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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第1回 「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である」

(2016年3月7日)

※ eJudoメルマガ版3月7日掲載記事より転載・編集しています。
「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である」
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第1回 
「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である」
           出典:講道館柔道概説(第一回) 「柔道」第2巻 大正4年(1915)2月

「柔道とは、どういうものですか?」こう聞かれた時、皆さんはどう答えますか?

嘉納師範が考える回答が、今回取り上げた一文です。
ここには、「相手を投げたり抑え込んだりして制する技術」「組み合って投技、または固技で勝敗を争う競技」「柔術を近代化したもの」、あるいは「人間教育」といったことは一切触れていません。当然ですが「オリンピック」も出てきません。ただ、「心身の力を最も有効に使用する道」を「柔道」としています。

「『心身の力を最も有効に使用する』なんて言えば、他にも沢山ある。それらも柔道と言うのか?」と思う人もいると思います。師範も「難ずる人はいうかもしれぬ。政治上にも外交上にも軍事上にも心身の力を最も有効に使用することがあったら、それも柔道といわねばなるまいと」と、そういう意見があることを想定しています。

それでは師範は、この意見について何と答えているでしょうか。

「予は躊躇せずにこれに答えてもちろんと断言するのである」。
「断言する」とまで言っています。師範は世の中の様々な「心身の力を最も利用したもの」を全て「柔道」と定義したわけです。師範の考える「柔道」は、現在、我々の考える「柔道」とは異なる広い範囲を指していました。では、この師範の「柔道」と我々の考える「柔道」は全く別のものなのでしょうか・・・。

今回の文言は、現在、「嘉納(治五郎)師範遺訓」という名称で知られる文章における劈頭の一節であり、「遺訓」では以降、柔道の目的についての説明が続きます。目的の部分については今回の内容の補足と併せて、次回以降、紹介したいと思います。

※大正4年(1915・・・前年に第一次世界大戦が勃発)、55歳になる年に嘉納師範は「柔道ノ発達及普及」を目的として、講道館とは別に「柔道会」という組織を創設。その柔道会の事業の1つとして雑誌「柔道」が刊行されました。
※読みやすさを考慮して引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。


著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版3月7日掲載記事より転載・編集しています。

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