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【eJudo’s EYE】あの決勝で七戸が獲得したもの、そして次に為すべきこと・チェリャビンスク世界柔道選手権100kg超級評

(2014年9月7日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版9月7日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo’s EYE】あの決勝で七戸が獲得したもの、そして次に為すべきこと
チェリャビンスク世界柔道選手権100kg超級「評」
―あの決勝で七戸が獲得したもの、そして次に為すべきこと―

100kg超級は大方の予想通り絶対王者テディ・リネール(フランス)が6連覇達成。しかし見出しにすべきは連覇記録ではなく、決勝で七戸龍が繰り広げた大善戦であるべきだろう。

この決勝、引き手で襟を得て丁寧に組み手を開始したリネールに対して、七戸は組み際の右大内刈に思い切り入り込んで会場を沸かせ、手堅く試合に入りたいリネールの出鼻をまず挫く。40秒には七戸が片手の右大外刈。釣り手一本でリネールの頭を傾けながら同時に刈り足を引っ掛けたこの技に膝を殺されたリネールはたたらを踏んで大きく崩れ、会場は地鳴りのようなどよめき。
そして最大の山場は3分41秒。反則狙いにシフトしたリネールに対し3つの「指導」を失った七戸が、組み際の右大内刈で王者を転がした場面だ。あわや「有効」と思われたこの技は合議の末ノーポイントとなったが、ここ数年バランスを崩す場面すらなかったリネールの尻もちに場内は大盛り上がり。試合は「指導3」を持ったままリネールが勝利を得たが、その浮かない顔がこの決勝の様相を如実に物語っていた。

七戸の善戦は見事。戦後あの大内刈は相手がリネールでなければ「有効」だったのでは、いや仮にそうであってもその後リネールが「指導」を1個追加しただろうから結局試合はリネールの勝ちだ、などとファンの間で議論かまびすしかったようであるが、試合の勝ち負けを超えてこの一番で見えてきたものは非常に大きい。大きく3点で語りたい。

一つはリネールに受けのバランスの悪さという弱点が垣間見えたこと。これは、これまでは周囲と差があり過ぎて見えようがなかったディティールである。この一戦を経た後の視点をもってこれまでの戦いを照射すると、リネールの過剰なまでの組み手の丁寧さ、危機管理のナーバスさもこの自身の弱点を良く知るゆえではないか、そして攻撃時の姿勢の良さとリカバーの早さは、実はあの長い体を制御するには背筋をまっすぐに伸ばすという王道の最短距離を取るしか道がないゆえではないか、と思わせるものがあった。

もう一つは、巷間囁かれていた「ケンカ四つに対する方法論に欠ける」「間合いが近い戦いが苦手なのでは」「背の低いパワーファイターを嫌う傾向がある」というような一般的な(そして七戸のパーソナリティでは実現しようがない)アプローチではなく、七戸が自身のスタイルの中から突破口を見つけたこと。背の高い七戸が、それも遠い距離から間合いを出し入れして大内刈と大外刈で一発狙うという今回採った手はこの情報の真逆であったが、「無理をした」付け焼刃の対策ではなく七戸が自身のもっとも得意とするフィールドで戦える目途がたったこと、つまりは自身のもっとも高い到達点をぶつけて戦える計算が立ったのは以後に向けてまことに大きい。

最後になんといっても、リネールが決して届かない存在ではないことを内外に示したこと。これは七戸本人に留まらず、周囲の重量級選手の意識をも劇的に変える可能性がある。人は希望の持てない戦いに必死になれるほど強くはないが、届く可能性のある栄光にリソースを注ぎ込むことは厭わない。今後リネールに強豪選手が立ち向かうたび、新たなアプローチ、そして新たな弱点が見つかる可能性も十分出てきた。

とはいえ。まだ七戸は一度善戦を為しただけである。絶対の王者を挑戦者が捉えるパターンとしては、まず善戦、互いが相手を意識して王者が一旦跳ね返し、それをサンプリングデータとして挑戦者がついに王者を凌ぐ、という複数回をまたいだシナリオが定番。読者にもこのパターンに嵌る関係がいくつか思い浮かぶことと思うが、例えば筆者が戦後想起したのは鈴木桂治と石井慧の関係だ。2006年、ダークホースの座から決勝まで勝ち上がった石井は王者鈴木桂治を終盤の大内刈で転がし(この時は今回と違い「有効」が入って勝ち負けが逆についたが)意外な勝利、翌年は石井を十分意識した鈴木が決勝で跳ね返し、そしてさらに翌年は石井慧が鈴木を乗り越え、北京五輪出場の権利を得た。
つまり七戸にとって最も大事なのは、鈴木と石井が為したような肉体的対話を交わす関係、ついに獲得した「対抗馬一番手」の位置に踏みとどまり続けることだ。次戦、次次戦とあまりにあっさり負けてしまうようでは今回の試合は2010年東京世界選手権無差別決勝で上川大樹が起こした「アクシデント」(もういい加減こう評しても咎める人はいないだろう。この試合の歴史的評価は今大会の上川のパフォーマンスを以てついに定まった感がある)と同じ位置に留まってしまうことになる。

リネール戦の内容も素晴らしかったが、個人、団体と2度決めて見せた左への支釣込足(しかも団体ではオクルアシビリを叩き落とした)のような技術的な幅の広がり、明らかに一段強くなった体の太さ、そして銀メダル獲得翌日の団体戦で見せた自信溢れる戦いぶりと今回の七戸のパフォーマンスの良さは際立っていた。なかなか望みの持てなかった日本の重量級、以後がいきなり楽しみになってきた。

―上川大樹vsサイドフの3回戦は戦評不能―


上川大樹の2戦の詳細はレポート記事を参照頂くとして。
敗退したレナト・サイドフ(ロシア)との3回戦は戦評を試みること自体が難しい。

試合は、選手のものだ。日本代表としてどこまでの誇りと責任感を感じるか、逆にそこにどこまで縛られるか、どこまでの圧力を感じるかは一義的に選手の個性(あるいはチームの方針)に委ねられるべきだ。

だが、国家(日本に限らず)、そしてジャンル全体が大きなリソースを投下して送り込む代表である以上、最低限為すべき仕事というものがあるはずだ。筆者はそれを「戦うこと」と理解している。持てる武器を駆使して、相手に立ち向かうことが最低限の義務だと思っている。勝利も敗戦もその先にあり、そしてその因がどこにあるのかを探る作業こそ、戦評という行為に他ならない。

しかるに上川の試合はこの、戦評という行為の最低条件を満たしていないと考える。彼は最後まで武器を振るわないまま5分間を過ごして試合を終えた。精一杯好意的に感想を述べるとすれば、例えばこれが自分の得意技を仕掛ける間合いを探り続けた結果と理解するとして、フルタイムその行為に終始するのはいくらなんでもやり過ぎだろうということくらい。似たイメージを探れば、例えば夏井昇吉-吉松義彦戦とか、昭和20年代後半に繰り広げられた間合い勝負くらいしか思い起こせない。「一人講道館ルール」を遥かに超えた「一人戦後柔道」(繰り返すが精一杯好意的な感想である)。2014年仕様IJFルールの畳に持ち込むべきポリシーではない。

難しいのは、これだけ「投げに行かない」行為をやらかした翌日に投入された団体戦の畳にあっても、上川に起用を意気に感じる気配や前日の失敗を払拭すべく「投げて決めてみせよう」という意図がほとんど見られなかったということ。「指導」奪取に徹したモンゴル戦の最終盤、後がなくなったナムスライジャフ・バツーリが抱き付きを試み、上川は腰の浮いた相手を胸でガップリとキャッチする。相手のアクションで出来上がった密着ではあるが、紛れもない「一本」奪取の大チャンス。次の瞬間上川が反射的に採ったのは相手を投げつける行為ではなく、振り回して落とす安全第一の回避行動であった。団体戦での表彰台の一番前で見せた満面の笑みも含め、この人はやはり不可解。

かつては一度でも惰弱な試合をすれば(どころか結果が残せなければ)二度と声が掛からないとされた日本代表。上川は2011年パリ世界選手権、2012年ロンドン五輪、そして今年と、2010年大会以後既に3度のチャンスを得、そしてことごとく同じ様相で失敗を続けている。与えるべき席は、しっかり与えて来た。もう、良いのではないだろうか。貴重な世界大会という場をどう使うのか、強化陣にはこの結果をしっかり踏まえた上で、上川の処遇を考え直してもらいたい。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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