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【eJudo's EYE】「経験」がもたらした陰影、完成近づく海老沼の柔道・世界選手権第2日「評」

(2013年8月30日)

※ eJudo携帯版「e柔道」およびeJudoメルマガ版8月29日掲載記事より転載・編集しています。
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【eJudo's EYE】「経験」がもたらした陰影、完成近づく海老沼の柔道・世界選手権第2日「評」
第2日、日本勢の結果は66kg級の海老沼匡が「金」、福岡政章が「銅」、52kg級の橋本優貴が「銅」というものであった。男子は2日連続の金メダル獲得、女子は2日連続のメダル確保ということになる。

この日の3人の成績と内容に共通するのは、建前論に留まらない「経験」というものの価値だ。人は稽古のみによって成長するものではなく、そして単なる競技の技量によって「強さ」は規定されるものではない。この「経験」という共通視点を以ってこの日の三者の戦いを照射してみたい。

金メダル獲得の海老沼は初戦から別人かと思われるほど、驚くばかりに落ち着いていた。海老沼と言えば良くも悪くも投げるか投げられるかの一発柔道がその持ち味。相手の技の「受け」も、投げられながら空中で回転してギリギリ着地寸前に身を切るという結果オーライのアクロバテイックな形が多く関係者をヒヤヒヤさせてきた選手であるが、この日は組み手での相対的優位を確保、そして足技で崩して投げに至るという別人のような抑制の効いた柔道を披露。リスクなく、そして確実に投げを狙い続けるこの冷静さ、一発の鮮やかよりはむしろこの冷静さそのものに凄みが漂っていた。リスク回避という観点でいえば、この日の海老沼の勝ちあがりに「返し技」によるポイントがひとつもない。相手を呼び込んでの隅落や内股透も得意な海老沼が何を志向してこの日の試合に臨んだのか、この点端的だ。
(準決勝のチバナ戦では「回りながら空中で身を切って、相手の上に乗っかってポイントを回避」という海老沼らしい受けもあったが、これはむしろ左背負投で2度引きずりられがらそこに隅返(抱分)を合わせたチバナの異次元の組み立てを、身体能力の高さで凌いだという「結果論」、受けのリスクというよりは海老沼の能力の高さという文脈で捉えられるべきものであった)

「負傷をものともせず逆転の一本勝ち」という決勝のドラマが騒がれているがこの日の海老沼で評価すべきはむしろ準決勝まで積み重ねてきたこの戦い方、そしてそれを生み出したポリシーの位相の高さであり、決勝の逆転劇はこの「セルフコントロール」の延長線上、その集大成として演じられたある意味必然のドラマであった。

技術的に素晴らしいのは海老沼が釣り手をしっかり持って、相手に持たせないのではなく「悪いが受け入れられる体勢」に誘導するかのような「二本持ち合う形」を作り上げた上で勝利したということ。前述の「組み手の相対的優位」をもう少し噛み砕くと、100-セロの一方的に組み勝つ状態(イコール相手が後の先のみを狙うリスクもある状態)は投げに行くのではなく展開の優位を確保するシークエンスでのみ戦略的に使われ、かつての海老沼が好んだ100-100の「どちらも良い」形は皆無と言って良かった。もちろん海老沼の実力が上という前提があって出来ることではあるが、これでは相手は「イチかバチかの勝負」を仕掛けることすら難しい。独特の「ハーイ!」という甲高い掛け声すら控えめな、抑制の効いた試合態度。この日の海老沼は、完璧に近かった。

ここで思い出してほしいのは昨年のロンドン五輪の2試合。投げることは出来るが投げられる可能性もあるという中で泥沼の「判定やり直し」にまで嵌まり込んでしまったチョ・ジュンホ(韓国)戦と、隅返しか勝負技がない一発屋であることをわかっていながら背中を抱えられる形を受け入れてしまい、まさしくその隅返一発に沈んだシャバダトゥアシビリ(グルジア)戦である。万が一にも一発を食ってはいけない、技を返されるリスクを最小限にとどめた上で、そしてなおかつ「一本」を狙わねばならない。優勝候補筆頭として乗り込んだ五輪で食った痛打から海老沼が何を得たのか、この日の試合振りはそれを雄弁に物語るものであった。

「乱捕り」の力で言えば海老沼はとっくに(1回優勝しているのだから当たり前であるが)世界一に達成している。その上で、確実に世界を獲るために、海老沼が見せたのはさらなる勝負論的上積み。技術的には攻防一致の可能な組み手スタイルと、メンタル面ではセルフコントロール。海老沼がストロングポイントである投技の威力を生かすために、そして「確実に勝つ」ために選んだ新スタイルである。

この見立てに沿えばこの日のハイライトは逆転の「一本」の場面ではなく、決勝の1分20秒、海老沼に「指導1」が宣告されたシーン。明らかに与えるべき選手を取り違えたこの反則裁定にも海老沼は眉一つ動かさず(ためにかえってこの誤審はファンにもメディアにもさほど騒がれることがなかったのだが、これについては稿をあらためたい)、「始め」の声に躊躇なく一歩前に出て試合を開始した。凄み漂う場面であった。

勝つために、明らかにこれまでとは違うアプローチで大会に臨んだ海老沼。そしてその覚悟と達成度を最後に神が試したかのような「指導」取り違えと脇固の反則見逃し。海老沼はあっさりその最後の難関を乗り越え、そしてミッションを達成した。若さと能力で優勝を飾った2011年の世界選手権制覇、そしてロンドン五輪で舐めた苦渋。勝ったものが、次に何を積み上げるべきか。海老沼は昨年の苦杯の経験を、確実に勝負者としての自身の進化に結びつけたと評したい。

その経験ということで言えば、3位入賞の福岡の試合振りは、まさしくその価値を端的に示すものであった。

福岡は29歳。スピードとパワーで押した60kg級時代と同じ戦い方で世界選手権のステージを勝ち上がるのは難しい。ここで例に挙げたいのは3回戦のチョ・ジュンホ戦と3位決定戦のチバナ(ブラジル)戦。ともに優勝候補に挙げられていた強豪との一番だ。いずれも序盤は拮抗、もしくは福岡に不利であった。

3回戦はケンカ四つのチョに押し込まれて「指導」を先行されたが片手の右背負投でチョが崩れると見るや、ここに突破口を見出し再度仕掛けてチョを腹ばいに伏せさせる。「片手なら仕掛けさせてくれるし、崩れるが、腹ばいに落ちてしまう」とこのレベルまでサンプリングデータを積み上げた福岡は同じ形の背負投、今度は引き手で相手の襟(袖は持たせて貰えなかったはずだ。認識違いであればご容赦願う)を引き寄せて相手を固定、相手を乗り越えるようにして自分の体を押し込んで相手をめくり回し「技有」を獲得してみせた。

3位決定戦は右相四つのチバナと対戦。チバナは左袖釣込腰、福岡が反応良く外から回って着地するとその着地の際に合わせて小内刈、一時は「一本」が宣告される強烈な技で福岡を叩き落して「技有」を奪った。若く、身体能力が高い相手の異次元の組み立てに心がくじけてもおかしくないところであったが、チバナが右片襟を差させてくれる、そしてこの一方的組み手からの技が効くと見極めた瞬間から試合の流れは全く逆転。右片襟を差した背負投崩れの右大外落で「有効」、さらに同じ形からの背負投で攻めまくり、最後は右片襟を差した右大外刈を決めて「一本」。ちなみに最初のポイントは足首に向かって仕掛けた慎重な技であったが、これは最初の一撃での「いける」との感触をもとに思い切ってひざ裏まで刈り込んだ豪快な一発であった。

苦しい試合でもあっという間に「自分が出来ること」と「相手の弱点」の交わるポイントを見つけ、そして徹底してそこを突く。ベテランならではの味であった。

2010年の世界選手権では福岡はメダルを獲得していない。身体能力もスピードも当時の福岡の方が上である。技種の上積み、試合を見る目、そして何より不利な試合でも「必ず突破口が見つかる」と福岡の心を支えたその確信。勝つために何が必要なのか、福岡が3年間で得たものが結果としてきちんと上積まれた、素晴らしい内容での銅メダル獲得であった。

そして52kg級の橋本。この日の銅メダルの獲得は、これら先達が潜ってきた「過程」の只中に橋本がある、と評したい。
ケルメンディは地力抜群、橋本はこの選手に勝利した実績こそあるが大会ごとに力を伸ばしているケルメンディは強敵であった。

ケンカ四つの腰の差しあい。奥を叩ければいけるとばかりに、互いの背中をくっつけるようなきわどい腰技を連発し続けるケルメンディが「指導」で橋本をリード。

ここで橋本は「ケンカ四つの腰の差し合い」という拮抗構造から一歩抜け出すことが出来なかった。ケルメンディに「場外」の指導が与えられた直後の両足巴投は好判断であったが、ともあれ拮抗が保てるこの形を橋本は大枠受け入れてしまったと言っていい。もっとも残念なのは、3分1秒の「指導2」失陥の直後。この「指導」はいささか不可解なものであったが、橋本はこの判定に焦ったか吸い寄せられるようにケルメンディの間合いに入り、ケルメンディは再三見せていた「右組みの形で右腕を叩きいれて圧力を掛ける」作戦でこれを迎え撃ち橋本の頭を下げる。そして橋本はこの悪い形のまま大内刈を仕掛けて返されかかり、もっとも大事なはずの「指導が与えられた直後のシークエンス」の支配に失敗、相手の優位を確定させてしまった。

橋本は、かつて競ると自ら掛け潰れることで自滅することが多い選手であった。しかしその弱点を「地力を上げ続ける」ことで乗り越えてこの大舞台に辿りつき、強敵相手のビハインドにもパニックを起こすことなく拮抗を続けて、ともあれ試合を壊さずに終えた。しかしここはその一段上、むしろ拮抗構造を「壊しに」いくオプションを行使する場面であった。かつての橋本が得意とした固技への移行を狙った帯を持っての「出し投げ」というスクランブルオプションが投入されたのは残り10秒を切ってから。まことに惜しいことではあるが、逆に言えば、橋本は封印していたこの技を投入して試合を壊すにいくべきだと、自ら気づくことが出来たのである。あと2分早ければ試合は全く違ったものになったであろう。あと少し、あと2分ぶんだけ、橋本には経験が足りなかったのかもしれない。

そしてこの稿の共通項である「経験」ということで言えば、ケルメンディはまさしく経験値の積み上げに特化してここまでのし上がった選手である。IJF未加盟の紛争地域コソボ籍、ゆえに2012年4月まで、彼女は登録「IJF」(ロンドン五輪はアルバニア名)で試合に参加し続けてきた。その代わりと言ってはなんだがその試合参加率の高さは驚異的で、2010、2011年などはおそらく冬季の欧州国際大会ほとんど全てに参加していたのでないだろうか。そしてこの選手、実は長い間常にベスト8クラスに留まり続けた選手であった。いつの間にかそれがワールドカップレベルで勝つようになり、グランプリレベルで入賞するようになり、どうやらメダルを狙える強豪として仕上がった昨年に至るまで3年近くの「皆勤期間」を要している。おそらくはあまり恵まれない練習環境にあったケルメンディは試合に出続けて実戦で自身を磨き続けるという道を選び、ありえないほどの皆勤を続ける中で経験を重ね、その力を磨いてきた。「逆の組み手で相手を黙らせ、力一杯の腰技で主導権を握る」この日橋本に対して見せた変則、しかし自身のパワーを存分に生かす組み立てはケルメンディの経験値が生み出した、建前でない「自分の」勝ち方だ。一度は負けている橋本をこの大舞台で退けた戦略性の高さとメンタルの強さは突発的に得られたものではない。まさしく経験において、橋本を凌駕したという構図の一番であった。

橋本は地力十分、しかし初の世界選手権による「経験」の只中。地方の大学で地力を練り、コマツに所属してジャンプアップを見せたこれまでの素晴らしい成長の過程からして、今回の敗戦で得た栄養は確実に次に生かされるはずだ。むしろ次の大舞台で、競った場面で橋本が何をしてくれるのか、楽しみでさえある。

海老沼、福岡、ケルメンディ、そして橋本という3人のメダリストが示した「経験」の陰影。第2日も世界選手権は見ごたえ十分であった。


文責:古田英毅


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