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役者揃った大会の勝者は王子谷、抜群のセンス見せつけた上川は惜しくも決勝で涙・平成28年全日本柔道選手権マッチレポート

(2016年5月4日)

※ eJudoメルマガ版5月4日掲載記事より転載・編集しています。
役者揃った大会の勝者は王子谷、抜群のセンス見せつけた上川は惜しくも決勝で涙
平成28年全日本柔道選手権マッチレポート
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今年も聖地・日本武道館に柔道日本一を争う精鋭が集った

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選手宣誓は吉永慎也(近畿・国士舘大教)

平成28年全日本柔道選手権大会は今年も「みどりの日」4月29日、聖地・日本武道館に42人の精鋭が集結して開催された。
リオデジャネイロ五輪柔道競技(8月6日~12日)の男子最重量級日本代表の最終予選を兼ねる今大会最大の話題は、なんといっても代表の権利を持つ強豪二人の激突。大会公式ポスターの意匠にも「竜虎相搏つ」とばかりにフィーチャーされた昨年度の覇者原沢久喜(推薦・日本中央競馬会)と世界選手権2大会連続銀メダリスト七戸龍(推薦・九州電力)の出来に日本中の柔道ファンの注目が集まった。

ベスト4に勝ち上がったのは王子谷剛志(東京・旭化成)、七戸龍、上川大樹(東京・京葉ガス)、原沢久喜。まずトーナメントを4つのブロックに分けて、彼らの勝ち上がりを中心に大会前半戦を振り返りたい。

※順次アップの「全試合詳細」もご参照ください

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2回戦、王子谷剛志が西村久毅から大外刈「一本」

【Aブロック】

一昨年頂点に上り詰めた王子谷剛志と、24年大会の覇者加藤博剛(関東・千葉県警)の優勝経験者2人が過たず勝ち上がり準々決勝で激突。

王子谷は2回戦でベテラン西村久毅(北信越・敦賀高教)を得意の大外刈で捩じり倒して一本勝ち(2:23)、3回戦は体重160キロの巨漢・青山正次郎(九州・福岡県警)から開始早々に浮落「技有」奪取。さらに相手の払腰を返して隅落「有効」、そのまま横四方固に抑え込んで合技の一本勝ち(2:20)。初戦の立ち上がりこそ少々迷いが見られたが、取り口の噛み合う相手が続いたこともあり、2連続一本勝ちと素晴らしい出来を見せてのベスト8入り。

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2回戦、加藤博剛が藤原浩司から隅返「技有」

一方の加藤は3月の関東選手権を素晴らしい内容で制して前評判が非常に高い。少々体を絞り込んだ様子、精悍な面構えで畳に姿を現すと、まず2回戦で藤原浩司(九州・長崎県警)と対峙。開始早々に巴投からそのまま相手の腕を両足でロックする「巴オモプラッタ」とでも評すべき技術を見せ早々に日本武道館に「加藤ワールド」を作り出す。しかし隅返「技有」で勝ち抜けたこの試合の中途で親指の爪を割った様子で、以後は少々減速。3回戦の上田轄麻(東京・新日鐵住金)戦は1分2秒に「横巴投」で「有効」を奪い、以後も変幻自在の組み手の切り替えで上田の攻撃を凌ぎ続けるものの、終盤から相手の突進を止めあぐねて4分39秒から5分35秒までの1分強で3つの「指導」を失う。最後は相手の襟を抑えて間合いを取る安全運転で勝利を決めたが、若手の重量選手である上田の前進をまともに受けた様相からして、さらにこの属性を煮詰めた「重量×前進」タイプの権化ともいうべき王子谷戦を控えて少々不安の残る勝ち上がり。

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準々決勝、王子谷は加藤の巴投を封殺し続ける

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準々決勝、王子谷は加藤の巴投を封殺し続ける

王子谷剛志○優勢[有効・隅落]△加藤博剛

準々決勝は王子谷が右、加藤が左組みのケンカ四つ。自信満々に前に出る王子谷に対して加藤は引き手を探り、あるいは背を抱いてと巧みに展開に凹凸を作りながら王子谷に精神的な圧を掛ける。しかし良いタイミングで放った3度の巴投をいずれも王子谷が大内刈に近い形で叩き落としあわやポイントという場面現出、中盤に至って少々手が詰った印象。
ここで的確に状況を打開せんと加藤が放った一撃は相手の右への肩車。しかし王子谷冷静に掛けられた右足を外し、体を捨てた加藤の体を制して浴びせ返し3分51秒隅落「有効」。
ビハインドを負った加藤はスクランブル体勢。小外刈に巴投、背を抱いての接近に横巴投、「韓国背負い」と立て続けに技を繰り出して勝負に出るが、王子谷は殊更姿勢を良くして体格差を生かし、しっかり対応。そのまま時間が過ぎ去り、王子谷のベスト4進出が決まった。

90kg級の加藤は重量選手の王子谷に対し、組み手の出し入れで試合を作りに掛かり、かつ「手先」ではなく接近を織り交ぜて相手を威嚇しての的確な技出し、中盤膠着すれば奇襲技で試合を動かし、ビハインドを負えば引き出しを開けるだけ開けてのスクランブル発動と勝負を良く知るとしか評しようがない、まさしく試合巧者の戦いぶり。しかし、王子谷は序盤の前進行動で加藤の組み手を、そして大内刈を出しながらの「はたき落とし」で勝負技である巴投を潰し、さらに窮した加藤の奇襲技を待ち構えてポイント奪取と加藤の巧さ以上に「体格が上の正統派」として冷静な戦いぶりだった。圧倒的なサイズのある王子谷のあくまで前に出続ける貪欲さが、加藤の試合の巧さを塗りつぶしたと総括されるべき一番。

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2回戦、制野孝二郎が七戸龍を相手に粘りに粘る

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3回戦、七戸龍が河原正太から内股「一本」

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2回戦、小川雄勢が小林督之を大きく崩す

【Bブロック】

七戸龍の初戦(2回戦)は一昨年の学生体重別100kg級王者・制野孝二郎(東京・センコー)とのマッチアップ。日本大の先輩・原沢のために6分間畳に立ち続けることが仕事といわんばかりの制野の執念を七戸は詰め切ることが出来ず、この試合は1分41秒に奪った「極端な防御姿勢」による「指導」と3分9秒に奪った「首抜き」による「指導」、この2つの反則ポイントの奪取による僅差優勢勝ちに留まる。制野の大健闘に会場は拍手に包まれるが、精神的にも肉体的にも削られた七戸にとっては非常に厳しい立ち上がり。

七戸は続く3回戦もベテランの試合巧者・河原正太(関東・京葉ガス)とマッチアップするなかなか難しい組み合わせ。この試合も泥臭い勝負が身上の河原に片手技で粘られなかなか差をつけることが出来なかったが、3分37秒に引き手で袖を得るなり右内股。軸足を外にずらしながら相手を引きずり出す得意の一撃、遠心力をまともに受けた河原は触れただけで吹っ飛ぶといった体で一回転、見事な「一本」で七戸の勝利が決まった。

逆側からは現役学生最重量級王者、大学2年生になったばかりの小川雄勢(明治大2年)が勝ち上がり。2回戦で小林督之(旭化成)を上四方固「一本」(3:43)、3回戦で田中大貴(新日鐵住金)から2つの「指導」を奪っての優勢勝ちと、いずれも社会人になって間もない脂ののった強豪2人を退け、堂々のベスト8入り。

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準々決勝、七戸龍が小川雄勢から大内刈「技有」

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七戸は小川の巨体を崩袈裟固で抑え切り合技「一本」

七戸龍○合技[大内刈・崩袈裟固](1:23)△小川雄勢

準々決勝は七戸が右、小川が左組みのケンカ四つ。小川は「ケンカ四つクロス」の形をベースに七戸の右腕を確保して前進、この形のまま内股を仕掛けて七戸を一歩下げるとそのまま動きを止めずに前に走って両襟を狙い、やる気十分。

試合はそのまま引き手争いが続く。しかし1分8秒、引き手を嫌った小川が一瞬手立てを変えて左襟を探ったその刹那を狙って七戸が右大内刈。斜めからねじ入れ、正対しながら刈り込む七戸得意の一撃は見事に決まり、小川の巨体崩れて「技有」。七戸はそのまま崩袈裟固、右は脇ではなく腹を抱え、左は相手の腕を挟めず頭を使って押さえつけてと不十分な形ではあったが時間経過とともに体勢を直しながら抑え切って「一本」。ここまで低調の七戸だったが、ここは格の違いを見せつける形で見事ベスト4進出決定。

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3回戦、西潟健太が制野龍太郎から小外掛「有効」

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2回戦、上川大樹が組み手とは逆の左払腰、佐藤和幸から「一本」

【Cブロック】

西潟健太(九州・旭化成)と上川大樹の巨人2人が順当に準々決勝まで勝ち上がりる。

西潟は2回戦で尾原琢仁(関東・筑波大4年)を左の大外巻込「一本」(3:21)で下し、3回戦は制野龍太郎(東北・宮城県警)を2分47秒に挙げた左小外掛「有効」のポイント1つで退けてベスト8入り。昨年ほどの元気の良さや良い意味のヤマ気は感じられずこの選手としてはおとなしい戦いぶりではあるが、地力の高さを生かして上川との対決までしっかり勝ち上がって来た。

一方の上川の出来は出色。2回戦でケンカ四つの佐藤和幸(愛知県警)に粘られると、なんと本来の組み手とは逆の左払腰を繰り出し、鮮やかに投げ切って「一本」(3:58)。近畿選手権王者に輝いた期待の若手・小川竜昂(新日鐵住金)との3回戦も4分12秒、相手が遠間から仕掛けた左大外刈を迎え撃って刈り返し、またもや左技の大外返「一本」(4:12)。最大の持ち味である投げのセンスを存分に披露してのベスト8入り。

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準々決勝、上川は西潟からも左の大外返で「技有」獲得

上川大樹○合技[大外返・崩上四方固](2:58)△西潟健太

準々決勝は西潟が左、上川が右組みのケンカ四つ。両襟を高く持つことにこだわる西潟に対し上川はこれを極端に嫌い過ぎず、しかし引き手の袖の確保は譲らず前進継続。間合いが噛み合うのはどちらかというと上川のようで、上川が前に出、西潟がジリジリ下げられる展開が続く。昭和の全日本の香り漂う間合いの探り合いが続いた末、1分59秒双方に「指導1」。

再び間合いの探り合いを経て、上川の接近志向を反映する形で西潟が両襟を高く持つ形がついに現出。西潟ここぞとばかりに思い切って左大外刈に飛び込むが、上川背筋を伸ばしてその引き手を一瞬で切り離す。瞬間片手片足でバランスを失った西潟に対し、上川は動作を止めずに切れた引き手で相手の左肩を押す片襟の左大外刈で刈り込み返す。

これが豪快に決まって大外返「技有」。上川はこの機を逃さずガッチリ崩上四方固で抑え込み、合技「一本」の完勝。上川はなんと3試合連続「左」の投技を決めるという意外な内容で、そして3戦連続一本勝ちという素晴らしいスコアを以てベスト4進出決定。

西潟は昨年見せた力強い柔道を見せることが出来ずに終戦。出世時に見せていたギラギラしたところがなく、自らを低く買っているかのようなスケールダウン、「もうこれで良い」とでもいうようなおとなしさを感じた。昨年選抜体重別は制したが、それでも、あの到達点の高さからすれば、いまだその強さにふさわしいだけの勲章を得たとは言えないはず。ここまで強くなった己を高く買い、あくまで全日本選手権制覇を目指してまだまだ頑張ってもらいたい。

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2回戦、原沢久喜の右内股を垣田恭兵が透かして回避

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回戦、原沢が内股を仕掛けると神谷快の上衣が脱げてしまい、捕まえ切れず

【Dブロック】

昨年度の王者原沢久喜がベスト4入り、しかしその道程は決して楽ではなく、むしろまことに険しかった。

まず2回戦では大会屈指の曲者であり、前戦で吉永慎也(近畿・国士舘大教)を鮮やかな背負投「一本」で下している垣田恭兵(九州・旭化成)とマッチアップ。ケンカ四つの垣田の巧みな釣り手操作と引き手の駆け引きに嵌り、決定的な場面作れぬまま「指導1」対「指導2」でフィニッシュ、旗判定3-0での辛勝という難しい滑り出し。

3回戦は体重128キロの神谷快(関東・筑波大4年)と対戦。短躯重量でただでさえ捕まえにくい相手が、しかも徹底して決定的な場面を先送りする粘戦志向を採ったため、ここでも原沢は相当に消耗。一発投げるのが難しいとみたか早々に圧力と技数志向に切り替えて追い詰め続けたものの、神谷は柔道衣をみずからはだけてあくまで捕まることを拒否、幾度も柔道衣が神谷の頭に被ってしまう場面が現出するもどかしい試合となる。4分42秒に原沢が右内股を仕掛けた際にはそのまま上衣が全て脱げてしまう有様で、原沢は柔道が噛み合わないままフルタイム6分間を消費。結果「指導3」を奪っての優勢勝ちを果たしたものの、またしても波に乗ることは出来ず。

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準々決勝、原沢が右内股で百瀬を攻める

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残り時間僅か、負けている立場の百瀬が下がって時間を稼ぎ、あくまで投げられることを拒否

原沢久喜○優勢[僅差]△百瀬優

そして準々決勝は「歩留まりの鬼」とでもいうべき粘戦ファイター百瀬優(東京・旭化成)が待ち受ける。百瀬は勝負に出る場面ほぼなく、攻めのきっかけを探り続けるという体で組み手を直しては浅い技を入れることの連続、一方の原沢もこのペースに巻き込まれたかこちらも思い切った技は出ず。

原沢が「指導2」をリードして迎えた残り20秒に至っても百瀬はスクランブルを掛けるどころか手を前に出して展開を遅らせ、抑え、巻き返す「組み手パズル」を自ら挑む、もはや勝敗などどうでもいいと言わんばかりの消極的選択。今大会も大きな体と溢れるパワーを膠着行動のために注ぎ込んだ百瀬を前に、原沢はこの試合も「指導」差2つによる辛勝。自身の動きの硬さ、そしていずれも粘戦タイプ続きという対戦配置がこれを加速させて、なんとベスト4までの3試合で投技のポイントなし。まったくもって原沢らしくないスコアではあるが、それでもしっかり星は残して準決勝進出決定。

結果決まった準決勝は、

王子谷剛志 - 七戸龍
上川大樹 - 原沢久喜

とまことに役者揃った実力者対決。胸躍る2カードの実現となった。

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準決勝、序盤は七戸が王子谷に圧を掛ける

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「指導3」まで失って肚を決めた王子谷が右大外巻込、これは「技有」

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王子谷は大外巻込「一本」で七戸にとどめを刺す

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七戸は失意の敗退、この時点で五輪代表の可能性がほぼ潰えた

【準決勝】

王子谷剛志○大外巻込(3:57)△七戸龍

王子谷、七戸ともに右組みの相四つ。
釣り手から持ちに行く七戸、引き手で襟を持ってブロックする王子谷という構図から試合がスタート。長身の七戸が奥襟を掴み、圧を受けることを嫌った王子谷が首を抜くという絵が幾度も現出、さらにこれを打開せんと抗した王子谷が積極前進行動を為すというシナリオ進行。結果王子谷に首抜きの「指導1」、七戸に片襟の「指導1」、七戸への場外の「指導2」、そしてひとまず追いつこうと七戸が掛けた圧に屈した王子谷への偽装攻撃による「指導2」と中盤までに計4つの反則ポイントが生まれる。

七戸は体の力がある王子谷に対して「指導」を取って勝ち抜ける方策を探る匂いあり。試合時間が3分を越えて展開が煮詰まって来たところで、引き手を探りながら両手を突き続け、足を踏ん張って王子谷を場外まで押し出す。

七戸が明らかに「場外」の反則を取りに行った行動であり、これは七戸の側が「押し出し」の反則を取られても致し方ないところ。しかし主審は王子谷に場外の「指導3」を宣告。これで戦い方のガイドを得たとばかりに直後七戸は突進、まずケンカ四つクロスの形で相手の左を抱き込んだ崩し技の右大内刈、これで前に出ながら引き手を掴み、さらに遮二無二前に出る。しかし後のなくなった王子谷は下がるどころかガップリ奥襟を掴んで応じ、いったん自ら釣り手を切ると腕を抱え込んで右大外巻込。足が掛かると釣り手を一段深めて背に当てながら刈り切り、体勢のあまりの悪さに抗することが出来ない七戸激しく畳に落ち決定的な「技有」。

試合の行方はこの時点で決した。直後王子谷は再びガップリ組み付くと釣り手の肘を揚げてまたもや右大外刈。踏みとどまった七戸が瞬間引き手で王子谷の背を抱えながら上体を戻すと、その動きに合わせて素早く釣り手を離し、巻き込み直して体を捨てる。王子谷の体の落下が先行、シーソーのように遅れて七戸の長い体が大きく揚がり、次いで引きずり込まれて畳に落ちる。これは文句なしの「一本」。

場内大歓声、王子谷は拳を握りしめ、失意の七戸は畳に座り込む。王子谷が豪快な「一本」で決勝進出決定、七戸はこの時点で五輪代表の権利をほぼ失うこととなった。

七戸の「指導」狙い志向と審判の判断基準の曖昧さが、決着加速の引き金を引いた。七戸は奥襟の圧力により順当に「首抜き」の指導を得たが、同じく王子谷が圧を回避して首を抜いたにも関わらず今度は自分が片襟の「指導」を受けてしまう。2分21秒に食らった場外の「指導」も直前に王子谷が首を抜いたことを塗りつぶすべく為した突進によるもので不当といえば不当、どう「指導」で相手を上回るのかという観点では少々先行きが見えない状況になっていた。七戸はここで露骨な「押し出し」行動を為したが、主審はこれを是として王子谷の側に反則を与えたわけで、当然これは以降の戦術選択に影響する。以降が「押し合い」になってもおかしくない判定であり、迷う中で指針を得た格好の七戸が突進、一方後のなくなった王子谷が覚悟を決めて投げに出たという体で試合が決着することとなった。

ただしこれはあくまで副次的な要素。審判の判断の曖昧さはひとつのトリガーにはなったが、大枠で、常に「指導」で先行することを志向した七戸、追い込まれてからとはいえ投げて勝つために直線的行動を取った王子谷という意識の差が勝敗を分けたと考えるべきだろう。七戸は昨年度大会決勝も「指導」を狙うための戦術的行動に拘り、これに主審が「裏」の目を以て応えたために流れを失ったという経緯があるが、今回はこれがさらに悪い方向に出た格好だ。

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準決勝、上川の払釣込足で原沢が大きく揺らぐ

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原沢の攻めはいずれも踏み込み浅く、上川ことごとく弾き返す

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上川がタイミングピタリの右足車、原沢辛くも防ぐが会場大いに沸く

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旗判定の結果上川の勝利が決定、原沢は連覇を逃した

上川大樹○優勢[判定3-0]△原沢久喜

上川、原沢ともに右組みの相四つ。上川迷いなく前進、ひと呼吸で両襟を捕まえてやる気十分。がっぷり組み合い、上川の釣り手の高低を前線とした「直し合い」の中で原沢が内股、大内刈を入れる展開が続く。

1分10秒、上川が原沢の釣り手の袖をトンと落とすと、危機を感じた原沢が反射的に手を戻す。上川はその動作に呼吸を合わせ、深く踏み込み払釣込足。近い足を蹴り崩す上川得意の強烈な一発が利き、原沢は前受け身をする形で腹ばいに崩れ「待て」。

以降は組み合い、直し合いの中で原沢が大内刈と内股の刀を振るって着実に技数を積むが、いずれも相手の力の圏外からの発射に留まり効き切らず、上川の受けの強さと相まって少々技が軽い印象を残す。一方の上川は手数に劣るものの投げ一発の威力で勝負、4分21秒には釣り手の肘を揚げてタイミングピタリの右足車に飛び込む。ひと呼吸でこれぞという位置まで作用足を効かせると会場は「一本」を想起するその技の鋭さと深さに大歓声。しかし原沢なんとか耐えて「待て」。会場はこの攻防に地鳴りのようなどよめきを持って応える。

残り数秒、原沢の右大内刈を上川が右足車に切り返したところで6分間が終了、勝敗の行方は旗判定に委ねられる。
双方のポイントは3分1秒に同時に宣告された「指導1」のみ、手数なら原沢、効果的な技では上川という構造で終わったこの試合に3審が指した勝者はいずれも「紅」。結果上川が旗判定3-0を以て勝ち抜け決定、大会は五輪代表の権利を持つ両雄がともに準決勝で敗退という衝撃的なシナリオ経過を辿って、決勝戦へと引き継がれることとなった。

上川が丁寧な組み手と作り、そして一発大技を狙うという自分のペースを最後まで貫いた一番。上川、原沢いずれに旗が揃っても許容範囲と言える様相であったが、上川の投げに行く姿勢と、2度あった効果的な技の印象を審判団が評価した形となった。

選抜体重別の直接対決では地力に技の威力、そして際の強さと圧倒的な差を見せつけた原沢だが、今大会ここまでの低調がそのまま畳上に反映された格好。1か月という短いスパンの中で2度ピークを作らねばならない現行日程の厳しさ、そして五輪柔道競技最重量級日本代表という特殊な立場を争うプレッシャーの重さをあらためて思い知らされる、対上川2連戦であった。

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決勝は王子谷と上川の2人がガップリ組み合ってスタート

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王子谷が右大外刈、刈り足は抜けたがそのまま押し込み「技有」

【決勝】

王子谷剛志○合技[大外刈・支釣込足](4:35)△上川大樹

決勝は一昨年大会と同カード。2年ぶりの優勝を狙う23歳の王子谷、初優勝に掛ける26歳の上川ともに右組みの相四つ。

王子谷が引き手で襟、釣り手で奥襟を握って間合いを詰め、一方の上川はその釣り手を落とし、圧を掛けられた頭を上げて間合いを取る。この最初のセッションの攻防が、そのまま試合を貫く基本設定となった。

続く展開は両者ガップリ掴み合って、詰めたい王子谷と相手の釣り手を落として袖を掴み、少々の距離が欲しい上川という構図での間合いの取り合い。しかしこの静かな展開を46秒王子谷が激しくブレイク、思い切り右大外刈に飛び込むと一瞬であわや「一本」というところまで深々と乗り込む。しかし真裏に刈り込まんとしたフィニッシュの方向が僅かに斜めにずれ、引き手がはがれて両者畳に落ち「待て」。

まるで一昨年の決勝を想起させる王子谷の思い切りの良さは一撃だけでは止まず、この攻防の興奮冷めやらぬ1分15秒に再び釣り手の肘を高く上げて思い切り右大外刈。後の先の得意な上川返さんと釣り手の肘をこじ上げて踏ん張るが、王子谷は委細構わず突進、刈り足は抜けたが二本持った手を掴み続けて捩じると上川仰け反ったまま畳に激しく落ちて「技有」。開始早々にして決定的なポイント、直後上川に「指導1」。

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王子谷の大外刈に上川が大外返で応じ続け、凄絶な投げ合いに会場は興奮の坩堝と化す

王子谷は大幅リードを得たが、それでも、リスクのある技でもある大外刈の鉾をあくまで収めず。続いて1分42秒にも右大外刈で乗り込むと上川返しに出て投げ合いとなり、双方弾けてブレイク「待て」。2分16秒には王子谷がまたもや思い切った右大外刈、これは投げ切らんとする最後のインパクトが襲う寸前に返しを狙った上川が斜めにずらして潰し、両者崩れて「待て」。

素晴らしい攻防の連続だが、しかしここで上川が片膝を着いたままなかなか立ち上がれない。開始線に戻るとしばし目を閉じて呼吸を整え、肩で息をして帯を結び直す動作もたどたどしい。準決勝で原沢とフルタイム6分戦い、そして休息時間が王子谷より1試合分少ない上川の消耗の激しさがここに至って明らかになる。

どうやら上川が、継続的な運動量が必要な「状況を作って」相手を追い詰める試合を為すことはもはや難しい。近い間合いからの居合抜きの一刀の切れ味、具体的には王子谷を待ち構えて得意の大外返一発に賭けるしかない状況であり、むしろ相手が「来てくれる」ほうが一発逆転の可能性があるとすら言える。

しかしその状況を十分承知のはずの王子谷は、それでもなお大外刈の斧を振るい続ける。3分6秒にはまたもや明らかに「投げに行く」大外刈、上川外して時計回りに捩じり返すが、縺れたまま両者が崩れ、王子谷が上四方固の形で被さりかけたところで「待て」。4分過ぎにはまたもや右大外刈で突進、上川が釣り手の肘を上げて返しに出ると、踏ん張り直してさらに段重ねの大外刈、上川も踏ん張って再度の大外返を試みるという凄まじい攻防が現出。会場は興奮の坩堝と化す。

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王子谷の支釣込足が「技有」

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熱戦は王子谷の合技「一本」で決着

そして続く形はガップリ四つ、満場息をのむ中で王子谷が次に見せたのは大外刈へのステップを踏んでの支釣込足。

王子谷の大砲連発に肉体的にも精神的にも削られ切った上川にこれを残す力はもはやなし。大外刈を待ち構えたところを逆に振られ、王子谷の作用足に蹴られた瞬間既に上川は死に体。胸を合わせた王子谷の真下に上川の体は叩き落され、主審は一瞬間を置いて「技有」を宣告。王子谷が拳を突き上げ、上川が思わず天を仰ぐその後方で主審の合技「一本」を告げる手が高々と上がる。平成28年全日本柔道選手権は、王子谷剛志の2年ぶり2度目の優勝で幕を閉じた。

この大舞台で、常に返される危険を孕む技である大外刈を、それも大外返が得意な業師・上川相手に仕掛け続けた王子谷の肚の据わりぶりは見事の一言。7度仕掛けた大外刈、いずれももし「見せ技」で終わらせる意志が少しでもあれば上川の返し矢に射抜かれていたことは間違いなし。あくまで投げ切らんとの強い衝動がこれを全て弾き返し、まずは投げ切っての「技有」、そして精神的にも肉体的にも上川を削りに削って最後の支釣込足「技有」を呼び込むに至った。「返し上等」とばかりにあくまで攻め込む勇気には、勝負というものの原点を見せつけられた思いだ。

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試合終了直後、インタビューで喜びを語る王子谷

一方この日素晴らしい出来を見せていた上川には酷な結末。今大会にはよほど期するものがあったのだろう、試合後にはあのドライな上川が悔しさを隠せず涙を流していた。この日は左技で3つの「一本」と凄まじいセンスを見せつけ、表情も立ち振る舞いもイキイキ、まさしく優勝に価する出来であった。これでスタミナがあれば無敵だったのではないかと思われるが、最強選手原沢と6分間渡り合った直後の決勝ではさすがに力が残っていなかった。

今回も優勝に手が届かなかった上川だが、その素晴らしい柔道センスと労苦にふさわしいタイトルは、全日本選手権しかない。まだまだあきらめず、なんとか覇者の歴史に連なって欲しい。

原沢は、選抜体重別の圧倒的な強さを見せられず、まったくこの人らしくない出来のまま終戦。噛み合う相手と序盤戦を戦った王子谷に比して、垣田、そして神谷を挟んで百瀬と粘戦タイプが並んだ組み合わせの前に走りだすきっかけを失ったとも見えるが、そもそも明らかに自身の体が動いていなかった。2月、準決勝まで気風のいい戦いを続けながら、七戸龍を倒したオール・サッソン(イスラエル)を相手にするや手堅過ぎる柔道で辛勝に留まったグランドスラム・パリ大会の決勝を思い起こさせる、もどかしい戦いであった。

選抜体重別に全日本選手権と僅か1か月の間にハイコンディションを2回作り出さねばならない、しかもいずれも第一候補として柔道競技五輪最重量級日本代表という異常な地位を争うというプレッシャーの中で結果を残すということの難しさを改めて感じさせたこの4試合。本人が語る通り「糧」として五輪に生かすほかはないというところであるが、ひとつ気になるのは本人が「緊張しているとは思わなかった」「だが体が動かなかった」と振り返ったこと。これがここまでプレッシャー知らずと言って良い太々しさを見せてきた原沢の無意識下にあるものだとすれば今後のメンタルコントロールのアプローチは簡単ではあるまい。本人と、スタッフの努力に期待したい。

そして、連覇を逃して形上「負け代表」となってしまった原沢にとっては悔しい結果であったであろうが、同学年の王子谷が再び立ちはだかったことは、マクロに見れば原沢にとっても日本の重量級にとっても良い卦なのではないだろうか。かつては同学年のトップランナーであった王子谷を原沢が追い掛け、一昨年大会では躍進の原沢に比して優勝候補に挙げられなかったことに奮起した王子谷が全日本選手権制覇の快挙。昨年は原沢が全日本選手権を獲り、そればかりか以後公式戦無敗で五輪代表を手にするところまで上り詰め、そして今年は原沢に置いて行かれるまいと王子谷の側が奮起して2度目の優勝。この2人の争いは史上に残るライバル関係に高まりつつあると言って良いだろう。原沢の成長のためにも日本の重量級のレベルアップのためにも、この関係を継続することとなった王子谷の優勝は大いに評価したい。

ライバル関係と重量級のレベルアップ、ということでは七戸の存在にも言及しないわけにはいかない。ロンドン五輪後、焼け野原と言っていい状態であった日本の重量級を引っ張り、道を切り開き、ここまでの弾丸数が揃う下地を築いたのは間違いなく七戸だ。集大成であるはずの年、いよいよ迎える五輪イヤーを目前にした膝の負傷が彼のパフォーマンスを大きく落としてしまったが、その功績と輝きはいささかも失せるものではない。七戸が戦後ツィッターで発した「原沢選手に託すことになりましたが全階級金を取れる力を持っています。日本柔道の応援よろしくお願いします」との言葉、そして原沢が代表決定会見で発した「七戸さんの思いも全部背負ってオリンピックを戦う」との台詞に胸詰まらないファンはいないだろう。日本重量級史上に残る彼の功績を、我々は決して忘れてはならない。

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2年ぶりに優勝旗を手にする王子谷

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閉会式、前列の上位入賞者には重量級の役者が打ち揃った

大会を総括したい。昨年度大会があまりに素晴らしかったこともあり、本命が今一つの出来のまま陥落し、3回戦までに散った脇役たちにも「出色」と呼べる選手が少なかった(垣田恭兵の出来はMVP級であったが)今年度大会の到達点は「あと一歩」という印象。決勝の大外刈の返し合いによる息詰まる攻防も、歴代の全日本選手権を思い起こせばやや大味の印象が残る。一本勝ちも多く、五輪を巡る人間ドラマも濃し。間違いなく面白い大会ではあったが、決勝の「大味」との印象はそのまま全体評としても延べられる。少々密度薄く感じる、「粗」な部分のある大会であった。

最後に、今後の全日本選手権についていくつか述べたい

重量級復活というテーマに絡めてまず1つ。今大会のベスト8は王子谷、加藤、七戸、小川、西潟、上川、百瀬、そして原沢とベテランに若手が打ち揃った錚々たる陣容。100kg級には今大会出場を見合わせた世界王者羽賀龍之介らの存在もあり、「役者が揃いつつある」という感触を感じるのは筆者だけではあるまい。

その、日本重量級陣が久々上げ潮に乗りつつある時期であるからこそ、無差別の日本一決定戦が面白くあれる時期が到来しつつあるからこそ、「仕切る側」にも全日本が全日本らしくあるための制度調整を望みたい。詳しくはそのこと自体をテーマとした稿をいずれ書きたいと考えているが、筆者が提唱するのはまず「講道館試合審判規定の採用」(無差別の戦いの面白さをルール上も担保すべきである)、「五輪、世界選手権代表選考からの独立」(世界大会と異なるレギュレーションで予選を行うことは過酷かつ意味が薄い、加えて全日本は五輪によりかからずとも権威と面白さを確保出来ると信ずるし、そう努力すべきであると考える)、「開催時期の移動」(選手が世界大会の準備に関係なく試合に集中できる時期を検討するべきである。たとえば12月23日はどうであろうか?)の3点である。選手に「全日本らしさ」を求めるのであれば胴元の側も全日本の権威と格調の高さを守るために、そして選手が全力を出せるように、制度を整えていくべきだ。

もう1つは、来年度大会がドリームマッチとなる可能性があることと、この実現に期待したいということ。最重量級陣の充実に加え、リオデジャネイロ五輪代表の100kg級・羽賀龍之介、90kg級のベイカー茉秋や81kg級の永瀬貴規、そして73kg級で圧倒的な強さを示す大野将平が「五輪金メダル枠」を行使して参戦するとなれば、これほど胸躍る、そして社会から柔道が注目される豪華大会もないだろう。まずは、五輪での日本代表の活躍に大いに期待する次第である。

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2年ぶり2度目の優勝を果たした王子谷剛志

【入賞者】

優 勝:王子谷剛志(東京・旭化成)
準優勝:上川大樹(東京・京葉ガス)
第三位:七戸龍(推薦・九州電力)、原沢久喜(推薦・日本中央競馬会)

王子谷剛志選手のコメント
「最高の気持ちです。去年負けてから苦しい思いをして来て、この大会で勝つことを目標に頑張ってきました。去年の12月にオリンピック(の代表の可能性)はないと言われていて、受け入れるのに時間が掛かってしまい、選抜では不甲斐ない試合をしてしまいました。きょうの決勝でそういう思いを乗り越えようと頑張りました。3回大外刈を掛けたところで相手が返しを狙っているのはわかったんですが、自分の殻を破るために、『技有』があっても、守らずに、あくまで投げて『一本』を獲るんだと言い聞かせて試合をしました。それがかなって嬉しいです。王者になったからといって奢らず、謙虚でありたいと思います」

【準々決勝】

王子谷剛志(東京・旭化成)○優勢[有効・隅落]△加藤博剛(関東・千葉県警)
七戸龍(推薦・九州電力)○合技[大内刈・崩袈裟固](1:23)△小川雄勢(東京・明治大2年)
上川大樹(東京・京葉ガス)○合技[大外返・崩上四方固](2:58)△西潟健太(九州・旭化成)
原沢久喜(推薦・日本中央競馬会)○優勢[僅差]△百瀬優(東京・旭化成)

【準決勝】

王子谷剛志○大外巻込(3:57)△七戸龍
上川大樹○優勢[判定3-0]△原沢久喜

【決勝】

王子谷剛志○合技[大外刈・支釣込足](4:35)△上川大樹


文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudoメルマガ版5月4日掲載記事より転載・編集しています。

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