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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第19回

(2016年12月5日)

※ eJudoメルマガ版12月5日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第19回
柔道の修行者は、今日多くの世人の罹っている病気すなわち軋轢・衝突・怠慢・無効の勤労のごとき、精力善用・自他共栄に反した通弊を戒めるため、急先鋒として起たなければならぬ。
出典:「柔道の使命を論じて修行者の融和結束を望む」 
柔道 第2巻10号 昭和6年(1931)10月(『嘉納治五郎大系』1巻,35頁)
 
今回の「ひとこと」は師範から柔道修行者に向けた、いつもより直接的なメッセージです。

講道館柔道から生み出されたとされる「精力善用」「自他共栄」により、嘉納師範が社会を変えようとしていたことは、これまでも紹介してきました。

そのためこの「精力善用」「自他共栄」は、柔道修行者あるいは柔道界のみならず、柔道以外の人々に向けた言説の中にも遺されています。

また、師範が頻繁に行っていた講演等のテーマも決して柔道だけに限られてはいません。講道館柔道の創始者・師範であると同時に、東京高等師範学校の校長、さらには貴族院議員やオリンピック委員会委員であった師範は、様々な場で柔道以外の話をしていますが、その中でもやはり「精力善用」「自他共栄」について言及しています。それは決して柔道のすばらしさを語り、柔道に勧誘するためではなく、「精力善用」「自他共栄」で社会を変えようと本気で考えていたからでしょう。

ところが、その普及は難しくかつ師範の思う通りにはいかなかったようです。講道館柔道の普及は師範の理想と異なる方向で進んでいきましたが、「精力善用」「自他共栄」の普及も並大抵の苦労ではなかったと思います。「精力善用」「自他共栄」の二語が柔道界にしか遺っていない事実、あるいは歴史を繙いても柔道史以外で、その言葉を見いだせないことからも、普及活動の結果は明らかでしょう。

そういった困難な普及活動において、師範が先駆けとなることを期待した人々、それが我々柔道修行者だったわけです。世の中の「軋轢」「衝突」「怠慢」「無効の勤労」。もちろん、今の世の中でもあることですが、師範の生きた時代も多々あったのでしょう。
そういった、「病気」をただすための「生きたモデル」を柔道修行者に期待していたわけです。
みなさんも是非・・・。

とまとめたいところですが、実は今回の「ひとこと」、直後に師範は次のようなことを言っています。

(・・・急先鋒として起たなければならぬ。)それが、相互に融和を欠き、衝突するようなことがあっては、せっかく柔道のごとき貴重なる精神的訓練を受けた甲斐がないことになる。

「生きたモデル」として起たねばならぬはずの柔道修行者にも問題があったということです。このくだりに続いて(名前を伏せてはいますが)高段者とその派閥同士でトラブルがあったことをうかがわせる記述があります。

急先鋒として立ち上がることを期待されていた柔道修行者ですが、その修行者たちですら「精力善用」「自他共栄」に反する行動をしている。その事に対する苦言でもあったわけです。

さて、我々は何かというと師範の名前を出しますが、その師範の期待に応えているでしょうか・・・。

歴史は繰り返すと言いますが、繰り返すか否か、これを決めるのは今を生きる我々だけです。「精力善用」「自他共栄」によって、社会を変えていく、その急先鋒になること。これを急に実行することは難しいかもしれません。ですが、道場以外でも出来るところから是非取り組んでいきたいものです。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版12月5日掲載記事より転載・編集しています。

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