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【eJudo's EYE】判定に惑わされずに高藤の現在位置を考える・世界柔道選手権60kg級「評」

(2014年8月26日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版8月26日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo's EYE】判定に惑わされずに高藤の現在位置を考える
世界柔道選手権60kg級「評」
話題になっている「ロシアの地元判定」についてと、その議論を超えた「リオ世界選手権王者高藤直寿の現在位置」について。二章立てでこの階級の評を試みたい。


準決勝のベスラン・ムドラノフ(ロシア)戦で高藤直寿が受けた大腰「技有」から「有効」への宣告訂正、さらに浮落「有効」の取り消しは確かに理不尽なものではあった。特に後者がノーポイントであったことは技のポイント評価の主観を踏み越えた、技判定の三要素という「定義」に抵触しかねないもので正直なところ理解に苦しむ。主審が一度下した技効果判定への訂正指示はその判定に明らかに訂正の必要がある場合、というアナウンスがルール変更当初にあったと記憶している(これを内規として飲み下したのが国内における「技評価の訂正は"二段階以上"のズレがあると認められたとき」という運用だ)が、技判定の最終的な妥当性はともかく、これが主審の判定を覆すほどのレベルにあったかとなると、やはりこの裁定には疑問を抱かざるを得ない。(ただしワールドツアーでは当初のアナウンスなどなかったのごとく、技評価の訂正は日常茶飯事である)

IJF公式facebookページのこの勝負のニュース記事に寄せられたコメントに溢れた「shame」の文言、「(won)with the help of judges」などの書き込み(ただし、モンゴル、グルジア、セルビアと比較的利害の濃い国からのものではあるが)を観察する限りでは、筆者も含めた多くの日本人が抱いた「地元ロシアに配慮した判定ではないか」との疑念が、直接の被害者高藤に肩入れする同国人としての被害感情だけに基づくことでないことも、どうやら明らかだ。

ただしここに拘泥し過ぎることはいかがなものかと思われる。四点で語りたい。

・一つは、柔道競技における投技の評価というものが、いかに基準を設けても畢竟は主観的なものであるということ。

・もう一つは、同じく決勝でさらに露骨な地元贔屓を受けて自身の明らかなポイントをスルーされたガンバット・ボルドバータル(モンゴル)が、この試合に勝利していること。

・最後に、序盤戦からの全戦をウォッチする限りこの日のベストパフォーマーはガンバットとムドラノフであったこと。

・ただし、この「誤審」(好意的な表現である)が起こった背景については良く考えてみる必要がある。


最初の項について。「相当の勢い」「強さ」「背中をつかせる」という一本構成の三要素からの引き算によって(もちろん細かい附則や判定基準はあるが)行われる「技の評価」は畢竟どこまで行っても審判の主観に委ねられる類のものだ。どこまで行っても、「突っ込みは出来るがエビデンスの提出が出来ない」水掛け論になってしまうこの技評価のズレというトピックに関しては、「起こりうること」だと評するしかない。勝敗が覆らない以上、高藤としてはこれが五輪でなくて良かったとポジティブに捉えて次に進むのが良いかと思われるし、日本としてはこのようなことが起こらないよう粘り強く、基準の明確化とモラルの厳格化というプレッシャーを掛けていくしかない。

ただし、敢えて言うならば、ここに観衆が疑念を抱くであろう現在の審判システムと、伝えられるように高藤が「有効」の訂正を試合終了のブザーが鳴るまで気付けなかったという事実が本当であれば、これはきちんと考えていく必要がある。

システム。かつてはこの「主観」に対して副審2人を含めた3人を畳に上げて同時評価をさせることで無理やりに制度的な客観性を担保していた審判システムであるが、いまやこのやりとりは畳外の審判委員とのインカムによる通話という、他者から見えない密室で行わる状況になってしまっている。かかる状況での訂正頻発は恣意的な介入と取られるのが当然で、これは主観云々を超えた構造的な問題。IJFは寄せられた「shame」とのコメントを、あの技の評価の妥当性を超えて、評価システムの「見せ方」として考え直すべきだ。

高藤が気づけなかったこと。
ワールドツアーにおいて、IJFから配信される国際映像内の技訂正の有無のわかりにくさ、そして反則宣告の理由のわかりにくさは一部では相当以前から話題になっていた。技訂正がどのタイミングで行われるかがわかりにくく、そして反則のジャッジにはカメラが追いついていない。いつの間にか技訂正があり、いつの間にか反則が与えられ、それが視聴者や観衆に周知されることは少ない。とにかく早く試合を進めろとルールを変更してまで審判に強要する一方、要はIJFはこの「周知」についてはあまり気を配っていないのである。試合者高藤の「うっかり」ぶりに原因を求めるのではなく、評価システムの見せ方と同文脈で、考え直すべき余地がある。

ガンバットの勝利とムドラノフのパフォーマンス。二つ目の項と三つ目の項は同文脈の中にある。レポート記事でも述べさせていただいたが、序盤戦から試合をウォッチする限り、この日のベストパフォーマーは間違いなくガンバットとムドラノフであった。高藤戦におけるムドラノフの左右構えを変えながらの接近と肩車「有効」(勢いは「一本」級であった)による先制は迫力十分であったし、決勝でガンバットが明らかな浮落によるポイントをスルーされたことを乗り越えムドラノフに勝利したという事実、そして前述の通り技評価の解釈のズレが「起こり得ること」であることを考えると、「誤審や恣意的な介入があったから負けた(あるいは勝った)」というだけの力の差があったと考えるのは難しく、すくなくとも高藤を入れた3人が表彰台に立つレベルにあり、接戦で優勝を争うという力関係にあったことは事実。高藤3位はそのパフォーマンスと実力から「飲み込める結果」であったと評するべきだろう。

最後に、この事態(ロシアで、地元贔屓と疑われるジャッジが続いたこと)の背景について。ふたつ理解しておきたいことがある。ひとつは、ソチ五輪で起こった同種の事態や議論から考えても、この土地にはこういった事象を受け入れる、あるいは呼び込む土壌が十分あるということ。マスな意識が作り出すこの「土壌」には事の正邪はあまり関係がない。もうひとつは国際柔道界におけるロシアのプレゼンスの上昇だ。前日に、むしろ開催打診を受けているというニュアンスで伝えられた世界ジュニア招致に失敗するという恥辱を味わった日本と比べるのはさすがにどうかと思うが、日々上昇するロシアの存在感と発言力、そして以後もこの土地で大会が度々開催されるであろうという有形無形のプレッシャーが審判の意識に影響しているということは十分に考えられる。つまりは、このような事態は今後も十分「ある」ということだ。高藤は3位決定戦の「一本」宣告後、「訂正するならまだやるぞ」とばかりに戦闘姿勢を崩さなかった。この「あることを飲み込んで戦う」姿勢は2日目以降、そして今後の戦いにしっかり引き継ぐべきだろう。

思ったよりも長くなってしまったが、高藤の受けた「地元判定」について考えるべきこと(そして、考えなくても良いこと)は以上だ。

次に高藤の現在位置について。

こちらの方がよほど重要で、前述の通り高藤の銅メダルという結果が「あるべき」ものとして受け入れられるこの状況をこそ、真摯に捉えるべきだろう。

複葉機の中にジェット機が紛れこんだかのような出力の違い、ビット数の異なるコンピューターが演算能力を競うかのような「位相」というレベルでの違いを見せつけた昨年大会と比べると、今大会の高藤の存在は少なくとも序列内に収まる、食物連鎖の同クラスタ内で覇を競うというところまで後続勢力に吸収されたと捉えてほぼ間違いなさそうだ。

高藤が昨年持ち込んで衝撃を与えた「ナオスペ」や逆の大腰、体幹ごと抱え込んで上体を殺す浮腰や移腰はもはや軽量級のトップファイターにとっては標準装備。

相互模倣と徹底研究による戦闘力の接近というこの事態は、実は高藤は既に十分気づいていたはず。それが6月の強化合宿時の「新しい技を生み出して上を行くよりも、二本持ってしっかり投げる柔道を目指す」「わかっていても投げられる、というところまで行きたい」という発言に繋がっていたのではないか。作っても研究される、そして追いつかれるというイタチごっこによって勝つことは出来ても「勝ち続ける」ことが困難であることは、なにより高藤がもっとも理解していたことなのである。

展望記事でも書いた通り、であれば今大会にその萌芽が見られるかというのがこの日の注目点であったはずだが、初戦でケンカ四つ、片手しか持とうとしないヤニスラフ・ガーチェフ(ブルガリア)と対峙した高藤が採った策は片手の隅返による2発、5分フルに渡って相手の片手志向に敢えて乗っての「技有」「有効」奪取であった。現時点の保有カードを以て勝負に徹する姿勢は間違いではない。つまりは、わかっていても一朝一夕にできることではないということだろう。

とはいえ、長期的な地力の錬成だけがこれを可能ならしめる、という話でもない。

48kg級評で書かせて頂くが、例えば近藤亜美に右払腰「しか」ないことはライバル達は十分わかっていたはずである。それでも近藤が投げ勝ったことには、「思い切り」というような曖昧な要素(大事なことではあるが)を超えた、国際柔道のトレンドに対する技術的な裏付けがあった。地力の錬成はもちろん大事だが、「向いた技術」というのは明らかに、ある。

かつて高藤の先輩の海老沼匡は得意技の肩車や朽木倒をルールによって封印され、数か月で「二本持って投げまくる」スタイルに変貌を遂げた。超変則選手でもあればともかく、地力も既に世界トップクラスの高藤なら、あとは、どのルートを選択するか、到達点としてどの地を選ぶかということだけである。

言い方は賛否あろうが、五輪中間年の今年は、もっとも「負けても良い年」。この時点での勢力変化に気づかされた今大会の負けはむしろ収穫多いと捉えるべきだ。天才・高藤のさらなる成長と進化に期待したい。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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