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【eJudo's EYE】世界柔道選手権63kg級「評」

(2013年9月11日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版9月10日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo's EYE】世界柔道選手権63kg級「評」
反則技「ゲルビチョーク」から導き出すべき論点
準決勝で阿部香菜(三井住友海上)を「一本」、さらに決勝では優勝候補筆頭のクラリス・アグベニュー(フランス)を絞め落とすという衝撃的な結末で再度の「一本」。リオ世界選手権63kg級の「評」で取り上げるべきは初優勝を飾ったヤーデン・ゲルビ(イスラエル)、というよりその決め技である「ゲルビチョーク」以外に考えられないであろう。

上衣の裾を使って相手を絞める、柔術では「ラペラチョーク」という体系で括られるという(門外漢なので誤りがあったらご容赦願いたい)この技術。見逃した方はyoutubeなどに映像が溢れているのでぜひ見てみてもらいたい。道場で試してみればすぐにわかると思うが技自体の威力は抜群。加えて「知っているものが知らないものを永遠に取り続ける」鉄則に支配される寝技世界で、警戒されていない技術というのはその存在自体が核爆発的な威力、技術1個で大会の様相を全てひっくり返すだけのパワーを持つ。(2010年世界選手権の「秋本返し(柴山縦)」を思い出して貰いたい)

この仮称「ゲルビチョーク」の周辺を考えるにあたってまず前提としておきたい事項が2つ。

この技術は、明確な反則であるということ。
そして、ゲルビがこの技術が反則であることを知っていて敢えて投入した"確信犯"であるという事実だ。

反則であるということ。国際柔道連盟試合審判規定には禁止事項として「柔道衣の上衣の裾または帯を使って、あるいは直接指で絞技を施すこと」(が反則)という条項が明記されている。与えられるべきペナルティは「指導」(軽微な反則)である。ゲルビの施した絞技はこの条項に明らかに抵触する。試合直後に「首の周りを一周していなければ反則ではないのではないか」というような観察も一部で聞かれたがこれは腕や体を括る際に問題となる「帯の端や上衣の裾を相手の身体のどの部分にでも巻きつけること」条項との混同であり、ゲルビの絞技に対するエクスキューズは、少なくとも現時点では、ルールブックを字義通りに解釈するならば、まったく見当たらない。

次にゲルビが確信犯であるということ。ゲルビは世界選手権の前に来日し、筑波大学での稽古の折にこの技を披露した上で、同大の岡田弘隆国際審判員に「この技術が反則かどうか」を問うている。岡田氏の答えは「明確な反則」であった。つまりゲルビはこの時点でこの「裾絞め」がルールのグレーゾーンにあるものですらなく、明確な違反技術であることを知っていたということになる。

岡田氏は「おそらく彼女はどこかの国際大会でテストし、反則を取られないということを確認して世界選手権で使用したのではないか」という見立てを合わせて語っていた。ゲルビがこれを実戦投入してIJFの審判能力をテストした経緯があったかどうかは定かではないが、IJFの審判員が即座にこれを反則と断じるだけの能力の持ち合わせがないという予見もしくは確信のもとに、世界選手権にこの爆弾を装備して臨み、準決勝と決勝というギリギリの勝負どころまで待ってこれを投下したというところまではおそらく間違いないだろう。技の威力は抜群、相手は自分の格上であり力関係的には負けてもともと、万が一反則裁定を受けたとしてもペナルティは勝敗に直結しない「指導1」のみ。ここまで計算した上で、使わない手はないということだろう。もう1つ言ってしまえば、仮にその「指導」を受けたとして1回この絞めを受けた相手の戦闘能力はガタ落ちのはずだ。1度失神したアグベニューがゲルビ相手に「有効」ビハインドを負った残り4分をまともに戦えるとは思えない。まさかそこまで織り込んでいたとは考えたくないが、試合がゲルビの描いた「理想のシナリオ」通りに運んだことだけは確かだ。

我々はこの技術と経緯、そして結果に対して何を考えるべきか。

ゲルビが汚い、という批判は当たらない。スポーツである限りルールギリギリ一杯を使って(踏み越えてしまっているが)競技者が結果を求めるという行為は正当である。常々本サイトでも主張してきたとおり、武道的な「規範」をここに持ち込むのは議論として見当外れだ。ゲルビの戦いは褒められたものではないが、瑕疵があるとすればそれはゲルビではなく捌けなかった審判の側にある。

そして審判員の技術が低い、という批判は当たりではあるが問題の矮小化に通じる。

IJFが勝敗を覆すということは体面的にも処理の困難さからもほぼ全く考えられないから「阿部とアグベニューの順位を繰り上げよ」というような議論も意味がないと考える。

ここでは、まずIJFの準備不足と、IJFおよび我々柔道人の固技技術に対する「思いのなさ」について考えるべきだろう。

まずIJFの準備不足について。あの場面、主審は「待て」、少なくとも「そのまま」を宣告して試合を止めて状態を確認した上でゲルビに「指導」を与えるべきであった。主審にその能力がなかったとしても、ジュリー、もしくはセンターテーブルは主審の「一本」の宣告を取り消してゲルビに「指導」を与えた上で試合を再開させるべきであった。残念ながらIJFはゲルビの反則を即座に裁定できるための観察力と技術的見識を持たなかったのである。

ここで問題にしたいのは、審判一個の能力の問題ではなく、この起こるうるべき反則を想定していなかったIJFの暢気さである。

今春以降、特にワールドマスターズ以降の大会には世界選手権での寝技の爆発的(と言っていいかと思う)流行の兆候が十分あった。所謂「巴十字」の流行、ロシア勢が度々見せている「立ち際の攻防で狙う腕挫手固と腕緘」、ムンクバット(モンゴル)がグランドスラムパリやワールドマスターズで見せていた「オモプラッタからの抑え込み」など、など。どうも皆やってきているようだな、という火薬の匂いが数ヶ月に渡って立ち込め、各国の一斉投入でトレンドとして炸裂したのがこのリオ世界選手権であったのである。

世界中に試合映像が溢れ、昨年の五輪で「どうしても勝ちたい大会では、事前研究の上を行く新しい技術を投入しなければならない」ことがハッキリした国際柔道界。そしてそこに導入された新ルール。新ルールへの対応は大雑把に言って3派に分かれ、1つは70kg級のポリング(オランダ)のように徹底して組んでの接近戦を挑み続けてその膂力を生かすパワー派、もう1つはパヴィア(フランス)(今大会は少々様相が違ったが)のように、「投げることは出来ないが一方的に攻めることが出来る技」をこれまで以上に思い切って仕掛け、相手を崩すことで早めの反則裁定を生かす策に出た戦術派、最後は「寝技を長く見る」ことにフォーカスして固技の習得に舵を切った技術派である。注ぎ込んだ労力が比較的早く結果に結実する固技ということもあり、最初の世界大会であるこの世界選手権で「持たざるものたち」が一斉に固技に雪崩れ込んだ結果、このトレンドは一気に爆発した。五輪翌年の「消化試合」などとんでもない。各国の強豪は明らかにこの世界選手権に合わせて準備し、晒し、試し、そして隠して一斉にこのムーブメントを作り上げることとなったのである。

IJFは、今期の国際大会に溢れていたこの「匂い」をどう捉えていたのか。寝ぎわ、立ち際の攻防に、反則すれすれの寝技移行技術。もしこの兆候を真剣に捉えていれば、世界選手権で起こりうる事態とその対応シミュレーションを行っておくことくらいはできたはずである。常々「あいつらは技術を見る目がないし、そもそも技術に興味がない」と陰口を叩かれることの多い審判理事であるが、現場で即断即決する「目」に自信がないのであれば彼らの生命線は事前予測にあったはずなのではないだろうか。スーツに身を包んだ青白き審判理事たちの、これは怠慢である。

今大会で、日本は海外の強豪に寝技技術で「置いて行かれた」という評価がある。が、なんのことはない。彼らにもっとも引き離されていた、もっとも技術についていけなかったのは胴元であるIJFだったということだ。

いくらケアシステムを用意しても、ハイテクを駆使してビデオを何度も回しても、そもそもルールを知らなきゃ関係ないさ、と笑われてしまっても仕方がないだろう。今回ばかりは「あいつら柔道知らないからな」という選手あがりのヘッドコーチ陣の嘲笑に、彼らは抗うことが出来ないはずだ。

そしてもしも、その場ですぐに抗議を行わなかったのだとしたら日本の強化陣もこの点では同罪だ。

かくいう私も、画角もあって瞬時にこれを反則だと看破することが出来なかった(そもそも国際映像では技のプロセスが絵には乗ってこず、既に裾が首に食い込んだことが確認できない状態から始まっていたのではないかとと記憶している)。ここで私の胸に刺さったのは、この問題を翌日深夜に話し合っていたある、寝技の権威として知られる日本の柔道家の「結局全日本もIJFも寝技に対して興味がないんですよ」という一言だ。まことに、一言もないとはこのことだ。興味があれば、熱意があれば、そして技術への敬意があればこの誤審は十分防げた。そして「興味がない」胴元に対して技術への熱意を持つ選手の側が勝利(と言っていいのかどうかは賛否が分かれるところだが)したのが、この63kg級の準決勝と決勝であったと見ることも可能なのではないだろうか。簡単に言って、選手がサンボや柔術のグラウンドテクニックを研究しているのに連盟がそれをしていないとすれば、現場での知恵比べでどちらが勝つかは明白である。今後IJFは積極的に、「他競技から柔道選手が移入する可能性のある技術」について事前研究して内部でその対応を固めておくべきではないだろうか。「投げあうこと」に特化した競技として他格闘技との差異化を図って生き残っていこうというここ数年の大きな流れを考えれば、競技の重心が寝技に傾きすぎることには常に一定の警戒とポリシーを持って臨むべきだし、なにより他競技技術の「草刈り場」となるのは好ましくないはずだ。専門のチームが創設されても良いくらいの話である。

次に以後のこの技の扱いについて。シナリオ分岐はこの技術が肯定された場合と否定された場合の2種類。肯定されるべき場合に起こるであろうカンブリア爆発的な種々雑多な新技術の流行と、否定された場合の罰則規定の変更についてである。

技術が肯定される場合。これは「IJFが体面上過ちを認めないであろう」「であれば全面的に認めるか、もしくは現在のルール運用の範囲内で"ここまではOK"というような程度設定が為されるだろう」という予見に沿ったシナリオだが、これはIJFのお手並み拝見というしかない。そして以降の「裾あり」を前提とした寝技技術の激変については、筆者は語れるだけの見識がない。IJFのステートメントを待ってしかるべきオーソリティに登場いただこうということになる。ただし、個人的な見解としては、IJFにはこの程度設定を行うだけのテクニックに対する見識はないし、その寄る辺となるべきルールも存在しない以上、IJFはこの試合の判定が誤審であったことを認めて「裾を使った絞めは反則」と改めてステートメントを出すのではないかと考えている。世界選手権終了1週間が経過した今となってもステートメントは発せられていないが、今はこの稿を含めた各国の出方を見守りつつ、事態の冷却を待っているのではないかと推測する次第だ。

そしてこの予見通りにあの判定が誤審であったと認められ、以後「裾絞めは禁止」と改めてアナウンスがある場合。これについてはひとつ意見を具申したい。

IJFの反則に対する罰則規定はシンプルで、2種類のみ。「軽微な反則」に与えらえれる「指導」か、「重大な違反」に与えられる「反則負け」のいずれかである。

現在この「上衣の裾や帯を使った絞め」は「軽微な反則(指導)」という扱いであるが、一発で相手の戦闘力を決定的に奪う可能性があるかかる行為はもう1つの反則カテゴリである「重大な違反(反則負け)」に罰則を変更すべきであると考えるが、いかがであろうか。

ゲルビが確信犯的にこの反則を持ち込んだということの意味をよく考えてもらいたい。そもそも「柔道衣の上衣の裾または帯を使って、あるいは直接指で絞技を施すこと」行為が偶然に起こる事故である可能性はほぼゼロで、これが適用される事態は明らかに故意のはずだ。故意でしか起こりえず、かつ、1回で相手を戦闘不能に追いやることの可能な行為、これが「軽微な反則」であるのは妥当性を欠くのではないか。現行の規定でも例えば「重大な違反」(反則負け)である「相手を傷つけたり危害を及ぼしたり、あるいは柔道精神に反するような動作をすること」という条項を適用して反則負けを宣告することは理論上可能だが、「知らなかった」「事故だ」と抗弁する選手やコーチを前に、明らかに主観が絡むこの条項を1人の審判が適用するのはなかなか難しいだろう。やはりここは明快に分類を変えておくべきだ。

この「個々の行為に対する罰則規定が妥当かどうか」については筆者も突っ込んで考えたことがほとんどなかったが、不明を恥じる次第である。IJFは「軽微な反則」の中でこの故意でしか起こりえず、かつ一回で相手の戦闘能力を決定的に奪う可能性があるものが他にあるか、もう一度検討する必要があるだろう。(「胴絞や頸、頭を脚で挟んで絞めること(両足を交差し、両脚を伸ばして)」「相手の握りを解くために、相手の指を逆に取ること」あたりは可能性がなくもない)

「ゲルビチョーク」を巡って語るべき意味のあることは、現時点ではこのくらいだと思うが、いかがであろうか。

阿部とアグベニューには、気の毒というしかない。ミクロにはIJFの不明の、マクロには、新ルールと、常に技術革新が要求される「映像情報流出の時代」の犠牲者であった。特に、組み合わせに恵まれて決勝でのアグベニューとの決戦が規定路線であった阿部の敗退に関しては日本人として本当に悔しく理不尽な気持ちがあるが、この稿の趣旨とは違うので敢えて、置く。再起を期待するとだけ申し述べておきたい。

文責:古田英毅

◆      ◆      ◆
<参考映像>

World Judo Championships Rio 2013 Final -63kg GERBI Yarden

解説映像"GERBI choke" 

柏崎克彦講習"襟すそ絞め"(考え方の一つとして紹介されています) 

※いずれもオフィシャルなものではありません。リンク切れの場合はご容赦ください


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