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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第7回

(2016年6月6日)

※ eJudoメルマガ版6月6日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第7回
身体を強くするということは、強い身体でなければ堪えないほどの仕事をし得るようになるためである、ということを忘れてはならぬ。
出典:「上段の柔道について」 柔道4巻8号 大正7年(1918)8月
(『嘉納治五郎大系』2巻,60頁)

「自分の身体(からだ)が著しくよくなったことを感じてきた」。

嘉納師範が回顧する柔術修行の成果の一部です。きわめて虚弱な身体で、肉体的には大抵の人より劣っていたと述懐する師範ですが、柔術の修行で、このような成果を得たことが<こんな素晴らしいものは独占せず広く人に伝えたい>という思いに繋がり、講道館柔道創始のきっかけとなりました。

皆さんも柔道を修行することにより、筋肉がつき逞しくなったり、健康になったり、持久力がつくことなどを経験していると思います。また、柔道を経験していない人も、身近でそういう人を見たことがあると思います。

「体育」は柔道の目的の1つですが、師範の考える「体育」に精神面を向上させるという意味合いは少なく、「強」「健」「用」の3つを具体的な目的として挙げています。それぞれの意味を(少し乱暴ですが)簡単に言いますと、

強・・・筋肉をつける。
健・・・健康な身体になる。
用・・・身体を自由に扱えるようになる。

ということになります。
では、柔道によって鍛えられた身体は、一体何に使うのでしょうか。
もちろん、乱取や試合の攻防等で活用されることは間違いないでしょう。ただ、それは師範が求めていたものではありません。

今回の「ひとこと」の出典である「上段の柔道について」という論考は、前月の雑誌「柔道」に掲載された「柔道に上中下三段の別があることを論ず」と併せて、柔道修行の段階と目的を示しています。その内容は本連載1・2回目で紹介した「嘉納(治五郎)師範遺訓」をより詳しくしたもので、攻防の練習を通し「己の完成」し、「世の補益」をすることが目的であるとしています。
柔道の目的である「体育」も必然的に「世の補益」がより大きな目的となるでしょう。

柔道の稽古は厳しさと隣り合わせです。さらに、暑い時期にあえて暑い時間帯を、寒い冬にあえて早朝の時間帯を選び稽古したりもします。そういう修行を通して鍛えられた身体。柔道修行者には、その様な身体があって初めて成し遂げられる、そういう仕事をしてほしい。そして、普段の柔道修行でも、そのことを意識してほしい。
それが嘉納師範の願いであり、今回の「ひとこと」の趣旨ではないかと思います。

「柔道で鍛えた人は違う」と言われる、そんな仕事を是非したいものです。
もちろん、「心身の力を最も有効に使用する」という教えも忘れずに。


※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。


著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版6月6日掲載記事より転載・編集しています。

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