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【eJudo’s EYE】金メダルだけでは賞賛し切れない功績、日本の「女子」たちに道を示した田知本・リオデジャネイロ五輪柔道競技第5日評

(2016年8月9日)

※ eJudoメルマガ版8月9日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】金メダルだけでは賞賛し切れない功績、日本の「女子」たちに道を示した田知本・リオデジャネイロ五輪柔道競技第5日評
競技第5日は日本からベイカー茉秋と田知本遥が揃って優勝。日本のファンにはまさしく堪えられない、最高の1日となった。

“五輪金メダル”だけでは賞賛し切れない功績、日本の「女子」たちに道を示した田知本

まずは田知本遥に尽きる。昨日の日本勢の敗戦を「ひとつに括られる」と総括させて頂いたが、本日の2人の勝利もまさしく直接的な因はひとつに括られる。

ベイカーは持って生まれた闘争心と、田知本は“一周回って”獲得したその肚の括りっぷりを以て、ライバルたちの誰よりも、攻めて、攻め抜いた。「攻めること」「気持ち」「覚悟を決める」と言葉にしてしまうと語りに語り尽くされたことであり、表現としてもまことに陳腐で申し訳ないのだが、これが五輪で勝つ上でのまさしく心臓であることは間違いない。全員がハイコンディション、かつ混戦。金メダルに手の届く選手が複数いて、ギリギリの鍔迫り合いを繰り広げ、相互研究も盛んで互いのやり口は知悉しあっている。その「権利があるものたちの集団」から一歩抜け出す材料が何であるべきか、ということだ。個々の適性やバックグランドによってその燃料とエンジンは異なれど、勝者たちがその体内からアウトプットした最終化合物が恐れずあくまで攻めること、そして「肚を括る」ことでこの攻めることというポリシーを骨まで、細胞の隅々まで行き渡せることにあることは間違いない。

田知本はこの点際立っていた。あまたある中からこの日の田知本の戦いぶりを端的に示す場面を3つピックアップしてみたい。ひとつ目は2回戦で第1シードのキム・ポリング(オランダ)に開始早々に左一本背負投で「有効」を奪われるも、55秒後返す刀の釣り手の肘を突っ込んだ左大外刈で「有効」を取り返したシーン、二つ目はこの試合のGS延長戦で相手の膝を殺しておいての左大外刈でポリングから「有効」を奪って陥落させしめたシーン、そして三つめは決勝でユリ・アルベール(コロンビア)が組み際に腰技を試みた際、相手のインパクト襲来前に踏み込んで威力を殺し、後襟をひっつかんでの小外掛で「技有」を奪ったシーン。最初に挙げたシーンはビハインドを長く続けない勝負師ぶりと、大外刈という常に返される可能性が排除できない技で階級ナンバーワンのパワーファイター・ポリングをひっくり返した度胸にフォーカス。ポイントを奪うことはもちろん、この「度胸技」の属性そのもので展開を無理やり持ち直した感がある。この直後に現出した、試合が荒れて双方の一発技が利く時間帯に勝負をつけられず、互いが消耗してパワー一発のある方が時間が経つごとに有利になるはずの終盤に試合を持ち込んだことはミスであったが、この膠着と逡巡をまたもや大外刈という大技で収束させしめた二つ目の場面の粘りと度胸にも心底感嘆させられる。この試合後の田知本の異常な疲労を指摘する声を複数聞いたが、あの力自慢のポリングを7分間上から押さえつけていたのだから消耗はむしろ当たり前で、精神的にも肉体的にもリソースを使い果たしたはずの「鍋の底」を攫って出て来た答えが、それも「あの」田知本から絞り出された答えが「もっとも危険だがもっとも取れる」大外刈であったということにはほとんど感動さえ覚える。三つめの場面においては、相手の攻撃に反射的に攻撃で応じる、細胞レベルまで染みた覚悟の表出。自身に危機が及びつつある瞬間反射的に何を選択するのかは、本人の骨に染みているものが何かを隠し立てなく示す。まず回避するのか返しを狙うのかそれとも先んじて投げを打つのか。これは後からいかに百万言を費やして解説しようとも絶対に曲げられない、冷厳たる事実として残される。田知本は、五輪の決勝という場面で、世界選手権優勝3度の難敵アルベールの技の起こりに、踏み込んで先に投げ飛ばすことを選んだ。「攻める」というポリシーが骨の髄まで、細胞レベルにまで行き渡らせていたことの証左に他ならない。

そして日本が、我々が何より学ぶべきは、田知本遥がこの「常に攻め抜くこと」「戦士たること」から最も遠いタイプの選手であったことだろう。誤解を恐れずにいえば、この業界にあまた存在する、方法論と育成機関の充実により競技力だけが高くなり、それに引きずられて登場するステージは一方的に上がっているが肚を括った勝負が出来ない“女子“の典型であった。田知本は3度務めた世界大会でいずれもメンタル的な過呼吸を起こして、まったく力を出さないままに敗戦を喫している。そして日本代表を長く務めたといっても田知本の柔道人生は決して順風満帆ではなく、高校時代から素質で言えば同世代の上野巴恵の方がはるかに上とされ、代表の壁にぶつかって、代表になれば世界大会では勝てず、どころか学生カテゴリの試合でもいやいや畳に立つような試合ぶりで思わぬ金星を献上することもあった。南條充寿監督からは「人間がダメ」とまで酷評され、このまま柔道は強いが名を残せない典型の選手としてキャリアを終えるかに思われた。

巷間既に大きく伝えられている通り、彼女を変えたのは2015年2月の「風邪薬服用事件」である。緒方亜香里に薦められて市販の風邪薬を服用した田知本は禁止薬物検出の可能性から欧州遠征を土壇場で欠場、以後出場停止処分を食って世界選手権の代表も逃した。このどん底を経験することで人が変わり「今までの、“強ければいいんでしょ?という感じではなくなった。大人になった」(南條監督)田知本は昨秋畳に復帰するやキム・ポリングら世界のトップ選手と正面から殴り合う、これまでの日本人にはない骨太の柔道を繰り広げてグランドスラム大会を2連覇、そしてこの五輪ではついにメインポールに日の丸を揚げる日本の救世主となったのである。

田知本が変わったのが、齢25を数えた僅かここ1年のことであることにはぜひ注目してもらいたい。若さや勢いに頼らずとも、人は伸ばせる。天性持ち合わせた勝負師資質がなくとも、最後の階段を登れる。人間は「肚を括ること」という一時だけで、こんなに劇的に、変われるのだ。心のスイッチを押して肚を括れば、最後の一段を登れる。一周回った苦労人・田知本がこの後も続く五輪日本代表の戦いに、そして日本で大会を見守る多くの競技者たちに与えてくれた勇気と希望は計り知れない。単に金メダル1個の獲得という成果に収まらない、素晴らしい勝利であった。

それでも一般化が難しい「最後の階段」の処方箋

とはいえでは、日本代表が悩みに悩んでいるこの「最後の肚の括りっぷり」「順行運転では終わらない”破れ“」のプロデュースに決定的な解が出たわけではない。必要なものが何かはわかる。曰く覚悟を決めろ、曰くあくまで攻め抜け、曰く選手として生きているならこの大舞台で力を出せないわけがない。こういう、コーチたちの、絶対に必要であるがゆえあまりにも繰り返されて表現的には陳腐化してしまっている、しかし血を吐くような本質的なアドバイスに対して一種「不導体」であったタイプの田知本が、ある出来事を経て変わった。しかしやっぱりこれはその事象を敷衍して一般化できる解にはならないのである。具体的にはこの風邪薬事件で処分を受けたのは田知本遥だけではないわけだが、同じ立場で同じ処分を受けた緒方亜香里は以後むしろその「不導体」ぶりに却って拍車が掛かったかのような試合ぶりの挙句、埋没してしまっている。同じ材料を与えたからと言って、全ての選手に同じ反応が起こるわけではないのだ。田知本であっても、例えばこれが全日本キャリアの最初期である2011年パリ世界選手権の段階であれば反応はまったく違ったものであったろう。きっかけを受け入れるだけの感性を育むに、田知本の場合は一定量以上の苦労と挫折、時間が必要だったわけである。

どうしても必要な「破れ」は一律に何かを与えても作れない。「破れ」が体内にある選手を見抜き、あるいはそれを作り上げるべくあるべきときにきっかけを与え、最後の階段の登攀をプロデュースしていた(成功の影で失敗もまた多かったが)かつての名伯楽たちのような方法論や処方箋を日本代表は生み出せるのか。田知本が示した「勝つために絶対に必要なもの」と、その一般化の難しさ。これに今後の日本代表がどうアプローチするかは非常に興味深いものがある。


「世界の怪物」に出世、五輪勝者の条件ことごく満たしたベイカー

大会前に提示させて頂いた「五輪で勝つ選手の条件」は法則として依然驚くほどに有効。本日もこの見立てに沿って試合が進行し、最終勝者が決定した。男子にあってはその条件をもっとも満たした選手がベイカー茉秋であったと断言して良いだろう。

ワールドマスターズの戦いぶりから「“ある”かもしれない」と様々な機会に評し続けさせて頂き、直前展望や第4日評にも書かせて頂いた通り、ベイカーは五輪一発勝負の勝者の条件を既にかなり満たしていた。キャリア全体で見た伸び盛りの年齢であり、かつ短期スパンで見た上昇が顕著、試合の中における方法論的な上昇装置もあり(=1年前までの勝負強さを生かした瞬間芸一点突破から、戦域全体までその力を浸透させることにフォーカスした前進・掌握・攻撃サイクル徹底継続というベーススタイルの変更)、かつ持ち前の攻撃性を本番で発揮できるだけの生来的な「異常さ」を保有。加えて言えば、発言などから大会直前期のメンタルコンディションの良さが推し量られ、引いた組み合わせも非常に良かった。そして本番、最終的に決勝に上がって来たのは現在のベイカーのスタイルにつけこんで試合展開をどちらが勝つか分からない離脱掌握の泥沼に引きずり込んでくる可能性があるガク・ドンハンではなくベイカーがその柔道を知悉してかつ「下から戦う」基本スタイルが噛み合うヴァーラム・リパルテリアニ。準決勝でここまで大物を食い散らかして来た危険選手(筆者はここでマッチアップする可能性が高かったクリスチャン・トートがベイカーにとってもっとも危険な相手であったと考える) チェン・シュンジャオ(中国)にきっちり勝った時点で、もはや金メダルはほぼ確定と言える状況であった。

当方としてはむしろベイカーは勝つべくして勝ったという印象すらあり、この日の彼に関して語るべきことはあまり多くない。メジャーメディアが賞賛に賞賛を重ねているので、むしろそちらを読んでいただいたほうが良いのではとすら思う。

ひとつ、ベイカーがこれからどのような柔道を為すのかは興味深い。典型的軽量級柔道の車体を異常なまでの負けん気というエンジンで動かしていた小・中時代、パワーと体格を得て選択したヨーロピアンスタイルでありとあらゆる的を豪快な腰技で投げまくった高校時代、シニアと国際大会の壁にぶつかり、際の体捌きの良さと勝負勘の高さを最大限に生かし「
苦しい形のはずなのに最後に勝っているのは自分」という粘戦スタイルで踏みとどまったアスタナ世界選手権まで、そしてどうしても「待ち」の姿勢が多くなって展開を失いがちなアスタナモードから見事に脱皮、前進掌握攻撃を徹底したタフな戦いぶりでワールドマスターズと五輪を制した2016年バージョン。ベイカーの凄さは、自分の現時点のリソースに応じて「勝つ」ための登攀路をスタイルまるごと変えられる点にある。今回の柔道は、エンジンと燃料の質量にその成否があまりにも多く委ねられる性質のものゆえ、ロジック的には「この先も、いつも勝てる」ものでは決してない。五輪金メダリストとして最高称号を得たベイカーが、次はどのような柔道を選ぶのか。頂点を極めた選手がもはや周囲との力関係に合わせて成長を続けることは、ロジック的に難しいはず。自分のやりたい柔道で勝ち抜くしかない今後のベイカーがどんな柔道を作り上げるのか、非常に楽しみである。

蛇足的、野次馬的に述べれば、五輪金メダリスト枠で参加が可能な来春の全日本選手権。これに本気で勝とうと柔道を組み立ててみることがベイカーの次の扉を開ける気がしている。東海大浦安高でベイカーをモンスターに変貌させたエンジンは、無差別の団体戦で全勝の使命を負ったことであったからだ。ぜひ一考して貰いたい。

昭和の香り漂う一発で強豪連続撃破、第5日の敢闘賞は銅メダル獲得のチェン

敢闘賞はトーナメント最大の激戦区であったプールBから準決勝まで勝ち抜き、3位に入賞したチェン・シュンジャオ(中国)。2回戦でまずイリアス・イリアディス(ギリシャ)から凄まじい大外刈で「一本」を奪って観客の度肝を抜くと、続く3回戦では第4シード選手クリスャン・トート(ハンガリー)を同じく大外刈「一本」、準々決勝でも第6シードのマーカス・ナイマン(スウェーデン)を大外刈「一本」。メダル候補3名を全て、それも凄まじい勢いで叩きつけてまさしく主役級の出来栄えだった。
この大外刈は全て同じもの。右組みから逆(左)の一本背負投の形に腕を抱えて放つ、自身の釣り手側への一発である。その奇襲属性が効いたことは勿論のこと、なにより力強さが異次元であった。通常この技術は大外落気味に真下に落とすことを志向することで体のバランスを取るが、チェンの志向は遠くまで踏み込んで相手の体ごと後方に持ち去るという本格派大外刈のそれ。そんな奇襲は食わぬとばかりに迎え撃って裏投に仕留めんしたイリアディスが、チェンを抱え込んだ瞬間すでに顔ごとイビツに後方に捩じられ、あっと言う間に吹っ飛んだ絵は衝撃的だったし、策士のはずのナイマンがこの技を食いやすいケンカ四つ(イリアディスとトートは相四つ)にも関わらず釣り手の脇を開けてもっとも仕掛けやすいL字の立ち位置で攻防を為して吹っ飛ばされた絵も、また別の意味で衝撃的であった。ファビオ・バジーレを持ち出すまでもなくこの手の選手が五輪に向いていることは間違いなく、ベイカーの金メダルの因はリパルテリアニを完封したことでなく、むしろこの選手に何もさせずにキッチリ「一本」で退けたことにあるのではないかとすら思われる。恐ろしい出来であった。

ひとつ興味深かったのは、戦後周囲に会話を聞く限り、若い世代の競技者たちが意外とこの技術を知らなかったこと。おそらく中国の指導者が、この技がアクティブであった「昭和の柔道」に触れた層であるのではないかと思われるが、五輪の上昇装置を考える上で、こうしたレガシー技術の掘り起こしという観点もまた面白いのではないだろうか。

“アベンジャーズ”韓国男子の金メダルゼロはほぼ確定

実は「アベンジャーズ」と称されて金メダル量産が期待されていたのだと、一昨日(大野将平が優勝した日)にようやく知った。ちょっと驚かされた。調整失敗、世代構成が甘かったなど色々な意見が出ているようだが、そもそもそんな大本命軍団だと世界の誰も思っていない。確かに強豪揃い、魅力的な選手揃いではあったが、「権利はあるけど絶対ではない」優勝する可能性がある選手が複数いたというだけの話でそれは例えばロシアやジョージア、日本と同じ(そして海外で今回もっとも有力と目されていたのは日本だった)ある。世界ランキング1位で五輪を迎える選手が多いことがその根拠になったと聞いたが、しかし60kg級のキム・ウォンジンはここまで0勝4敗の髙藤直寿という天敵がいる上に実はここまで他の選手が絶対に欲しいと思った重要タイトルに関してはことごとく落としており、現場で踏ん張りの利くタイプではないことが明らか。アン・バウルは海老沼匡にトラウマになりかねないほど強烈に投げられたばかりで優勝候補の一番手に押すことは論理的に難しい状況だったし、ガク・ドンハンは世界選手権を獲ったばかりだが、この階級は超激戦区であり事前事後の戦いぶりを見ても王者「交代制」の1回を獲ったと観察するのが正しいところで絶対性があったわけではない。これから登場する100kg級のチョ・グハンは大物食い属性選手の一から抜け出られないままだし、100kg超級のキム・スンミンは技種も増やして柔道の円熟味は増しているが絶対的な力の衰えが隠せず、少なくとも金メダルはないだろう。

加えてツアーをきちんと観察していればこのチームに五輪で爆発するようなギリギリ上がり目の勢いがない、最後の階段を登るような加速材料が乏しいことは十分感じられたはずで、代表が思う通りの成果を残せなかったというよりはこのチームを「アベンジャーズ」と称して盛り上げる、その世論の「ふかしっぷり」に問題があるのではと感じた。世界ランキング1位がと言っても現行制度を考えればランキングは単なる試合成果の指標に過ぎないことは今や日本人であればコアなファンでなくても織り込み済みだ。

思うことは多々あるが、ひとつは、この間までそういえば我が国もこういう「ふかした期待」が多かった。最強チームと盛り上げて国民を必要以上に失望させてしまったことについてはは日本のほうがだいぶ経験値が高い。今一度襟を正さねばということ。

もうひとつは、おそらく韓国の予選形式が改められるであろうということ。現在の韓国の若いコーチたちは極めてクレバーで論理的である。昨年の世界選手権でアン・バウルとガク・ドンハンを勝利させしめた、現代柔道に似合った新スタイルの練り込みは戦慄に足るものであったし、ターゲット選手をしっかり伸ばすことに長けた彼らは勝利に何が必要かをしっかり見極める目を間違いなく持っている。代表が誰になるのか外から見てもほぼ間違いなく決定しているのにあそこまで過酷な予選で選手を疲弊させることは意味がないし、五輪で最後のラストスパートをかけるには百害あって一利なしだと判断する可能性が大だ。(ついでに言えば、過酷過ぎる予選と疎漏過ぎるツアー戦略で肝心の五輪イヤーに大失速したモンゴルも、二度と同じ轍は踏まないだろうと推測する)
強国・韓国がどのように立て直してくるか、注目して見守りたい。

本日のベストバウト、「ベスト師弟」、審判傾向

好試合続出の第5日であったが、ベストバウトには70kg級2回戦・田知本遥対キム・ポリング戦を推したい。早い段階でセットされた優勝候補対決、双方の気合いがぶつかってはじけ飛ぶかのようにまず現れたポリングの左一本背負投「有効」。そして階級きってのパワーファイター相手に全く怖じず、田知本遥がハイリスクハイリターンの大外刈で追いつき、そして両者大消耗のGS延長戦の末に再び大外刈で田知本が投げつける。その強さと覚悟。好試合多き第5日であったが、敢えて1つと言われればこれしかないだろう。

先に敢闘賞として90kg級のチェンの名前を挙げたが、どうしてもあと1人、いや1組。「ベスト師弟」として早川憲幸-ユリ・アルベールの銀メダル師弟コンビを挙げておきたい。海を渡り、インフラ脆弱なコロンビアで世界チャンピオンを育て上げた氏が「もう五輪で勝つことしか考えていない」と試合場の隅からライバル達の挙動に鋭く目を光らせるここ2年のたたずまいはそれだけで既にもう一幅の絵とでも呼ぶべき迫力があった。そして秘蔵っ子のアルベールを引き連れて自らの母国の代表と最終決戦を行うその場は、オリンピックの決勝という最高峰の舞台である。もはや昭和40年代スポ根を超える凄まじいドラマ。ムラ気のアルベールが早川氏に背中を押されるように強気のファイトで強豪をなぎ倒す様は「この選手にだけは負けるかもしれない」と日本のファンの背筋を寒からしめるものがあった。失望いかばかりかと思うが、彼らの挑戦は間違いなくこの日のメインドラマのひとつであった。捲土重来に期待したい。

最後に審判傾向として。「指導」の早さは昨日でほぼ決着がついた感あり。この日感じられたのは、「捨身技の自爆を取らない」(相手の自滅に単に浴びせた格好の着地をポイントと認めない)ということ。昨日までの感覚と明らかに異なり、選手も戸惑いを見せる場面も多かった。拡大あるかどうか、留意したい。



文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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