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【eJudo's EYE】結果以上に悔しい内容、”番長”から降りた大野と”アサシン”の所以を外した松本・チェリャビンスク世界柔道選手権第3日「評」

(2014年8月29日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版8月29日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo's EYE】結果以上に悔しい内容、”番長”から降りた大野と”アサシン”の所以を外した松本
チェリャビンスク世界柔道選手権第3日「評」
物憂いことではあるが、最後にどうしても松本薫と大野将平という両世界王者の敗戦について触れないわけにはいかない。

松本薫は、2回戦でマーティ・マロイ(アメリカ)の出足払から始まった攻防の末、腕挫十字固に極められて一本負け。
大野将平は4回戦でダークホースのイ・ユンジュン(韓国)に背中を深々と抱かせたまま腰の差しあいに応じ、出足払に引きずり込まれて畳に沈んだ。

両者とも、油断であった。ひょっとすると、傲慢ですらあった。

松本は右袖を押し込まれたまま右出足払を食い、バランスを崩して自身の左側に向かって回転して伏せた。マロイは右袖を離さず、結果伏せた松本の右腕はなかばマロイの掌中に保持されたまま宙に残った。
ここで松本は肘を収納するのではなく、つまりは左への回転を続けていったん伏せるのではなく、敢えて逆戻りに振り返るという異次元の選択に出た。

舐めていると言われても仕方がない。

相手の狙う腕挫十字固とアクションの方向をわざわざ合わせてあげる形になったこの動作がまさしく致命傷、松本は五輪チャンピオンの証明であるゴールドゼッケンを背負ったまま衆人環視の中での「参った」表明の屈辱を味わい、どころか肘に負傷まで負うこととなってしまった。
良い悪いの技術論を超えて、右に腕を保持されて、それも半ば収納に成功しかけている状態でわざわざ「振り向く」というのは動物としての本能に抗う行為である。やってみればわかると思うが、時間も、労力も掛かるこの選択は「なんとなく」ではありえない。松本はこの「振り向き」を明らかに故意に行ったのである。
敢えて言えば、必死で距離を取るというアクションも込みで寝姿勢の正対を目指すということはあるかもしれないが、それであっても「絶対に負けない」という自信、稽古をつけてあげるというような絶対の実力差があっての場合であるべきである。世界選手権の畳で、前年の銀メダリストを相手に選択する、それも肘を極められるリスクを負ってまで採るべき策ではない。

松本は、意外性を狙ったのではないだろうか、
そしてこの先は非常に穿った見方になってしまうが、松本はその手の意外性を好む。意外な選択をする自分を好む。野生児と評される松本が長年培ってきた「人と違う選択を敢えて行うことで、相手の予想の上を行く」という行動律が咄嗟に松本の動きを支配したということは言えるのではないか。戦車が撃ち合いの中でいきなり横腹を見せるようなその奇矯さは、チャンピオンが採るべき選択ではない。その傲慢さの罰は「参った」の屈辱であった。

そして本来の松本が、その行動律の上位に置いていたのは何より「勝つこと」「倒すこと」であったはずだ。松本の一見異次元とも取れる選択は、常にこの目的のためという一点から筋が通るもの、勝利という目的に率直なものであった。異次元という評価は後から他人が勝手に下すものであり、松本としては本人なりに目的に対して徹頭徹尾リアルな選択であったはずである。そこに、なによりの価値があった。
しかるに動物的本能に反してまでわざわざセオリー無視の危険を負ったあの選択は、本来他者が下した評であった「異次元」の自分を追いかけて、こうあらねばならないと過去の勝者である自分を無理やりなぞろうとする行為と評されるべきではないだろうか。それは実は自身の最大のストロングポイントに背を向けることに他ならない。僅か数秒、一瞬の選択であったが、そこに透けて見えた松本のメンタリティは、あの激賞すべき五輪王者「アサシン」松本のものではなかった。どんなことをしてでも殺すという目的に率直であった松本が、こうやって殺さなければならないと目的以外のものに拘った。実はあの異次元に見える選択、松本は自身がもっとも忌避する「型」に自分を嵌めにいったということに他ならないというのが今回の評である。自身のもっとも大事なものを、自身のプライドを守るために捨てた松本。敗退は必然であった。

この日の初戦、松本はいつもの「アサシン」の雰囲気を作り出してはいたが、その表情やポーズとは裏腹に柔道の内容は順行運転の低空飛行であった。おそらく、松本らしいアグレッシブな柔道を出来るだけのコンディションが作れていなかったのであろう。であれば、松本が目的のみを追求する「アサシン」であれば、現状置かれた選択肢で、最大限の成果を得る方法を採るべきであった。無理をして、敢えて危機に陥る振り向くという選択をして、それでも勝てる状態ではなかったはずである。残念な一番、そして王者らしからぬ松本の選択であった。

傲慢さ、という文脈でいけば大野将平の一本負けもこれに連なるものであった。あそこまで深く背中を持たせてしまっては、そして相手が失うもののない無名選手とあっては、そして日本に過剰なライバル意識を抱く、かつパワーファイター揃う韓国代表とあっては、とここまで掛け算の項が多くてはアクシデントは起こりうる。あの一戦だけに限って語るならばそれは出足払にまつわる技術論でなく、リスク管理、アクシデントの起こる確率をどこまで抑えて柔道をするかという勝負論、勝負師の算術を以て評としておくべきだ。あそこまで決定的な場所を持たせたまま、投げ合いに応じるべきではなかった。

そして松本の項でも語った「王者らしからぬ」というところでもう少し語れば。

なぜ無名のイが、王者大野に対して、それも昨年「下手をしたらマジでぶっ殺される」というような根源的恐怖を感じさせる勝ち振りを披露していた大野に対して、あそこまでガップリ背中を持ってくることが出来たのであろうか。そこを考えてみたい。

前段の、サインジャルガル戦にその因があるのではないだろうか。
この試合、大野は始まるなり最初から決めていたかのように両襟を掴んで突進、目論み通りに場外の「指導」2つを得た。そして中盤、右大外刈。しかし相手の力強さを感じたかこれを中途でやめて展開を切るや、以後は勝負に出ず。体幹の強さが自慢のサインジャルガルは大野と勝負をつけるべく横変形にガップリ構えて誘い続けるが、大野はあくまで行かない。どうやら大野が来ないことを理解したサインジャルガルは残り40秒を過ぎてから慌てて攻め始めるが大野はあくまで応じずにいなしつづけ、反則累積差を以て勝利を得た。大野-サインジャルガルという垂涎カードに投げの打ち合いを期待した観衆はやや拍子抜け、負けたサインジャルガルは自身の純朴さに嫌気が差したか異常なほどに悔しがっていた。が、これはトータルゲームとして手堅く勝ちを狙うという大野の完勝であり、負ければ元も子もない予選ラウンドの場を勝ち抜く大野の厳しく勝利を考える姿勢ゆえであった。普段から公言している「二本持って投げ切る柔道」とは全く違う試合であったが、これはこれで、今日その日の試合を考えれば筋の通った選択ではあったと言える。

だが、関係者はおそらく全員大野の柔道をもっと高く見積もっていた。IJFのメディア関係者には「大野以外はない」という空気すら流れていたと聞く。その大野の評価の高さの所以は単に勝つだけでなく、対戦相手に「ぶっ殺されるかもしれない」「頭から叩き落とされるかもしれない」「ありえないくらい高く投げられて大恥かくかもしれない」「絞めや関節で壊されるかもしれない」という恐怖感、動物としての根源的な恐怖を呼び起こす、その暴虐なまでの強さと投げの威力、「この人には敵わない」と思わせる戦いぶりそのものであった。

しかるに。満場注視の中、「いったいどっちが強いのか勝負をつけてくれ」という観衆と他選手、そして勝負をつけたがるサインジャルガルに背を向けて、まるで「普通のチャンピオンのような」スコアゲームを披露した大野から、戦後、規格外の強者というバックグランドが解除されてしまったということは言えるのではないか。たられば、完全な足し算思考で恥ずかしいのだが、あの場で「やぐら」を狙うサインジャルガルの戦いに応じ、腹のつけあいから相手を持ち上げて頭から叩き落とすような大野らしい「ぶっ殺し」パフォーマンスがあれば、イはあそこまで傲慢に組んでくることはなかったのではないだろうか。規格外の番長から、ものさしで測れるところまで下りてきた「強い選手」。イにとってあの思い切った組み手は、「恐ろしい番長にケンカを吹っ掛ける」行為ではなく、「強い競技者に試合を挑む」という行為にまで、ハードルが下がっていたのではないかというのが本稿の見立てである。
準決勝で勇を鼓して大外刈の一発勝負に出、その幻影を持って決勝で相手を怖れさせたこの日の57kg級宇高菜絵とは、好対照であった。

大野は、強い。本人が思っているより、おそらく強い。

まだ間に合う。刷り込む時間は2年もある。五輪本番で全ての相手が「大野さん、すみません」とばかりにおっかなびっくり試合をしてくるような、大野本来の番長柔道の再来に期待したい。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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