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【eJudo’s EYE】“重量級のパワーに中量級の技術”やはり面白かった100kg級・リオデジャネイロ五輪柔道競技第6日評

(2016年8月14日)

※ eJudoメルマガ版8月14日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】“重量級のパワーに中量級の技術”やはり面白かった100kg級・リオデジャネイロ五輪柔道競技第6日(100kg級、78kg級)評
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“重量級のパワーに中量級の技術”やはり面白かった100kg級

予選ラウンドの途中で、身悶えしてしまった。面白すぎる。キャラの濃い役者多士済々と数年にわたって紹介し続けて来た100kg級だが、この日はその激戦階級にあって見事五輪出場の栄を得た精鋭たちの魅力が爆発。MAT2の第1試合で階級きっての業師ホルヘ・フォンセカ(ポルトガル)が大陸枠参加のアフガニスタン選手をいきなり僅か8秒の背負投「一本」、隣のMAT1でもアルテム・ブロシェンコ(ウクライナ)がソイブ・クルバノフ(ウズベキスタン)を2分56秒の小外掛「一本」で下すという華々しい幕開けを切ったトーナメントは序盤から白熱。シード選手が登場する2回戦では羽賀龍之介がイェフゲニス・ボロダフコ(ラトビア)を代名詞の内股「一本」、この日キレキレのベカ・グビニアシビリ(ジョージア)はベンジャミン・フレッチャー(イギリス)を豪快な右腰車「技有」からの袈裟固による合技「一本」で全く相手にせず、シリル・マレ(フランス)も大陸枠参加選手を33秒の内股「一本」、チョ・グハン(韓国)は持ち前の泥臭い戦術でこの大会のために2年以上掛けてランクを上げて来た第4シード選手マーティン・パチェック(スウェーデン)を「指導2」の優勢であっさり殺し、ワールドツアーではすっかりベスト8常連にスケールダウンしていたヘンク・グロル(オランダ)はなんとカヨル・レイズ(カナダ)から大内刈「有効」、小外掛(「セルフ内股透」的技法)で「一本」という素晴らしいスタート。注目のフォンセカ対優勝候補のルーカス・クルパレク(チェコ)戦は、1分59秒の組み際に左大外刈崩れの背負投で「有効」を奪ってなんとフォンセカが先制。しかしクルパレクの執拗な攻めに疲弊し時計の針がまったく進まない苦しい試合、それでも残り43秒の時点で偽装攻撃の「指導3」までに失点を留めて試合は最終盤。優勝候補の初戦陥落あり得るかと会場が息を呑んだ残り14秒でしかしクルパレクが起死回生の隅返、フォンセカ耐えるが空中で明らかに「あきらめる」瞬間があり、突如畳に落っこち「技有」で逆転。フォンセカの業師ぶりと成績残らぬ因である淡白さ、そしてクルパレクの執念と攻撃の多彩さとまさしく盛りだくさんの一番。

と書き連ねたこれらの熱戦が全て2回戦までのことで、有力選手同士の対決が始まった3回戦以降の面白さはもはやいうに及ばず。全ての試合に戦評を付したいほどだ。周知のとおり大会はクルパレクの優勝で幕を閉じたが、一時この階級に選手を送れないほど低迷した日本が、この役者たちに堂々伍する世界王者・羽賀龍之介を五輪の畳に送り出したことは間違いなく誇るべき、育成上の大功績と考えてよいだろう。

本領発揮出来なかった世界王者羽賀、浮沈の分水嶺をブザカリニ戦に見出す

現役世界王者・羽賀龍之介の今大会の試合ぶりはもどかしかった。実力が十分である以上、前日にベイカー茉秋と田知本遥が同じ畳の上で見せてくれた五輪で勝つための「勝利の方程式」、肚を括って遮二無二攻める姿勢を骨まで染みさせることが出来ていなかったと評しておくしかないだろう。2回戦でマッチアップ(羽賀が「指導」優勢で勝利)した、地元の大声援を受けて異常な目つきで畳に上がってきたラファエル・ブザカリニ(ブラジル)は確かに慎重に戦っておくべき相手だ。だが、同じ「慎重さ」でも、大局から帰納して着々詰将棋の手を積んでいく手堅さと、おっかなびっくり刀を合わせて演繹的に次を考えるという戦い方はやはり違う。個人的には羽賀が最強のパフォーマンスを発揮したのは優勝したアスタナ世界選手権ではなく、11戦で10の一本勝ち、8つの内股「一本」を奪って2大会連続優勝を果たした2015年2月の欧州シリーズであったと思う。あの時羽賀は、日本のマニア以外にはアウトサイダーであり、「何も持たない」選手だった。その何の飾るべき実績もない徒手空拳、一回死んだはずの選手である羽賀が得意の内股一剣のみを以てヨーロッパに斬り込んだ、「斬らずば俺のキャリアは終わる」と見せたあの怖いものしらずの覚悟こそ今回必要なものだったと思うのだが、残念ながらそこまでのマインドセットを得るには至らなかった。

それでも、羽賀は、スイッチさえ押すことが出来れば、攻めに攻めまくったアスタナモードまでは引っ張りだすことが出来たのではないかと、個人的にはまだ思っている。

羽賀はこの試合(ブザカリニ戦)、片手の内股、さらに相手を後ろに置いたまままず足を突っ込んで引きずり出す内股と威力偵察をいくつか繰り出したのち、3分40秒に意を決して本命の左内股を放ち、さらに激しく大内刈で追うが、耐え切られてしまう。

ここがこの日の試合の羽賀のメンタルの浮沈の分水嶺になったかと、個人的には考える。追って追って追い詰めるが相手の上体が「来ず」耐え切られてしまうというのは、羽賀が肩の手術による長い低迷期にそのメンタルを度々故障させしめた「悪い卦」である。かつて持っていけたはずの相手の上体が「来ない」、この形を繰り返すことが実際の肉体の状態以上に彼の精神を摩耗させ、低迷のスパイラルを呼んでいたと見る。あの頃彼の試合を見た多くの人が、内股を仕掛けて、背筋を伸ばされて耐えられるそのたびに1ミリ、また1ミリと試合中に羽賀のメンタルが削れていくことをビビッドに感じていたはずだ。そして体がなかなか動かない中、五輪の舞台で勇を鼓してついに一発全力で放った内股が耐え切られた、しかもそこで間髪置かずに浴びせられる大歓声。羽賀自身の気持ちとは別のところで、その肉体は骨身に刻まれたあのトラウマを思い出してしまったのかもしれない。個人的には、ここであと数段のガムシャラな追い込みがあってブザカリニを投げ飛ばしていれば以降羽賀は吹っ切れた可能性が高かったと思うし、「指導1」対「指導2」という僅少差を受け入れてしまったクルパレク戦でも、必要な「破れ」を発揮することが出来た可能性もあるのではないかと思う。ただしそれはコロンブスの卵、そもそもそこまでの覚悟が出来ていればきっかけも何もなく「一本」取って終わっていたはず、という意見もあるだろうし、「ここで『一本』とっても、結局このくらいの覚悟ではクルパレクを凌ぐことが出来なかったはずだ」という意見もあるだろう。考え方は様々だ。とにかく、残念である。

しかし、この人材豊富過ぎる100kg級で銅メダルは掛け値なしの好成績であるし、「誰が勝ってもおかしくない」この階級にあってクルパレク1位、ガシモフ2位に羽賀とマレが3位というのは十分呑み込める結果である。羽賀は最高の出来ではなかったが、良く戦って結果を残した。

ポジティブな材料もある。クルパレクに屈して夢破れ、それでも銅メダルを獲得したことには羽賀の実力の安定感とともに、今大会一貫して感じる日本代表男子の結束を大いに感じた。各選手のコメントの端々から顔を出す、「井上監督に恥をかかせるわけにはいかない」(言葉はもちろん様々だが)という方向性の感情。この求心力が、今回の日本代表が決定的な大穴を作らずに済むことに大いに寄与しているのではないか。いいチームである。少なくとも選手が力をしっかり発揮出来るマインドセットが出来ている。

もう1つは、世界王者になった羽賀が、81kg級の永瀬貴規同様「異次元」を存分に感じたであろうこと。ワールドツアーや世界選手権は五輪に流れ込む壮大な「大河ドラマ」と喝破できるが、日本にとって、地元開催の東京五輪は今回の五輪も呑み込む一大クライマックスになるはずである。世界王者が、それも「異次元」を知った王者が存在することは、本人は勿論その後を追う選手たちに益するところ大だ。世界屈指のレベルを誇る100kg級で、今後も日本選手がそのトップに伍して魅力的な試合を繰り広げんことを願ってやまない。

かばえない梅木の敗戦、“不導体”ぶりは階級の現状そのまま映し出す

現役世界王者の78kg級・梅木真美は初戦敗退。2回戦で全盛期おそらく4、5年前、ツアーでは第1グループの選手にもうまったく歯が立たないアビゲイル・ヨー(ハンガリー)に奥襟を叩かれると開始15秒であっさり膝から崩れ落ちて「指導」失陥。以後も攻める姿勢全くないまま1分7秒に自身の巻き込み潰れで偽装攻撃の「指導2」を失い、目の前が見えていない様子。3分7秒に谷落で「有効」を失うも以後スクランブルをかけることもなく、残り7秒で得た場外の「指導2」に勢いを得て初めて抱き着いて乾坤一擲の投げ合いを挑むものの、内股で切り返されて2つ目の「有効」失陥。隣接した第1シードのケイラ・ハリソン(アメリカ)と雌雄を決するどころか敗者復活戦進出ラインにすら届かず、あっさり五輪の畳から姿を消すことになった。

南條充寿監督は「練習場で動けているのが試合で動けなくなるんだから(負傷は関係ない)」
と膝の負傷の影響を否定、低調な試合の因を「過緊張」と説明した。

残念ながらノーエクスキューズ。そもそも攻めようという姿勢も薄く、買うべきところのない試合だった。緊張云々、負傷云々を抜きにしてスコアの推移だけを見つめたとしても、先んじて自身のミスで「指導」を複数失い、焦って攻撃ポイントを失い、スクランブルをかけるべき時間帯に動かず、取り返しがつかなくなってから打って出た力勝負で傷口を大きくして敗戦と、ちょっと普通では考えられない悪手。緊張によるパフォーマンス低下というところでは日本五輪競技史上に残る、良くも悪くも非常に絶対値高いサンプルとなってしまったのではないか。

前日に田知本遥があれほど気持ちひとつで勝負がどう変わるかを示してくれたというのに。肚さえ括れば、少なくとも自らの持てるリソースを最大限につぎ込んだ、悔いの残らぬ試合が出来ると教えてくれたはずなのに。

田知本という素晴らしいダイナモの発電、たった1日後の選手にも届かず。この電流通じぬ「不導体」ぶりはまことに残念。強化陣の落胆一層深かろうと思うのは、この仮に「不導体」と称させて頂いた性質は、78kg級の国内事情を括るにふさわしいキーワードであり梅木選出にもこれが大きく絡んだフシがあると観察するからだ。

全日本選抜体重別で佐藤瑠香が圧倒的なパフォーマンスを見せて優勝した際、既に佐藤には五輪代表の権利がなかった。第3次予選である欧州国際大会への派遣が為されなかったからである。強化委員会においては当然「これではバックアッパーがいない、なぜあそこで切ってしまったのか」という批判が巻き起こったが、これは佐藤のパフォーマンスがここまであまりに乱高下し過ぎたからに他ならず、そしてもう少し踏み込んで言えば、勝ち負けや試合運びがあまりに論理性に欠け、1人代表として送り出すのはそもそも難しいという見立てが強化側にあったからだと観察する。かつての五輪代表・緒方亜香里もその気が濃厚にあり、局所的にも極大的にも、スイッチが入るべきところで入らない、勝つべき試合も蓋を開けてみるまで出来不出来がわからない、これ以上ないくらいに大事な試合のはずなのに勝ち負け以前にあるべき電圧が保てない、というような「通じなさ」がこの2人には濃厚にあった。固技の強さで世界のトップレベルに伍する濱田尚里も、立ち技の受けという「理」の部分や戦後のコメントの極端な語彙のなさ、指導時の受け答えを観察する限りでは一流選手にあるべき論理性やこの電流「通じる」部分を感じることは難しい。その中にあって猪突猛進タイプながら試合の組み立てがキッチリ出来る梅木がアスタナ世界選手権に抜擢を受けたのは、まさしく「言葉が通じる」部分を見込まれたからであったと考えるのだ。そして初出場の世界選手権での金メダル獲得という実績は、梅木は少なくとも肚を括った試合をしてくれる、力を存分に出した上で勝ち負けを問うてくれるという期待感も生んでいたことだろう。

結果。「通電性」と肚を括れる資質、梅木は他の選手と違うとみなされその起用の因となった2つの部分でともに、全くもって力を発揮出来なかったということである。梅木はダメだったと騒ぐファンが「では誰を出すべきだったのか」と考えたときにシンと静まり返る絵がおそらく色々なコミュニティで現出したのではないだろうか。良くも悪くも梅木は78kg級の縮図、日本のこの階級の姿の体現者であった。就任時から78kg級を弱点階級と明言し、補強に心を砕いて来た南條監督の傷心ぶりは想像するに余りある。残念過ぎる試合であった。

野生の王国78kℊ級、“文明”持ち込んだハリソンの勝利は必然

のっけに100kg級の面白さを「重量級のパワーに中量級の技術」と括らせて頂いたが、同じ軽重量級でも女子ではこの論理が通じないというのは非常に興味深い。今大会ここまで一番技術レベルの高くない階級がこの78kg級ではなかっただろうか。(批判しているわけではないので、誤解なきようお願いしたい)

ロンドン五輪時から、「腰の入れ合いのパワー勝負」に終始する傾向のあった78kg級上位陣であったが、このリオ五輪ではその傾向が再爆発。試合者相双方が目をつぶっての腰の入れ合い、掛け潰れ合いに終始する様は、率直に言って、あまり美しいものではなかった。ツアーではハイレベルの戦いが繰り広げられていた印象であるが、この日はアナマリ・ヴェレンチェク(スロベニア)とマイラ・アギアール(ブラジル)の業師2人と中堅選手アビゲイル・ヨーが「相手も自分も下手に見えてしまう」不思議な重力を持つヤレニス・カスティーヨ(スロベニア)の引力圏に引きずり込まれてまったく光を消された(カスティーヨが準々決勝-レペ-3位決定戦まであくまで畳に居残り続けたことはこの印象に大きく寄与していると見る)ことは大きかったが、それにしても大味な試合があまりに多かった。

この「腰の入れ合いのパワー勝負」に「理」を持ち込んで勝利を得たのがハリソンだったと見立てたい。この4年間磨きに磨いて来た取り味のある腕挫十字固を持ち込んで全試合一本勝ち。理屈なきド付き合いの連続に、ただでさえパワーのあるハリソンが最大の武器として論理性(の極である固技)を持ち込んだ。五輪という磁場との掛け算の結果「野生の王国」と化したこの日の78kg級にハリソンが1人「文明」を持ち込んだという見立てはいかがであろうか。とすればこの人の勝利は必然であった。

好試合続出の100kg級から、敢えてベストバウトを選ぶ

100kg級から選びたいのだが、あまりに好試合が多すぎて選び難い。シリル・マレ対カールリヒャード・フレイ戦、同じくシリル・マレ対ベカ・グビニアシビリ戦、前述のホルヘ・フォンセカ対ルーカス・クルパレク戦と推したい試合は数あれど、敢えて1つと言われれば決勝のルーカス・クルパレク対エルマー・ガシモフ戦を挙げておくしかないだろう。クルパレクの執念そのままの追い込みと執拗な決め、そして劇的な「一本」決着、満願成就に大の字になってのクリパレクの感動とガシモフの失望という絵の良さなど色々要因はあるが、もうこれは、最終試合として、これだけ好試合が続出した100kg級を締めるにふさわしいだけの質量がある試合を繰り広げてくれたということに尽きる。ツアー、世界選手権を通じてこれだけ1階級の試合が面白かった大会は少なくともこの4年間、記憶がない。やはりこの階級は柔道の花形である。

最後に審判傾向。昨日気配を現した「自爆を取らない」傾向はどうやらやはり意図的なもの。以前、審判傾向の大会期間中での変更は「3か国語で指示されることもあり、細かいニュアンスが潰されて、その方向性がより増幅される、エクストリームな方向に振れる」と聞いたことがあるが、その通り、今日は早くも少々行き過ぎの気配が見られた。明日は捨身技の多い最重量級、この事情が大きく試合の行方を左右する場面もあるのではないだろうか。



文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudoメルマガ版8月14日掲載記事より転載・編集しています。

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