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斉藤仁氏がんで死去、54歳

(2015年1月21日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版1月21日掲載記事より転載・編集しています。
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斉藤仁氏がんで死去、54歳
95kg超級で1984年ロサンゼルス五輪、88年ソウル五輪を連覇した、全日本柔道連盟強化委員長の斉藤仁氏が20日に肝内胆管がんのため東大阪市内の病院で死去した。54歳だった。

13年から闘病生活を続けていたが、年末から病勢が悪化。年明けからは小康状態が続いていたが急変し、20日2時56分に帰らぬ人となった。死因はがん性胸膜炎だった。

斉藤氏は1961年生まれ、青森県出身。国士舘大学卒業後の83年にモスクワ世界選手権無差別で優勝。84年のロス五輪では95kg超級で金メダルを獲得し、同大会無差別金メダリストの山下泰裕氏とともに「山下・斉藤時代」を形成して柔道界を牽引した。88年のソウル五輪では不振にあえぐ日本勢の中で唯一の金メダルを獲得し日本柔道を救った。

引退後は母校の国士舘大で教鞭を執り、04年アテネ五輪と08年北京五輪では日本代表監督を務めた。13年には全日本柔道連盟の強化委員長に就任し、現職のまま病に倒れた。

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同日、国士舘大道場で取材に応じた鈴木桂治・国士舘大監督は「ある程度の覚悟はしていたが、先週お会いしたときも笑顔が出ていた。まさかこんなに早いとは」と沈鬱な表情で語り、「国士舘の歴史をしっかり築いてくれた、国士舘柔道を世に出してくれた偉大な方。自分の柔道も斉藤先生の指導あってのものでした」と早すぎる別れに言葉を詰まらせていた。

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版1月21日掲載記事より転載・編集しています。
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