PAGE TOP ↑

柔道1

柔道2
柔道4 柔道5

eJudoとは?情報募集・お問い合わせサイトマップ

【リオ五輪柔道競技完全ガイド】リオデジャネイロ五輪、柔道競技の位置づけは?

(2016年7月21日)

※ eJudoメルマガ版7月21日掲載記事より転載・編集しています。
【リオ五輪柔道競技完全ガイド】リオデジャネイロ五輪、柔道競技の位置づけは?
eJudo Photo
2連覇を狙う松本薫が代表内定会見に臨む。報道陣が多数詰めかけ五輪というイベントの注目度の高さをあらためて感じさせた。

いよいよ開催が迫ったスポーツ界最大のイベント、リオデジャネイロ・オリンピック。開会式翌日の8月6日からスタートする柔道競技は日本にとって最大のメダル獲得源であり、テレビ番組や一般雑誌など国内にはこの視点に沿った一般スポーツファン向けのわかりやすい、主に選手個人のヒストリーに寄った「柔道競技の紹介」が溢れている。さすがは五輪というべきか、特に新聞メディアの腕利きスポーツ記者たちによる記事は質量ともにかなり「濃い目」。選手の生い立ちから直近の調整情報までおなか一杯に柔道記事が楽しめる。普段メディアへの露出が決して多いわけではない我がジャンルとしては非常にありがたい状況である。

というわけで日本選手に寄せた五輪ガイドは既に世の中にかなりの密度で溢れている。弊サイトでは専門サイトという立場からこういった世にあふれる柔道競技ガイド情報を側方から補完すべく「柔道ファン」あるいは「柔道に志向性を持ってくれるスポーツファン」向けの競技情報、普段から競技柔道に触れる機会の多い層に寄せた視座での五輪ガイドを試みたいと思う。

これまでの世界選手権と同様に各階級の概況や戦力分析、有力選手の紹介を主とするが、それに先んじてまずこの五輪の柔道史的な位置づけ、そして日本にとっての意味、さらに各階級戦力分析の前提となる「五輪で勝てる選手の条件」について考えてみたい。

■ 柔道競技はどこへ行くのか?リオ五輪は「ダイナミック柔道」の総決算
eJudo Photo
マリアス・ビゼールIJF会長。2012年12月来日時の会見では「ロンドン五輪はつまらなかったのでは?」との筆者の質問に激しく反応、30分近く熱弁をふるった。

「こんなに頻繁にルールが変わってはたまったものではない」という悲鳴を、選手の側からも、観客の側からも、そして審判の側からすらも非常に良く聞く。もう少し正確に言えば2015年春の改正時(グレーゾーンの確認という形が主ではあったが)あたりからははもはやこのような声すら聞こえず、皆が声を揃えるのは「しっかり決めて欲しい」との主張のみ。このセリフの前には「もうルールが変わるのは当たり前なんだから」という条件節がつくとみなすのが妥当なところで、つまりは受け取る側の意識をここまで変えるほどにルール変更が恒常化した4年間であったということだ。そしてこの打ち続いたルールの改正は、明らかに1つの方向を指している。ミクロなスパンでの現象処理的には「組み合って勝負すること」、そしてその先にある究極の目的は、柔道競技の勝ち負けが、柔道を知らない一般スポーツファンにもわかりやすい形で、つまりは柔道のもっともわかりやすい魅力である「投げ」をもって決まることだ。

2012年のロンドン五輪を分析したIJF(国際柔道連盟)の柔道競技に対する自己評価は「つまらなかった」という非常に厳しいものであった。マリアス・ビゼールIJF会長のコメントとして伝わって来た「テレビを見ている人たちが畳の上で何が起こっているかが良くわからないまま、勝手にどんどん勝ち負けだけが決まっていった」との旨の発言がこれを非常に端的に表している。ロンドン以降断続的に続いたルール変更とはこの「つまらない」状態を打ち破るべく為されたIJFの挑戦の連続に他ならない。

実は、すでにIJFはロンドン五輪に至るまでの数年間に次々新制度(ワールドランキング制やワールドツアー大会の立ち上げ)と新ルール(「足取り」の部分的禁止や「効果」ポイントの廃止など)を打ち出し、この「柔道競技を面白くする」チャレンジを続けていた。五輪採用競技の縮小化を睨んだ生き残り戦略としての他競技との差別化、そしてなによりテレビ映えする「見る競技」としての特化がその主たるモチベーションである。「サッカーのようなメジャー競技になりたい」「世界中のスポーツファンが週末にTVで柔道競技を観戦するようになってほしい」というビゼール氏の言葉は隠しきれない商業主義的野心とともに、「見て面白くなければ五輪競技として生き残れない」という切実な危機感の発露でもあった。

そして、この戦略はある程度成功していた。2011年のパリ世界選手権まで順調に「一本」の数は増え、世界選手権の毎年開催策とツアー大会の増加により各国にスター扱いされる選手も林立、現場取材における皮膚感覚ではあるが、少なくとも明らかに「面白い試合」は増えていた。ロンドン五輪はこの史上稀に見るハイペースで為された競技改革のまさしく仕上げの場であり、世界のスポーツ界に向けた一大プレゼンテーションの場であったはずなのである。

しかし本番で繰り広げられたのは予想を遥かに超えた、ありえないくらいの停滞ゲームの連続。五輪というまさしく人生が掛かった究極の場で選手たちが為した選択は、リスクヘッジの利いた「負けない試合」。リソースの全てを組み手に注ぎ込み、完成した組み手の優位を「投げること」ではなく「優位を得続けること」に消費する。返し技のリスクを伴う投げに敢えて打って出るよりは有利な立場を演出し続けて相手の反則を誘った方が良い、投げを決めようと落ち際まで粘って投げ合いのリスクに晒されるよりは先に掛け潰れて手数を稼いだ方が良い、組み負けるくらいなら相手と組まずにいったん離れ、自分が優位な形以外では絶対に組まない方が良い。今となって考えれば、あの前代未聞の「旗判定やりなおし」(海老沼匡対チョ・ジュンホ戦)は旗判定という裁定基準が極度に審判員の主観に委ねられる(=裁定基準の暗黙のコンセンサスが必要とされる)難しい制度のもと、現場で畳に立つ審判員と「競技の在り方」までを長期的視野で考える審判委員会がともに目の前で起こったこの現象をそれぞれのポリシーで処理しようと焦り、ぶつかった結果であったとすら喝破できるのではないだろうか。
(※参考記事:「eudo's EYE ロンドン五輪総評(1)柔道は面白くなったのか?」

少々話が逸れたが、あれから4年間、「オリンピック間の4年間は基本的にはルールを変えない」というこれまでの了解事項を飛び越えてまで為され続けたルールの度重なる変更は、今度こそ柔道競技は「一本」で勝負が決まる、「見る」競技としても魅力的な、五輪にふさわしいスポーツであろうともがき続けたIJFの挑戦であったわけである。この試みはついに成功するのか、それともまたもや失敗に終わり、巷間既に噂されている今秋のさらなる大胆なルール改正を呼び込むのか。リオ五輪の全試合は、この視座を以てこそ照射されるべきだろう。

■ 4年間で柔道競技はどう変わったか?
eJudo Photo
アナマリ・ヴェレンチェクの見事な支釣込足。業師タイプの増加もこの4年間の大きな特徴

「組み合う」「投げ合う」ことを推奨するために行われたルール変更は、「旗判定の廃止」「ゴールデンスコア(サドンデスの延長戦)の時間無制限化」、「攻撃ポイントの重視と反則ポイントとの得点系列切り離し(「指導」が3つまで積み重なっても、「有効」「技有」の方が上)、「“足取り”の完全禁止」、「組み手規則の厳格化」、「反則裁定の厳格化」と枚挙に暇がない。これをいちいち細かく挙げるのは本稿の趣旨と外れるので(ニーズがあればまとめ記事を書くのでご要望頂きたい)、ここではこれら「投げ合う」「攻撃を以て勝敗が決する」ための施策によって柔道競技の様相がどう変わったかを簡単に挙げてみたい。

1. 投技の技術向上

いったいに、明らかに投技の技術が向上したと感じる。まるで日本選手のような高い技術に裏打ちされた切れ味ある投げも増え、質は勿論のこと左右に大技を持つなど手札の増加、標準装備とされる武器の量的増大も顕著な傾向。パワー型×大外刈・内股系の典型的欧州選手のほぼ全員があまねく緊急避難の担ぎ技と捨身技を備えるというところまでこの傾向は煮詰まっており、むしろ現在は代名詞になるような尖った得意技を持つ選手のほうが少数派、技を起点に選手の特性を語ることが難しい時代になったとすら言えるだろう。

投技技術の錬磨に舵を切ったグループの存在を示すものとして、「足技の発達」というトレンド系列がある。足技が巧い、業師タイプの選手が増えた。今年のツアーにおける足技ベスト「一本」は100kg級のホルヘ・フォンセカ(イタリア)による「小内刈からの出足払」ではないかと思うのだが、表彰台に届くか、あるいはギリギリのクラスの非強豪国選手がこれだけの技を撃つ、それも複数の選手がこのトレンドに身をゆだねて躍進するという状況はこれまでなかったものではないだろうか。リオ五輪での注目ポイントの一である。

※参考動画:ホルヘ・フォンセカ対ダニロ・パンチック戦の出足払

eJudo Photo
スウェーデンの長身選手マーティン・パチェックの巴投。手数ファイターから脱皮し、この得意技で相手を投げる場面が激増。

2. 地力なき戦術派の衰退

組み手と先手攻撃だけにリソースを費やす戦術派はほぼ駆逐されたという印象。パワーを全て組み手の優位と先手攻撃に注ぎ込むことに腐心しロンドンまでの3年間世界の頂点に君臨し続けた81kg級の「体力王」キム・ジェブン(韓国)の引退や戦術派の代表格である66kg級のロイック・コーバル(フランス)の急落と五輪代表落選などはその顕著な一例と捉えることが出来よう。
実はかつての戦術派も相当数生き残っているが、一線に残った選手はどれもその戦術をベースに「取れる技」を盛り込むことに成功した、ルールに適応してスタイル変更を成し遂げた選手ばかりである。巴投連発による典型的な手数ファイターであったマーティン・パチェック(スウェーデン)が多彩なバリエーションを生み出すことで取り味のある選手に羽化して最激戦区の100kg級で五輪シード権を獲得するまでに成長したこと、「ケンカ四つクロス」の崩し技が組み立てのベースであったオ57kg級のオトーヌ・パヴィア(フランス)が投げの力を増して後輩エレン・ルスヴォを突き放し再び五輪の畳に上がること、これも典型的な手数ファイターであった78kg超級のイダリス・オルティス(キューバ)とライバルのマリアスエレン・アルセマン(ブラジル)がともにもはやストロングスタイルと言って良い絶対値の高さと投げの強さを獲得していることなどは、この傾向を示す好事例ではないかと考える。

eJudo Photo
柔術ベースの技術を持つラファエラ・シウバが松本薫から「跳び十字」で一本勝ち。

3. 寝技の爆発的流行

ルール変更のうち、「抑え込み時間の短縮」「寝技の攻防を長く見る」という寝技に関する2点も見逃せない。ここに、たとえ投げにさほど自信がない選手でも立っている限りは組み合って相手とまともに勝負せねばいけない新ルール、そして論理的に学びさえすれば比較的短期間で潰しの利く寝技のジャンル特性がクロスして、「持たざるもの」たちが大量に寝技技術の習得に舵を切ることとなった。その最初の爆発期であった2013年(世界選手権で反則技「ゲルビチョーク」が話題になった年である)から既に3年、いまや腕挫十字固は頻繁に目撃するメジャーな技術となり(特に女子中量級の序盤戦はこれで決まる試合が非常に多い)、いまや「巴十字」の使い手すらまったく珍しくない。横三角からの崩上四方固や「シバロック」、寝際の「腰絞め」や腕緘を晒しながらの抑え込みはもはや標準技術であり、かつて「海外選手は寝技が出来ない」「絞め技に恐怖感がある」と一括りに語られていた時代からは隔世の感がある。63kg級のヤーデン・ゲルビ(イスラエル)が柔術から持ち込んだ前述の「ゲルビチョーク」(裾を使った絞技)、サンボの世界チャンピオンでもある48kg級の世界王者ムンクバット・ウランツェツェグ(モンゴル)の「オモプラッタ」や「コーレイカ」など他ジャンルからの技術移入も非常に盛ん。一発技の修練にのみ労力を費やしてた見た目だけの寝技をやる選手が多かった2014年あたりと比べるとシナリオ分岐を踏まえた攻防がきちんと成り立つ場面が増え、全体のレベルが相当に上がっているという印象だ。柔道らしい投げで決まる試合はもちろん、硬質な寝技の攻防にもぜひ注目してみてもらいたい。

eJudo Photo
81kg級の世界王者アヴタンディル・チリキシビリ(ジョージア)の裏投。両組み×密着という、現代柔道の潮流を牽引する1人。

4.他競技からの技術移入、異なる格闘技文化の激突構図の現出

寝技はもちろん、立ち技も他競技の特徴を生かして戦う選手が増えた。具体的にこの4年間で目立ったのは「組み合わねばならない」ルールを、体の力を生かす密着という方向で昇華したモンゴル勢とジョージア(グルジア)勢の躍進。モンゴルは「モンゴル相撲」、ジョージアは「チダオバ」とともに民族由来の格闘技を持っており、それぞれの競技スタイルがそのまま彼らの柔道の特徴となっている。両国が持ち込んだ密着スタイルは現代柔道を牽引する一大潮流であり、今や柔道競技は「柔道契約ルールで戦う、民族格闘技の異種格闘技戦」の様相を呈しつつある。その中にあって、二本持って切れ味鋭い技で相手を投げる「日本流柔道」はこれまた比類なき存在感を示す。レスリングスタイルを持ち込む国やサンボベースの寝技が得意なロシアなど他にも好役者は多々存在するが、「密着型(グルジアや中央アジア)vs日本型(日本、ブラジルなど)」という構図は今大会をウォッチする上でひとつ踏まえておいてよい、非常に面白い対立軸だ。

eJudo Photo
この4年間に大流行した「やぐら投げ」。この写真の術者はホルヘ・フォンセカ(イタリア)。

5. 新しい技の出現、あるいはメジャー化および技術の相互模倣の加速

仕切りが変われば技術が変わるのは当然。前述の「異なる格闘技文化の流入」に加え、技術開発に熱心な軽量級の選手たちによって開発された新技が畳上を席捲した4年間でもあった。この期間に開発、あるいは見直されてメジャー化した新技術は髙藤直寿発の「ナオスペ」、モンゴル発の「やぐら投げ」、4年前はイ・ギュウオンら韓国選手の代名詞だった「韓国背負い」、低い背負投のカウンターテクニックとして現代柔道界に突如復活した抱分、密着体勢の増加を受けての横車に浮技、ロンドン以前は軽量級限定の奇襲技だった66kg級のレアンドロ・クーニャ(ブラジル)発・横落風の肩車、組み勝った形を生かした岡田弘隆ばりの「掛け倒す小内刈」、西潟健太ら重量選手が用いる「ハンドル投げ」など枚挙に暇がない。
またyoutubeやIJF公式サイトJudobase等で試合映像がすぐさまアップされることによって、技術の相互模倣と革新のスパンが異常に早まったということもこの期間の大きなトピックだ。前述の技術のほとんどはもはや水準以上の選手であればある程度誰でもこなす標準装備であり、髙藤の「ナオスペ」などは重量級選手の一般技術として定着するまでに要した時間は僅か1年弱であった。
今まさしく「来そう」な新技は、90kg級のクーシェン・カルモルゼフ(ロシア)らが使いこなす「変形ハバレリ」(帯取返)など。いまこの瞬間も、五輪に向けた「技術革新(と陳腐化)」のサイクルは着々進行中である。

※参考動画 クーシェン・カルムルゼエフ対アクセル・クルジェ戦の変形「ハバレリ」
※参考動画 73kg級ミラリ・シャリポフ(ウクライナ)の「やぐら投げ」(3:40くらいから)

「日本にとってのリオ五輪は?五輪で勝てる選手の条件は?」につづく)

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

→「リオデジャネイロ五輪柔道競技完全ガイド」に戻る

※ eJudoメルマガ版7月21日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る




supported by KAYAC 運営会社サイトポリシー  RSS copyright (c) 2005 ejudo all rights reserved.