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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第3回「柔道と申すものは体育勝負修心の三つの目的が有っておりましてこれを修行致しますれば体育も出来、勝負の方法も練習出来、一種の智育徳育も出来る都合になっております」

(2016年4月11日)

※ eJudoメルマガ版4月11日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第3回
「柔道と申すものは体育勝負修心の三つの目的が有っておりましてこれを修行致しますれば体育も出来、勝負の方法も練習出来、一種の智育徳育も出来る都合になっております。」
出典:「柔道一班ならびにその教育上の価値」 同題講演の録小冊子 明治22年(1889)5月
(『嘉納治五郎大系』2巻,102頁)
 
前回、嘉納師範の考える柔道の目的について触れました。そこに「柔道修行の『究竟(くっきょう)の』目的」とあったのを皆さんは覚えていらっしゃいますか。

究竟の目的、つまり最終的な目的ということです。では、柔道の目的は他にどのようなものがあるのでしょうか?その答えの1つが今回の「嘉納治五郎師範のひとこと」です。

明治15年(1882)に嘉納師範は自宅の書院兼道場で柔道の教授を始めますが、師範自身も述べている通り、当初は師範が学んだ起倒流と天神真楊流を折衷したようなものを教えていたようです。残念ながら、この頃の教授内容が分かる当時の史料は(公開されている限りでは)存在しません。

そんな中、私たちが「講道館柔道」の最も古い形を知ることが出来る資料が今回取り上げた「柔道一班ならびにその教育上の価値」です。

明治22年(1889)5月11日、帝国大学(現東京大学)の講義室において行われたこの講演には五稜郭において新撰組副長・土方歳三と共に新政府軍と戦った榎本武揚文部大臣(当時)も参加していました。文部省のトップ含めた約250名の聴衆を前に、実技を交えながらの行われた講演は4時間という長時間に及びました。

この講演で師範は柔道が従来の柔術に工夫を加えたことにより、さらに教育上価値が高いものになっていることなど、柔道の良さについて述べたわけですが、その中で柔道の目的として挙げられたのが今回の「ひとこと」で述べられている「体育」「勝負」「修心」の3つです。

当時は「精力善用」「自他共栄」はもちろん、前回までに紹介しました嘉納師範遺訓の「己の完成」「世の補益」についてもまだ述べられていません。これらは明治15年の講道館の創始と共に生まれた思想ではなく、嘉納師範のたゆまぬ探究心から時間を追って形成されたものです。参考までに述べますと、嘉納師範遺訓は講道館創始から33年後の大正4年(1915)に、「精力善用」「自他共栄」にいたっては講道館創始から40年経った大正11年(1922)になってようやく発表されています。

それに対して、創始から7年後という比較的早い段階で柔道の目的として登場したのがこの「体育」「勝負」「修心」です。各目的の詳しい内容は今後取り上げていきますが、興味深いのは、この三つの目的は、嘉納師範が昭和13年(1938)に亡くなるまで、絶えることなく継続的に主張された点です。これらの目的が師範にとっていかに重要なものであったかがうかがえます。

※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版4月11日掲載記事より転載・編集しています。

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