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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第9回

(2016年7月11日)

※ eJudoメルマガ版7月11日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第9回
暑中稽古は一人前の人間として、通用する資格のあることを試みる場所である。
出典:「暑中稽古の初日における講話大意」国士2巻11号 明治32年(1899)8月
(『嘉納治五郎大系』2巻,272頁)


以前、ある人が「嘉納師範は合理的な人だから、暑い中、効率の悪い練習をするわけがない」と言うのを聞きました。「『合理的』という言葉が一人歩きすると、そういう解釈も出来るのかな」と、普段思いもしなかったことを言われ、少し戸惑った記憶があります。

嘉納師範が「合理的」。よく言われることですし、その通りだと思います。師範の合理性をあらわす例の1つとして、少し奇抜ですが、漢字や仮名を廃止し、ローマ字を国字にするという考えを持っていたことが挙げられます(覚える文字が少ない欧米に比べて、仮名と多くの漢字を学ぶ日本の学習は効率が悪いというのが主な理由のようです)。

「合理性」という言葉には、いくつかの意味がありますが、目的を達成する為の効率の良さというのもその1つです。目的が違えば、効率の良い方法、つまり「合理的」であることも、当然違ってくるはずです。
つまり、冒頭の発言をした方にとっての「練習の目的」と嘉納師範の考える「稽古の目的」とは違うものだったのでしょう。
 
それでは師範の考える「暑中稽古」の目的はどのようなものだったのでしょうか。

当時の講道館で実施されていた暑中稽古は30日間でした。現在が10日間ですから、その3倍の1ヵ月間、夏の暑い中、稽古をするわけです。

当然のことですが、健康に問題があっては30日間続けることは出来ません。休むことなく参加するには、摂生などの健康管理が必要です。また暑さに負けず、道場に行こうとする気持ちも大切です。師範は「なあに」という気分でいると酷い暑さも苦にならないと言いますが、さらに、暑中稽古を通してそういった「なあに」の気持ちで、少々の暑さや苦痛も平気でいる習慣を養ってほしいと言っています。

健康管理や逆境にくじけない精神力、いずれも人間がより良く生きていく上で必要なものだと思いますが、これらを備えた人を師範は「一人前の人間」と考えていたようです。暑い中、30日間、休まずに暑中稽古に参加することは、師範にとって「一人前の人間」になるための修行の場であり、同時に「一人前の人間」であることを証明する場であったのでしょう。

※今回の出典元には載っていませんが、別の資料では、初志を貫く精神力を養うことも目的としています。
※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版7月11日掲載記事より転載・編集しています。

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