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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第16回

(2016年10月24日)

※ eJudoメルマガ版10月24日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第16回
主義はただ知るだけでは足れりとしない。これを行ってこそ、真の価値が認めらるるのである
出典:「主義はその何たるかを知るだけでなく実行してこそ価値がある」
 作興6巻12号 昭和2年(1927)12月 (『嘉納治五郎大系』8巻272頁)

冒頭から1つ質問です。
「皆さんは『精力善用』『自他共栄』という言葉を知っていますか?」
「もちろん知っている」という方が大半でしょうか。
 
では、続いてもう1つ質問を。
「皆さんは『精力善用』『自他共栄』を実行していますか?」
いかがでしょう?皆さんはどう答えますか?

今回の「ひとこと」内で出てくる主義というのは、大正11年(1922)1月、講道館文化会の発足を機に発表した「精力善用」「自他共栄」のことです。引用元の論考が発表されたのは昭和2年(1927)の12月ですので「精力善用」「自他共栄」が発表されてから約6年経過しています。

この頃になると雑誌や講演などによる普及活動のかいがあり、知らない人からも「精力善用」「自他共栄」の揮毫(キゴウ・文字を筆で書くこと)を頼まれることがあると師範は述べています。その喜びを表した直後の一文が今回の「ひとこと」になります。

では、嘉納師範の目からみた当時の「精力善用」「自他共栄」実行の度合いはどうだったのでしょうか。残念ながら「大いに失望せざるを得ない」状況だったようです。師範はこの主義で日本、さらには世界を変えていこうという大きな志を抱いていました。そんな師範にとって「知られること」が普及の第一歩だとしても、実行が疎かになっている状況は、到底、満足出来なかったでしょう(知ることと行うことは違うものだという趣旨のことも述べています)。

そこで師範は実行を促すための方法をいくつか紹介していますが、その最初の一歩として<表面的な知るではなく徹底的に知る>ということを挙げています。
人は知っているつもりでも、突き詰めてみると意外と分かっていないことがある。本当にそのこと-この場合は「精力善用」「自他共栄」ですが-を分かっていないから実行しない。
不摂生や不謹慎をついついしてしまうのはそれらの行為が「精力善用」ではないと本当に理解していないからだ(精力善用を本当に理解していないから、不摂生や不謹慎をする)というのが師範の主張です。

「精力善用」「自他共栄」という言葉だけを知っていてもダメということですね。

さて、そんな師範が精力善用を語るだけではなく自ら実行していたという逸話は、歩き方まで気を配っていたことや、献酬を嫌い、宴会文化も好まれなかった等、いろいろ残されていますが、有名なものに「疲れる」という言葉を嫌ったという話があります。
精力善用している人間は疲れないと言うのがその言い分ですが、「お疲れでございましょう」と聞くと「それは『精力を善用なさいませんでしたでしょ?』と言っていると同じだ」と叱られた人がいるというので筋金入りです(※)。
師範の「精力善用」が決して口だけではない、生活に深く根付いたものであった様子がうかがえます。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。
※そんな師範ですが、最後の旅となった氷川丸の中で「カイロの会議ではすっかり疲れた」ともらしたのを同乗者が記録しています。オリンピックの東京開催を確実なものとしたカイロでの会議がどれだけ大変なものであったかが窺えます。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版10月24日掲載記事より転載・編集しています。

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