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【eJudo’s EYE】3連覇の所以発揮出来なかった海老沼・アスタナ世界柔道選手権66kg級「評」

(2015年8月30日)

※ eJudoメルマガ版8月30日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】3連覇の所以発揮出来なかった海老沼
アスタナ世界柔道選手権66kg級「評」
海老沼匡は順調に1回戦、2回戦を勝ち上がっていたが、3回戦でもと60kg級世界王者リショド・ソビロフ(ウズベキスタン)に一本負け。4連覇の夢は予選ラウンドで潰えた。

少々くどくなるかもしれないが、失点の場面を簡単におさらいしてみたい。
試合が1分半に差し掛からんとするところで海老沼は得意の左大内刈、足を揚げて耐えたソビロフを時計回り方向のハンドル操作とともにケンケンで追い込みながら、左内股への連絡を狙う。

反則の脇固めで肘を壊されながら相手を左後隅に叩きつけて「一本」を奪った13年リオ世界選手権決勝のアザマト・ムカノフ戦を彷彿とさせる場面であったが、今回は結末が全く違った。ソビロフの退き足が速く、海老沼は距離を詰めることが出来ない。
言うまでもなくケンケンの大内刈を利かせるための条件は「細かく、速く」。試してみればわかると思うが、手が相手と連結されたまま、下がる自分のスピードを越えて相手に前に出てこられると人は、崩れる。前に引き出そうが、横に滑ろうが、後ろに下げようが、相手が想定するスピードとこちらのスピード、つまりは移動距離をずらして空間を作る(あるいは詰める)のは柔道の崩しの王道中の王道だ。

しかしこの場面は前述の通りソビロフの退き足が速く、海老沼は片足を上げてケンケンするというリスクを冒したにも関わらず距離を詰めることが出来ない。つまりソビロフは崩れない。にも関わらず内股への連絡を狙ってステップを切った海老沼の行為は背筋を伸ばして姿勢制御が効いたソビロフの前で、片足のまま体重移動と方向転換を同時に行う危険を冒したということに他ならない。砲列の前での敵前回頭。当然ながら上半身にグイと捻りを呉れて返しに掛かったソビロフの股中で海老沼は一回転「一本」。一般メディアの報道には「ソビロフは距離を詰めると強い」旨の記述があったが、この場面はどちらかというと距離を詰められなかったことに問題があったわけだ。

というのが失点の場面のダイナミクスだが(海老沼本人は追う方向と胸の合わせる角度にずれがあったと分析している。それも勿論重要なファクターだ)、極めて局所的なこの失点シーンの解説から海老沼の敗退を総括するのは少々無理がある。

歯ごたえのある相手との試合が少なすぎて分析すべき材料に乏しいというのが正直なところだが、海老沼のここまでの2戦についても一応考えてみたい。

筆者同様違和感を感じた方もいるのではないかと思われるが、この日の海老沼は担ぎ技にこだわっていた。2回戦、マー・ドウアンビン(中国)に左背負投、左袖釣込腰、3回戦でソビロフ相手に仕掛けた技も左背負投に左袖釣込腰。あたかも自身を担ぎ技ファイターと規定し、「そうでなければならない」ほど担ぎにこだわっているように思われた。メモを取りながら傍らに「きょうの海老沼選手、他の技掛けた?」と聞いた瞬間、海老沼が起こした行動がこの大内刈であった。

サンプルとしては脆弱なこの3戦から海老沼の柔道を無理やりに総括すると、海老沼は自らが勝ち続けることのエンジンであった多様性を今回発揮出来なかった、ということはひとつ言えるだろう。どの方向にアクションしても投げが飛んでくる、迂闊に膝でもつけばすぐに寝技が来襲する、と昨年対戦相手に与えた恐怖感漂う試合とは、少々ステージが違う内容ではあった。肩の負傷が影響しているのであればむしろ担ぎ技は掛けられないはずであるから、何らかの意図があったのか、それとも負傷の影響で稽古が積み切れなかったのか。体に自信が蓄積できていない海老沼らしくない立ち振る舞いは、後者の可能性を濃く感じさせる。

しかし。4連覇の偉業達成はならなかったが、海老沼の強さは変わらない。2010年初めて参加した世界選手権での敗退以降、年々新しい技を積み、常に進化し続けることを燃料として技術革新の早い軽量級で勝ち残るという「方針」も方向性としてはまことに正しい。というよりも、尖った特徴なく勝つこと自体、投げること自体を強さの立脚点とする海老沼にはそれしか進むべき道がない。変わらず、負けたのではなく「勝ち続ける」くらいのつもりで進化を続けて、来年の五輪に繋げて欲しい。

最後に66kg級の情勢について。

もともとこの階級は才能ある選手が多く、有力選手の間に絶対的な差はない。その中で常に他を凌ぐ新しい燃料を導入し続けた海老沼が形的には勝ち続けてはいたが、その内情に孕む順位では表現しきれぬ「鍔迫り合い」という様相が五輪を待たずに噴出したというのが今大会の様相であった。

大混戦ながらとにもかくにも3連覇者海老沼という「軸」を持つことで勢力図を描くことが可能だったこの階級であるが、世界ジュニア選手権初戦敗退のアン・バウル(韓国)の優勝以下、今回の入賞者の序列とワールドツアーの様相の掛け算から吐き出される階級の勢力図は、あたかも五輪翌年の再編成期にあるがごとく「グチャグチャ」。極めて狭いレンジに可能性ある選手が多数ひしめく大渋滞となってしまった。各選手間の差が少ないぶん、加速度のついた選手が一気に他を抜き去り、また抜かれるというめまぐるしいレースなわけだが、問題は2016年8月に行われる五輪の時点で一時的にでも誰が頂点にあれるかだ。

どうやら地力の高低以上に重視されるべきキーワードは「加速度」。これをどう観察し、どう準備し、どう演出するのか。全階級通じたこの問題がもっとも端的に出るのがこの66kg級ではないだろうか。スカウティング、走り出すだけの燃料の蓄積、走行態勢に置くべき選手のタマ数と準備、国際大会派遣の員数と目的、頻度。この階級で勝つための戦略立案は全階級のモデルケースになりうる。「グチャグチャ」にどうアプローチするのか、強化陣のアクションに期待したい。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudoメルマガ版8月30日掲載記事より転載・編集しています。

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