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【eJudo's EYE】得意技は「投げること」、さらにオールラウンダーぶり増した海老沼匡に死角なし・チェリャビンスク世界柔道選手権第2日「評」

(2014年8月27日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版8月27日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo's EYE】得意技は「投げること」、さらにオールラウンダーぶり増した海老沼匡に死角なし
チェリャビンスク世界柔道選手権第2日「評」
- 得意技は「投げること」、さらにオールラウンダーぶり増した海老沼匡に死角なし -

パリ世界選手権での金メダル獲得以降、一般社会からも注目を浴びることになった海老沼に関して「彼の得意技は何ですか?」という質問を受けることが多くなった。あなたなら、なんと答えるだろうか。

出世のきっかけとなった09年講道館杯決勝で五輪2連覇者内柴正人に決めて見せた腰車か、11年パリ世界選手権決勝で前年苦杯を喫したレアンドロ・クーニャを投げ飛ばして初の世界一を決めた内股か、ロンドン五輪代表を決める世界王者対決となった12年全日本選抜体重別決勝で森下純平を宙に舞わせた支釣込足か、13年リオ世界選手権決勝で反則脇固により腕を破壊されながらもアザマト・ムカノフを真裏に叩き落とした大内刈か、若干19歳でのユニバーシアード優勝の因となり当時代名詞的な技であった肩車か、それとも小内巻込か、背負投か、袖釣込腰か。

筆者はロンドン五輪時、一般誌向けの選手紹介記事で、海老沼の得意技は「投げること」そのもの、そしてキャリアの節目のなるような大試合をことごとく投技「一本」で制する極めて講道学舎的な勝負強さがその特徴だとの旨を書いたことがある。09年のルール変更で得意技の肩車を封印され、直後の全日本ジュニアでは入賞なし、それから僅か2か月でスタイルを変更して腰車と内股を決めまくって講道館杯、そしてグランプリ・アブダビを制したのは周知の通り。以降着々と持ち技を増やして来たが、それは海老沼の器用さを表すものではない。「技」は、どうすれば相手は飛ぶのか、転がるのかそれを体で理解した海老沼の「投げる」才能の表現であり、技種の多さはその出口の違いに過ぎない。

この「投げる」才能と、それ以上に、得意技なき(全ての技が得意技、という表現を使っても良い)オールラウンダーぶりが今回も海老沼を勝者たらしめることとなった。

新ルールが選手に強いるのは「持って、投げること」。そして「常に攻めること」。そして連続優勝者という立場が海老沼に課す運命は、研究されることと、徹底的に得意の形を作らせずに、凌がれ続けること。

これがクロスして迎える世界選手権、決して良い条件ではなかったはずだが、海老沼は片手で凌がれても変則の組み手を仕掛けられてもはたまた背中を深く持たれて瞬間的に組み負けても、つまりはどんな状態からでも、それも具体的な投げを狙った技を仕掛けて攻め続けることを止めなかった。凌がれ続けた3回戦のヒョン・ソン チョル(北朝鮮)で相手を転がしたポイント級の技は引込返、左一本背負投、左背負投、左小内巻込、セルゲイ・リムから4つのポイントを奪った4回戦で決まった技は左大外刈、右袖釣込腰、左背負投、左腰車、投げまくるも相手の「体術」で凌がれ続けたザンタライア戦で放ったポイント級の技は巴投、右小内巻込、左内股、左小内巻込、左一本背負投、右一本背負投、左腰車、左大腰。そして決勝で決めた技は左内股。ガップリ持って、片手で、前襟で、両襟で、背中を抱えて、袖を押し込んで、あらゆる形から、それも見せ技ではなく直線距離で相手を殺しに掛かる一撃を繰り出す海老沼の前に、各強豪は為す術がなかった。

加えて今大会、海老沼は積極果敢に寝技を仕掛けた。4月の選抜体重別決勝で高市賢悟との抑え込みの返し合いで敗れて以来寝技にも重心を置いた稽古を積んでいるとは聞いていたが、今回のアグレッシブなまでの寝技選択率の高さと速さは予想以上だった。横崩しや腰絞めといったオーソドックスな攻めはもちろん、下から首を抱えての「肩固返し」に腕挫十字固と攻めまくった。立っていれば投げられてしまう海老沼を相手にもはや掛け潰れすら許されず、崩れるだけで一本負けの危機に晒される相手選手が受けたプレッシャーは相当のものであっただろう。海老沼の止まない進化、オールラウンダーぶりは寝技にまで及んだ。もはや海老沼の得意技は「投げること」ですらなく、「勝つこと」と表現すべき、というのは褒め過ぎであろうか。パリ世界選手権時も同様の評を書いた気がするが、寝技も加えて海老沼の柔道は完成の域に近づきつつある。

全6試合。「一本」の数こそ3つであるが、「どの選手も海老沼に対して為す術がなかった」というのが今大会の66kg級を総括すべき様相である。

48kg級評で書かせて頂いた通り、近藤亜美が世界の舞台に持ち込んだ「わかっていても投げられてしまう、技術的適性が高い技」が"勝つ"ための方法論であるとすれば、海老沼の「どんな形からでも投げられる」「オールラウンダーとしての進化を止めない」のは"勝ち続ける"ための方法論である。海老沼、獲るべくして獲った世界選手権3つ目の金メダルであった。

- 高市賢悟、リアリストゆえの出世と敗戦 -

初出場の大学3年生、高市賢悟は善戦も7位。
予選ラウンドは順調に勝ち上がったが、決勝ラウンドに入るなり2連敗。3位決定戦ではこれまで2度勝利しているザンタライアにも敗れて表彰台に上がれず、実力発揮とは言い難い大会であった。

序盤戦の高市の試合から感じられたのは攻撃に至るシナリオの少なさ。そしてトップファイターに2連敗した決勝ラウンドで浮き彫りとなったのは、決めるべき技の欠落だ。現行ルールでは、どんなに粘っても、優位を作っても、投げなければ勝つことは出来ない。そして柔道である以上、投げる力がなければメダルを取ることは出来ない。

組み合わせに恵まれた予選ラウンド、初戦から高市が採った策は持てる側の袖、あるいは両袖を一方的に抑えての前進運動だった。
そのまま相手が居座れば場外の「指導」、嫌がって掛け潰れれば偽装攻撃の「指導」、半端な技で展開を切ろうとすれば返し技を狙い、押し返してくれば担ぎ技で投げを狙うという手堅い作戦。実際にほぼこの目論見通りに試合は進み、予選ラウンド全戦を通じて、少なくとも高市の側に危機が訪れる場面はほぼ皆無であった。

若いんだから、そして初めての世界選手権なんだから、戦術に徹して目の前の勝ちを小さく拾うよりも得意技の威力や攻撃の気風の良さなどの「潜在能力の高さ」を見せた方が良い、という向きもあろう。

観戦していた複数の記者からは「高市はなぜ投げに行かないのか」「何をしたいのか」という声も、実際に、聞かれた。

しかし、高市を代表にまで押し上げたのは、まさしくこの、持てる手札をフルに使って手堅く現実的な勝利に拘るというリアリストぶりなのである。高市は、果たして到達出来るかどうかわからない、例えば「美しい投げで周囲を魅了するような『一本』を狙う」という未踏の境地を目指すファンタジスタタイプではない。同門の先輩である中矢力や浅見八瑠奈同様、決して自己評価を誤らず、自分の中にあるリソースを、到達が具体的にイメージ出来る場所を狙って帰納的に鍛え上げ、そして出来上がった手札をフルに駆使して勝ちを狙うという徹底的な現実主義者なのだ。

体重30kg台の小兵ながら両袖を掴んで相手を封じる袖釣込腰で全国少年大会を制した小学生時代、才能肌の選手が成績を残す中、泥臭く担ぎ技を仕掛けることで全国上位に踏みとどまった高校時代、そして同僚高藤直寿の柔道にヒントを得て自らの体幹の強さを生かす「やぐら投げ」と寝技を取り入れて日本一に輝いた今春の選抜体重別。高市を支えてきたのは、自己評価を誤ることなく自らのリソースを直視し、「出来ること」を見極めて鍛え上げるという良い意味での「夢のなさ」なのである。

つまり今大会は、リアリストである高市が世界選手権の場に持ち込んだ「出来ること」の種類とその到達点がメダル獲得のレベルになかったと評するのが妥当ということになる。

前述の通り海老沼匡の勝利の因となったのは、その投げの威力、効く技種の多さ、そしてそこに持ち込むシナリオの多さ、と高い到達点でそのオールラウンダーぶりを実現したことにある。

対して、高市には一方通行の組み手を作って場外際に押し込み、形が出来たら担ぐという、大枠一つのシナリオしかなかった。地力で押し切れる力関係にあった予選ラウンドはこのシナリオで圧勝することが出来たが、トップファイターと対戦するステージに入るなり結果としては2連敗。高市の柔道の融通の利かなさと、縦横無尽に攻めまくる海老沼との対比は残酷なほどであった。

高市は3位決定戦の終了ブザーが鳴った瞬間、膝に手を当て、珍しいほど感情を露わにして悔しがっていた。それは己の力を良く知る高市が、己が評価されるためには何が必要かを良く理解していたからではないだろうか。リアリストが評価されるのは結果のみ。己が評価されるべきは将来性などという曖昧なものではなく、そして自身の今回選択した柔道にその曖昧な魅力は敢えて盛り込んでおらず、結果のみが自身の命を繋ぐものであることを自身に突き付けているが故のあの悔しがりようであったのではないだろうか。

しかし高市はまだ若い。この日優勝した海老沼とて、初めて参加した世界選手権では予選ラウンドで敗退して入賞なしに終わっている。そして同門、同メンタリティを持つ先輩の中矢力は、20歳にして自身に足りない投技の修行を宣言するという異質の成長ルートを辿り、そして寝技で鍛えた自身の体幹の強さを生かした投技を開発し、結果世界一にまで上り詰めている。高市の「現実を見る目」のクレバーさ、そして強化陣に飛び級での世界選手権代表選出を決心させた潜在能力の高さからすれば、リベンジは十分に可能なはずだ。リアリストが高みに達すると手のつけようがない強さを発揮するという事例もまたこの世界には数多い。選抜体重別で見せた羽化から、さらに一段進化して次はどんな面白い柔道を見せてくれるのか、世界の中での現在位置というこれ以上ない「リアル」な材料を得た、高市の今後に期待である。

-「ザンタライア体術」の発信源、個性派ザンタライアの3位入賞に拍手 -

現在国際柔道の最先端を行くのは間違いなくロシアンスタイル。パワーをベースに、奥襟を持っても前襟を掴んでも袖を絞り込んでも戦うことが出来、左右に刈り、跳ね、担ぐ技があり、寝ぎわ立ち際の固技技術に優れる。

そしてこのスタイル、まことに流行っている。特に身体能力に優れた軽量級から中量級までのトップファイターはほとんどがこの言葉の中に納まるスタイルで戦っている。
同体格で争う体重別、そしてどんどん狭くなるルールの幅という条件を考えれば採るべきスタイルはおのずと限られてくる。かつ映像流出による相互模倣が頻繁、となればトップファイターの柔道が似てくるのはこれもまた当然。

つまりは柔道界は「個性派」という存在が生まれにくい状況にあるわけだが、その中で今大会ゲオルギー・ザンタライア(ウクライナ)の面白さは際立っていた。長身から脇下を握って逆の小外掛を狙うことを軸に据える癖のある戦いぶりや際の動きの方向選択に見せる異次元的な発想ももちろんだが、今回特にクローズアップされたのはその独特の受けである。

もともと「大外刈を受けて倒れながら自らバク宙(相手の腕を鉄棒にしての逆上がりと表現してもいい)で跳んで相手に上に覆いかぶさる大外返」などの異次元のテクニックと身体能力で選手の尊敬を集めていた人ではあるが、今回の海老沼との対戦で日本のファンにもその異能ぶりが詳らかになったのではないだろうか。

海老沼匡に投げまくられながら自らありえない方向に跳び、あるいは畳につけた頭を視点に逆側に降りてポイントを回避し、場合によってはあろうことかそのまま立って自身の攻撃にまで繋ぐというその「体術」は、日本人の勝ちをのみ願ってテレビの画面を見つめる一般視聴者にとってはこの上なくイライラするものであったであろうが、ザンタライアを良く知る柔道ファンたちにとってはこれ以上ない、真夏の夜のビールの良いお供だったのではないだろうか。

面白いのはこの「ザンタライア受け」が流行しつつあること。初日の軽量級では「ヤバイときにはザンタライア受け」とばかりに身の軽い軽量選手たちが自ら縦に一回転する場面が頻発していた。本家からすると一段落ちる、単なる落ち際の回避テクニックとしか見えないものも散見されたが、第2日の予選ラウンドに至っては「そんなに打点が高い技じゃ、投げてもなかなか『一本』取れないよ」という常識とは真逆のムードさえ漂う有様であった。

攻撃技術が即座に伝播するということはままあるが、受けのテクニック、回避の技術がここまで一気にマネされることは今まであったであろうか。そして、この模倣はこの技術がザンタライア並みの異次元の身体能力がなくても、練習さえ積めばある程度「出来る」技術体系として立って行けるという証左でもある。

この人、もはや「ザンタライア流体術」の開祖と言っても良いのではないだろうか。次はいかなる妙技を披露してくれるのであろうか。まことに楽しみである。

参考映像:「Georgii Zantaraia - Stage Technique d'hiver 2013」

- 橋本惨敗、誤った「見積もり」の検証待たれる -

マイリンダ・ケルメンディ(IJF)が圧倒的な強さで2連覇を飾った52kg級、昨年の銅メダリスト橋本優貴は7位に終わった。

レポート記事でお伝えしたとおり、準々決勝では事前にライバルとして名前が挙がっていたナタリア・クズティナ(ロシア)に逆の大腰で畳に叩き付けられ、敗者復活戦ではアイデンティのはずの寝技で、それもさして寝技が得意ではないヤネト・ベルモイ(キューバ)に抑え込まれるという衝撃的な形で一本負け。

初戦では無名選手のヘラ・アヤリ(チュニジア)に2度抑え込まれ掛かるなど確かに動きは悪かった。
寝技で勝つ、と決めているゆえか、まず投技でしっかり勝負するという覚悟も足りなかった。
逆構えになったクズティナに対しての腰の差し合いで、腰車の形で首に触りながら「探る」という、腰の差し合いでもっともやってはいけないことをやってしまってもいた。
金沢学院大時代に度々見せていた切所でのメンタルのエンストを起こした印象で、「自分に負けた」ようにも見受けられた。
寝業師にありがちな、抑えることに集中するあまりの焦りと油断も、感じられた。
そもそも体の強さで勝っていないとスタートできないタイプの橋本が、生命線であるはずのフィジカルコンディションの仕上がりが悪かったとも感じられた。

だが、負けというものには容易に理由づけがたくさん見つかるものである。

ここでは強化スタッフの「見積もり」について述べたい。

強化スタッフの、ケルメンディと橋本の力関係の見積もりは「五分か、橋本の方がやや上」。クズティナとのそれは「実力は橋本が上」であった。「二本持てば大丈夫」との説明も度々あった。

もちろんこれは、メディア向けの説明であり、本心はどうであるかはわからない。

ただ、試合だけを見ている身からすると少々意外ではあった。半年の休養から明けて以降、冬季欧州シリーズというハイレベル大会を皮切りにスケジュールを選ばず無造作に試合に出ては優勝を浚っていくケルメンディの強さはやはり出色であったし、青島→パリ→デュッセルドルフと試合に出る度に骨自体がブリブリ太くなるかのように強さを増すクズティナの、13年のエツィオ・ガンバの女子監督就任以来打ち続く成長は脅威であった。比するに橋本の選抜体重別でのパフォーマンスは良くなく、11月のGS東京の勝利も2月のグランドスラムパリの2位入賞も、「強い!」とその試合ぶり自体に唸らされた13年春期から比べると一段落ちるもので、1年スパンでの緩やかな低落傾向を感じさせるものであった。

正直なところ「敢えて言えば、去年の橋本なら、このくらいの力関係にあると思えるかもしれないな」というのが偽らざる感想であった。

それでも、我々が観察し得るのは試合という数か月に1回のアウトプットのみ。

橋本が稽古で強化陣を唸らせるような抜群の強さを発揮しているのかもしれない、国際合宿等での手合せと観察で「橋本の方が力が上」との手ごたえを得ているのか、試合しか見ていないものには伺いしれない内部事情があるのかもしれない、少なくとも4月にはハイコンディションになかった橋本の状態が、勝ち続けているケルメンディより「五分か、やや上」と見積れるくらいに上向いているのだろう、という見立てに則ってプレビューでは橋本-ケルメンディの対立構造を支持したわけであるが、残念ながらそれはあまりに日本人にとって楽観的すぎる観察であった。

ここ1年ワールドツアーのどの大会でも3位決定戦進出が精いっぱい、という体であったアンドレア・キトゥが本番でこれだけ素晴らしいパフォーマンスを披露するということを誰が予想したであろうか。やはり勝負は水もの、蓋を開けてみるまでわからない。

ただ、もしも、万が一、「橋本のほうが上」という見立てがメディア相手に三味線を弾いて見せたわけでもなく、リップサービスを行ったものなく、混ぜ物少ない本音であったのであれば、そのスカウティングはやはり問題だ。あまりにも実態と差がありすぎた。52kg級の総括としては、「北京-ロンドン期の『中村美里&西田優香 vs それ以外』という長く続いた構図が終わりを遂げたことが明確となり、既に勢力図は『ケルメンディの時代』として塗り替えられていたことに後付けで認証印が押された」ということになるわけだが、
このケルメンディを中心とするパワーファイターの時代の到来は、既にワールドツアーでほぼほぼ青図が描かれていて、あとは最後の線を引くだけであったはずだ。この構図を認識出来ていたのか、この歴史的な流れに、不調の橋本を以て抗うという覚悟はあったのか。

かくいう筆者も橋本が昨年のパフォーマンスを発揮できる、という希望的観測に「乗った」口であり、大きなことは言えない。ただ、当たり外れではなく、かつて日本柔道を不調に追いやった「希望的観測」の病がスカウティング部隊を蝕んでいるとしたらこれは今後に向けて大きな問題だ。

48kg級の近藤の戦いぶりから透けて見える「スタッフの仕事」は優秀そのものであった。そして上記は万が一の仮説ではあるが、何がこの見立てと実際のギャップを生み出したのか、これは顔を背けずに検証されるべきであろう。



文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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