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【eJudo's EYE】一見苦戦も全試合が中矢ワールド、「出来ないなら切る」リアリストの凄味・チェリヤビンスク世界柔道選手権73kg級「評」

(2014年8月29日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版8月29日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo's EYE】一見苦戦も全試合が中矢ワールド、「出来ないなら切る」リアリストの凄味
チェリヤビンスク世界柔道選手権73kg級「評」
中矢力が見事2011年パリ大会以来、2度目の金メダル獲得。昨年は後輩の大野将平に金メダルを浚われ、自身はサインジャルガル・ニャムオチル(モンゴル)の小外刈で「病院送り」となる屈辱を味わったが、それを晴らして余りある、素晴らしい復活劇であった。

さまざまな評価があろうが(地上波中継では中矢の調子が良い、という解説であったと聞く)、序盤戦を見た限りでは中矢は好調とは思えなかった。要所要所での瞬間的なスピードこそあるものの、相手選手との格の違いと本来あるべき力関係を考えれば全体としては一段階ずつ力負けしている感あり、局地戦に集中すべきリソースはあるが前線全体を高く保って相手を圧することは難しいという印象であった。1回戦シード、2回戦の相手が棄権して大会初戦がシード選手(典型的な「家賃の高い」ハイランカーのセージ・ムキではあったが)という事情は考慮されるべきだが、コンディション不良、少なくともハイコンディションではないなと思われた。
この証左となるのがこの日中矢の代名詞であった固技の一本勝ちが一つもなかったというそのスタッツ。中矢は寝技で取ろうとして、結果失敗して取れなかったのではない。この日、なぜか寝技という選択を敢えて行わなかったのである。少なくとも形の向き不向きにかかわらず無理やりグラウンドに引き込んで寝技で勝負をつけてやろう、という一頃の確信的な戦いぶりでは全くなかった。なぜその選択となったのか、本当のところは本人に聞いてみるしかないが、筆者はそれを「どんなに上手くてもまず体の力で勝っていないと有利に運ぶことが難しい」寝技(特に抑込技とそこに至る過程)の特性を自身の得意不得意と関係なしにまっすぐ見つめ、パワーファイターと連戦するという顔合わせとこの日のコンディションを引き比べた上での超現実的選択と解釈する。この世界ではメンタルの細い選手、特に女子選手はコンディション不良となるとパニックに陥り状況の向き不向きに関わらずとにかく自身の得意な技を選択して自滅するという絵が非常に多く見受けられるが、この大舞台でもっとも得意なフィールドを封印するという、中矢のこの迫力のあるリアリストぶりはどうであろうか。もしパワーファイター相手に「行って」、獲り切れなかった場合に残るものは、無駄に消費した時間と体力、そして「中矢は寝技で取れなかった」というライバルの観察と、そこから導き出されるであろう自身の不調の開示、結果として起こる次戦での自分への「あなどり」である。勝つために自身のトレードマークをバッサリ切り捨てる、それも気負わず無造作に選択肢から外す。世界一に立つところまで突き詰め切ったリアリストとは、勝負師とはこういうものかと改めて背筋の凍る思いである。

そして寝技なくして勝った中矢であるが、その勝利の所以もまたリアリストゆえであった。そもそも並み居るパワーファイターが競り合いの接戦に持ち込まれること自体が既に中矢のフィールドではあるが、ここで話題にするのはリアリスト中矢が勝つために練り上げて来た「技」の入りの多様性と技術的特性である。多様性とは、自身の挑む組み手の接戦で出来上がる様々な形からどう攻め込むかという「状況」にフォーカスしており、技術的特性は「海外選手相手に適性があり、自分の特徴にあった技を作る」ということである。

状況ということではたとえば、引き手が持てない3回戦のムキ戦で、釣り手一本の状態から引き手で相手の裾を持ちながら投げたチャールズ・チバナばりの右背負投。

技術的適性ということであれば、準々決勝のオルジョフ戦で決めた、相手が釣り手で背中を深く持って接近して来たことを利用し、弓を引くような両手操作でギャップを作り出して瞬間的に転がしたケンカ四つの右足車。これは海外で使い手が少ない技で、国際大会への適性が高い。
そして「状況」「技術的適性」と「自身の特徴」を全てまとめた仕上げの技が決勝でホン・カクヒョン相手に決めて見せた右小内巻込であった。

それまでの試合を見て頂いてわかるとおり、ホンのパワーに中矢は圧倒されっぱなしであった。懐に潜り込まないと勝てないが、深く取らせてはもらえない。仮に深く取れば相手と密着することになってパワーをモロに受けてしまう。かといって浅く持って仕掛けた技では相手を固定することが出来ず、身を捻られてポイントを取り損なう。そしてポイントを取れずに「指導」の取り合いとでもなればこのパワーファイターに勝つ目はない。仕掛けるなら、獲り切らねばならない。

中矢はここで、相手に右釣り手を取らせたまま、引き手を浅く握って右一本背負投。そして固定のために使った材料はなんと自分の顎。顎で相手の手首を噛み殺して固定するという異次元の選択だ。
普通こんなことはしない。なぜかというと、その後絞められるからである。こんなことを考えるのがそもそも中矢の「寝技になれば負けない」という自身の特徴を踏まえたものと言えるはずだ。
ホンは待っていましたとばかりに抱分で返しに掛かる。しかし、右腕を狭く固定されてしまったホンは振り回す遠心力を使うことが十分出来ずに、その固定ゆえ半ば剛体。中矢は腕(顎)を緩めないまま小内巻込に連絡して一本勝ち。もし顎による固定がなければ中矢は確実に吹っ飛ばされていただろう。リアリスト中矢がリアリストゆえに見せてくれた、なんとファンタジックな一撃であったことであろうか。

「指導」を先行されても動じないその落着きぶりにも驚かされたが、「寝技やらずにパワーファイターと戦うんだから、ある程度は仕方ない。」という割り切りがあったのだろう。

66kg級評で書いた通り、前日5位に沈んだ高市賢悟はメンタリティ的には中矢と同タイプのリアリストである。出身道場から高校、大学と同じ後輩でもある。25歳の中矢は、4年先の高市だ。経験を積めば、「リアル」から目を背けなければ、最後はここに至るのだ。前日悔し涙にくれた高市にとっては、直接の先輩からの何よりのエールになったのではないだろうか。

ここまで書いて。そして読んで頂いて。
新顔が技術的適性のある技を持ち込むことで他を凌いだ近藤、オールラウンダーとしての進化を止めずに勝ち続けた海老沼、たった一つの武器を磨きに磨くことで頂点に立った宇高、必要とあらばもっとも得意な技を切り捨ててまで勝ちを得に行くリアリスト中矢と、チャンピオン達の勝利のバックグラウンドがそれぞれ多種多様、異なるものであることに改めて驚かされる。どれも間違いなく「勝利」の所以である。勝負論と、柔道という競技特性。「金メダルの数」は大事だがそれ以上にまことに豊かな世界選手権になっているのではないだろうか。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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