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【eJudo's EYE】世界柔道選手権57kg級「評」

(2013年9月11日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版9月9日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo's EYE】世界柔道選手権57kg級「評」
不調覆せなかった山本杏の「早い出世」とスランプの要因分析、そして大舞台で掴んだ2年ぶりの上昇傾向
山本杏は5位。優勝候補筆頭のライバル・パヴィア(フランス)との準々決勝に「指導2」で敗れ、3位決定戦ではランキング76位のベディッティ(スロベニア)に頭を下げられる展開を打開できず「指導3」対「指導2」の反則ポイント累積差で敗れ5位。表彰台にあがることが出来なかった。

まだ19歳と若く、かつ世界選手権が初めてという山本。5位という成績は彼女のポテンシャルの高さに比すれば残念なものではあるが、これは責められるにあたらないだろう。それ以上に危惧されるのはその内容の悪さ、山本を山本たらしてめてきた長所がほとんど発揮できなかった試合内容にある。

山本がこの日戦ったのは5試合。そのうち「らしさ」が見えたのはあっという間の引き出し小内刈で「一本」に仕留めた3回戦のドロフニー(キューバ)戦のみ。格下相手にいきなり逆方向の大外刈で転がされた2回戦のアマリス戦に始まり前述の通り頭を下げさせられ続けて柔道をさせてもらえなかった3位決定戦のベディティ戦まで山本の低空飛行は5試合に渡って続き、得意の「離れた位置からの送足払」や「同じ足を小内刈、小外刈でずらして出足を止める連続攻撃」といった異次元の足技も繰り出されることはなく、持ち味発揮の場面はほとんどなし。足技に関しては全試合がケンカ四つであったという事情もあろうが(アマリスのみはすぐに試合が終了したため組み手は不明)、何よりその山本らしからぬ「元気のなさ」に驚かれたファンも多いのではないだろうか。

その出来の悪さは昨年12月のグランドスラム東京(山本が内股透で一本勝ち)、2月のグランドスラムパリ(山本が「技有」奪取ののち逆転一本負け)と接戦を演じてきたパヴィアとの試合に端的だ。前2戦で採った徹底した腰の差しあいから場外に向けての掛け潰れ内股、そして「ケンカ四つクロス」による手数攻撃という山本を強者と規定して戦う戦術から打って変わってパヴィアは引き手で袖、釣り手で横襟を持つオーソドックススタイルの試合を展開。パリで決めた送足払の恐怖を相手に晒しつつ「間合いに入れさせなければ怖くない」とばかりに遠間に山本を釘付けにして、パニックを起こすことも、どころかリスクを冒すことすらもせずに足技中心の攻撃で順当に「指導2」を奪取。リード以後はケンカ四つクロスによる一方的シークエンスも交えつつ、試合を壊すことなくあっさり山本を退けた。作戦を変えてそれが嵌ったといえばそれまでだが、5月の選抜体重別、そしてワールドマスターズでのあまりに悪い山本のパフォーマンスから補助線を引いて今大会の戦い方を検討した結果、パヴィアが山本を「舐めた」と言われても仕方のない上から目線の試合の組み立てだった。

山本と言えば気風(きっぷ)のよい投技に連続攻撃、そして異次元の組み立てで放たれる切れ味鋭い足技という52kg級時代のスタイルが一般ファンの脳裏には刷り込まれているはずだ。その傍目には「アドリブ」に映るほどの奔放な柔道スタイル、発想でも技の組み立てでも、そして何より度胸で常に相手の一段上を行くそのエンジンの吹かしっぷりの良さ自体が山本の魅力であり強さの源泉であった。2敗という事実よりも5位という現実よりも、この山本の魅力が全くと言って良いほど発揮されなかったその試合内容の意外なほどの貧しさに、TV放映のみという「点」で山本を追いかけてきたファンは落胆というより、むしろ意外の感を持ったのではないだろうか。

しかしそれがさほど騒がれなかったのは、チーム最年少の山本を傷つけまいとする周囲の配慮以上に、関係者にとってはこの成績と内容が決して想定外ではなかったからである。山本は柔道人生初と言って良いスランプのただ中にあった。成績としてそれが顕著に現れてきたのは今春以降だが、その長期低落傾向は1年半以上に渡るものである。

山本は力で相手を組み止めて無理やりに相手を投げつけるという「相手が誰であっても常に力を発揮するタイプ」ではない。その存在自体で相手を一歩引かせてしまうようなバイタリティを背景に、実は引き出しの多さ、相手を嵌める「パターン」の多さで勝ち残ってきた選手である。パターンの豊富さと、その終着点である投技の居合い抜きと言うべき切れ味。よって勝ち方は派手、特に山本の張ったパターンの「罠」に踏み込んでくる格上相手には強烈な一発を決めることが多くこれが山本の出世を早めた要因なのだが、相手が山本と組み合っての「会話」を拒否してこのパターンに入らせない場合はジュニア以下のカテゴリの試合でも実は苦戦が多かったのだ。
57kg級転向以降の山本のワーストパフォーマンス(今春以降を除く)は12年9月の全日本ジュニア準決勝の原田千賀子(夙川学院高2年・当時)戦。この試合山本は相手の組み手争いにつきあい、徹底した手数志向の先手攻撃を潰し続けるうちにペースを失い、2つの「指導」を失ったまま為す術なく試合を終えている。まさしくバイタリティが発揮できない「元気がない状態」で、かつ相手が「会話」を拒否したために状況を打開出来なかったという典型構造がこの原田戦だった。高校カテゴリ以下でこの構造欠陥を補完していた固技も、立ち技からの移行の状況の悪さと徹底警戒にあって不発であった。ちなみにこの大会、山本が戦った3戦の対戦相手を見ると、一番の強者と言っていいIH3位の能智亜衣美(宮崎日大高2年・当時)にはきっちり一本勝ちを果たしているが、2回戦では全国大会の実績がない吉田咲也花(八頭高2年・当時)を圧倒的に攻めながら取りきれず「指導2」勝ちに留まっている。「会話してくる相手」かどうかが「元気のない」状態の山本のパフォーマンスを左右する要素であることがよくわかるだろう。

以後、講道館杯で逆転の「一本」で勝利した宇高菜絵(コマツ)、グランドスラム東京で投げつけたパヴィアは、ともに攻撃を仕掛けてきた選手、山本と「会話」を積み重ねながら勝ちにきてその「パターンと技の切れ味」という必勝構造が通じる選手であった。山本は長期にわたってその強さの最大の源泉であるバイタリティをすり減らしながらも、この構造に救われてなんとか国際大会を戦い、平均点以上の成績を残すことが出来ていたのである。

前2戦で試みた泥沼の腰の差し合いという「会話」を拒否したパヴィア、山本を完全に強者と規定して試合を組み立て、かつ体格とパワーに勝る57kg級の海外勢。さらに長期に渡り「元気」を失い、かつ肘の負傷によって思い切った担ぎ技が仕掛けられずに間合いを詰められない自身。これがクロスして山本の「引き出しの多さと居合い抜きの切れ味」という、低落傾向にかろうじて歯止めを掛けていた最後の構造が破綻した。本来これを打開すべきは山本のもともとの持ち味である向こう見ずなまでのバイタリティや発想であるはずだが、スランプのさ中で山本は完全にこれを失っていた。これが今春以降から続き、そして2ヶ月の調整を経ても修正されることの出来なかった今大会の山本敗退の構図である。

まとめると、
「山本はその柔道の魅力と強さの源泉であった異次元のバイタリティや発想を2年スパンで失いつつあった。」(背景には57kg級におけるフィジカルの不利があった)
「しかし、”相手を嵌める”引き出しの多さとその終着点である投技一発の切れ味がその低落傾向を隠し、国際舞台でも一定の活躍を続けることが出来ていた」(固技の強さもこれを覆い隠す一因となった)
「その状態で続いた連戦と平均点以上の成績、”負けられない”という状況が、山本がその最大の魅力であるバイタリティや発想でなく、引き出しの多さとパターン攻撃に頼るという悪循環を生んだ」
「この構造が破綻したとき、最後の寄る辺となるはずだった山本最大の武器であるバイタリティは既に磨り減り、引き出せる状態になかった」
ということになる。

若く、そして次代の切り札として大事に育てねばならない山本をこのスランプのただ中で世界選手権に出すべきかどうかは首脳陣にとっても相当の苦悩があったと伝え聞いている。本人にとっても、周囲にとっても出場の決断とこの結果は苦しいものだったに違いない。

しかし、最後の最後にこの決断を「是」とする目が出た。山本が最終日の団体戦で見せた何かを吹っ切ったような好パフォーマンスがそれだ。世界王者のシウバに敗れたという事実以上に、今度は逆にその内容の良さに注目して欲しい。溢れんばかりの攻撃意欲と山っ気、これこそ山本を山本たらしめていたものであり、この1年半の山本の試合から消えうせていたものであった。

敢えてこの最終日のパフォーマンスをポジティブに捉えるとすれば。山本が、その一番の長所であるバイタリティと攻撃意欲を「思い出す」には世界選手権という乾坤一擲の大舞台での敗北というカンフル剤が必要だったのではないだろうか。

長期に渡って続いた山本のメンタルコンディションの悪さ。高校カテゴリで勝ち、ジュニアカテゴリで負け、シニアカテゴリで勝ち、地元の国際大会で勝ち、そしてアウェーの国際大会で負け、最終予選である選抜体重別で負け、とこの一年間あらゆるステージの試合で続けてきた山本の奮闘、それでも、どうしても見えなかった出口が、ついに見えた世界選手権だったと前向きに捉えてこの稿を終えたい。

どうしても得られなかった、そしてとうとう捕まえた「きっかけ」を山本がどう生かすか。次の国際大会、そして来年、再来年と続く世界選手権とリオ五輪への道。ストーリーの起点はこのリオ世界選手権だ。山本の今後に期待したい。


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