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映画「福田敬子~女子柔道のパイオニア~」まもなく公開、山下泰裕氏らが試写会鑑賞

(2016年11月16日)

※ eJudoメルマガ版11月16日掲載記事より転載・編集しています。
映画「福田敬子~女子柔道のパイオニア~」まもなく公開、山下泰裕氏らが試写会鑑賞
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まもなく日本初公開となる映画「福田敬子~女子柔道のパイオニア~」(配給:パンドラ)の試写会が、15日に東京都内で行われた。

この作品は講道館女子九段、アメリカ柔道連盟の十段を取得した福田敬子さんのドキュメンタリー。嘉納治五郎師範の師である福田八之助氏を祖父に持つ福田さんは、講道館女子部で直接師範の教えを受けた日本女子柔道のパイオニアの一人。東京オリンピックで「柔の形」を披露したのちに54歳で渡米し、以後99歳で没するまでアメリカを中心に世界各地で柔道普及に尽力した。作品は福田さん本人への豊富な取材も含め、貴重な映像でその生涯を描き出している。

このイベントに合わせて来日したユリコ・ガモウ・ロマー監督は試写会後にインタビューに応じ「特に女性に観てほしいが、何かやってみようと思っているけど出来ていない人、チャレンジしてみたいけどなかなか最初の一歩が踏み出せない人にぜひ見てほしい。」とコメント。eJudoユーザーにメッセージを、との問いには「福田先生の仰る通りに、よく練習をして、人にやさしく、相手を思いやって柔道を頑張ってほしい」との言葉を返してくれた。

当日作品を鑑賞した山下泰裕・全日本柔道連盟副会長は「柔道が大好きな女子柔道家が様々な分野で活躍できるように、もう一巻きも二巻きも覚悟をもってやらなければいけないと強く思った」と挨拶、「ぜひたくさんの柔道家に観てほしい」と感想を語っていた。会場には三井住友海上火災保険柔道部など現役女子選手、指導者の姿も多くみられた。

公開は12月3日(土)より、アップリンク渋谷にて。

弊サイト記者による作品評、作品データと福田女子九段の略歴は下記。

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90歳を越えても道場に立ち続けた。

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講道館女子部時代の福田さん

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道場の仲間たちと

【映画評】

書籍「つよく、やさしく、うつくしく」で一般のファンにも広く知られるようになった福田敬子さん(講道館女子九段、米国柔道連盟十段)のドキュメンタリー。2009年の「里帰り」(※)の様子も含めた近年のサンフランシスコでの指導の様子を軸に、貴重な資料映像や関係者へのインタビューでその生涯を浮かび上がらせている。

長い時間の作品ではないが、印象的なシーン、そして発するメッセージは数多い。大向こうから説明すれば、封建的なシステムと価値観の中で奮闘した力強い女性像、言葉の通じぬ異郷の地に50歳を超えてから渡って自らの身体に染みた「柔道」で人々を魅了していく様を描いた映画ということになるのだが、その中にあっても、我々柔道人にとって特に強く受け取られるのは、古き良き講道館柔道の再発見という要素ではないだろうか。作中幾度が挟まれる1950年の講道館女子部の乱取りの映像はとても美しい。両手で組み合い、軽やかに足技を出し合いながら実に楽しげに「柔道」それ自体を楽しんでおり、思わず「いい稽古だなあ」と笑みが漏れてしまう。今もっとも競技的に偏狭なカテゴリは間違いなく女子、それも若年世代で早く結果を残そうとしている層のそれではないかと思うのだが、短い時間で競技性を高めようとした結果文化として失ったものの大きさ、これから取り戻さねばならないものの豊かさをあらためて思わずにはいられない。

そして嘉納師範の教えを直接受けられた福田さんが米国の地でいわば純粋培養した講道館の柔道が、これも非常に美しい。福田さんは「大外刈や膝車が柔道ではありません。良い人間になることが、柔道です」と道場に集った弟子に英語で語り掛ける。90歳を超えて体が利かなくなった福田さんが自らの足で人前に立ち、発する言葉は命を削るような、どうしても「言わねばならない」大事なメッセージ。それがこの言葉であることには、母国日本で柔道の系譜に連なるものとして単なる字句を越えた衝撃があった。

試写会後にユリコ・ガモウ・ロマー監督にお話しをお聞きしたのだが、彼女は福田さんに会うなり「どうしてもこの人で作品を作らなくてはならない」といっぺんに魅了されたという。
福田さんは当初まず短期の指導予定で渡米したのだが、その稽古を見たものが大学に連れて行き、1度デモンストレーションをするとすぐに講座の開設を依頼される。ビザが切れ掛かると支援者の署名があっという間に2000名以上集まり、活動家が奔走して国に在留を認めさせる。在留が決まるとなると、支援者が「うちに来てくれ」と声を上げて家に招き入れる(彼女は結局生涯そこに住むこととなった)。そして90歳を超えた彼女の言葉に、道場に集まった少年たちや大人の修行者、誰もが深く頭を垂れて熱心に聞き入る。柔道自体が持つ力はもちろんだが、それを越えて、何より人を引き付ける魅力があった方なのだろう。その言葉では曰く説明しがたい魅力の一端が見える映画でもある。

そして福田さんは決して超人ではない。結婚もせず、子どももなく異郷の地にある孤独を「私は柔道と結婚したのだから」と振り返って涙する場面には、一人の悩める女性としての姿が浮かび上がる。当時、女性が柔道を職業として立っていくには異郷の地に渡るほかはなかったのだ。偉大な彼女が普通の悩める女性であったことは、切なさと同時に、我々にもまだ出来ることがあると大きな勇気を与えてくれる。全ての柔道人、特に指導者のかたがたにぜひ見てもらいたい作品だ。

評者:古田英毅
写真提供:パンドラ
※参考記事「強く、やさしく、美しく」、96歳福田敬子女子九段が講道館で講演」)


【作品データ】
「福田敬子 -女子柔道のパイオニア-」(原題:「Mrs Judo ~強く、優しく、美しく~」)
アメリカ/2013年/58分
監督 ユリコ・ガモウ・ロマー 
配給 パンドラ
12月3日~ アップリンク渋谷(渋谷東急本店右側道200m先)にて公開

【福田敬子さん年譜】

1913年4月12日 東京都京橋に生まれる。祖父の福田八之助は柔道師範
であり、嘉納治五郎の柔術の師であった

1953年 22歳 嘉納治五郎の薦めで、講道館女子部に入門
1939年 26歳 講道館初段になる
1943年 30歳 日本女子高等学院大学(現在の昭和女子大学)国文科予科卒業
1946年 33歳 講道館四段に
1953年 40歳 講道館五段になる。柔道指導のため招かれて、初めて渡米しカリフォルニア、ハワイを訪問
1964年 51歳 東京オリンピックで「柔の形」を披露
1966年 53歳 柔道指導のために2度目の渡米。ミルズカレッジとシティ・カレッジ・オブ・サンフランシスコで指導。
1967年 54歳 サンフランシスコに桑港女子柔道倶楽部を設立し、本格的に指導を開始。カナダ、オーストラリアにも指導に出向き、世界柔道の母」と呼ばれる
1972年 59歳 講道館六段を授与される
1984年 71歳 講道館七段を授与される
1989年 76歳 フランス、ノルウェーへ指導のため訪欧。アメリカで初の
「柔の形」競技会が開かれる
1990年 77歳 勲四等瑞宝章を授与される
1991年 78歳 心臓のバイパス手術を受ける
1992年 79歳 フランスで柔道のセミナーを開く
1994年 81歳 アメリカ柔道連盟と講道館より八段を授与される
される
2001年 88歳 アメリカ柔道連盟より九段を授与される 世界で唯一の女性九段となる
2004年 91歳 2冊目となる著書『Ju-No-Kata』が刊行される
2006年 93歳 女子初となる講道館九段に。Keiko Fukuda Judo Scholarship」を設立。サンフランシスコ市が柔道の普及への貢献をたたえ“ケイコ・フクダデー”を設ける。
2009年 96歳 約30年ぶりに帰国。10日間ほどの滞在中、講道館での講演
などを行う。伝記『Bow from the Heart』が出版される。
2011年 98歳 アメリカ柔道連盟より十段を授与され、世界で唯一の女性十段となる
2012年 99歳 「つよく、やさしく、美しく-99歳女性十段が世界に広めた、なでしこの心」(2012年6月/小学館)発行
2013年2月9日 99歳 肺炎によりサンフランシスコ市内の自宅で死去

※ eJudoメルマガ版11月16日掲載記事より転載・編集しています。

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