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【eJudo’s EYE】“ひとつの理由”に括られる日本勢の苦戦・リオデジャネイロ五輪柔道競技第4日(81kg級、63kg級)評

(2016年8月9日)

※ eJudoメルマガ版8月9日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】“ひとつの理由”に括られる日本勢の苦戦・リオデジャネイロ五輪柔道競技第4日(81kg級、63kg級)評
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大会日程折り返し、勝者の属性は「ロンドンの傾向」を完全踏襲

ここまで男女それぞれ4階級の王者が誕生したわけだが、ロンドン五輪で垣間見えた「五輪で勝てる選手の条件」が彼らにそのまま嵌ることに、あらためて驚かされる。

プレビューコラムにも書かせて頂いた「条件」をもう一度書き出してみる。

① 上り調子の選手(キャリア全体から見たマクロなスパンと、五輪直前の急角度の伸びの2項を満たす選手)が強い
カザン・カルモルゼフ(ロシア・81kg級)。この選手の名前は具体的に前述のコラムで挙げられていたはずだ。ロシアは国内に世界王者イワン・ニフォントフの保有があるにも関わらず直前の欧州選手権に優勝したこの選手を抜擢して五輪に張り、そしてその賭けに勝った。

② 情報が少なく、かつ具体的な上昇装置がある選手は「化ける」
ファビオ・バジーレ(イタリア・66kg級)。ワールドツアーは未勝利だが、今年1月にはコンチネンタルオープン初優勝、2月にツアー初の入賞(グランドスラムパリ7位)、3月にツアー初のメダル獲得(グランプリトビリシ2位)、4月に欧州選手権で3位入賞を果しており①の「上り調子」と項も被る。爆発的ではない分周囲にさほど警戒されないという実績の「さじ加減」が絶妙であった。上昇装置としては怖いものしらずの性格と、具体的な取り味のある非王道の奇襲技数種。

③ 「死んだふり」枠のベテランが本領発揮×全員がハイコンディションでやって来る
ベスラン・ムドラノフ(ロシア)。今年は2月に1回ツアーに姿を現したのみで、3連覇が掛かっていた欧州選手権もあっさり欠場。「死んだふり」の結果辿り着いた異様なまでの仕上がりは、「全員がハイコンディション」の傾向がもっとも顕著であった60kg級の選手たちの中でも際立っていた。「死んだふり」に、②の項の一である「具体的な上昇装置」を掛け算した選手としては、ここ1年成績としては全く何も残していないが取り味のある小外刈と天才的な勝負勘という燃焼装置を体内に持ち、かつ地元開催というガソリンを得ることでそれを一気に爆発させたラファエラ・シウバ(ブラジル・57kg級)も挙げておくべきだろう。

④ 強者の長所がフィジカルの場合は優位継続、あるいはアドバンテージが加速される
=大野将平(73kg級)、パウラ・パレト(48kg級)、マイリンダ・ケルメンディ(52kg級)、ティナ・トルステニャク(スロベニア)。

この3年間ツアー制度の定着や映像インフラの成熟によって技術情報の伝播スピードの加速が起こり、ゆえに柔道技術のハイレベルな均質化が起こり、結果物事の「傾向」の傾きはある片側に極端に振れる傾向にある。ある方向を一斉に指し示す質・量・速さ、ベクトルが極端に揃う傾向にあるのだ。ゆえにロンドン時よりもこれらの「どういう選手が勝つか」という類型は、さらにハッキリその形を現したという印象だ。

蛇足ながら、これまで勝利した選手が全て一種の異常人、あるいは過酷なバックグランドを抱えている選手であることも興味深い。紛争地域出身のケルメンディには母国が競技団体に国家として承認されない時代から孤独に国際大会で活躍を続け、今回の五輪では金メダルを獲得して世界に民族の旗を示すという次元の違う使命感があった。カルモルゼフはロシア代表と言いながら実はチェチェンの出身で生まれた年は第一次チェチェン紛争の真っただ中、おそらく安寧な幼少期を送ったとは考え難いし、ラファエラ・シウバはファベーラ(貧民街)に生まれ、柔術による更生プロジェクトに拾われ、柔道に出会うことで貧困から抜け出して世界王者に上り詰めた立志伝中の人である。非柔道強国のアルゼンチンから二十代も後半を過ぎてから国際大会で頭角を現して、骨ごと変わるような体格増幅で世界王者に辿り着いたパレトもその経歴は普通ではないし、ムドラノフやバジーレ、敢えてもう1人付け加えれば大野将平はもともと良い意味でナチュラルに一般人からつき抜けた「あっち側」の異常人である。金メダリストに限らずとも、例えばほぼ破綻国家認定のモルドバから仲間5人を率いて移籍して、「買ったからには勝ってもらわないと困る」(かつ彼らは成果を出そうとしたアジア大会では現場で大会から弾かれた)のプレッシャーの中銅メダルを獲得したセルジュ・トマ(UAE)。ちなみにメダル決定後観客席に上って抱き合っていたのは国に残してきたお父さんではないかと推察される。さらにキャリアの最盛期に五輪に出させてもらえずスポーツ仲裁裁判所に提訴まで行い、しかしようやくたどり着いた今回の五輪では既にすっかり衰えて技巧派に転じていたアニカ・ファンエムデン、イスラエルという国際的に潜在変動値の高い国家で「英雄」の立場を全うしおそらく我々の想像を超える愛憎の中を生活しているヤーデン・ゲルビなど過酷なバックグランドを抱えた選手は枚挙に暇がない。

こういう人間たちが命に代えても勝利が欲しいと全てを投げ出してくる異常な場において、恵まれた環境の中で存分に競技力を磨くことに集中して来た日本の選手が単なる「柔道の力関係」」だけで勝つことはやはり難しい。肚の決まり方が違う、骨身に染みたハングリーさが違う。命が掛かる綱渡りの次の瞬間、為す行動選択が変わって来る。

井上康生男子監督はこのあたりを十分承知で、ゆえに「論理性だけでは最後は勝てない」「異常なことが必要」と言い続けてきたのである。もっと言えば、こういう凄まじい連中と、もはや生まれながらに異常な環境をセットすることがもはや難しい日本という豊かな国に生まれ育った選手たちが対等に戦うために敢えて設定されているのが「金メダル獲得以外考えない」という超過酷かつ異常なプリセットであって、この背骨の設定は日本代表が五輪で彼らに勝利することを可能ならしめる土台であり骨組みでありツールであり切り札であり、必要不可欠な大前提である。ここを抜いたらそれこそ五輪にどうしても必要な「上昇装置」はすっからかんになってしまうのである。平和過ぎる日本という国から、こういう連中と戦ってある程度以上勝ち続けるという使命を全うするには、異常なポリシーで囲った異常な空間を演出し、全く平時と異なるルールの箱庭に棲ませるアプローチはむしろ冷静で効率の良い選択と言える。だから井上監督は就任ののっけに、焼野原の戦後状態だった代表に「まず代表としての誇りを持つ」という旗を立て、「全員が絶対に金メダルを目指す」という背骨を据えることから始めたのである。

少々話が逸れたが、これ(柔道日本代表を国際大会で戦わしめるプリセット)はいずれ項を改めて書かせて頂くとして。以降もこの「勝つ選手」の傾向が続くのかどうか、あるいはこの傾向に嵌る選手は誰か、など予想しつつ五輪を楽しんでみるのはいかがだろうか。既に階級直前プレビューにも書かせて頂いたが異常人、かつ短期間×長期スパンで見て上昇期にあるということでは5日目に登場する日本のベイカー茉秋選手がこれに嵌る。楽しみにその試合を待とう。

田代未来敗退、成果はあれども敗因はこれまでの階級と同根同質

準決勝、最大のターゲットと設定されていたクラリス・アグベニュー戦がその出来を測るに最もふさわしい試合であるかと思われる。田代はやれていた。過去全く敵わなかった相手にほぼ互角に試合を進められていた。相四つ奥襟タイプの格上というもっともパワー差がつけられやすい相手に対し、引き手で襟を掴んで間合いを確保することを大戦略に、あるいは逆の片襟から、あるいは入射角を変えてとあらゆる手立てでこの大戦略を実現。奥襟を取らせず小外刈を細かく打っては拮抗を演出、1分半過ぎには相手の大内刈を透かして崩す大チャンスも作り出した。しかし残り39秒で場外の「指導」を受けてしまい、善戦気配に冷や水を浴びせられる。残り時間20秒では片襟の大外落の大技も見せるがアグベニューを追い掛ける展開は厳しく、そのまま試合終了となった。

田代はやれていた。田代はこの日一貫して気持ちの部分も含めあまり調子が良くなかったが、それでも積み上げて来た作戦をしっかり遂行出来たといえる。しかし、それは残った結果からすれば「やれた」だけとも看破出来る。

善戦から一歩踏み込んで乾坤一擲の勝負に賭けるだけの勇気が決定的に足りなかった。返されるリスクのある前技を放つことはほぼなく、技構成は返されるリスクのない小外刈が中心。これではアグベニュー戦勝利にどうしても必要な相手の恐怖や焦りを引き出すことは出来ない。(これが決勝であれば磁場の助けを借りることが出来たかもしれないが、この“当たり”を選んだのは自身である)。チャンスも2度あった。1分半過ぎの大内刈を透かした場面と、片襟の大外刈で相手の裏に進出しかかった場面である。しかしもっとも可能性の高かった前者の場面で遮二無二突っ込むことが出来なかった。「指導」失陥も力関係を考えれば本来織り込んで追い掛けるシナリオがあるべきだが、試合を見る限りその作戦は見えてこなかった。

田代はどこか、「あの」アグベニューと互角に戦える自分に満足してしまっていたのではないだろうか。本サイトの「日本代表紹介」で田代がこの大会で勝利するにはここまでの田代の出世のエンジンであった「自分を高く買える能力」をもう一段発揮することだと書かせて頂いたが、この試合に関しては、つまりは田代が自分を高く買えなかったということだと解釈したい。「遮二無二突っ込む」ためには、勝負どころで体を捨ててでも獲るという反応を瞬時に為すには、細胞レベルまで染みた覚悟とポリシーが必要だ。そのプリセットが、あるべき位置よりも低かったのではないか。自分の方が強いから勝つのだ、と自身を高く買えなかったのではないか。試合を見る限りでは、そのように解釈せざるを得ない。

やってきたことはしっかり出来たが、そこから一歩踏み出す勇気が足りない、位相ごとの上昇を可能ならしめる「破れ」がないというのは、これまで一定以上の成績は残すが望む高みに到達できなかった選手たちとまさしく同様。積み上げたことをしっかり出来たのは間違いなく一定の収穫であったが、これも3位決定戦で勝利して「完結」させてこそであるべきだろう。ミッション完遂の水準点は「やれている」あの時間帯、田代の頭上ギリギリまで迫り、漂い続けていた。そこから首を伸ばし、違う世界の空気を吸うに至らなかったことが、非常に残念だ。

平常運航で「異次元」に飛び込んでしまった怪物

永瀬貴規に関しては、間違いなく緊張していたか、心のプリセットを誤ったかと思われる。終始フワフワした戦いぶりで、「ここで獲る」と決めて意識的に手を詰めていくのではなく、単に流れに沿って試合を進めているだけの全5戦だった。得意の横三角も技術や力云々ではなく何より必要な獲り切る意志に欠けた。いつも通りの戦いを、ルーティンワークのパーツで組み立てて調子上がらぬエンジンで動かす。ターゲットを攻略せんと研究に研究を重ねて来た相手にとってこれほどやりやすいことはない。「パーツ」は例えばセルジュ・トマ戦の「有効」失陥直前に見せた相手の力の圏外で外側に回す片手崩しなどがそうだ。このトマ戦の「有効」失陥の評価は種々あるようであるが、何よりそもそもこの戦いぶりでは五輪という異常な舞台で頂点に辿り着くのは難しかったであろう。

「(他の選手が)これまでの大会とは全く違う気持ちで向かって来る」。これは永瀬が試合後ミックスゾーンで五輪と他大会はどう違ったか、との質問に答えての一言である。繰り返し問われて引っ張りだされたセリフではあるが、永瀬はそもそも雄弁なタイプではなく、まだ汗の引かぬうちに呟かれたこの一言はおそらく本音であろうかと思われる。

しかしその周囲が「全く違う」中で永瀬が見せた柔道は良くも悪くも永瀬らしい平常運航であった。有り余る地力ゆえ、5分間の中の「どこか」で必ず訪れるチャンスで取れてしまうであろうとでも言わんばかりの「流れに沿った」柔道。前日の大野将平が誰よりも強い存在でありながら常に攻め続けること、行けると思ったらその瞬間アクセルをふかして相手を置き去りにしてしまおうと細胞レベルでセンサーを発動させ続けていたその集中力高い戦いぶりとは、好対象であった。それでも勝ててしまうのが永瀬の地力の凄まじさであり、それでも銅メダルまで届いてしまったという事実はこの人の純実力の高さを如実に示すものである。試合後永瀬を取材した記者たちが「まるで講道館杯か何か普通の大会ひとつをこなしたという感じ、ツルっとしている」とその飄々たる対応ぶりを評していたが、これぞ永瀬が平常運航を畳に持ち込んだということの端的な表出であり、「他の選手は全然違った」という本人の発言こそが五輪という異常な磁場の高さを示すものである。永瀬は、普段通りの自分を持ち込み、それゆえ異常な世界の住人たちに敗れたのだ。

しかし永瀬にこの「異常さ」を感じる感性があることは救いだ。骨身に染みた「異次元に踏み込んだ」経験を持って、おそらく東京五輪ではこの人は金メダルを獲る。異次元の地力を持った選手が、戦うべき異次元の場を知った。この後永瀬の柔道がどう変わるか本当に楽しみである。

本日のベストバウト・究極の「選択と集中」が生んだスティーブンスの銀メダル獲得劇

トラヴィス・スティーブンス(アメリカ)の決勝進出は特筆すべきトピックかと思われる。スティーブンスはこれで3度目の五輪出場、北京大会(9位)、ロンドン大会(5位)に続いて、ついに念願のメダル獲得、それも「銀」という素晴らしい成果を残した。

というわけでこの日のベストバウトは81kg級準決勝トラヴィス・スティーブンス(アメリカ)対アヴタンティル・チリキシビリ(ジョージア)戦。キーワードは「リソースの集中」である。

スティーブンスは決して超強豪でもなく、圧倒的な地力があるわけでもなく、溜息が出るような技の切れ味があるわけでもなく、少なくとも柔道選手として周囲の競技者から無条件の尊敬を集めるタイプではまったくない。それが2度の五輪を経て得意の寝業に磨きをかけたばかりか、かつて片輪走行レベルで寝勝負しかできなかった彼が、4年後の勝利にはこれが必要とばかりにいつの間にか立ち技が「出来る」ようになっていた。
そして彼がこの五輪に参加するにあたって、このモンスター階級でなんと第5シードという位置を獲得していることに注目してもらいたい。彼は大会皆勤選手では決してなく、たまに上位に勝ちあがるのは強豪が敢えて避ける閑散期遠隔地の大会、さらに勝ちやすい割にレベルの高くないパンナム選手権には皆勤して着実にポイントを稼いでランキングを上げ、そして極めつけは今年5月のワールドマスターズ。強豪がまったく参加せず「コンチネンタルオープンか!」と揶揄されたあの大会を制することでシード権争いクローズ前日に得たポイントは実に700点。五輪序盤戦での強豪との対戦を避けるためには決定的な数字だった。

この「リソースの選択と集中」が試合レベルにも反映されたのがこのチリキシビリ戦。圧倒的な実績とパワーを背景に上から目線で攻めるチリキリビリを疲弊に疲弊させ、指導ひとつのリードを得た相手がこの差を守ろうと中途半端な担ぎ技に出たところに持てる「リソースを集中」。テンプレート通りの片手絞「一本」に斬って落としこの瞬間念願の五輪のメダルを確定させた。(蛇足ながら、彼はロンドンで準決勝まで進みながらここから敗退、3位決定戦敗退の末メダル逸という“地獄コース”をたどっている。落ちた場合の対戦相手が永瀬であることを考えても、ここで勝つほかメダルを獲得する道はなかった)

有り余るリソースを散漫な戦いで無駄に使い散らし、挙句寝業師相手にさしたる考えもなく中途半端な担ぎ技の掛け潰れでチャンス自ら献上した恐竜・チリキリビリとはあまりに対照的な、見事すぎる決勝進出劇であった。

率直に言って、筆者にとってスティーブンスはあまり好きな選手ではなかった。「強くもないのに勝てる大会にだけ出て来て良い顔して、何か勘違いしてるんじゃないのか」と軽蔑の念すら覚えることもあった。この場を借りて率直に謝罪したい。自分の保有武器を見つめ、あるべきリソースをあるべき時に、あるべきところに冷静に集中して目的を達する。あの片手絞こそ、彼の8年間に渡る「選択と集中」の集大成であった。銀メダル獲得を、心から賞賛したい。

「指導」判断タイミング、揺り返しははっきり「反動」レベルに増幅

さっそく傾向を「利用」された形になったことに危機感を感じたか、このままの傾向を読まれるとダイナミック柔道台無しの消極試合横行を呼ぶと観測したか。「『指導』が遅い」初日の傾向は2日目に継続、3日目にやや揺り返して落ち着き、そしてこの4日目にはとうとう「『指導』が早い」という反動レベルにまで至った。

こうなればもう審判委員会の企図するところは明確、少なくとも「早さ」についてこの先再度の変更はないと見る。以降選手は落ち着いて試合を進めてもらいたいところだ。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudoメルマガ版8月9日掲載記事より転載・編集しています。

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