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【eJudo’s EYE】獲得出来なかった「異常さ」、仕組めなかった非論理性・リオデジャネイロ五輪柔道競技第2日(66kg級、52kg級)評

(2016年8月8日)

※ eJudoメルマガ版8月8日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】獲得出来なかった「異常さ」、仕組めなかった非論理性・リオデジャネイロ五輪柔道競技第2日(66kg級、52kg級)評
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獲得出来なかった「異常さ」、仕組めなかった非論理性

競技第2日。ともに3度の世界選手権制覇に輝く66kg級の海老沼匡と52kg級の中村美里という期待のカード2枚を投入した日本だったが、両者とも最大のライバルとマッチアップした準決勝に敗れ、結果は銅メダル。ともに苦労人であり、優勝候補として乗り込んだ過去の五輪に辛酸をなめさせられた経験があり、列島がもっとも感情移入して「金」獲得を期待した選手の一である。個人的な感情を吐露することをお許しいただければ、この2人には、なんとか獲らせてあげたかった。切ない1日であった。

中村美里対マイリンダ・ケルメンディ戦、海老沼匡対アン・バウル戦、この2人のベテランの戦いと敗戦には語るべき共通項があった。最初に総論としてそこを語らせて頂きたいのだが、まずは個々の試合の再現と分析を試みたい。

ついに訪れた世界選手権覇者同士の一番はケルメンディ、中村ともに相四つ。ケルメンディの生命線は釣り手で奥襟を叩くこと、中村はその袖を抑えて試合を構成することというのが国際柔道をウォッチするもの誰もが見立てていた事前構図。そしてその見立て通りにケルメンディはファーストセッションで中村の奥襟を叩くことに成功。圧を掛けながら小内刈で中村を蹴り崩し、頭の下がった中村に27秒「極端な防御姿勢」の咎で「指導1」。いきなりやりたいことをやらせてしまい、まっすぐ中村が最も忌避する構図に斬り込まれてしまったことで、以後の戦いに暗雲漂う。

しかし続くシークエンスで中村は展開を持ち直す。引き手でしっかりケルメンディの釣り手の袖を抑えると、ここが対中村戦の最前線と良くわかっているケルメンディ機敏に切り離そうとするが、振っても振っても中村の指ははがれず追尾してくる。どころか切り離すアクションを起こして自身の手首が後方につづまり窮屈になる瞬間、まさしく居合い抜きのタイミングで中村が小外刈。ケルメンディ大きく崩れてあわやポイントかと思われたが腹ばいに逃れ、中村が「国士舘返し」でガップリ捉えるが回しきれず「待て」。

以後ケルメンディは素晴らしい俊敏さで釣り手を出し入れして中村の奥襟を狙うが、中村は逆の片襟を掴み、あるいは先に引き手で襟を掴んで持ち直しとあらゆる手段でケルメンディの袖を先に確保、「指導1」のビハインドを追い掛け続ける。2分には奇襲の大外刈、さらに窮したケルメンディが放った鋭い左内股を攻防一致で透かし、大きく宙に浮きかけたケルメンディがなんとか手を着いて体を支えて腹ばいに落ちるという場面が現出。スコアはケルメンディ、ゲームとしてのペースは中村という様相だが、この時点で残り時間は僅か1分21秒。直後中村襟から引き手を得ての左大内刈、さらに釣り手で奥襟を得て展開を獲りに掛かるが、ケルメンディ無理やり組み手とは逆の右大腰でリセットを掛け、中村がそれでも袖を離さないと見るとさらに一発仕掛け直して展開を切りに掛かる。残り時間30秒からは中村が右袖釣込腰、小外刈と攻めるが取り切れず、ならばと打った巴投もむしろ逃げ切りたいケルメンディを利する結果となる。そのまま試合終了、ケルメンディは畳に突っ伏して大一番の勝利を喜ぶ。

この試合、主導権はむしろ中村の側にあった。ケルメンディがやりたいことをやれたのはファーストセッションだけで、以後は中村が組み手の詰め将棋、切らせながらの小外刈の罠に餌を撒いての内股透と準備して来たプランをしっかり行い、ケルメンディを完封したという体の試合である。ただし中村のプランがポイントに結実にしなかった一方で、ケルメンディがただ1度最初にまっすぐストレートを投げ込んで目論見通りのストライクを1つ取った、そのカウントのアドバンテージが最後まで引き継がれた形である。

おそらく、事前評としてケルメンディは自分の方が強いと規定し、実は中村もそう思っていたのではないか。ところが2シークエンス目以降に中村は相対的に自分が十分強いことに気付いた、そしておそらくこれはケルメンディも一緒である。力関係の評価を修正した以降のケルメンディは2度の冷や汗もののインシデント(小外刈と内股透で腹ばいまで崩された)を経て、さらにリスクを負わない方向にシフト。大きいアクションには中村の罠が準備されていると警戒したか、仕掛けを最小限にそのまま逃げ切るに至った。

先に「指導」を失ってはいけないという指摘もあろう。然るべし。しかしケルメンディ相手に「指導」1つか2つの失陥は織り込んで考えるべき。パワーとは分子細かく浸透圧が高く、攻防や駆け引き、体捌きのディティールの毛細血管隅々まで染み通るもの。これを全ての時間、全てのアクションでシャットアウトすることは不可能である。封じるだけでなく、罠を仕掛けるだけでなく、やはり中村は自分から行くべきだったし、少なくとも山場を作って「指導」を得、GS延長戦に勝負を掛けるべきだった。小外刈で攻勢権を奪回した時間帯で、ほんのあと二太刀、三太刀浴びせるだけで全く様相は変わったはずだ。本当に残念だが、事前プランを超える、踏み出す勇気が足りなかったと総括するしかない。

海老沼、アンともに左組みの相四つ。アンは両袖を絞り込んで来るが海老沼は小内刈で間合いを作って脱出、肘抜きの左背負投で先制攻撃。アンは釣り手を遠くから叩き込もうと狙う構えを見せ、これに意識を集中させておいて軌道を変え「韓国背負い」に打って出るという怖い組み立てを見せて対抗。しかし大枠の主導権はじわじわと海老沼に移り、海老沼が良い左背負投を見せた直後の2分52秒アンに「指導1」。奮起したアンは鋭い左背負投を見せるが回避した海老沼はその立ち際に大外刈を刈り込み頭を突っ込んで投げを企図、あくまで主導権を譲らず。この時点で残り時間は1分22秒、ともあれ「指導」を追いつかないと話にならないアンは「韓国背負い」で海老沼を腹ばいにさせ、引き続いて左背負投。海老沼潰れたアンを引き起こして再び真裏に大外刈で乗り込み、優位の形を譲らない。

ところがこのあたりから様相一変。2度連続の仕掛け成功に手ごたえを得たアンは、海老沼が左襟を持たせてくれることに気づき、ひとまず右引き手で左襟を得ては不十分なまま片襟の左背負投に「韓国背負い」、片手の左背負投と先手攻撃を連発。いずれも掛け潰れたが
主審は残り28秒で海老沼に「指導1」を宣告。明らかに悪い流れだが海老沼はスタンスを変えず、入射角を変えず、移動方向を変えず、もっか両者の最前線となる左襟を相手に晒し続ける。アンが左襟を得ては掛け潰れ、海老沼が主審に偽装攻撃をアピールするという形が続いて本戦は終了。試合はGS延長戦へ。

海老沼は左構えを継続、一方橋頭保となった左襟を晒し続けてくれる海老沼の構えに背中を押され、アンの先手攻撃はさらに加速。窮した海老沼、ならばと持たせてしまったその形を利用せんと右一本背負投に打って出るが焦りは隠せず技が中途半端。入り込むべき間合いを作らぬまま仕掛けたこの技の回転は中途で相手の体にぶつかりストップ、アンはその体を後ろに伸ばすように返して「有効」。激戦はアンの勝利に決着した。

粘り負けであり、スタミナ負けであり、戦術負けという評価が行われるだろう。メダル確保が掛かる過酷なGS延長戦の末ということでは粘り負け、前半のアドバンテージを試合終盤にいきなり失なったという点からはスタミナ負けの評価が出るだろうし、左襟を晒し続けて修正出来なかった点では戦術負けという評が提示されるだろう。下半身が攣った異常な状況にあったという情報からは過酷過ぎた減量のコンディショニングの限界や、前戦で格下相手に「一本」を獲るまで時間を掛け過ぎたということも指摘されるだろう。戦術でもう少し言えば、今大会の「指導」の遅さ、特に偽装攻撃への甘さは当然織り込んで考えるべきで、相手に駆けさせておいての「アピール」などは論外であった。同日の女子52kg級では掛け潰れベースで試合を作るオデット・ジュッフリダがツアーと異なり「見逃してもらえる」ことで、コレをベースに自分の良い部分を存分に発揮して決勝進出を果たしたばかり。そのバックグランドが頭に入っていれば、審判の判断に勝敗をゆだねる行為は論外だ。

それでも、あるべきところであと二太刀、三太刀さえあれば勝敗は逆になったはず。「指導1」を得て主導権を獲ったところで、せめてもう1つの「指導」を得る山場を作って試合の趨勢を決してしまうべきだった。

というわけで言葉にしてしまえば。マクロに要約すれば中村も海老沼も「順行運転の末に競り負けた」試合であり、極小的に言えば「ほんのあと二太刀か三太刀の攻撃」、そこに踏み出すだけの勇気が足りなかったということになる。なんだそんなものか、と言われてしまうかもしれないが、これは単に「技を仕掛ける回数」という形而下的な事象に収まるものではない。日本代表を覆う構図、五輪を巡るものの考え方、ここに直接つながる非常に端的な問題であると考える。

ロンドン五輪時のコラム、あるいは今回のプレビューコラムで書かせて頂いた通り、単に強いだけでは五輪には勝てない。頂点に立つ力があるだけでは五輪の金メダルは獲得できない、何か明らかな上昇装置を持ち込まないと最後にどうしても届かない、というのはロンドン以降鮮明になった、オリンピックの大法則である。

井上康生男子監督が日本代表再建に採った策は「まず実力を上げ、その高い打点を以て五輪にぶつける」ということ。「実力を上げ」の部分は育成であり大戦略であり、「五輪にぶつける」は具体的な勝ち方、勝負論ということになる。
そして井上監督は、高い論理性と誠実なアプローチにより粛々大戦略を遂行、世界選手権の覇者5名という威容をもって五輪に臨むことに成功した。論理的な思考と実行の成果である。
ただし同時に井上監督は「五輪制覇という異常なことを目指すのだから、異常なことをやらねばならない」「我々は異常でなければならない」「勝つためには論理性とともに非論理性とのバランスが大事」とも繰り返し語って来た。この場合の「異常さ」とは、常々本コラムで挙げて来た、「五輪に勝つためには最後の爆発力が必要」「上昇装置が必要」「相手の予想を超える上積みが必要」と繰り返し語って来たまさしくその要素を、言い換えた言葉に他ならない。論理性だけでは実現できない、ただ誠実に積み上げるだけでは届かない、「破れ」を体内に蓄積しておかないと頂点を極めることが出来ない。、井上監督が語っていたのはまさしくそういうことだと思われる。

しかるにこの2人にはその最後の「破れ」が作り出せなかった。上昇装置を持てなかった。マイリンダ・ケルメンディには初めて母国が参加する五輪で金メダルを獲得して民族の旗を世界に立てるという異常なモチベーションがあったし、ファビオ・バジーレには怖いもの知らずの若さの特権があった。

この2人の力は極まりに極まっていたゆえ、事象としては「あとほんの一太刀、二太刀を入れる勇気がなかった」という極小的な見え方をしてしまうわけだが、これは日本代表が4年に渡ってアプローチして来た大戦略の最後の詰めであるはずの「戦術として最後には非論理性が要る」ということが実現出来なかったということなのではないか。髙藤も、海老沼も、普段は「なぜそんな命知らずの賭けが出来るんだ」「なぜそんな発想で試合が組み立てられるんだ」という人の想像を超えた異常さを以て尊敬を集めていたはずだ。その選手に、勇気を獲得させらなかった、最後の加速装置である、そして既に言葉として表現するまで必要性が認識されている「異常さ」「非論理性」を獲得させられなかったことの意味は重い。「手順と作戦を粛々積み上げるだけでは五輪は勝てない」、これはまさしくロンドン五輪の第1日と2日目に悔しい負けを喫した女子日本代表が教えてくれた教訓であり、踏んでしまった轍であるはずだ。結局2日間で出動した世界選手権の代表4人が全て同じぬかるみに足を取られたことを、いったい我々はどう捉えるべきなのか。

怖さを知ったベテランの限界、と括ってしまうのは酷に過ぎる。必要であることがわかっていたのであれば、何らか企むことも出来たのではないか。

世界チャンピオンを量産し「大戦略」には勝利した日本、あとは具体的にどう勝つかという戦術面だけが残されている形であったわけだが、この難易度の高さがあらためて明らかになった2日間であった。必要と知りながら、獲得出来なかった非論理性と異常さ。いまのところ、大戦略の「最後のピース」は埋まっていない。

ただし。あす登場する2人には大いに期待したい。大野将平はその実力の高さで、松本薫はパーソナリティそれ自体でまさしく日本代表に足りない「異常さ」を持つからである。金メダル獲得を心から願う。

無印の伊達男・バジーレの優勝に改めて選考システムを思う

「上り調子の選手が強い、かつ情報が少ない“今出て来た”ばかりの新進選手が急加速する」。プレビューコラムのこの項が、本日は当たってしまった。ワールドツアーの優勝が1度もない、ただし欧州選手権で3位に入り僅かにブレイクの気配を見せていた21歳ファビオ・バジーレ(イタリア)の圧勝Vに驚かされなかった人間などただの1人もいないだろう。セバスチャン・ザイドルとニジャト・シハリサダを倒した時点でもインパクトは十分だったが、ダバドルジ・ツムルクフレグを倒した時点で「これはひょっとして、シャフダトゥアシビリ(※ロンドン五輪で無印から優勝)みたいになるのではないか」との予感が高まり、結局決勝でアン・バウルを投げつけるという大仕事を果してドラマ完成。ツアー未優勝者が五輪の頂点を極めるという大アップセットを演じるに至った。

もともと66kg級は中堅層の勢力図の入れ替わり激しく、ランキングの数字ほど実力差はない。一気のブレイクを果たす要素を満たしたこういう階級特性がロンドンでも発揮されたわけだが、それにしてもあまりに劇的な優勝劇だった。

ここで我々は、選考システム、もっと露骨に言ってしまえば阿部一二三の存在に思いを馳せないわけにはいかない。五輪の上昇装置として「若手の勢い」という項を認めるなら、そして五輪でどうしても勝つことをミッションに据え続けるなら、選考システムに「いまが旬の上り調子にある選手」を拾い上げるやり方を考えるべきではないだろうか。もちろん「勝てなくてもいいからフェアに代表を選ぶことのほうが大事」という態度も、ありうる。しかしそれすら議論の上で、戦略的に選択されるべきだ。論理的に、客観的に、破綻なく代表をしっかり選ぶというこのまったく真っ当な選考システムが生み出した代表たちがこの2日間、論理的に破綻なく、しかし爆発力なく結局望む結果を得られなかったという事実は、ひとつの因果関係としてシステムの特性がそのまま選手の特性に反映されたと捉えることも出来るのではないだろうか。韓国やモンゴルの異常な選考の厳しさは「異常なことを成し遂げるには、異常な場を潜り抜けることが必要だ」とも捉えることが出来るのではないだろうか。負けに不思議の負けなし。五輪で勝つ法則、をスルリと満たしたバジーレから、考えさせられることは数多い。

審判傾向、ベストバウト、その他もろもろ

初日からの「指導」の遅さが決定的に勝敗を変えた。52kg級のオデット・ジュッフリダの決勝進出という驚きの事態である。
普段のジュッフリダは典型的な先手掛け潰れファイター。もう前受け身をしに出ているのではないかというほどの偽装攻撃スレスレの先手攻撃が戦術ベースで、ツアーでも偽装攻撃を粛々採る審判か否かで勝敗が左右されることが多い。今回、鋭い送足払など素晴らしい
技も見せたが、それも「安心して」先手攻撃で戦いのベースを組み立てられたがゆえ。ベスト8が常連のジュッフリダがいきなりファイナリストになるという劇的な形で、今回の「指導」の遅さが証明されたということになる。
筆者は、「ここまで厳密に『指導』を取って来て、攻めなければ勝てないということが選手にも染みついただろう。あとは試合の流れを極力止めずに、最小限の介入で試合をコントロール出来ればそれでよし。集大成である五輪ではスピーディで魅力的な柔道を見せたい」というIJFの意志が、今回の「指導」最小限ポリシーの裏にある意図ではないかと勝手に考えているが、それを早くも利用して望外の成績を収めるものが出たということである。一方海老沼匡はこの審判傾向を織り込めず、流れを失った。
ここまで目立つ「利用」が出たゆえ、審判会議では何らかの注意喚起が為される必要もある。日本代表においては明日の試合もしっかり傾向を見極め、後半戦に生かしたいところである。

第2日のベストバウトには、52kg級敗者復活戦のアンドレア・キトゥ対エリカ・ミランダ戦、そして52kg級準々決勝のケルメンディ対中村戦を挙げたい。前者はキトゥのパワーに「技有」を奪わて以後も全くの劣勢だったミランダが地元の大声援に背中を押され、残り30秒で仕掛けた内股で見事逆転の「一本」を得た試合。高い磁場、IJFが企図する「投げ合い」、国を背負う責任感、そして大歓声にコーチのジャンプパフォーマンスとオリンピックの「お祭り」性が詰まった一番だった。後者は「死合」ともいうべき緊迫感に包まれた世界王者同士の対戦。一瞬たりとも気が抜ける場面なく、世界最高峰の舞台にふさわしい戦いだった。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta


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