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【eJudo's EYE】大会大波乱も選考は穏当、現行システムの特徴をまっすぐ反映・リオデジャネイロ五輪柔道競技6階級代表選考「全体評」

(2016年4月3日)

※ eJudoメルマガ版4月3日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo's EYE】大会大波乱も選考は穏当、現行システムの特徴をまっすぐ反映
リオデジャネイロ五輪柔道競技6階級代表選考「全体評」
eJudo Photo
代表発表会見に臨む男女両監督と山下泰裕強化委員長

【全体評】

個々の階級に言及する前に敢えて巨視的な視点で全体の傾向を粗掴みにしてみたい。

大会は大波乱なのに選考は穏当でサプライズなし。この選抜体重別に選考の行方が掛かると目された「勝負の階級」は試合の結果がそのまま反映され、他階級は事前に事実上内定と考えられて来た第一候補選手がその座を覆されることなく、順当に代表に選出された。

マクロな目で見て、①現在の選考システムと手順がきちんと機能してまっとうに反映された結果とも、②五輪代表挑戦権の有無にかかわらず1階級一律8名の選手をピックアップして行う選抜体重別を「最終予選会」として銘打つという制度上の歪さがそのままストレートにアウトプットされた結果である、とも解釈出来る。主に①は「順当」に関して、②は「大荒れ」に掛かる。現行制度に則って行う選考としては良くも悪くもフェア過ぎるほどフェア、極めて真っ当。仮に、もしこれに異を唱えるとすれば選考制度そのもの自体に対してしかもはやありえないということだ。

同じ方向を指すこの2つの見方についてもう少し説明を試みたい。

まず前者に関してだが、現在の代表選考は過去の世界大会の実績と直近の国際大会の成績、IJFワールドランキングで厳しく客観的に序列づけられている。五輪に出場するには一定順位以上のハイランキングが必要で、これを得るには国内の予選を勝ち抜いて国際大会の場に出るしかなく、そして国際大会で成績を残すしか世界大会に出場する道はない。強化側が選考の場で繰り返したキャッチフレーズであるところの「五輪の金メダル獲得に限りなく近い可能性がある選手」という条件の成績的な最高到達点の数値証明が世界大会の成績であり、現時点でのその力を保持している、あるいは上昇傾向にあることの証明が直近の国際大会の成績であるとも解釈出来る。

この両方の権利パスを得るには最低でも2年間(最短で前々年の講道館杯が起点となる)以上の期間が必要で、事実上内定と目されていた選手たちは長い期間掛けてこの2つを確保、ライバルたちを引き離して覆しようのないアドバンテージを積み上げてきたということになる。

本日行われた選抜体重別はその極めて長い選考システムの中でのあくまで1ピースであり、最終選考会との冠はいってしまえば「順番が最後の大会」というだけ。2年以上積み上げた圧倒的なアドバンテージを一発で覆すような特別なものではなく、強化側のこの大会に対する取り扱い、そして「アドバンテージ」の重要視は想像以上に徹底していた。

強化委員会においては、この成績数値に加えて強化側からターゲットとされる海外のハイランカーとの対戦成績も選考の根拠として出され、この「ある程度以上に客観的」(参考とされる期間や強豪のピックアップには主観性が入り込むので)な説明に対して、抵抗の声は当然ながら散発。選考の結果自体に真っ向異を唱える声はほとんどなく、数少ない異見の表明も、大看板としては制度の改善を促す声として発せられるのみであった。

後者に関して。この大会は、それは荒れる。そもそも論としての仕切りの問題が非常に大きい。

マクロな目で見れば、事実上既に代表に内定し、勝っても負けてもそれが覆ることのない「出る意味の薄い」選手たち、出来得ればもう五輪を見据えてその調整に全てを捧げるべき立場の決してモチベーションの高くない選手たちが、功名心と自身の存在証明に目をギラつかせた、それも強国日本から選りすぐられた精鋭7名の挑戦を受けねばならないとなれば大会は荒れて当然だ。五輪に挑戦権のあるものと、そもそも勝っても選ばれる可能性のない選手が戦うことの何が「予選」なのかという意見あって然るべし。

ハイプレッシャーの一発勝負での戦いぶりを見たいという意見もあろうが、そもそも「一発勝負」としての場の条件が設定出来ていないのではないか。それでもなお勝つ怪物こそが五輪にふさわしいという意見もあるかもしれないが、そもそも絶対の第一候補としてここに辿り着く選手は全てがとんでもないモンスター。ジャンルの世界最強国日本にあって最低でも2年以上にわたってトップを維持し続けなければならず、滑り落ちれば無間地獄ともいうべき講道館杯からやりなおし。その厳しい立場をクリアした上で世界のトップレベルの強豪と最低でも五分以上の星を残してこれぞというハイレベル国際大会で数回優勝、世界選手権でも出来得れば2回以上表彰台に上がってうち1度は頂点を極めなければならない。こんな条件を満たせる選手がそもそも世界に何人いるのか。この選手たちをわざわざ「ハンデ戦」に呼び出して傷を負わせてしまっているのが現行の選抜体重別であるのではないか。かつて機能していたシステムを、上位の事情であるIJFの五輪出場規定が変わった(ワールドランキング上位選手のみに出場権を付与)にも関わらず惰性で残してしまっている歪みが出てしまっているという他はない。

最終決戦が必要なら、選考のためにどうしても直接対決で決めるしかないギリギリの状況があるのであれば、必要な階級で、権利のあるもののみで行えばよい。少なくとも選抜体重別から「なぜ勝ったのに選ばれないんだ」との理不尽感を引き起こすような「最終選考会」の看板は下すべきだ。強化がルールに則り粛々代表を選抜しているのにも関わらず、社会(彼らは柔道という狭いジャンルの細かいシステムにはさして興味がない)からそんな根拠のない批判を浴びてしまうとすれば、これはジャンル全体としての多大な損失だ。

そして、付け加えておくが、あくまでこの場で勝ったものを五輪に選べ、現時点で最も勢いのあるものを起用する可能性を保持せよというのであれば、選抜体重別1大会だけでなく4年スパンでの選考スケジュールの在り方を根本から考え直さねばならない。上位システムであるIJFの制度を考えればランキング上位の「権利者」の頭数を増やすという対応を採るしかなく、具体的には国際大会の大人数常時派遣を繰り返すしか方法がない。ただしこれを可能ならしめるような巨額の予算の拠出や、所属や教育機関を巻き込んだ国内のシステムの根本改革は、結果としてその巨大なコストに見合うものとはとても思えない。やり方はあるのかもしれないが、少なくとも柔道ジャンルに連なるものであれば、無責任なヤジではなくここまで飲んだうえで意見を表明すべきではないだろうか。

選考手続きの真っ当さと、それを支えるはずの制度の出口である選抜体重別という大会の存在上の矛盾。これをあらためてハッキリ炙り出した「大波乱だが選考は穏当」という結果であった。

繰り返し言うが現行制度の上では選考結果はどれもフェアであり、ルールを逸脱する階級はない。この前提の上で、公開で行われた強化委員会で出された意見も紹介しながら、各階級の評を試みたい。

(続く)

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudoメルマガ版4月3日掲載記事より転載・編集しています。

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