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【eJudo’s EYE】膝の回復なった中村美里が見せた魔術的完成度、三井住友メソッドの凄さここに極まる・アスタナ世界選手権52kg級「評」

(2015年9月3日)

※ eJudoメルマガ版9月3日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】膝の回復なった中村美里が見せた魔術的完成度、三井住友メソッドの凄さここに極まる
アスタナ世界選手権52kg級「評」
3度目の世界選手権制覇を成し遂げた中村美里のあまりの出来の良さに、素直に驚かされた。試合の詳細はレポート記事を参照してもらうとして簡単にその勝ち上がりを紹介すると、3戦連続一本勝ちを受けた準々決勝からはナタリア・クズティナ(ロシア)をGS小外刈「有効」、準決勝ではこの日絶好調のエリカ・ミランダ(ブラジル)を残り1秒の小外刈「技有」で転がし逆転勝利、決勝はアンドレア・キトゥ(ルーマニア)を「指導1」の優勢。名だたるパワーファイターを3人抜きだ。

倒した相手の面子も凄いが、何より圧巻だったのはその内容。準々決勝以降の最終スコアは前述の通りGS「有効」、「技有」優勢、「指導1」優勢と割合に大人しいものだが、この3人、特にクズティナとキトゥの優勝候補2人は中村の組み手と足技の巧さと強さに全く柔道をさせてもらえていなかった。

「組み手の巧さ」と「足技」はもともとの中村のストロングポイント。読者にとってももはや見飽きたフレーズでないかと思われるが、この日の中村が築き上げた世界はこの字面で表現できる限界を遥かに越えていた。

右手が動けば既に死角で左手が運動し、左に意識を移せばいつのまにか右が飛んでくる、手に気を取られればいつの間にか位置関係が変えられ、位置を直そうとすれば足技を撃ち込まれる。そして組み続けていれば最後は必ず足技に転がされるだろうという予感に体が縛られていく。右手、左手、足捌きに具体的な技と全てが連動した変幻自在のアプローチに相手は緩やかに息の根を止められていった。

その凄さがもっとも良く表現されていたのは、最大の難敵と目されたクズティナ戦。左右の構えを使いこなしてどちら側にも試合を決める強打がある、しかも組み際に強いはずのこの選手が中村の前に子ども扱い、全く自分の形で組むことが出来なかった。常に先に「なぜか」中村は引き手で先に袖を確保し、左相四つのクズティナは生命線の釣り手の袖を押し込まれてほとんど横に向けられ、自分の前には誰もおらず中村の前にだけ自身がロックオンされるという希望のない位置関係を強いられることが頻発。微妙な間合いの出し入れや角度調整、相手の意識の出し入れや呼吸まで自身の掌中に収めて先に「組む」その様は、もはや組み合うだけでこちらを驚嘆させてしまうダイナミズムに満ちていた。それは畢竟ワンバイワンの対応、オートマティズムの連続である組み手の「メソッド」というような小賢しい言葉では表現できない、もはや武術の域であった。持ち上げるわけでも誇張するわけでもなく、もはや魔術的な完成度の高さと感じた。

中村のここ1年のパフォーマンスと、この日の出来はほとんど連続性が感じられない。そこまで隔絶した出来であった。おそらく膝の回復度がいよいよ閾値を越えたのであろう。手術後の中村の柔道は手足がバラバラと感じられることも多く、切所でロボットのような不自然さを見せることがあったが、この日はむしろ膝の柔らかさを軸とした手足の連動性の高さで相手を置き去り。「組み手の巧さと足技」とその長所を定番のように表現し続けて来た我々自身がその凄さを理解し切れていなかったと唸らざるを得ない。「中村ってこんなに良い選手だったのか」とあらためて脱帽である。

と、中村の凄さを称えることにかなりの字数を割いてしまったが。今大会で浅見八瑠奈、中村美里、松本薫の世界チャンピオンたちがなにより示さなければならなかったのは、その戦いぶりが五輪に繋がるものであるかどうか、五輪で勝つための方法論や伸びしろがその戦いに伴っているかどうかだ。既に優勝するだけの最高到達点の高さがあることがわかっており、北京-ロンドン期からの古参で「若さ」という問答無用の伸びしろを失いつつあるベテランたちを、刹那的な勝ち方では、もはや評価するわけにはいかないのである。特に52kg級はロンドン五輪以降、マイリンダ・ケルメンディを筆頭とする重量級スタイルの本格派が階級を席巻する「パワーの時代」。手堅く状況を重ねる中村の柔道がこの中で通用するのか、その展望に不安を覚えていた関係者も多いはずだ。

この点で中村が答えを出したことが何より喜ばしい。組むこと自体で圧倒、組み合えば地力をベースに崩し続けてどの局面でも優位を取り続ける、という北京-ロンドン期に業界を席巻した「中村の世界」のロジックは現行ルールの中でもまったく古びていなかった。完成度を上げることでここまでの世界が作れるのだ、パワーファイター達がトップコンディションでやってくる世界選手権にあって、しっかり準備が出来ればパワーを完封するどころか翻弄する技術がある、かつその中で地力勝負を繰り広げても負けない力がある。この事実を内外にはっきり示した大会であった。パワーファイターとどう戦うかが見えない限り勝っても喜べない大会であったはずだが、満点以上の出来と評して良いのではないだろうか。

常に進化を続けなければならない現代柔道にあって、どの選手にも課される次の課題は五輪に向けて何を積むか。膝の手術前の北京-ロンドン期に中村が繰り返し語っていた次のステップは、前技の獲得であった。膝が回復し、中村らしいパフォーマンスが戻った今、あのころ語っていた「次」への準備は整った。つまりまだまだ伸びしろは十分と言える。今回最後のピースとして足りなかった「一本」の奪取についても、ここがカギになるだろう。

しなやかで強い体をベースに両手両足が絶え間なく連動する早く確かな組み手と足技の崩し、そして寝技への繋ぎ。中村がこの日見せた極めて完成度高い柔道は、「理」が選手の到達点を押し上げる三井住友メソッドの、ある意味での完成形だ。柳澤久監督はこの日の中村が繰り広げていた柔道に観客席で会心の笑みを浮かべていたに違いない。そしてなんのかんので三井住友が輩出した五輪金メダリストは恵本裕子や、一度も掛けたことがない朽木倒を決勝で決めて二度目の五輪金メダルを獲得した上野雅恵のような、予測不能な天才タイプのみ。天才肌ではあるが三井メソッドの優等生でもある中村が、その体現者として五輪の表彰台の真ん中に立つことが出来るか、来年が非常に楽しみになって来た。欧州系パワーファイターの極まりであるケルメンディと、「術」の域までその完成度を高めた巧者中村の対決は五輪全階級を通じた、大会のハイライトとなるだろう。

というわけで、今回の中村の出来は素晴らしかった。ワールドツアーからジャンプアップしたその落差自体のインパクトが印象を押し上げているきらいはあるが、それを差し引いても高評価は妥当。文句なしの優勝劇であった。

最後にひとつ。中村のハイパフォーマンスの因がコンディション調整の妙にあることもまた間違いない。この柔道は明らかにコンディションの良し悪しにその根幹を左右される性質のものでもある。選手が異常なプレッシャーにさらされる来年の五輪においても、ロンドンの失敗とアスタナの成功を十分念頭に置いた選考・強化スケジュールが敷かれることを切に希望する。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudoメルマガ版9月3日掲載記事より転載・編集しています。

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