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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第11回

(2016年8月8日)

※ eJudoメルマガ版8月8日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第11回
注意すべきことは、乱取の練習、または試合の最中、帯を締め直すことである。
容易(たやす)く解けるような帯の締め方をして出場することは、自分の不用意を示すのみならず、時間を徒費して他人に迷惑を掛けることになる
出典:「「乱取の練習および試合の際における注意」柔道6巻6号 昭和10年(1935)6月(『嘉納治五郎大系』3巻,289頁)

講道館が発行している月刊誌「柔道」平成21年6月号に同年の全日本柔道選手権において行われた長谷川博之九段のスピーチが掲載されています。
 内容をかいつまみますと、柔道修行者には「一本を目指す柔道」と「品格ある柔道」を目指して欲しいということ。さらに、柔道の品格を育成するためには、正しい礼と服装を乱さない心構えが必要であると述べています。同じ年の「柔道」11月号の編集後記では長谷川九段の後輩である中村良三編輯部長(当時)が、このスピーチと併せて長谷川九段自身が現役時代から道衣を乱さない選手とされていたことを紹介しています。
 
柔道衣が乱れることは、道衣の構造や技術の特性から仕方がないと言えるでしょう。ですが、その乱れを放置しておくことが、不躾とされるのは皆様ご存じの通りです。もちろん、道衣と言う以上は、当然のことながら帯のことも含まれるでしょう。今回はこの帯について、師範が遺した言葉を取り上げてみました。

師範は、まず帯が容易にほどけるような結び方をしていることは、自分の不用意さを示すとしています。不用意、言い換えると、乱取稽古や試合をする用意が不十分ということです。乱取稽古や試合をするにあたり、帯は容易にほどけないように、しっかり締めることが、大前提ということです。試合における戦術上、帯をゆるく締める等ということは、師範にとっては論外だったでしょう。

興味深いのは、次に「不用意を示すのみならず」、時間を徒費(無駄につかうこと)することも、帯がほどけることによって生じる不都合としてあげている点です。師範は、別の資料で他人の時間を浪費させることは、その人の貴重なものを盗むのと同じ事だと言っています(原文:「他人が人の時間をつぶすことは、その人の一種の貴重なる所有品を奪うのと同じことになる」)。自分の不用意によって、他人の貴重な時間を無駄にすることを戒めているわけです。
また、文言としては出てきませんが、相手のみならず帯を締め直す本人にとっても、貴重な時間が無駄に使われることへの注意も含まれていることでしょう。
帯を締め直すという、わずかな時間ですら大切にしようとする。師範の考えが垣間見える「ひとこと」ではないでしょうか。
 
余談ですが、筆者自身が学生の頃は、帯が解けたら、締め直す時間が勿体ないと、帯を外したまま稽古をしていました。時間を気にする点に限っては師範の考えと同じかも知れませんが、その行動は真逆だったわけです。無知だったとは言え、恥ずかしい話です。

今回の「ひとこと」を参考に、次の稽古から帯の締め方を意識してみてはいかがでしょうか。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版8月8日掲載記事より転載・編集しています。

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