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【eJudo’s EYE】ルールウォッチその3、欧州シリーズの総括は「強すぎる袖口グリップ」

(2017年3月18日)

※ eJudoメルマガ版3月18日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】ルールウォッチその3、欧州シリーズの総括は「強すぎる袖口グリップ」
グランドスラム・バクー大会が3月12日に終了、これで2017年IJFワールドツアー「欧州シリーズ」が幕を閉じた。年明けから新ルールの試行が開始され、この欧州シリーズはその施政下で行われる初めての大型シリーズ。この欄ではグランドスラム・パリにグランプリ・デュセルドルフと大型大会が終わる都度、新ルールが競技に及ぼす影響を「見る」立場から観察してレポートして来たが、やはり一大会ごとに運用は少しづつ、そして競技内容は劇的に変わって来ている。今回はバクー大会の様相とともに、新ルール試行開始後最初のシーズンである欧州シリーズの総括としてこのあたりについて書きたい。

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袖口グリップを効果的に用いた志々目徹

 
「グリップ無双」、競技の性格がまったく変わる可能性すらあり

新ルール下で行われた欧州シリーズの競技傾向の総括として、もっとも的確な言葉は「袖口グリップ無双」と規定したい。競技に与える影響が予想以上に大きく、そのあまりの威力にIJFがこれを再禁止する可能性に思いを巡らせてしまうほどだ。選手もその効果に気づいたか、パリでは散見される程度だったポケットグリップやピストルグリップによる一方的拘束は1か月後のバクー大会では爆発的に増加した。男子の優勝者のほとんどはこれをうまく利用した選手だったと言っても過言ではない。

いくつか具体的に紹介したいと思う。代表格はバクー大会100kg超級を制したグラム・ツシシヴィリ(ジョージア)。

グランドスラム・バクー100kg超級決勝
グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)vsラファエル・シウバ(ブラジル)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_m_p100_0009

ツシシヴィリはもともと密着系の「普通の(典型的な)ジョージアファイター」であり、グランドスラム・パリではその型の柔道のままさほど目立つこともなく、5位で大会を終えている(ちなみにこの5位入賞が彼のIJFワールドツアーこの時点の最高成績。彼がどのような序列にあったかよくわかっていただけるかと思う)。それが、この試合では階級切ってのインサイドワーカーである巨漢シウバを完封。袖口を握って切らせぬまま振り回し続け、2つの「指導」を奪ったのちに袖釣込腰「一本」を決めるというまさしく完勝であった。シウバ、過去8敗しているリネールにすらここまでボコボコにやられた試合はなかったのではないだろうか。

このままでいけば、今後も最重量級においてはアスリートタイプの選手が巨大選手を袖口グリップで一方的に封じ続け、「弾みがつくと止まらない」彼らを一発投げるという試合が頻発すると思われる。技術トレンドの発生拡散の法則通りに軽量級からスタートしたこの「袖口グリップ」であるが、特に100kg超級においては凄まじく効果的である。

他にいくつか動画を紹介しておく。それぞれが違った文脈で袖口グリップを利用しているのが興味深い。

グランドスラム・パリ73kg級
橋本壮市vsアレクサンダー・ターナー(アメリカ)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_fra2017_m_0073_0067
袖口を握ることで組み手の優位と技の取り味を強化。

グランドスラム・バクー60kg級
志々目徹vsムフリディン・ティロボフ(ウズベキスタン)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_m_0060_0019
「組めば強い」志々目は技一発の切れ味が最大の武器。しかしその長所を良く知る相手に切った張ったの手数勝負に持ち込まれて「指導」差で敗れることが多く、近年勝負どころでまともに持たせてもらった試合は皆無。しかし切ること許さぬ一方的拘束で一気にこれを克服する可能性がある。

グランドスラム・バクー73kg級
ガンバータル・オドバヤル(モンゴル)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_m_0073_0035
袖口を握ることで、体の強さを生かした圧殺柔道が強化された。もともと体幹の強さは階級随一、誰もが間合いを取って対峙して来たガンバータルだが、もはやそれは許されず。

グランドスラム・バクー78kg超級
テッシー・サフェルコウルス(オランダ)vsラリサ・セリッチ(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_w_0p78_0015
袖口を握ることで相手をコントロール、担ぎ技の威力もアップ

グランドスラム・バクー78kg超級
テッシー・サフェルコウルス(オランダ)vsカイラ・サイート(トルコ)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_w_0p78_0019
女子超級の決勝はともに袖口グリップを取り入れた者同士の対決だった。


しかし、先ほど書いた通り、ここまで威力が絶大だと、果たしてこのルールが8月以降もそのまま続けられるのかどうか少々疑問だ。あまりにも競技の様相が変わり過ぎる。そもそもピストルグリップやポケットグリップが禁止されていた(あるいは片襟に時間制限が設けられていた)のは、この形があまりに一方的で「相手とのやりとり」を消滅させてしまうから。先人はこの形の威力を良く知っていたわけである。技が決まるから「見る柔道」としては面白いが「やる柔道」としては最悪、かなり悪い仕切りである。このままだと「どちらが先に握るか」だけで勝敗が決まってしまうような極端な方向へと競技が進化してしまいかねない。

IJFのポリシーが前4年間の「組んで、投げ合う」から「投げて、決める」へと変化したことは先のコラムで指摘した通りだが、ここまで極端な状態が生まれること、ここまで威力が絶大であることをIJFが果たして意識していたのかどうか。私見だが、「ルールを簡素化すること」を最大の理由に挙げていた発布時のサマリーを読む限り、ここまでの危機意識はなかったのではないだろうか。この先の地平にある「絞ってしまえば攻め放題」の世界が「攻める姿勢がなければ『指導』」という条項で救えるのか、どうか。

もちろん、筆者が想像しないような対応策が選手に生まれ、このルールが競技トレンド的な「落ち着きどころ」を得る可能性も皆無ではない。しかし試行期間終了後の再改正に向けて、この「グリップ」が最大の観察ポイントのひとつであることは間違いないだろう。私個人としては、8月を待たずに再禁止される可能性が十分あるのではと思っている。

 
「やる柔道」には袖口グリップ許可は最悪

少々本論から逸脱するが、付記するという形で。あらためてここで警鐘を鳴らしておきたいのだが、前述の通り袖口グリップの許可は「やる柔道」には最悪である。競技でトップを目指さなくても、互いに組んでどったんばったん投げ合う状態が面白ければ、試合がなくても柔道文化は続く。今の柔道の人口減少に、小学生の行き過ぎた競技化と「勝つためだけ」の技術と価値観の浸透が中学生以降の新規参入を阻んでいるという側面があるのは間違いなく、袖口グリップは、まさしくこの「勝つためだけ」の価値観。仕切りとして面白くないのはもちろん、競技者の長期的育成という視野からも百害あって一利なし。

だからひとこと言っておきたい。

まず全日本柔道連盟に。仮に試行期間を経てIJFがこれをそのまま通したとしても、小中学生に袖口グリップを認めるべきではない。柔道文化の浸透という文脈からも、将来のトップ競技者の育成という観点からもこれは百害あって一利なし。かつて嘉納治五郎師範は「審判規程は柔道の修行上平素の練習の仕方を左右することがはなはだ多いから、平素の修行に好影響を及すように攻究していかなければならない。」と述べているが、この精神に立ち返ってもらいたい。ルールはその世代にあるべき目的に沿って設定されるべきだ。理想は小中学生用の、ぶれのない新ルールを作ること。最低でも申し合わせ事項の付加で袖口グリップは明確に禁止しておくべきだ。

次にこれを読んでいる小中学生の指導者や保護者に。「ではさっそく袖口グリップの練習を」と決して思わないで欲しい。柔道文化も、その子の将来も潰れてしまう。互いに一定以上のチャンスがある状態で駆け引きをする「袖と襟を持ちあう形」は柔道の面白さである技術的な多様性(受けも攻めも繰り出せる技術がもっとも多い)を担保する重要なファクターであり、二本持ちあっての攻防で地力を養うことは時間こそ掛かるが、大人になっていざそれが要求されたときにはもう間に合わない、実は競技者にとっては結果としてもっとも効率が良い自己投資であることを、ぜひ強く意識して貰いたい。

 
どうやら「毅然と3つ目の反則を取る」で決着

「指導2」の後になかなか3つ目の「指導」を宣告出来なかったり、あるいは淡々と「指導3」を宣告してあっという間に試合が終わってしまったり、と運用にブレがあったデュッセルドルフ大会を経て、どうやらこの問題は収束した気配。答えは「取るべき場面では躊躇せずに宣告」との至極まっとうなところに落ち着いたと見る。前回コラムで書いた、岡田弘隆氏紹介するところの「攻める気のないものは早く畳から降ろせ」とのIJFの空気感は、ルールの条文だけでなく運用においても徹底されつつある。
 

 
「ブリッジ反則負け」の厳罰ポリシーに変化はなし

厳罰を以て臨む方針に変化はなしと観察される。前回のコラムで既に書いた通り、IJFは重大事故の可能性を極端に嫌う。グレーゾーンを設けず、危険な領域に近づいてくるものはすべて排除するというポリシーは今後も間違いなく続くだろう。

いくつか今回のケースを映像で紹介しておく。

60kg級準決勝 
志々目徹vsグスマン・キルギズバエフ(カザフスタン)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_m_0060_0015
顔面から落ちていて「ブリッジ」の形かというと微妙だが、反則負けとなった。この試合を見る限りだと危険な落下(頸椎を痛める可能性がある形)は即反則と読み取っておくべき。前回大会でのjudobaseのIJFの記録における反則呼称が「head dive」であることを考え得ればこれは当然であるかもしれない。

100kg級3位決定戦
ミコロス・サーイエニッチ(ハンガリー)vsピーター・パルチク(イスラエル)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_m_0100_0017
頭を着いたのは故意ではなく、かつこの時点では反則適用も微妙。しかし足が立つ形で落ちて「ブリッジ」の形が完成したことでアウト。後者は故意であり、これは従来基準に照らしても反則負けが妥当。

66kg級準々決勝:髙上智史vsガンボルド・ケーレン(モンゴル)
https://www.judobase.org/#/competition/contest/gs_aze2017_m_0066_0010
この試合はちょっと解釈を迷わせる。①映像の50秒では頭を着いたが、手を先に着いたということかスルー、②1分45秒、頭を支点に側転したがこれも先に手が着いたと判断されたのかスルー、③髙上の背負投、ガンボルドは頭からブリッジしているが決まり技は背負投「一本」。反則負けは宣告されなかった模様。
何かを導き出すとすれば「手が先に着いたらオーケー」ということかもしれないが、このような難しい試合は稀で、いまのところこれから全体に敷衍出来るような傾向を見出すのは危険。全体としての厳罰傾向は変わらず、と考えておくべきかと思われる。


いずれ、このバクー大会ではっきりルールの最前線は「グリップ」に移ったかのように思われる。分水嶺となる大会だった。


文責:古田英毅

※ eJudoメルマガ版3月18日掲載記事より転載・編集しています。

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