこに嵌るのだなと改めて思った」と率直に厳しい評価を述べ、「彼自身がどれだけ原点に戻ってやれるか、どう感じてどう追い込んでいくかが大事」と総括した。恩師である金野潤強化委員長も「勝利に向かう獰猛さが、五輪前の状態になっていない。全日本で絞め落とされたという屈辱が彼に再び火をつけてくれることを期待する」と同様の評価を述べた。原沢は大会後の強化委員会で世界選手権の2枠目代表に選出されたが、どう立て直して、どう本番に向かうのか。初の世界選手権出場という新たな機会の到来、新勢力勃興する中でリネール打倒の一番手は自分という自負、そしてこの屈辱が原沢の心に再び火をともすことを期待して、以後に注目したい。

今大会で現役引退を表明している百瀬は、キャリア最高ともいえる充実の勝ち上がり。一回戦は試合巧者北野裕一(東京・パーク24)の大胆な組み手と隅返の放列に集中を切らずに対峙、GS延長戦の足技合戦に勝利し出足払「有効」で勝ち抜け。二回戦は奥村達郎 (近畿・日本エースサポート)の鋭い左内股を体捌き良く透かして内股透「技有」獲得、そのまま崩上四方固に抑え込んで合技の一本勝ち(3:39)、そして前述の通り三回戦では原沢久喜を送襟絞「一本」に仕留めてベスト8入り決定。

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二回戦、加藤博剛が五十嵐唯大から巴投「技有」

下側の山からは加藤博剛が勝ち残った。二回戦は五十嵐唯大(東海・愛知県警察)から全て巴投で「技有」「有効」「有効」と3つのポイントを奪って圧勝。三回戦は後藤隆太郎(東京・三井物産)を相手に粛々ポイント級の技を積んで「指導2」リードで本戦終了、迎えたGS延長戦で左の内巻込を決めて「技有」奪取。圧倒的な力を見せた関東予選の出来を引き継ぎ、順当にベスト8入り決定。

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迎えた準々決勝、加藤は百瀬からも見事な巴投で「有効」奪取

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百瀬はこの試合で現役引退、先輩の加藤に握手を求める

[準々決勝]

加藤博剛○優勢[有効・巴投]△百瀬優

2分29秒に加藤が巴投で「有効」を獲得。以後も動き良く斜めに立ち位置をずらしては粛々効果的な技を放ち、百瀬の追撃を許さない。百瀬は片手の大外刈などリスクのある技も繰り出してチャンスを作り出そうとするが、スコア動かずそのままタイムアップ。加藤が優勢勝ちでベスト4入りを決めることとなった。

百瀬は前述の通りこの大会で引退を表明している。礼を終えると国士舘大の先輩である加藤に握手を求め、畳を去るその目には涙。観客席は大拍手でその健闘を称えていた。

[Dブロック一回戦結果]
百瀬優(旭化成)○GS有効・浮落(GS2:33)△北野裕一(パーク24)
穴井航史(旭化成)○横四方固(5:17)△滝大輔(香川県警察)
五十嵐唯大(愛知県警察)○優勢[有効・内股]△木下泰成(兵庫県警察)

[Dブロック二回戦結果]
原沢久喜(日本中央競馬会)○横四方固(3:44)△新井信吾(埼玉県警察)
百瀬優(旭化成)○合技[内股透・崩上四方固](3:30)△奥村達郎(日本エースサポート)
後藤隆太郎(三井物産)○優勢[有効・小外刈]△穴井航史(旭化成)
加藤博剛(千葉県警察)○優勢[技有・巴投]△五十嵐唯大(愛知県警察)

[Dブロック三回戦結果]
百瀬優○片手絞(0:38)△原沢久喜
加藤博剛○GS技有・内巻込(GS2:06)△後藤隆太郎

[Dブロック準々決勝結果]
加藤博剛○優勢[有効・巴投]△百瀬優

■ 準決勝
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王子谷が七戸の肘を極めながら支釣込足

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そのまま縦四方固に乗り込んで「一本」

王子谷剛志○縦四方固(2:38)△七戸龍

身長186cm体重145kgと体全体が太く腰が重い王子谷、一方193cm、122kgで長身痩躯の七戸と同じ最重量級ながら対照的な体格の一番は、ともに右組みの相四つ。王子谷は引き手で襟、釣り手で奥襟を掴んで前進圧力。一方の七戸は30秒過ぎに王子谷を押しとどめると奇襲の右背負投。上背の高い七戸が放った意外な一撃に王子谷その背に乗りかかるが、なんとか耐えて「待て」。

互いに相手を良く知るがゆえに、目指す組み手と許してはいけない形がタイト。釣り手の位置取りを最前線とした息詰まる組み手争いが続く。

そんな中、2分過ぎに王子谷が支釣込足。蹴り崩された七戸は前屈して体を残すが、王子谷は奥襟を掴んだ七戸の手首を肩で噛み殺し、腕挫腕固の形で肘を抱え込んで捩じり回す。たまらず七戸は畳に転がり、王子谷はすかさず被って縦四方固。七戸は動けず2分38秒「一本」。王子谷が完璧な内容で強敵七戸に完勝、みごと決勝進出を決めた。

七戸はこの大会にフォーカスして来たことが明らか、4週前の選抜体重別とは比べものにならない動きの良さ。準々決勝で決めた腕挫十字固、この試合で見せた背負投と実戦レベルに達した新兵器も搭載して充実の出来だったが、王子谷の仕上がりと戦いぶりにはそれを陵駕するだけのものがあった。

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試合開始早々に加藤が巴投でウルフを転がし「有効」

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ウルフが釣り手で後帯を掴むが、加藤は左小内巻込であっさり剥がす

ウルフアロン○反則[指導3](4:45)△加藤博剛

ウルフ、加藤ともに左組みの相四つ。ウルフの前進圧力と相手の粘りを許さぬ「無理やり固定して投げる」捨身技は、体の小さい選手にとっては攻略困難。少々の巧手はすべて塗りつぶしてしまう絶対値の高さがある。

となると中量級の加藤がウルフに勝利するにはどこかで攻撃ポイントを得るしかないわけだが、加藤はこのミッションを早々に実現。26秒に両足の巴投でウルフの巨体をコントロール、横に叩き落して「有効」獲得。

残り試合時間は4分34秒。ウルフとしては最低でも「技有」以上の投げ、あるいは3つの「指導」を得るしか勝利がない状況。ウルフは突進、加藤の絡みつくような手先をいなしながら投げを狙う。56秒に右の襟を持って前にいなすと加藤は潰れ「待て」、これでどうやら先行き明るいかに思われたが、1分過ぎに釣り手で帯をガッチリ持つことに成功するも加藤はすかさず左小内巻込で剥がして無力化。さらに1分33秒には引き手で袖を織り込んで一方的に持つ大チャンスを迎えるが、加藤は肘を挙げて様子を伺いウルフが離さぬとみると残った右手でヒョイとつまんで切る異次元の対応、ウルフに投げを放つ形を与えない。決定的なチャンスを作れぬまま、そして1つの「指導」も得られぬまま2分22秒には逆にウルフの側に片襟の「指導」。

しかしウルフは気持ちを折ることなく、このペースでは間に合わぬと見て一段加速。優位の形を作ることと、一方的に拘束して決定的な投げを放つゴールを両立させるべく激しく攻める。腕を抱えての支釣込足、引き手を織り込んでの左大外刈と立て続けに放ち、ようやく3分5秒加藤に消極的との咎で「指導1」。残り時間は1分55秒。

ウルフは正面から近づいては加藤の手先に絡みつかれると見て好判断、引き手で袖を織り込み、あるいは釣り手で片襟を差して加藤の防御弾幕のない左斜め後方からアプローチを続ける。体格のない相手を攻略する決定的な位置である帯を狙いつつ、左大外刈で攻め続けると、3分48秒にはウルフの圧を巻き込みで流した加藤に首抜きの咎で2つ目の「指導」。

残り時間は1分12秒。ウルフがあと1つの「指導」を奪うのか、加藤がこのまま試合巧者ぶりを発揮して逃げ切るのか、はたまた加藤の逃げ切り態勢に隙を見出しウルフが捕まえて一発投げるのか。勝負は予断を許さない状況。

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ウルフは加藤の左を織り込み、相手の左斜め後方からアプローチ

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加藤に3つ目の「指導」が宣告されて試合決着

ウルフは相手の左斜め後方からのアプローチを継続。引き手で袖を織り込み、支釣込足で蹴り、奥襟を狙い、一発のプレッシャーを掛けながら加藤を追い込む。しかし加藤は攻防を利用して巧みに場外に出、さらに自身の技に変換してとなかなか隙を見せない。残り31秒でウルフが放った左大内刈も自身の巴投に変換してあくまで陣地を譲らず。

ほぼ加藤のゴール見えたかに思われた時間帯であったが、それでもウルフはあきらめない。ただ1度でも潰れてしまえばそのまま加藤の寝業に食いつかれて試合が終わること必定のこの状況で、組み勝って支釣込足と大内刈を連発する。大内刈はあと一歩踏み込めば投げることの可能と思われる角度と位置であったが、ウルフは加藤の勝負強さを計算に入れて敢えて深く入り過ぎず、体を捨てず、場外にも出さずにひたすら攻めを継続。ウルフの大内刈と支釣込足の連続技に加藤が潰れた4分45秒に三審が合議、消極的との咎でついに加藤に3つ目の「指導」が与えられて試合は決着。加藤の反則負けにより、ウルフの勝利と初の決勝進出が決まった。

ウルフが中盤以降に見せた試合ぶり、加藤に対する攻略の手順は見事であった。仮に「圧を掛けて頭を下げさせ、足技で崩しながら一発を狙う」というような王道手順を展開すれば加藤の絡みつくような組み手に引きずり込まれての「直し合い」と捨身技の弾幕で時間を大量消費することは必定、さらにもし思い切りの良すぎる一発技、つまりは「目をつむって自分の得意技を思い切り仕掛ける」ような思考停止を為していれば加藤の寝業に捕まって時間を使われるどころか勝負そのものを失う可能性すらある。その中で加藤の手先の弾幕薄く、かつ狙うべき後帯への最短距離である斜め後方からアプローチして大技を狙い続けた中盤、掛け潰れずに、それも牽制技ではなく投げに掛かる大内刈を仕掛けて「あと一歩」の踏み込みのみを我慢して技を繋いだ終盤と、まさしくこれしかないというルートを踏んだ。自分の長所と果たすべき仕事が掛け算された結果の、まさしく秀逸というべき登攀路。

自己理解の高さ、状況の整理能力と具体的な手立ての保有。試合序盤で与えられた「『技有』以上あるいは3つの『指導』奪取必須」というプリセットにより、かえってウルフの凄味が強調された試合と総括出来る。

結果決まった決勝カードは、

王子谷剛志 - ウルフアロン

となった。

■ 決勝
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王子谷とウルフの決勝戦

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王子谷は再三引き出しの右小内刈を繰り出す

王子谷剛志○GS指導2(GS2:20)△ウルフアロン

連覇を目指す王子谷、初優勝を狙うウルフ。東海大の先輩と後輩でありともに本日絶好調の両者の対戦は王子谷が右、ウルフが左組みのケンカ四つ。

王子谷が釣り手で奥襟、引き手で襟を掴んで前に出るとウルフが潰れて「待て」。以後はウルフが釣り手で下から前襟を持ち、王子谷が上から持っての引き手争いが続く。しかし前段の攻防で見えた構図そのままに、ガッチリ持ち合えば王子谷に分があり、ウルフは圧をずらしながら深く技に入る角度を探る、いわば一種変化球的な進入路を求めている印象。

1分20秒過ぎにウルフが「ケンカ四つクロス」で腕を抱き込む変則の形から、前技フェイントの左小外刈。さらに大内刈に打って出ると、ここで手数を積ませては不利と読んだか王子谷が加速。両襟で圧力を掛けるとタイミング良く思い切った右小内刈を放ち、耐えたウルフが組み手を剥がそうと体をゆするもこれを許さず、掴み続けて支釣込足、小内刈、さらに支釣込足と技を継ぐ。たまらずウルフが膝を着いて崩れ、2分16秒ウルフに消極的との咎で「指導」。さらにウルフの左内股を右内股に切り返し、大きく崩して潰し、どうやら展開を獲ったと言って良い状況。

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ウルフの隅返に王子谷が体を浴びせる

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王子谷はこれで唇を大きく切り、出血

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ウルフも顎を切り、止血の処置が為される

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再開と同時に王子谷がラッシュ、この右内股が最後の攻防となった

直後王子谷は奥襟と袖を得る十分な形を作り出すが、ウルフ巧みに嫌って奥襟を叩き返し、前段の「指導」失陥にもどうやら心が折れる気配はなし。王子谷は際の強いウルフに対し安易に勝負に出るリスクを採らず、両襟を掴んでは膕に足先を入れて崩し、粘り強く優位を確保し続ける。ウルフは残り55秒で作用足を振り上げて思い切った左内股に打って出るが、会場のどよめきとは裏腹に王子谷の体はまったく崩れない。直後ウルフは後帯を掴むことに成功して自分の形を作り掛けるも、やはり王子谷が内股であっさり剥がし、試合はそのままGS延長戦に持ち込まれることとなる。

延長戦が始まると王子谷が右内股と右小内刈で勝負を決めに掛かる。ウルフも勝負どころ近しと見たか釣り手の四指で下から後襟を掴む得意の形で左小外掛を打ち返し、観客席からはこの「投げて決める」との意思明らかな両者の攻防に「待て」と同時に大拍手。

GS1分18秒、ウルフが帯を掴んでの隅返。王子谷は体を浴びせて難を逃れるが、立ち上がったその口から血泡が噴き出す。王子谷が唇を切り、ウルフが顎を切ったこのアクシデントを受け、止血処置のためしばし試合は中断。

止血の難しい箇所を大きく切った王子谷、勝負が延びると不測の事態もあり得ると見たかここから一気に加速。圧力を掛けてウルフに膝を着かせると、右内股で浮かせ、さらに両襟を掴んで引き出しの右小内刈、続けて右内股と技を継ぐ。この技は潰れてしまったが直後のGS2分20秒に主審が試合を止めてウルフに2つ目の「指導」を宣告。これで王子谷の優勝が決まった。

準決勝で見せた通り、自身に適った独特の攻略の形を持つウルフであるがこの試合は力を出させてもらえず。その手立てを潰し、自身の地力の高さが生きる形で試合を運び続けた王子谷の完勝であった。

王子谷とウルフともに山場は準決勝にあったという印象で決勝は一見静かな試合であったが、少しでも手立てを誤れば一発で勝負が決まる消耗戦を7分20秒に渡って戦い抜いた両者の集中力はさすがであった。

■ 総評
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観客席の応援団に向かって拳を突きあげる王子谷

王子谷は大会直後の強化委員会の結果、ブタペスト世界選手権の100kg超級代表に決定。王子谷はこれで講道館杯、グランドスラム東京、グランドスラム・パリ、選抜体重別に全日本選手権と出場大会すべてで優勝、まさしく文句なしの結果で強化委員会の選考も満場一致であった。

決勝は同門対決、準決勝2試合に重心が傾いた印象はあったが、王子谷の意地、ウルフの躍進、原沢の衝撃的な敗退に大野の健闘とみどころ多く、大会全体としてはエキサイティング。掛け値なしに「良い全日本」であったと総括出来る。

雑感的に大会の評価と提案をいくつか述べたい。

まず、制度的なことについて。筆者が度々発言している開催時期の変更や世界大会の予選から外すこと、無差別に向いた独自の審判規定を立てるなどの長期的根本的な改革ではなく、比較的「すぐ出来る」ことについて。

まず今大会は、さらに一段上の、史上に残る豪華大会になり得る可能性があった。これがまことに惜しい。具体的にはリオ五輪100kg級銅メダリストの羽賀龍之介をはじめとする五輪メダリスト勢、グランドスラム・パリ100kg級優勝の飯田健太郎、グランプリ・デュッセルドルフに優勝し原沢久喜に連勝している影浦心の出場がなかったことに関してである。

五輪金メダリストには全階級にわたって出場枠が用意されているが、今回の原沢久喜の推薦出場は五輪終了後に「最重量級の五輪『メダリスト』」という新条項が追加されてのもの。全日本選手権が世界選手権最重量級代表決定の最終予選に設定されていることに鑑みての措置であると思われるが、わざわざこのような条項を付け加えるのであれば、大会を盛り上げる、社会に柔道の存在をアピールするという観点から階級を問わず「五輪メダリスト」に権利を与えても良かったのではないだろうか。無論、全日本の本戦を軽量級、あるいは中量級の選手が勝ち抜くことは容易ではない。しかし、であるからこそ全日本の価値とレベルの高さを一般にアピールするこの上ない場になり得たはずだ。昨年あれほどまでにその強さを称えられた五輪日本代表チームが軒並み出場となればもちろんメディアは大いに注目するであろうし、ファンも会場に足を運んでくれる。その中での五輪戦士たちの健闘、あるいは苦闘が与えるインパクトは非常に大きかったはず。もし仮に全日本の権威を守るためにその措置が為されなかったとすれば、今回ばかりは時期とバランスを見誤ったと評しておきたい。現在の時点で柔道界が重きを置くべきは、より注目してもらうこと、そしてその注目の中で全日本選手権のレベルの高さを示すことであったと考える。

次に影浦と飯田に関して。ともに欧州シリーズで優勝の快挙を成し遂げたこの2人は両者ともに東京ブロック予選で敗北しているが、この大会が行われたのは欧州遠征の直後、特に影浦は帰国後僅か数日で試合に臨まねばならぬ強行日程を組まれており、到底本来の力を発揮出来る状態にはなかった。影浦のケースは、世界選手権代表選考の第三次予選(グランプリ・デュッセルドルフ)で優勝しながら次のステージであるべき最終予選に出場すら出来ないというかなり理不尽なもの。講道館杯から国際大会ふたつを経てさらに選抜体重別と四次に渡って行われる予選すべてで表彰台に登りながら、最終予選はまったくの別ルートで登攀が必要で出場すら出来ない、しかもその理由が「表ルート」である三次予選から往復18,000キロ以上を経た移動の直後に試合を組まれたためとなれば、これは明らかな制度の欠陥であろう。もし全日本を世界大会の予選と位置づけ続けるのであれば少なくとも100kg超級は、欧州シリーズの表通りであるグランドスラム・パリとグランプリ・デュッセルドルフの優勝者に本戦の出場権を与えるべきと考える。既に「五輪最重量級メダリスト」条項設定時にグランドスラム東京の100kg超級優勝者には出場権が付与されることも併せて決定されており、これはもう一歩だけ踏み込みが足りなかったかと思われる。おそらく強化委員会もシミュレーションが足りなかったと悔いているのではないだろうか。

仮にこのふたつを付加すれば、ただでさえ豪華陣容の今大会に加えられたメンバーは羽賀龍之介、永瀬貴規、海老沼匡、髙藤直寿(五輪勢は本人たちにその気があればだが)、それに原沢に連勝して注目度アップ中の影浦心に、東京五輪のスター候補と全メディアが追い掛け続ける飯田健太郎。実現した際の注目度たるや凄まじいものがあっただろう。ともにあと一歩の議論の踏み込みだけで十分実現した可能性があるだけに、まことに勿体ないことであった。

次にルールについて。同じルールで行われた皇后盃レポートで書かせて頂いた通り、国際試合審判規定と旧ルールの「いいとこどり」の様相ありの妥協ルールであるが、エキサイテンィグな試合の創出にかなり効果的であったと見る。

ただし、とにかく試合が長かった。終日休憩なし(三回戦と準々決勝の間に5分間のみインターバルが組まれた)でなお、予定時間を大幅に超過するという前代未聞の長丁場。攻め合いが多くなったゆえに退屈な試合はほとんどなかったが、さすがに少し立ち止まって考えるべきかと思われる。短い時間での攻め合いを推奨する意味も込めて、本戦の時間短縮は検討されても良いのではないだろうか。

また皇后盃時には「体格の劣るものにも勝利のルートが残された」と評させて頂いたが、小兵の手練れが揃った男子を見た感想は、やはり小さいものには厳しいルールであるということ。大野-池田戦はかつてであれば本戦の「判定」で大野が勝利していたかと思われる。判定決着のダイナミズムを懐かしむ声も多くあり、これも大いに検討の余地がある。

いずれ、「妥協ルール」という形であったが、ルールいかにあるべきかを探るこの態度自体は歓迎したい。無差別で行われ、「武道」の側面を色濃く受け継ぐ全日本選手権に適したカスタムルールいかにあるべきかということを人々が考える機会が増え、制定への心理的ハードルが下がりつつあるということは間違いなく良いこと。引き続き、豊かな議論を期待したい。

最後に百瀬の引退に関して。まことに寂しい限り、お疲れ様の一言である。長年一線で戦い続けて来たそのキャリアと努力に大いに敬意を表したい。ただし、せっかく役者が揃ってきた全日本選手権、畳に残る重量級のベテラン選手たちには出来ればもう一段頑張ってもらいたいと、敢えてこの場でエールを送っておきたい。

全日本選手権のレベルを高く保ち続け、かつ次代に王者に「一筋縄ではいかない」関門を用意し続けるのはベテランたちの責任。ひところの100kg級を含めた日本重量級の苦戦は王者から王者への直接対決による「王位継承」が途切れてしまったことが大きいと観察するが、王者のみではなくそこに立ちはだかる「門番」たちの存在も非常に大事。重量級の強者たちには全員その責任がある。日本重量級の復活カーブが、常時国際大会に派遣される選手たちだけではなく、彼らに国内で立ちはだかる選手たちの再勃興と軌を一にしているのは決して偶然ではない。層の厚みが、日本の重量級を再び押し上げたのだ。

だから体重を増して突如「ビースト化」し、重量級屈指の強者として石井竜太と平成27年大会のベストバウトを演じるに至った好役者・西潟健太が今年姿を消したことは残念過ぎるし、今後少なくとも史上の系譜に連なる「門番」となり得る可能性があった百瀬の若くしての引退も非常に残念。ベテラン選手にはもうひと頑張り、「ここを越えなければ日本のトップに立てない」関門として若い選手の前に立ちはだかり、全日本の頂点を目指し続けて欲しい。怪我も増え、肉体的にも非常に苦しいはずだが自身が日本の重量級を支えているという誇りをもって、なんとか戦い続けて欲しい。ゆえに31歳にして準決勝進出の加藤博剛をはじめ、33歳で出場して堂々の戦いを繰り広げた青山正次郎と猪又秀和の健闘にあらためて敬意を表す次第である。

とまれ、今年も熱戦続いた、非常に良い全日本であった。参加選手たちの健闘と日ごろの錬磨に改めて敬意を表し、この稿を終えたい。

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連覇達成の王子谷剛志

【入賞者】
優 勝:王子谷剛志(旭化成)
準優勝:ウルフアロン(東海大4年)
第三位:七戸龍(九州電力)、加藤博剛(千葉県警)
第五位:尾崎央達(センコー)、垣田恭兵(旭化成)、上川大樹(京葉ガス)、百瀬優(旭化成)

王子谷剛志選手のコメント
「素直に嬉しいです。一回戦から苦しい戦いでしたが、上水(研一朗・東海大監督)先生に切り替えていこうと言われて、準決勝からは吹っ切ってしっかり戦えました。選抜体重別までに積んだ、追い込んだ稽古が生きたと思います。(-好調の理由は?)リオデジャネイロ五輪に出場できなかった悔しさを持続できていることです。また、今日は高校の同期が2人出場していて(松雪直斗と五十嵐唯大)、彼らの試合を見ていて勝たなければという思いが強くなりました。(-決勝戦について)ウルフは力が強くてスタミナも切れなかった。いずれ戦う相手だと思っていたので、乱取りもしたことがありませんでした。試合が中断した時は後2回出血したらドクターストップと言われていたので、勝負を決めなければと必死でした。目標だった連覇を達成出来たので、次に向けて頑張りたいです。全日本選手権の価値を上げるためにも優勝して、世界選手権の代表になろうと思っていました。あとはリネール選手と戦うだけです。私にとって五輪は東京大会が最後のチャンスだと思うので、それを目指して頑張ります。」

ウルフアロン選手のコメント
「優勝を狙っていたので悔しいです。王子谷さんとは一度も乱取りをしたことがなく、楽しみにしていました。研究されていたと思います。(-中断について)王子谷さんが疲れて来ていたのでここからと思っていたのですが、あのインターバルで作戦が崩れてしまいました。世界選手権に向けて良い結果で終わらせたかったです。無差別と100kg級は違います。今日は大きい選手と当たったら動こうと思い、ランニングなどをして筋持久力を高めてきました。毎試合大きさの違う選手と戦うなかで、相手ごとに合わせて戦うことが出来たと思います。自分より大きな選手に勝つにはスピードが必要。全日本で自分より大きい選手に勝てたことは海外のパワーのある選手と戦う自信になりました。世界選手権ではなんとしても優勝して東京五輪に繋げたいです。」



文責:古田英毅

※ eJudoメルマガ版5月4日掲載記事より転載・編集しています。

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