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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第2回

(2016年3月21日)

※ eJudoメルマガ版3月21日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第2回
「柔道の修行は、攻撃防禦の練習によって身体精神を鍛錬修養し、斯道の神髄を体得する事である。そうしてこれによっておのれを完成し世を補益するが柔道修行の究竟の目的である。」

出典:講道館柔道概説(第一回) 「柔道」第1巻2号 大正4年(1915)2月
   (『嘉納治五郎大系』3巻,124頁)

今回の一文は前回の柔道の定義に続き、柔道の目的について述べています。

嘉納師範の柔道の定義と今回の目的を考えるとき、キーワードは「押し広げる」になります。師範は柔道の技に一貫する根本原理を考究し「柔道の種々の業を通じていつでも言い得られることはそれぞれの場合において最も有効なる方法を選ぶべきである」という結論に達します。そして、「その名称(筆者注「柔道」という名称)を一層押し広げて予は柔道という言葉を攻撃防御の場合に応用すべき心身の力を最も有効に使用する道の存するところにこの柔道という名称を用いることにしたのである」としています。

つまり、(この定義以前の)柔道の技術に共通する原理を探求した結果、発見したものに、改めて「柔道」という名称をつけ、それまでの「柔道」が指す範囲を意図的に押し広げたということです。このことで、同じ「柔道」という用語を使っても示す範囲が違うことがあり、受け手側はそれを文脈から判断しなければいけません。ややこしいですね。
以上のことから、師範の考える柔道と我々の考える柔道とは別物か・・・という前回の問いについては、別物ではあるが、柔道の技を介して、しっかりと繋がっていると考えられるのではないでしょうか。
 
さて、前置きが長くなりましたが、今回の「嘉納治五郎師範のひとこと」です。

この一連の文章、分解すると次のようになります。①攻撃防禦の練習を(「乱取」や「形」で行う)②その過程で身体と精神を鍛え、さらに「斯道の真髄」(心身の力を最も有効に使用すること)を体得する。そして①②で得たもので、③己を完成し世を補益する、これが究竟(きゅうきょう)、即ち最終の目的ということです。①と②は修行過程であり、③己の完成と世を補益するという目的を達成するための手段であることが明示されています。

前回と今回紹介した言葉は、一連の文章として、大正4年2月に「柔道」誌上で発表されたものですが、以後「柔道の本義とその修行の目的」という名称で広められ、嘉納師範没後は「嘉納(治五郎)師範遺訓」として受け継がれてきました。
現在も、この遺訓は講道館の大道場に掲げられ、日々修行者を見守っています。
 
昨年で100年という節目を迎えたこの嘉納師範遺訓。皆さんが考える柔道の目的を省みる便(よすが)としては如何でしょうか。

※知っている言葉でも、その意味が現在のものと違うことや、複数の意味があり文脈によってその意味が異なることはよくあります。柔道の用語で例をあげると「勝負」もその1つです。こちらも今後取り上げたいと思います。
※嘉納(治五郎)師範遺訓では冒頭は「その修行は」となっていますが、初出となる今回取り上げた文章では「柔道の修行は」となっています。
※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている

※ eJudoメルマガ版3月21日掲載記事より転載・編集しています。

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