PAGE TOP ↑

柔道1

柔道2
柔道4 柔道5

eJudoとは?情報募集・お問い合わせサイトマップ

【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第8回

(2016年6月20日)

※ eJudoメルマガ版6月20日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第8回
物を食うには精力最善活用主義によらなければ、本統に食う目的が達せられぬ
出典:「修養二大主義について」 明中1号 大正13年(1924)8月
(『嘉納治五郎大系』4巻,314頁)

「精力善用」。「自他共栄」と併せて、一度は聞いたことがある言葉だと思います。
「『精力善用』『自他共栄』は嘉納師範(あるいは柔道)の大切な教えです」と言ったフレーズも耳にしたことがあるのではないでしょうか。最近ではドラマ「重版出来!」の主人公・黒沢心のモットーとしても紹介されていたようです。

柔道にかかわっていれば、一度は聞いたことがあるであろう「精力善用」。嘉納治五郎師範と講道館柔道を知る上で避けて通れない大切な概念です。いずれ、本連載でも、しっかりと取り上げたいと思いますが、今回は言葉の意味自体には深くは踏み込まず、外堀と言いますか、その周辺について見てみたいと思います。
 
「精力善用」は、今回の「ひとこと」で出てくる「精力最善活用」を短くしたものです。さらに言えば、本連載第1回(http://www.ejudo.info/newstopics/002438.html)で取り上げた「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である」の<心身の力を最も有効に使用する>という部分をまとめた用語になります。
「精力善用」という表記は「心身の力を・・・」よりずっと覚えやすくて、言いやすいと思いませんか。「精力善用」「精力最善活用」「心身の力を・・・」、いずれも表記は異なりますが、意味はほぼ同様です。では、意味が同じにもかかわらず、なぜ嘉納師範はあえて短くしたのかと言いますと、短く、覚えやすくすることにより、多くの人々に知ってもらい実践してほしかった為だと思います。

このことを匂わせる話として、師範が念仏と同じように人々が口にしやすいようにと「精力善用」「自他共栄」をさらに短くし「セリジェヨジタキエ」という言葉を口にしていたことが、資料に残っています(この逸話を記した人はこれを師範のユーモアの一面ととらえたようですが、私は真面目に考えていたと思います)。

嘉納師範の熱心な普及広報活動と覚えやすさのおかげで、没後約80年になろうとする現在でも柔道修行者を中心にした人々が「精力善用」「自他共栄」を口にします。ただ、この覚えやすさと言いやすさ故に、この言葉が少々手軽になりすぎているのでは、と思うこともあります。

今回の「ひとこと」で、師範は日常生活の基礎である「物を食べること」の目的は、柔道の大切な教えである「精力最善活用(精力善用)」でなければ達成できないと述べています。私たちは、食事するとき、そのようなことを意識しているでしょうか。
食事に限らず、嘉納師範は生活のあらゆることを精力善用するよう雑誌や講演で訴え続けています。その範囲は読書や勉学、仕事、建築、睡眠、交際、座り方、等本当にあらゆることにわたり、さらには貯金や保険まで、精力善用の一環として、取り扱っています。

また高弟の1人であり嘉納師範から直接薫陶を受けた最後の十段・小谷澄之先生はその歩き方を精力善用の観点から指導されたエピソードを紹介しています。

嘉納師範にとって、「精力善用」は、日常生活と密接な結びつきをもって実践するものだったわけです。「精力善用」、この言葉を口にするとき、我々は自分がどれくらい日々の活動と結びつけているか常に省みたいものです。

「あなたは、どんなことに精力善用を心掛けていますか?」

※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。


著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版6月20日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る




supported by KAYAC 運営会社サイトポリシー  RSS copyright (c) 2005 ejudo all rights reserved.