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【eJudo’s EYE】選考理由に問題あり、強化委員会における「ダブルスタンダード」との異論を支持する・リオデジャネイロ五輪柔道競技78kg超級日本代表選考「評」

(2016年4月19日)

※ eJudoメルマガ版4月19日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】選考理由に問題あり、強化委員会における「ダブルスタンダード」との異論を支持する
リオデジャネイロ五輪柔道競技78kg超級日本代表選考「評」
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強化委員会後、代表発表会見に臨む山下泰裕強化委員長と南條充寿女子代表監督

17日に行われた皇后盃全日本女子柔道選手権は、2週間前の選抜体重別に続き山部佳苗が優勝。大会終了後に行われた全日本柔道連盟強化委員会における審議の結果、78kg超級のリオデジャネイロ五輪柔道競技の日本代表には山部が選ばれた。圧倒的優位にあると目された田知本愛を抑えての、逆転での選出だった。

まず、ほとんどノーチャンスと思われたところから選抜体重別と皇后盃の国内大会2つに連勝し代表の座を手繰り寄せた山部の頑張りを心から称えたい。皇后盃の決勝、負傷し立ち上がることの出来ない田知本を心を鬼にして押し倒し「一本」を奪った姿は確かにこれまでの山部にないもの、山部積年の弱点とされてきた心の弱さの払拭を感じさせるものであった。

しかし、この選考過程には率直に言って納得しかねるものがある。2週間前に柔道競技の選考は論理的である、フェアであると論陣を張ったばかりであるが、今回の説明を真に受ける限り、この選考はその「論理的である」「フェアである」ことのまさしく拠って立つ根本であったロジックを自ら壊したと批判されて然るべきものであったと感じている。

まず、強化委員会の様子をお伝えしたい。サマリーではあるが性質上議事録的なものにならざるを得ないので、相応の分量があることをご容赦頂きたい。

会議の手順は選抜体重別後に行われた他6階級の選考と同じく、まず「コーチ案」として代表選手1名を提示しその選考理由を説明、強化委員の議論を経てその承認を問うというものだ。ちなみに大事なことなので一点先に言っておくと、負傷した田知本愛は会場内で救急搬送の可能性を探っているところであり、この時点で正確な診断はまだ出されていない。

冒頭山下泰裕強化委員長から強化委員会の出席人数が決議の成立要件を満たしている旨と会の進行手順が告げられ、続いて「ではさっそく78kg超級の選考について」とコーチ側の発言が促される。同時に強化委員には過去の国際大会の成績や勝率、ターゲット選手との星取りなどが記された、コーチ作成の審議資料が配られた。(※傍聴の報道陣には配布なし)

提出されたコーチ案は「代表山部佳苗、補欠は田知本愛と稲森奈見」というもの。コーチサイドからは「12月のグランドスラム東京が終わった時点で両者の対外国人選手への内容は見えて来ていた」「よって、欧州および国内の2大会で勝率が良い方と考えてきた」「パリでは田知本が優勝、選抜と皇后盃では山部が勝利した(筆者注:=3大会中2大会を制した)。オリンピックポイント(の高低)もあるが、最終的には今日の決勝の内容を見て決めた」との理由説明が為され、山下強化委員長からは補足として「コーチ会議は満場一致であった」とのコメントがあった。

これに対して複数の委員から異論が続出。まず1人の委員から国際大会の実績では圧倒的に田知本優位という見立てに沿った「選抜体重別後の他6階級の選考で為された『国際大会の成績と実績をまず重視する』という選考方法と全く違うのではないか?これではダブルスタンダードではないか?」と厳しい声が上がる。コーチ側は「直接対決で決めるというのは選抜体重別の48kg級や70kg級と同じ状況。この2つの階級も直近の国際大会である程度の差があったが、最終的に選抜体重別で勝った方を選んだ。両階級と(選考方法と基準に)差はないと考えている」と返答。質問した委員は「五輪で戦う相手は海外勢。同時派遣されて明らかな差がついた直近の国際大会もある。他階級と同じ基準に則り、国際大会の成績を重視すべきでは」と納得がいかない様子。

さらに違う委員1人が、「田知本の怪我の状況を含めて考えるべきではないか?診断を踏まえた上で、もしオリンピックまで間に合うのであれば、国際大会の実績から考えて田知本ではないか?」と発言。続いてさらに別の委員からも「国際大会の戦績はイーブンではないと思っていた。(山部を推すことには)『終末効果』もあるのではないか。ここまでの戦績、(海外強豪選手との)対戦成績を見ると果たしてこの選考で良いのかと思わざるを得ない」との声が上がる。異論続出の状況。

ここで資料にある、ターゲット選手との星取りが確認される。コーチ側からは、併せて資料に記載のないマリアスエレン・アルセマム(ブラジル)との対戦成績では山部が上との旨口頭で追加説明があったが、これにはこれまで発言していない強化委員1人が「提出された資料を以て審議する場なのに、資料に書いていないことを後づけ、口頭で説明するのはいかがなものか」と厳しい口調で釘を刺す。また続いて、資料の戦績のミスプリント(同じ大会で両者が優勝している)を指摘する声があがり、コーチ側提出データの信頼性が少々揺らぐ形となった。

また、星取りに関しては、委員の1人から女子78kg超級のターゲット選手が「大会にフォーカスしているかどうかによって極端に出来不出来の激しい選手」(※筆者注:この際委員はイダリス・オルティスの名前を挙げているが、アルセマムに関しても様相は一緒である)であるという階級特性に鑑み、これらの選手に関しては一律評価ではなく世界大会での対戦を重視すべき(筆者注:ロンドン以後世界大会でオルティスに勝利したのは田知本のみ)ではないかとの声も上がった。

発言が一旦止まり、以降は山下委員長が指名し、委員の発言を促す展開にステージが移る。

一転山部を支持する声が続く。1人が「資料を見ると田知本が国際大会で4回優勝、山部も4回優勝。それほど明らかな差ではないのでは。であれば最後の対決で決めるべきでは」と発言。山下委員長も「(田知本の)膝の怪我は、思い切り稽古するまでには時間がかかるのでは。日本として最高の選手を出すという観点、および実績を加味すると山部ではないか」と応じ、ここからどうやら全体の流れが変わる。

続いて指名を受けた委員は「パリで決まってしまうんだったら、その時点で内示を出せばいい。内示がないということはその後の2大会で決めるということと思っていた(筆者注:内示を出す制度はそもそも存在しない。仮に出したとしたらルール違反の大騒動である。そしてまさしくその制度がないこと自体、「出したくても出せない」ことこそが強化スタッフを苦しめてきたことまでを踏まえればこの発言は全く意味がなく、にわかには現役強化委員の発言とは信じがたい内容だ)。超級は他の階級と違って2大会あるし、確かに直接対決で「一本」でも取らなければと思っていたけど(それをやったんだから)」」と山部支持を表明。

さらに委員長指名による発言は続き「国際大会の成績は五分と五分、みなさんもそう思っていると思う」、「安定性を見れば田知本、ただし、年齢的な問題と『今年』をどう捉えるか、重量級選手の膝の怪我をどう捉えるかが問題。山部は気の弱さが敗因だったが、そこを強化していけばこちらのほうが期待出来るのではないか」と立て続けに2人が山部支持を表明した。

ここで山下泰裕委員長が「いろいろな意見があると思いますが、コーチ陣は(強化委員よりも)色々な大会を見ています。そのコーチ陣が満場一致ということですから」と一旦場をまとめる。続いて「挙手はしなくても良いでしょうか?若干納得のいかない人もいるようですが?」と委員を見渡すと、冒頭「ダブルスタンダードでは」との疑義を提示した委員から「怪我を考慮するというのであればまだわかる。しかし、この選び方であれば今回の選考理由は2週間前に示したスタンダードとまったく乖離している。全階級全てが全く同じ理由ということは難しいのかもしれないが、選考における『スタンダード』は保ったほうがいいのではないか。たとえこのまま決まるにせよ、これはここでしっかり発言しておかないと、自分がここに出席している意味がない」と厳しい意見があった。

山下委員長からは「自分も見たが、あのとき(パリ)と今日の山部の試合は違う」とまとめの発言があり、「では原案通りで」と山部の選出が承認される。引き続き議題は補欠の扱いに移り、コーチサイドから「優先順位はつけず、(代表に)何かあったらその時点で考える」との説明、山下委員長からは「重量級の膝の負傷は(治癒に)時間がかかるので、敢えて順位をつけずに、もし山部に何かあったら監督、担当コーチ、委員長、副委員長に委ねてもらうこととする」との発言があり、ここで委員会は終了した。

以上が強化委員会の様相。以下は私的な評である。

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会見では逆転選出の経緯に質問が集中した

筆者は、皇后盃前に提出した「五輪代表争い展望」における、「国際大会の実績においては田知本が断然優位」との認識を引っ込めるつもりは、代表争いが決着した今となってもなお、全くない。最終選考会が2回あるという事情から変数が多くなるのは理解できる。また、究極的に問題を煮詰めていけば山部の選考も、きちんとした説明が為されるならそこに異を唱えるつもりはない。ただし、選考のプロセスと、挙げられた論拠には重大な問題があると考える。

まず、強化委員1名がのっけに指摘した「ダブルスタンダードではないか」との指摘だが、これには全面的に賛同する。「戦う相手が海外勢である以上国際大会の結果をまず重視する」という選抜体重別で徹底された論拠を足元から崩していると考える。

コーチサイド、あるいは強化委員の一部から挙げられた「国際大会の結果」が「それほど差がない」(≒ゆえにダブルスタンダードではない)という認識には改めて異を唱えたい。主観の相違で済むレベルにはないと考える。繰り返すが、世界大会の実績において田知本は2014年世界選手権3位、2015年は世界大会3連覇者オルティスを下して銀メダル獲得、国際大会の最終選考ステージである2016年2月のグランドスラム・パリでは現役世界王者のユー・ソンとワールドランキング2位のマー・スースーの中国勢2人を破って優勝している。この選考上最重要の3試合には山部も全て参加しており、2014年世界選手権は7位(田知本3位)、2015年世界選手権は3位(田知本2位)、2016年グランドスラム・パリは初戦で非ターゲット選手に初戦で一本負け(田知本はターゲット選手2人を倒して優勝)。もう1つ言うと、グランドスラム・パリ派遣の予選であるグランドスラム東京は、山部は2敗を喫して7位(田知本は負傷で大会に出場せず)であった。

しかし、最重要大会であるはずの世界選手権2大会と直近の国際大会をいわば外し、他の大会のデータを駆使して「それほどの差がない」という論拠が組み立てられたわけである。これは、実は踏み込んではいけない底なし沼の部分だ。

自身でデータを作ってみればわかると思うが、実は「戦績による根拠」は、かなりの印象操作が可能な部分だ。厳密に範囲と入射角を区切らないと、かなり危うい。あまり言いたくはないが、切り取る角度によってかなり恣意的な印象操作が出来てしまう。選抜体重別の際も強化委員会において「範囲(年限)を明確に統一して欲しい」「ターゲット選手の選定の根拠を明示すべきだ」(※ハイランク選手という説明があったかと記憶している)などこの部分の危うさを危惧する声は既にあったが、それを思い出させる、踏み込んではいけない展開であった。

一例何か試みてみたいと思うが、例えば「展望」で挙げた通り、ロンドン後双方が敗れた海外選手は田知本が3名、山部が5名であり「たかが2名の差」と見えなくもないが、これを敗数に延べると田知本が4敗で山部は実に9敗。さらに対戦相手に踏み込むと田知本の相手がユー、オルティス、アルセマンと世界選手権の1位2位のみであるのに対し山部はマレーン・エルブ(フランス)というポッと出の若手、さらに国際的な「カモ」であるヤスミン・クルブス(ドイツ)に敗れるという、ちょっと水準以上の選手ではありえない醜態を演じている。五輪で対戦濃厚なエミリー・アンドル(フランス)には全く同じ技で2敗を喫してもいる。どの部分を取るかで印象が全く違ってしまうことがよくわかるだろう。

委員会中コーチが口頭で挙げて「それはない」と釘を刺された「アルセマムには山部は2戦2勝0敗」という山部優位データですらこれは2014年1月以降のものであって、僅か半年対象期間を延ばせば2勝1敗、「ロンドン以後」まで広げれば2勝2敗である(※五輪選考対象期間は2年間なのでコーチの説明は妥当)。しかも直近の勝利であるグランドスラム東京はアルセマムが長い休養から明けたばかりの絶不調期、そしてこの4戦は全て世界選手権ではなく出来不出来の差が激しい選手であるアルセマムが「たいして調整をしていない」ワールドツアー大会ばかりだ。これが「五輪で戦うため」の本質的データになり得るかというと、否、あるいは少なくとも意見は真っ二つだろう。

読んで「何を細かいことを延々」とうんざりする方もいるかと思う。そう、細かいのである。どうとでも操作できる底なし沼なのである。だから、データを弄り過ぎて粘るのは危ういし、大局観を持たずに踏み込み過ぎるのは危険なのだ。選抜体重別の強化委員会にしても、誰かが周辺のデータを持ち込んで粘りに粘ろうとすれば、相当「やれて」しまったはずだ。ただそれでも敢えてそのような行為を為すものがなかったのは、コーチ陣が持ち込んだデータとそこから導き出される数字が「本質的なもの」であったからである。無理筋にデータをこねくり回して出されたものではなく、誰が見てもわかりやすい、現状を反映するものだったからである。これは言って良いことなのかどうかわからないが、つまりは「一番良い選手を選ぶために、その支援としての客観性を得るためにデータを利用した」と委員が捉えたからではないかと感じている。

しかるに例えば端的に言って、強化委員の1人が示した「過去2年間で4勝同士だから差はない」(この「4勝同士」の中身にも、突っ込みどころはいくらでも用意できるのだが)には、最重要参考試合であるはずの世界選手権2大会の成績は含まれていない。言ってしまえば、世界大会でまだ頂点を極めていない階級の選手が、優勝出来た大会、優勝出来る相手が参加している大会のみを有為のデータと考えて、これが事象を正確に示す本質的データになり得るか、どうか。少なくとも筆者は、これは無理筋を通すための数字の羅列にしか思えない。では例えば、男子最重量級の七戸龍が世界選手権で優勝していないからと言って、これは「0勝」で済まされてしまうのか。ありえない。(蛇足ではあるが、現場と国際大会の現状にコミットしている立場の委員は田知本を推し、そこに距離感がある委員は資料をもとに山部を推したという印象を受けた)

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皇后盃決勝、残り50秒で田知本は突如立ち上がれなくなるアクシデント

冒頭の繰り返しになるが、筆者は、山部の選出自体は、事ここに至れば十分あり得る選択だったと思っている。問題はその理由とプロセスだ。

つまり例えば、「田知本の負傷の様子を見る限り間違いなく重症。たとえ畳に戻ったとして五輪では本来のパフォーマンスは到底期待できない。これにこの国内2大会の田知本の戦いの低調を考えあわせれば、より期待できるのは山部。世界大会、国際大会の実績についての『大差』は国内最終予選2連勝と直接対決の一本勝ちにおいても埋めがたいものがあるが、ここに負傷という新たな要素が加わったことは現場としては無視できない。重量級選手の膝の故障という事態の重さ、さらに五輪があと4か月に迫っているという時間的に切羽詰まった現状、山部の過去の国際大会の実績が『全くの失格ではない』ラインにあること、国内大会とはいえ最終予選2連勝で見せた上がり目ベクトルに加え、山部が皇后盃決勝での勝負のこだわりで見せた弱点払拭の気配、これを考えると田知本のアドバンテージはもはやなく、相対的に山部が上回ったと考える。山部の、少なくとも本日のパフォーマンスは五輪代表として十分推すに足る」とでも説明されれば、納得は行く。(その場合は、まず田知本の診断結果を待つのが筋であろうが)

そしてこの先は完全な推測になるが、コーチ案の本音は実はこの説明に近いところにあるのではないだろうか。

しかし、公式に「負傷は選考に関係ない」と明言している以上、この先これ以上の説明は望めない。なのでこの先は推測に推測を重ねる、全くのフィクション、「邪推」の域の妄想になってしまうが、筆者なりに解釈と推測を試みたい。

まず、コーチサイドには「負傷を考慮して考えた」と言いたくない、敢えて「差がない状況での最終決戦」というシナリオ以外で説明したくない事情があったのではないかと考える。筆者には、これだけの目利きが揃い、つぶさに試合の内容までを見て常に適切な評を下して来た現コーチ陣が「国際大会の成績にそれほどの差はない」との言を弄することがどうしても信じられないのだ。

これを前提にいくつか考えてみたい。筆者の下衆下根ぶりを笑いつつ、お読みいただきたい。

1.「もはや田知本のパフォーマンスは望めないから、山部を選ぶ」と明言することの双方への残酷さ、消極性を忌避し、選手の心情に配慮した。

山部の素晴らしい試合ぶりを称賛する(実際に称賛に価する試合ぶりであった)、ポジティブな方向で話を進めるには、どうしても「双方がタイに近い状態で最終決戦を迎えた」というシナリオが要る。これから五輪を戦うにあたって前向きにあらねばならない選手の心情を最優先したのではないか。かつタイに近い、と説明出来るところまでデータを積み上げることは可能と踏んだのではないか。

2.制度設計に対する疑念の噴出を危惧した

負傷が制度的な問題に発展するのを避けたかったのでは、という見方。ほぼ出場する意味がないとの憶測すら生まれていた段階からさらに積んだ最終選考会2大会のそれも最終戦で、かつ選考の出口である五輪とは異なる変則ルール、しかも6分というレギュレーションにない長大な試合時間(IJFの試合であれば負傷の時間帯にはもう試合は終わっている)で選考を行い、そこで候補選手の一番手が重症を負うという事態にあっては、制度設計の是非と責任が問われてまったくおかしくない。(ちなみに田知本負傷から代表が発表されるまでの時間帯、報道関係者からは「ほぼ決まっているのにどうしても最終予選に出なければならない制度設計の歪みが、ついに具体的な犠牲者を生んだ」という意見が多数聞かれた。)

3.実はあくまでルールに則った=訴訟のリスクを考えた

ここで「法」に立ち戻りたい。全柔連が事前に設定している五輪代表の選考基準(http://www.judo.or.jp/p/37013)に実は「負傷」の規定はない。負傷を理由に既に決まった代表選手が交代することは想定されているが、負傷の治癒の度合いを見て、あるいは負傷を理由に「選ばない」という事態は考えられていないのだ。つまり、「法」としては、負傷を理由に第1候補を代表から落選させることは為してはならない行為ということになる。もし、山部選出に際し、「田知本の負傷」を公式に理由として掲げてしまう、つまりは規定外の基準を以て代表を外した場合には、最悪、水泳における千葉すずケース(スポーツ仲裁裁判所への提訴)に発展するリスクが考えられ、ルール外のことを為したということであればこれは非常に分が悪い。常識的に考えてありえない展開とは思うが、取るべきリスクではないこともまた確かだ。よってルールに則るならば公式には「負傷」は理由として掲げるわけにはいかず、周辺(今回は山下委員長が為した)のコメントとしてそれを示唆するにとどめたという見立て。

4.山部の弱点払拭と素晴らしい勝ちぶりを全面的に認め、これが国際大会における実績の差を覆すものと見た

もっともポジティブな見方。そうであれば堂々説明を為してもらいたかったところである。

5.田知本をひとまず選出して「負傷の程度を見て考える」とした場合の、基準、時期、回復度などの議論、事態の紛糾を避けた。あるいはそこまでのリスクを踏むほどに山部との差がないと判断した。

どうであろうか。

本当のところはわからない。推論の上に推論を重ねる反則行為であり、繰り返すが、これは邪推と言って良いレベルだ。が、以上の複数の問題点を形上「丸く収められる」案こそが、「田知本の負傷を理由とせず」「山部を選ぶ」ということであったということはひとつ言える。

そしていずれであったにしても、本質的な選考を行う、勝てる選手を選ぶためのデータが、選考理由上の都合で、本来とは異なる利用のされ方をしたという筆者の観察は変わらない。

結果、「フェアに選考する」こと、その拠って立つべきところであった「客観的なデータ」の信頼性を危うくする泥沼に踏み込んでしまったとのではないか。守るべき大事なものがあってのこととは思うのだが、失ったものは間違いなくそれ以上に大きい。少なくとも私は、ここ数年応援して来た強化陣、その論拠であった「フェアさ」が足元から崩れたと感じ、非常なショックを受けた。これだけの字数を費やした動機は、今体制最大の売りであった公正さと論理性が失われたという、その喪失感の大きさに尽きる。

もし本当にそれほどまでに競った状況であったのであれば、それは選手に正確に伝わっていたのか。筆者の手元には「では極端な話、そこそこのランキングポイントを得ておいて最後だけ頑張ればそれで五輪に行けてしまうのか。勝ち続けて成績を残し続けることが必須とされる現行システムの趣旨と矛盾するのではないのか」というファンからの指摘も舞い込んだ。思いは良くわかる。4年間に渡って日本の看板を背負って一線を張り、本来の優しい性格に鞭打って歯を食いしばり世界選手権で結果を出し続けてきた田知本。一方スポット的な活躍は見せるものの肝心の世界選手権では全くもって覇気のない戦いを続けて、五輪イヤーの2次予選、3次予選であるグランドスラム東京と冬季欧州大会というギリギリの時期に至ってすら「畳に上がること自体が怖い」(本人談)と惨敗を続けた山部。その山部が最後の1か月に連勝して五輪代表権を勝ち得たばかりか「これまでの国際大会の成績に差はない」とまで言われたら、それは誰であれ、穏やかな気持ちではいられないだろう。

個人的な思いとしては、五輪に勝つために採る策なのであれば、せめて堂々それを説明して欲しかった。

と色々書き連ねたが。

確かなことは、最終選考会が2度あるという特殊要因の中で山部が連続優勝したこと、そして「認定試験」を受ける立場であった田知本がここ数年間でもっとも悪いパフォーマンスを見せ、合格点を得られなかったということだ。事象としては山部の勝利以上に、田知本の「落選」アスペクトを強く捉えるべきではないかと思う。田知本はグランドスラム東京の負傷欠場、選抜の煮え切らないパフォーマンス、そして直接対決の決勝での決定的な負傷と一本負けという、落選にはこれ以外にないというくらいの「一本道」を辿ってしまった。朝起きた時には五輪に片手を掛けていた選手が、夕方には病院のベッドの上で全ての権利を失っている。順行運転で大丈夫であったはずの立場から、選抜体重別では五輪を争う権利がすでにない大学の後輩朝比奈に粘りに粘られて負け、皇后盃準決勝では同門同期の市橋にフルタイム6分に渡って削られ、それでも辿り着いた決勝では負傷するなり一気呵成に攻め込まれて負けてしまった。あの世界選手権の決勝1試合で「指導2」の差を覆していれば、グランドスラム東京欠場に至る負傷がなければ、そしてこの日の決勝で脚を振った瞬間のあの決定的な負傷がなければ。積み重ねた「一瞬」の負の連続が、とうとうこの事態に収束してしまった。月並みな言い方だが、勝負というものの恐ろしさに改めて戦慄する思いである。

筆者は田知本の最大の強みは精神的に「背負える」こと、少なくとも背負って戦った経験があること、勝っても負けても日本を「背負ってくれる」タイプの選手であることだと感じていた。そして、山部の臆病さ、ここぞというときに発揮され続けてきた覇気のなさと脆さは、骨身に染みた「試合が怖い」性質によるものだと捉えてきた。

しかしつぶさに2人を観察して来た強化陣が山部を選んだことは、まさしく彼女がその弱点を払拭したと判断したからだと信じたい。山部自身が戦後「もう畳に上がることは怖くない。だから勝った」と明言したその言葉を信じたい。五輪での健闘と金メダル獲得を切に祈る次第である。

また、今回の選考が生む今後の影響に関して最後に一言。少なくとも前述の「オリンピック、世界選手権への日本代表選考基準」に、負傷に対する扱いが入ることは大いに考えられる。皇后盃(あるいは全日本柔道選手権)が世界大会の選考大会であり続けることへの疑義は加速されるであろうし、「12階級選考評」で書いた通り、内定の有無、選抜体重別を最終選考会に設定することの是非もますます激しく議論されることになるはずだ。もう少し踏み込んで言えば、たとえば「全日本、皇后盃を選考大会から外せ」「選抜体重別と最終選考会は切り離すべきだ」というようなスポット的な対策ではもはやこの矛盾は解決しようがなく、IJFカレンダーを睨んだ、日本国内の大会スケジュールの全面組み直しまで踏み込まないと意味がないとも考えている。

最終選考会の名を冠して注目度の高かった国内2大会を連勝した山部がそのまま選出されたという形になったことで、「世間」の波風は拍子抜けするほど小さい。しかしその選考理由と強化委員会の様相は、現強化体制の屋台骨を揺るがす、その拠って立つ最大の長所であった「論理性」を欠くものであった。こう総括してこの長い稿を終えさせて頂く。

現体制最大の長所であった「フェアネス」が失われてしまった。大袈裟でなく、いま、足が震えるほどの喪失感を感じている。


文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudoメルマガ版4月19日掲載記事より転載・編集しています。

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