PAGE TOP ↑

柔道1

柔道2
柔道4 柔道5

eJudoとは?情報募集・お問い合わせサイトマップ

【eJudo's EYE】鞘に納めた伝家の宝刀。宇高を沈め、そして救った「大外刈」というアイデンティティ・チェリャビンスク世界柔道選手権57kg級「評」

(2014年8月29日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版8月29日掲載記事より転載・編集しています。
ドコモ版QRコード
docomo版QRコード
KDDI版QRコード
au版QRコード
【eJudo's EYE】鞘に納めた伝家の宝刀。宇高を沈め、そして救った「大外刈」というアイデンティティ
チェリャビンスク世界柔道選手権57kg級「評」
57kg級は宇高菜絵が見事初優勝。膝の負傷もあってか序盤のパフォーマンスはもどかしいものであったが、準々決勝でサンナ・フェルハーヘン(オランダ)を得意の右大外刈「一本」で鮮やかに刈り倒すと息を吹き返し、最大の山場と目されたオトーヌ・パヴィア(フランス)戦では懐深く返し技を狙う相手に臆さず、相手を一瞬引き寄せるノーステップの右大外刈で刈り込み「有効」奪取で勝利。

テルマ・モンテイロ(ポルトガル)との決勝は、組み合わずに先手の掛け潰れを志向する相手に「指導」を先行されたが、ついに釣り手を得た残り41秒で右大外刈を仕掛けると怖れた相手が瞬間巴投に潰れて偽装攻撃の「指導」。迎えたGS延長戦では前進に前進を重ねてモンテイロの消耗を誘うと、1分を過ぎたところでついにギアを上げ右足車、右大外刈と連続攻撃。続けて放った支釣込足に崩されたモンテイロが思わず宇高の足を抱え、「足取り」のダイレクト反則負けで宇高の勝利が決まった。

この決勝をどう見るか。

宇高は終盤の「指導」奪取のシーン、釣り手を確保した「行ける」状況から大外刈に飛び込むまでに相当の時間を要した。その傍目には躊躇したとも取れる時間の長さが、ついに刈りに出た瞬間のモンテイロの掛け逃げを許したのは間違いない。
また、「指導」を奪って追いついた後、普通に考えれば最も大事なはずの時間帯(「指導」直後のもっとも試合が揺れやすいシークエンスという意味でも、何かが起こってしまえば時間的に巻き返しようががない最終盤という意味でも)に、決死の表情で前進して相手を下げたものの、傍目には「行けば取れるのではないか」と思われた得意の大外刈を放つことはなかった。

宇高はこれまでの試合でも、接戦における「指導」確保の直後、攻撃を止めて組み手の優位確保に走る「一休み」を入れることで試合を落としたことが幾度かあった。12年講道館杯決勝の山本杏戦、同じく12年グランドスラム東京2回戦の山本杏戦、そしてもっとも印象的な、世界選手権出場が掛かった13年全日本選抜体重別選手権準決勝の平井希戦。果たして、今回も宇高は同様の病を発症したのだろうか。そしてモンテイロは宇高がミスをしたにも関わらずに自身が下がるミスを重ね塗りして敗れるに至ったのだろうか。

違うはずだ。百戦錬磨の雑食系ファイター、世界選手権銀メダル3度(この時点で)のモンテイロは相手の気の緩みやミスを見逃すような甘い相手ではない。そこには、あのモンテイロをして「行けない」、そして「押し込まれてしまう」だけの理由があったはずだ。

二つ提示したい。

まず、宇高は行かなかったのではない、「行けなかった」のではないだろうかということ。
そして、モンテイロは、宇高がまき散らす大外刈の幻影の、恐怖に耐えられなかったのではないだろうかという見立てだ。

「行けなかった」ことについて。宇高は6月に右膝の前十字靭帯を損傷、世界選手権前の実戦出場を取りやめて調整を続けていた。この日の序盤戦の緩やかな試合振りと勝負どころのパヴィア戦の思い切った仕掛けというギアの抜き差し加減を考えるに、トップスピードで全戦を走り抜けられるような状態であったようには到底思えない。試合が終わるごとに足をひきずる状態だったとも伝え聞く。

その状態で宇高は4試合をこなしている。下手をするともはや膝が曲がらずに、出来ることは「それでも前に出ること」だけだったのではないだろうか。1988年のソウル五輪、ボロボロの右膝を抱えて「投げることは出来ないが、それでも勝つために」とひたすら前に出続けた斉藤仁氏に近い状態に陥っていたのではないだろうか。まずこの見立てを踏まえておきたい。

次に、モンテイロが恐怖を感じていたのではないかというところだが、ここで一旦、その前題として。宇高と大外刈というトピックについて述べたい。

オールラウンダー全盛の現在の柔道界にあって、これほど個人の選手名と技名が一致する選手も珍しい。宇高と言えば大外刈、大外刈と言えば宇高である。大外刈は宇高の代名詞だ。

大外刈という技は、その成り立ちとして常に返されるリスクを抱えた、一本負けの恐怖と表裏一体の技である。狙う足に相手の重心を集めさえすれば、相手としっかり胸を合わせさえすれば、相手の首を固定さえすれば、釣り手を上げて相手を仰け反らせさえすれば、とこの恐怖を解消するための論理はいくつも存在するが、いかにこれらを理解していても、掛けた瞬間必ず相手との「刈り合い」の形になるこの技から返されるリスクを排除することは難しく、そしてそのリスクは他の投技と比べて段違いに高い。

2010年、世界選手権に初出場を決めた宇高は自身の課題を「仕掛ける勇気」と語っていた。所属の松岡義之監督も「行く度胸さえあれば結構やると思う」という言い方で同様の見立てを提示していた。
しかし、この大会宇高は「行けなかった」。初戦から旗判定の試合を重ね、行きつ戻りつの曖昧な柔道。最後は世界ランキング91位の無名選手を相手に背負投で「技有」を失い入賞なしに終わるという惨敗であった。筆者はこの時ミックスゾーンで「課題にしていたはずなのに、なぜ行かなかったのか」と直接質問を試みた。宇高は「予想以上の雰囲気だった。緊張があった。」と説明し、「勇気が足りなかった」と唇を噛み締めつつ繰り返し同じセリフを語った。その顔は、真っ青だった。

宇高がここまで追い込まれてしまったのは、その得意技がまさしく大外刈という構造的に返されやすい技、人一倍度胸を擁する技であるからという事情があるだろう。宇高はこの時既に25歳。率直に言って、この選手は難しいなというのが当時の感想であった。

しかし宇高は大外刈一本槍の自分の柔道から降りなかった。勇気なくば掛けることの覚束ない大外刈という技法をアイデンティティに据えて磨き続けることは、イコール術者のメンタルを練る行為でもあった。年齢を重ねるとともにメンタルの太さも増し、29歳で迎えた今春の全日本選抜体重別決勝では前年の世界選手権代表山本杏から右大外刈で、大会史上に残るのではないかというレベルの呆れるほど豪快な一本勝ち。ケンカ四つの相手に、まず引っ掛けて止め、次いで踏み込んで真裏に刈り倒す二段大外刈は女子ではなかなかお目に掛かれない、パワーとセンス、何より度胸が必要な「男の技」であった。

そして迎えた2度目の世界選手権。4年前に足りなかった、そして自身の大外刈という技のエンジンとして絶対に必要な勇気がいよいよ問われる場であったわけだが、ついにここに臨む宇高の、肝心の振るうべき刀、刈り足の膝が壊れていたわけである。

それでもこの日、宇高は行った。そして最終盤、伝家の宝刀である大外刈は鞘に収めたままもはや振るえる状態になかった。宇高の前進は、鞘に刀を呑んだまま、相手を睨みつけながら位押しに前進する居合抜きの術者のそれであり、そして実は肝心の刀は抜ける状態にはなかったのである。
そんな状態で、その「鞘の中の刀」をモンテイロが過剰に怖れた理由は何か。宇高の負けるわけにはいかないという決死の迫力なのか、食ってしまったらもはや耐えられないという自分の残存体力の皮算用ゆえなのか。

もちろんそれはあるだろう。だが最大の理由はここまで数年間あくまでこだわり続け、数々の大舞台で強敵を刈り落としてきた宇高の大外刈の威力そのものであり、そしてこの日に見せた宇高の「勇気」であったのではないだろうか。繰り返しになるが、常に返される危険性を孕む大外刈という技に必要なのは何より勇気である。準々決勝で見事に大外刈を決めていたことは勿論だが、準決勝であの懐深いパヴィア相手に思い切って仕掛け、そして取り切った勇気が結果としてモンテイロを委縮させ、鞘に収めたままの大外刈を怖れて後退させる結果となったのではないだろうか。

もはや技を仕掛けること覚束ない状態での、そして決勝最終盤という極限状況での前進は、並々な覚悟で出来ることではない。刀を抜くことは、ここまで育ててきた大外刈を放つことは叶わなかったが、宇高は実際に大外刈を放つのと同じだけの「勇気」を振り絞ったと言っていいのではないだろうか。

先ほども述べた通り、一番の得意技が「勇気」の量がひときわ必要な大外刈である以上、この技の練磨はイコール勇気を獲得することであった。唯一最大の得意技の大外刈に拘り続けたがゆえに、宇高は4年前に足りなかった勇気を獲得することが出来た。4年前の宇高の、大外刈ファイターであるがゆえのメンタルのエンスト。そして今年の、大外刈に拘るがゆえに獲得叶った勇気と結果。宇高は大外刈に悩まされ、大外刈に鍛えられ、そしてこの決勝はその大外刈の存在自体に救われた。まことに幸せ、そして稀有な「技と人」との関係ではないだろうか。

技、組み手、戦略。手軽に最新の武器を「身につける」ことが主流になる中、「技を磨く」ことの意味を改めて考えさせられる宇高の世界一奪取劇であった。


文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版8月29日掲載記事より転載・編集しています。
ドコモ版QRコード
docomo版QRコード
KDDI版QRコード
au版QRコード

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る




supported by KAYAC 運営会社サイトポリシー  RSS copyright (c) 2005 ejudo all rights reserved.